(2)イラクをめぐる情勢と国際社会の取組
【対イラク武力行使】
1月27日、ブリックスUNMOVIC委員長及びエルバラダイIAEA事務局長が、国連安保理に対して、査察における手続面での協力は得られているが、イラクは大量破壊兵器等に関する多くの疑問に応えていないと報告したのを受け、イラクによる実質的で積極的な協力が必要であるとの認識が広く共有された。翌28日、ブッシュ米大統領は一般教書演説において、イラクが自ら大量破壊兵器の廃棄を行わなければならないと述べ、2月5日、パウエル米国務長官は、UNMOVICとIAEAによる査察活動にイラクが非協力的であること、大量破壊兵器の隠蔽工作を行っていること等を示す情報を安保理に提示した上で安保理の判断を促した。これに対しフランス、ドイツ、ロシア等は、UNMOVICとIAEAの査察期間の延長を一貫して主張するなど、米国の動きを牽制する動きを見せた。
しかし、2月14日にUNMOVIC及びIAEAが行った安保理報告では、査察に関する手続面での進展がある程度見られたとする一方で、大量破壊兵器等の廃棄という査察目的の達成には、イラクからの即時、無条件かつ積極的な協力が不可欠であると総括された。これを受けて2月24日の安保理非公式協議では、米国、英国、スペインはイラクが依然として関連安保理決議を履行しておらず、安保理決議1441により与えられた最後の機会を活かせなかったことを内容とする決議案を提出した。安保理では、3月7日に修正された決議案の賛否をめぐって激しい議論が行われ、米国や英国などは、安保理メンバー国の支持獲得に向けて熾烈な外交戦を展開した。こうした中、フランスが査察の継続を求めて拒否権の発動を示唆したことなどを受け、16日にポルトガル領アゾレス諸島で米国、英国、スペイン、ポルトガルの4か国首脳会談が開催され、この4か国首脳は、国際社会が一致してイラクに対して圧力をかけ、イラクが自ら武装解除するための最後の外交努力を行うことで一致した。同会議を経て、17日に同修正決議案を取り下げ、同安保理決議案の採択を最終的に断念した。同日、ブッシュ米大統領は、フセイン・イラク大統領と同大統領の息子達は48時間以内に同国を立ち去らなければ武力紛争の結果を招くとの最後通告を行った。18日、フセイン大統領を議長とするイラク革命指導評議会は、同通告を拒否し、米国に対して徹底抗戦するとの声明を発表した。これを受け、ブッシュ米大統領は、3月19日午後、「イラクを武装解除し、イラク国民を解放し、世界を重大な危険から守る」ための武力行使に踏み切り、英国も同日、これに参加した。
同武力行使開始直後の各国の立場については、ブッシュ米大統領が19日に行った演説において軍事作戦への支援を提供している国は35か国に上ると公表した一方で、フランス、ドイツ、中国等が遺憾の意を表明した。
米英軍は武力行使開始後、クウェート国境からバグダッドに向かって北上し、4月9日にバグダッドを、14日にはフセイン大統領の出身地である北部のティクリートを制圧し、大きな犠牲を被ることなく事実上イラク全土を掌握した。5月1日には、ブッシュ米大統領が空母「エイブラハム・リンカーン」上で演説し、イラクにおける主要な戦闘の終了を宣言した。なお、その後も連合軍による旧政権関係者や大量破壊兵器の捜索は続けられ、7月22日にはフセイン大統領長男のウダイ、次男のクサイが連合軍の襲撃を受けて死亡、12月13日にはフセイン元大統領がティクリート南方にて連合軍に拘束された。なお、大量破壊兵器については、現在、米国等による「イラク監視グループ」による捜索が続けられている。