第1章 概 観


1.日本外交の新機軸(「自由と繁栄の弧」の形成)


 麻生太郎外務大臣は、11月30日、「『自由と繁栄の弧』をつくる-拡がる日本外交の地平」と題する政策スピーチを行った。

 この中で麻生外務大臣は、日米同盟の強化と国連の場をはじめとする国際協調、中国、韓国、ロシア等、近隣諸国との関係強化といった従来の日本外交の柱に加えて、自由、民主主義、基本的人権、法の支配、市場経済といった「普遍的価値」を重視しつつ、「自由と繁栄の弧」を形成することを新たな日本外交の柱として位置付け、外交の新機軸として打ち出した。

 これは、北欧諸国から始まって、バルト諸国、中・東欧、中央アジア・コーカサス、中東、インド亜大陸、さらに東南アジアを通って北東アジアにつながる地域において、普遍的価値を基礎とする豊かで安定した地域、すなわち「自由と繁栄の弧」を形成していくことをその内容とするものである。

 一人ひとりの人間が個人として平和で幸福な生活を送るためには、民主主義、法の支配という制度の下で、自由や基本的人権が保障され、市場経済が確立されることが不可欠である。まさに自由な国民がいて、初めて政治的な安定や経済的な繁栄が永続的なものとなる。このことは、戦後60年の日本の歩みが端的に示しているところである。

 日本としては、今後、外交政策の中で、「自由と繁栄の弧」の形成という概念の下、政治的安定や経済的繁栄とバランスをとりつつ、価値観の押しつけや体制変更を目指すのではなく、それぞれの国の文化や歴史、発展段階の違いに十分配慮しつつ、普遍的価値の実現に取り組んでいく。

 具体的には、基本的価値を共有する国々と協力しつつ、教育、保健といった基礎的生活分野での支援、民主化定着のための支援、インフラ・法制度整備のための支援など政府開発援助(ODA)を活用した支援や、貿易・投資といった協力を通じ、共に自由で繁栄した社会を実現していくことが、「自由と繁栄の弧」の形成の重要な要素であり、これは、日本が主張してきた「人間の安全保障」実現にも資するものである。

 「自由と繁栄の弧」を東から見ると、日本はまず、東アジアについては、東南アジア諸国連合(ASEAN)が世界の成長センターとして発展し、民主化を着実に進め、地域統合を通じた域内の安定を図ろうとしている中で、遅れてASEANに参加したCLV諸国(カンボジア、ラオス、ベトナム)が、こうした流れにうまく乗ることで、「自由と繁栄の弧」の一角を占められるよう支援を強化していく。また、ネパールなど南アジア諸国における民主化、平和構築の動きを積極的に支援していく。

 欧州では、1990年代にポーランド、ハンガリー、チェコ、ブルガリア、ルーマニア等が民主化を果たした。現在、これらに続いて民主化や市場経済化の努力を進めているバルト諸国やGUAM(グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバ)、民主的選択共同体(CDC)といわれる地域協力に参加する新興民主主義国を積極的に支援していく。

 旧ソ連から独立後、漸進的に、民主化、市場経済化に取り組んでいる中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン)については、各国の国情に応じた支援を行うとともに、「中央アジア+日本」対話の枠組みで、アフガニスタン、場合によってはパキスタンも含めた広域協力の可能性も視野に、内陸部と海をつなぐ交通・輸送ルートの整備等、開かれた地域協力の促進を通じての自立的発展を支援していく。

 また、「自由と繁栄の弧」の形成に当たっては、日本と価値観及び戦略的利益を共有する同盟国である米国の協力はもちろん、同様に価値観を共有するオーストラリアやインド、G8、欧州諸国や欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)との関係強化は不可欠であり、今後、緊密に協力していく。東に日本、米国、オーストラリア、中央にインド、西にEU、NATOがあり、そこからユーラシア大陸に沿って伸びていくのが「自由と繁栄の弧」の基本的な姿である。なお、普遍的価値を基礎とする豊かで安定した社会の形成という「自由と繁栄の弧」の基本的考え方はこれらの地域に限らず、中国や中南米及びアフリカにおいても共有されるべきものである。

 「自由と繁栄の弧」の上に位置する多くの国々とは既に政策協議の場が設けられている。今後ともこれらの政策協議を強化していくほか、このような協議の枠組みのないところ、または弱いところとの対話を強化していく。具体的には、CLV諸国、V4(ヴィシェグラード4:チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア)諸国、GUAM諸国等である。



▲「自由と繁栄の弧」について演説する麻生外務大臣(11月30日、東京)




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