2. 主要演説
(インドシナ総合開発計画の提唱)
(93年1月16日 於バンコク) | ||
1. | はじめに | |
タン・リアン・チュー会長, | ||
御列席の皆様, | ||
本日は,伝統あるタイ外国記者クラブの主催,タイ・ジャーナリスト連合の協賛の下にこのような機会を設けて頂き,誠に光栄に存じます。 | ||
冷戦構造の崩壊にともない,国際情勢が歴史的な展開をとげつつある中で,アジア・太平洋の将来に向けて日本とASEAN諸国との協力はどのようにあるべきか,そのために日本は何をなすべきか,あらためてこれらのことを考えてみたい,それがこのたびの私のASEAN諸国訪問の目的でありました。 | ||
2. | アジア・太平洋の新たな役割 | |
私たちの住むアジア・太平洋地域では,一部に紛争,対立はあるものの,政治情勢は概ね安定しております。経済的にもこの地域特有の豊かな多様性と高い開放性を活かして,ダイナミックな成長が続き,このダイナミズムの波は今や中国の沿海部インドシナにも及んでおります。この経済発展は,それぞれの国や地域に,より成熟した政治社会状況をもたらしつつあります。そして,このことは,この地域における国際関係の安定にもつながっております。今やアジア・太平洋は,政治的にも,経済的にも,世界の平和と繁栄に貢献する大きな可能性を身につけつつあると言えます。私は,このたびお目にかかったASEAN諸国の首脳の方々の言葉のなかに,国際社会に発言力を持ち,国際貢献を果たしたいとの自信あふれる強い意欲を感じました。ASEAN諸国のこの願いを達成し,アジア・太平洋をさらに強靭かつ豊かな地域にしつつ,世界の平和と繁栄に資すること―それが,これからの日本・ASEAN協力の最も重要な使命でありましょう。本日は,このような観点から,日本とASEAN諸国の新たな協力のあり方につき,特に次の三つの分野を取り上げたいと存じます。 | ||
3. | 日本・ASEAN協力 | |
(1) 平和と安定への協力 | ||
第1は,域内の平和と安定を確保するための協力であります。 | ||
アジア・太平洋地域と一口に申しますが,その最大の特質は多様性にあります。安全保障面でも,国毎に脅威の源泉は一様ではなく,また,脅威に対する対応振りも様々であります。従って,この地域では,それぞれの国が自国の歴史的,政治・経済的,地政学的な状況に照らし最適と考える安全保障の道を選択しております。そのような選択としては,二国間の安全保障の枠組みも重要でありましょう。また多くの国においては,自国の経済開発を通じ社会の強靭性を高めることが,国内及び対外的な安全のための最優先課題となっております。このような多様性は,今後ともこの地域の安全保障を考える上での固有の要素と認識されるべきものと思われます。朝鮮半島,力ンボディア,南シナ海といった地域の紛争も各々異なる背景を有しており,その解決については,各々の状況に適した枠組みを通じて努力するのが最も効果的であります。 | ||
同時に,冷戦構造の終焉とそれに伴う国際関係の流動化が,この地域全体の安全保障の構図に影響を与えずにはおかないことも明らかであります。このような認識から,近年この地域全体の平和と安定に関する関心がとみに増大しております。アジア・太平洋の諸国がこのような関心を分ち,政策の透明性とお互いの安心感を高めていくことは重要であり,昨年からASEAN拡大外相会議の場でこのような政治・安全保障対話が本格化していることは誠に意義深いことであります。 | ||
国際社会が変革期にある今,アジア・太平洋地域諸国がこの地域の将来の平和と安全のあるべき秩序につき長期的ビジョンを持つことが必要です。域内諸国間の政治・安全保障対話の中でいろいろな考え方が提示され,そのようなプロセスを経て,共通の問題認識に基づいたこの地域の安全保障のあり方が次第に明確になっていくことを期待するとともに,そのような論議に日本も積極的に参画していきたいと考えております。 | ||
日本としては,その場合,この地域の平和と繁栄を支えてきた米国の関与とプレゼンスが将来にわたり地域のスタビライジング・ファクターとして重要な役割を果し続けるものと考えております。このような考え方に立って,日本は日米安保体制を堅持し,引き続き積極的な接受国支援を提供していく所存ですが,このことは地域全体の平和と安定にも貢献するものと考えております。 | ||
(2) 開かれた経済と活力ある発展への協力 | ||
第2に,日本とASEAN諸国は,アジア・太平洋地域の経済を,開かれた,活力あふれるものとして発展させるため協力していく必要があります。 | ||
(イ) 開放性の推進 | ||
アジア・太平洋経済の発展は,市場メカニズムを通じて,開かれた多角的自由貿易体制の下でもたらされたものであります。この地域の中でも,また,外に向かっても,開かれた経済であり続けることが,この地域自身の発展の活力となるものであり,ひいては世界経済全体の活性化にもつながるものと考えます。世界が1930年代の如く不信と独善の相互作用によって,偏狭な保護主義やブロック化に向かうことは是非とも回避しなければならないシナリオであります。現在喫緊の課題は,各国が長期的視野から譲り合い,ウルグアイ・ラウンドを,早期に成功させることです。また,開かれた協力を基本理念とし,いまや独自の事務局と予算を持つにいたったAPECの活動の一層の充実をはかることが重要なことも言うまでもありません。 | ||
(ロ) 経済発展の促進 | ||
世界経済の見通しが未だ十分に明るいとは言えない状況の中,アジア・太平洋地域の経済,就中ASEAN諸国の経済が引き続き活力あふれる発展を続けていくことが極めて重要であります。 | ||
日本とASEAN諸国の経済関係をみれば,貿易については,ここ数年,年率20%前後で拡大しております。特に,ASEAN諸国からの日本への製品輸出は目覚ましく,1986年から91年にかけ4.6倍に急増しております。また直接投資については,1985年のプラザ合意以降のASEAN諸国向けわが国の直接投資は約200億ドルに上ります。これがこれら諸国の経済発展に寄与してきたことは明白でありましょう。 | ||
いまASEAN諸国にとっての大きな関心の一つは,今後の投資の流れと技術移転の問題であろうかと思います。これについては,わが国として,公的信用制度の活用等により,投資や技術移転の促進を引き続き強化してまいるとともに,インフラ充実,サポーティング・インダストリー育成,人材養成,制度面の検討を含む広い意味での受入れ環境の整備など,お互いに新たな知恵を出し合って進めていきたいと考えております。 | ||
日本からASEAN諸国への途上国援助の流れは,1969年以降これまで総額約200億ドルに上り,過去10年をとってみても毎年わが国の二国間援助全体のおよそ1/3から1/4程度を占めております。わが国としては,昨年策定した政府開発援助大綱を踏まえつつ,今後とも途上国援助を着実に拡充する所存であります。ASEAN諸国がその経済的離陸に向けて進んでいることは喜ぶべきことであり,日本は,ASEAN諸国を含むアジア地域をこれまで通り途上国援助の重点地域としてまいります。 | ||
また,ASEAN諸国のなかに,自らの開発の過程で得た経験や技術を他の途上国に対して伝播するなど,途上国同士が助け合う形での協力を強化していく機運が生まれていることが注目されます。わが国としては,このような動きにも協力してまいりたいと思います。 | ||
こうした日・ASEAN協力関係の展開には,国民同士の相互理解の増進が極めて重要であります。1984年に開始された「21世紀のための友情計画」はこのために大きな役割を果していると考えます。これまでにASEAN諸国より,7,000人以上の青年がわが国に招聘されておりますが,来年3月に終了するこの計画を,その後5年間延長することと致したいと思います。 | ||
また,日本が以上のような協力を進めていくためにも,日本経済の健全な発展が重要であることは申すまでもありません。わが国は,先に約900億ドルの総合経済対策を決定し,その円滑な実施を図るとともに,来年度予算についても景気に十分配慮したものとする等内需を中心とするインフレなき持続可能な成長を図るよう適切かつ機動的な経済運営につとめているところであります。 | ||
(3) 人類共通の課題への取り組み | ||
第3に,日本とASEAN諸国は人類共通の課題に共同して取り組んでいくことが求められております。 | ||
私は,アジア・太平洋地域が,来るべき21世紀に向けて,安全で,豊かで,公平な社会の建設のため,大きな可能性を有していると確信しておりますが,その実現のためには,この地域の人々が,自らの力を十分に発揮し得るような政治的,社会的基盤が必要であります。民主化と基本的人権の増進は人類の普遍的課題の一つであり,最近のタイにおける民主化の動きには大変勇気付けられるものがあります。日本としては,こうした価値がこの地域で現実に増進されるよう,個別の状況に応じた最も効果的な方法で取り組んでいきたいと考えております。 | ||
この地域にとって経済開発は今後とも重要でありますが,同時にこれと環境の保全とをいかにして両立させるかという課題があります。私は,昨年の国連環境開発会議において,1992年度から5年間にわたり,わが国の環境分野の途上国援助を9,000億円から1兆円(約70億ドルから77億ドル)を目処に,大幅に拡充・強化することに努めることを表明しました。これは,それまで3年間の年平均実績の1.5倍に近いものとなります。ASEAN諸国に対しても,同様の拡充をはかる所存であります。環境分野の援助に関しては,援助供与国と途上国との共同の努力がとくに緊密でなければなりません。ASEAN側からの積極的かつ具体的な提案や助言を歓迎いたします。 | ||
また,急激な経済的,社会的変化の中で,我々固有の文化を見失うことがあってはなりません。むしろこれを将来の世代に引き継いでいくことが我々の義務であり,豊かな世界文化への貢献でもあります。わが国はすでにタイのスコタイ遺跡や,インドネシアのボロブドール遺跡,カンボディアのアンコール遺跡等の修復保存に協力してきておりますが,さらにこの地域は重要な文化財や多様な伝統芸術の宝庫であります。私は,今後この地域におけるかけがえのない伝統文化を保存し,各国が協力を進めていくための国際専門家会議を開催することを提唱したいと思います。 | ||
4. | 対インドシナ協力 | |
ご列席の皆様, | ||
ここでインドシナに対する協力について触れたいと存じます。 | ||
1991年10月のカンボディア和平協定の締結は,東南アジアにおける平和と安定を実現するための歴史的第一歩でした。 | ||
私は,カンボディアに永続的な和平が達成され,近い将来,すべてのカンボディア人が心を一つにして祖国の再建と発展に討ち込む日が訪れることを切に希望しております。しかしながら,和平プロセスは関係者の大変な努力にもかかわらず,依然脆弱であり,私は,カンボディアすべての当事者,なかんずく民主カンボディアに対して,ここでふたたびUNTACへの全面協力を呼びかけます。わが国としては,昨年成立をみた国際平和協力法にもとづき約700名の要員を現地に派遣しておりますが,このような人的貢献を継続するほか,引き続き和平プロセスの円滑な実施のための努力をしてまいりたいと考えております。 | ||
また,私は,この間ASEAN諸国がたゆまぬ外交努力と人的貢献を続け,とりわけ,カンボディアの隣国たるタイが,多数の避難民を受け入れるとともに,先般の安保理決議の実施のため国内的に負担を強いる措置をとるなど,多大の犠牲を払ってこられたことに,深い敬意を表したいと存じます。 | ||
カンボディア和平合意の成立は,カンボディア復興ばかりでなく,ヴィエトナム,ラオスの開放政策の推進に道を開き,ASEAN諸国とインドシナ諸国からなる東南アジアが一体として発展する可能性を示しております。このような展開は,1977年に福田総理がマニラで,東南アジア全域に相互協力と理解の輪を広げることにより,地域全体の平和と繁栄の構築に寄与するとの方針を打ち出して以来,わが国が一貫して目指してきたものであります。その後のカンボディア問題の推移は,遺憾乍ら,このような目標の実現を困難なものとして参りましたが,いま漸く東南アジアの諸国が平和と繁栄を分かちあうことができる状況が到来しました。ASEANとインドシナの諸国が,良き隣人,良きパートナーとして,手を携えつつあることは歓迎すべきことであります。日本としても,東南アジアの諸国が有機的な一体性を強め,地域全体として発展していくことが重要であると考え,そのような認識のもとに,とりわけインドシナ地域の社会経済発展のためにインフラ整備,人材養成等の面で協力していきたいと考えております。私は,このような観点から,関係国・国際機関の専門家,官民の有識者の参加を得てインドシナ地域の国境を越えた協力と開発のあり方につき率直で建設的な討議・意見交換を行い,インドシナ地域全体の調和のとれた開発戦略を策定する場として,「インドシナ総合開発フォーラム」の設置を提案したく,その準備のための国際会議を本年秋を目処にわが国にて開催したいと思います。 | ||
5. | 日本の基本姿勢 | |
ご列席の皆様, | ||
私はここで,日本とASEAN諸国が,アジア・太平洋の平和と繁栄,更には,世界の平和と繁栄のために貢献していく上で,特に次の4点が重要であることを改めて強調しておきたいと思います。 | ||
第1の点は,アジア・太平洋の平和と安定の強化のため,域内の政治・安全保障対話を促進することであります。そして,その中で,将来のこの地域の安全保障のあるべき姿についても真剣に考えていくことが重要であると考えます。 | ||
第2の点は,アジア・太平洋地域の経済の開放性を今後とも推進し,また,活力ある経済発展を促進していくことであります。 | ||
第3の点は,民主化の増進や,開発と環境の両立等人類普遍の課題に積極的に共同して取り組んでいくことであります。 | ||
第4の点は,インドシナの平和と繁栄の構築のため,日本とASEAN諸国が連携して協力することであります。 | ||
このような日本・ASEAN協力を考えるに当たり,私は,その前提ともいうべき二つのことを申し上げておきたいと思います。 | ||
その一つは,日本が2度と軍事大国になることはないということであります。わが国はすでに戦後半世紀の間,平和憲法のもとで一貫して平和国家としての道を歩んでまいました。これは日本国民の過去の反省に基づく強い意思であり,今後もこの道を踏み外すことはありません。私は,日本国民の日々の行動の中にも歴史の教訓が活かされていくよう,わが国における教育の充実に一層意を用いて参る所存であります。 | ||
もう一つは,日本として,ASEAN諸国との話し合いのプロセスを大切にしていくということであります。共に考え,共に行動するという姿勢をもってまいります。「ASEANウェイ」という言葉があると聞きますが,過程を大切にし,手続きを尽くすことの中で,より良い考えが生まれることが稀でないことは,私たちのしばしば経験するところであります。 | ||
6. | おわりに | |
御列席の皆様, | ||
アジア・太平洋地域は,いま大きな未来に向かって力強い前進をはじめました。昨年創設25周年を迎えたASEANは,その最も重要な原動力の一つであります。本年7月には,東京で主要国首脳会議(サミット)が開催され,私はその議長をつとめることになっておりますが,私としては,この会議の場にASEAN諸国をはじめとするアジア・太平洋諸国のダイナミズムの重要性を十分に反映するようつとめます。世界が新しい国際秩序を求めて模索しているとき,ASEAN諸国の英知と活力は,国際社会の将来を支える重要な柱となるであろうことを,私は確信してやみません。 | ||
御清聴ありがとうございました。 |
(93年9月27日)
議長,
事務総長閣下,
御列席の皆様,
私はまず,ガイアナの駐日大使でもあられる閣下が,先週総会議長に就任されたことに対し,お祝いを申し上げます。私はまた,過去1年間総会議長を務められたガーネフ前議長の業績,とりわけ総会の改革努力に深い敬意を払います。
私は,また,就任以来のブトロス=ガーリ事務総長の平和のための献身的努力と国連改革に向けての勇気ある行動を高く評価します。
過去1年の間に更に六つの国が国連に加わりました。私は,これら諸国の代表に対し,心からの歓迎の意を表します。
議長,
日本においては,38年振りの政権交代の結果,私を総理大臣とする連立政権が誕生しました。このような日本の政治の変革は,東西対立の終結による国際社会の激変と無縁ではありません。日本の政治は,冷戦の終結によって歴史の新しい「頁(ページ)」に入ったのではなく,新しい「章(チャプター)」に入ったのであります。
日本はまた,あらゆる分野における改革,即ち,政治改革,経済改革,行政改革という「三つの改革」の時代を迎えたのであり,このような改革は,日本と国際社会とのきずなを一層強固なものとする上でも重要であると考えます。
私は,このような国内改革の実現に全力を傾注している中で,国連総会を最初の外国訪問先に選びました。これは,我が国が,国連が国際の平和と安全を維持するために死活的な重要性を有していると考えており,国連による種々の努力に対し人的及び財政的な貢献を果したいと考えていることを明確に伝えたかったからであります。
更に私は,この機会に過去の歴史への反省を忘れることなく,今後我が国が一層世界の平和と繁栄のために寄与するとの固い決意を改めて申し述べたいと考えます。
最近のロシア情勢に関しては,我が国は,エリツィン大統領の改革努力を引き続き支持するものであります。ロシアにおいて,国民の意思を反映する政治状況が早期に創出され,改革が更に推進されることを強く期待します。
(国連の目標実現のための課題)
議長,
国連及び加盟国の今日の目標は,自由,民主主義,人権の尊重という普遍的原則に立った世界平和の構築にあります。
このような目標を実現していく上で,国際社会が特に努力を払わねばならない四つの点につき私の考えを申し述べます。
(軍縮・不拡散)
まず,軍縮から始めます。
NPT(核不拡散条約)は,核不拡散体制の柱であります。私は,日本が1995年以降のNPTの無期限延長を支持することを表明します。私は,また,未加入の国の加入を得て,この条約の普遍性を高めることが極めて重要であることを強調します。同時に,この条約の無期限延長は,核兵器国による核兵器保有の恒久化を意味するものであってはなりません。
かかる観点から,我が国は,米,露における核軍縮の進展を歓迎するとともに,全ての核兵器国が一層核軍縮の進展に努力することの重要性を指摘します。また,包括的核実験禁止に向け本格的交渉が開始されることになったことを高く評価します。我が国としても旧ソ連の核兵器解体支援等,核兵器の減少に向けて積極的な努力を展開していくつもりであります。北朝鮮に対しては,とりわけIAEA(国際原子力機関)との間の保障措置協定の完全な履行を通じ,核兵器開発に関する国際社会の懸念を払拭するよう強く求めます。
通常兵器については,国連軍備登録制度の実効的な実施が必要であり,より多くの国がこれに参加することを強く訴えます。我が国の経済協力の実施に際しても,被援助国の軍事支出等の動向に引き続き十分注意を払っていく考えであります。
(紛争の予防と平和的解決)
第2に指摘したいのは,紛争の予防のための外交努力の重要性です。
紛争の予防と解決のためには,地域的安全保障の枠組みや二国間・多国間の政治・安全保障対話を十分利用することが有益であることは論をまちません。
この関連で,私は,先に大きな感動をもってみたイスラエルとパレスチナ人の間の歴史的な原則宣言署名を歓迎すると共に,関係指導者の勇気ある決断に心から敬意を表します。今後この合意を現実の平和に移すため,国際社会の積極的な支援を速やかに行うことが不可欠であります。我が国は引き続き多国間協議等で建設的役割を果して参ります。この機会に,私はパレスチナに対し,2年間で2億ドルを目途に支援を行うとの日本の方針を表明します。この支援は,食糧・医薬品のための無償援助及びインフラ整備のための低利の資金協力を含むものとなりましょう。
人道的配慮,特に人権の尊重は,平和の問題と不可分であります。戦争が戦われている所では,人権の尊重はありません。逆に,人権の尊重が確立された国においては,紛争は発生しにくいものであります。我が国も,人道問題の解決に向けて積極的貢献を果たすべく,例えば,世界のいかなる地域であれ,人道的活動が必要な場合には,我が国の関係者が他の国の人々と共に汗を流しているような国のあり方を目指したいと思います。
(経済開発)
第3に,平和の構築に当り,その根幹とも言える経済開発につき申し上げます。
旧社会主義国を含め,世界の殆どの国が「市場経済」という共通の言語を話すに至った現在,市場経済に基づく世界経済の発展が急務であります。日本を含む先進国は,移行期にある諸国の政治・経済両面での変革の努力と途上国の開発努力の双方に対する支援を進めるべきであります。その際,移行諸国への支援は,途上国支援の犠牲のもとに行われるべきものであってはなりません。
開発途上国との関係では,日本は,今や総額で世界の最高水準に達している自国の政府開発援助を更に拡充するため,最近第5次ODA中期目標を策定し,その計画の下で,1993年からの5年間に総額700-750億ドルのODAを供与する予定であります。
このような努力の一環として,我が国は,2週間前に東京で「第3回モンゴル支援国会合」を主催し,来週は東京において,国連の協力を得て,「アフリカ開発会議」を開催することとしております。
(地球的規模問題への取組み)
第4の課題は,地球環境や人口といった地球的規模問題への取組みです。
地球環境問題解決の緊急性につき繰り返す必要はありません。我が国は,過去に深刻な公害を克服した自らの経験と能力を生かして,問題解決に向けた国際的努力に主導的な役割を果たします。例えば,環境関連技術の開発とともに,昨年日本に設置された国連環境計画(UNEP)国際環境技術センターを通じ,途上国への技術移転にも率先して取り組みます。昨年の国連環境開発会議(UNCED)において,日本は,5年間で70-77億ドルに相当する環境関連ODAを実施することを約束しました。このうち4分の1以上をすでに実施しました。
人口問題は,貧困や飢餓の原因ともなり,その解決は持続可能な開発のためにも重要です。この問題に対しては,教育や広報を視野に入れた幅広いアプローチが必要です。来年のカイロでの「国際人口開発会議」の開催を前に,我が国は「人口問題に関する賢人会議」を1月に東京で開催します。
(国連改革)
議長,
国連は,1995年に創設50周年を迎えます。第二次大戦直後に誕生した国連を取り巻く国際環境は,劇的に変化しました。その間,加盟国も51から184に拡大しました。
今日,国連に対する国際社会の期待は高まる一方であります。このような期待に応えるためには,21世紀を目前に控え,新たな時代の要請に応え得るための真撃な改革努力が必要であります。
私は,特に,平和維持活動,安全保障理事会の改組,行財政改革の3点につき考えを申し述べます。
(平和維持活動)
国連の平和維持活動に対し人的貢献を行うため,日本は,昨年,国際平和協力法を成立させ,アンゴラ,カンボディア及びモザンビークに要員を派遣しました。今後ともこのような協力を着実に進めていきます。
近年の国連維持活動の中で特筆すべきは,カンボディア暫定機構(UNTAC)の成功であります。関係諸国及びUNTAC関係者の努力に敬意を表したいと存じます。カンボディアにおいては,和平に関する包括的な枠組みが存在したこと,及び国際社会がこれを支持したことが,成功につながったと言えます。このような経験は国連の将来の活動に対し,有益な示唆を与えるものであります。
PKO要員の安全確保は,国際社会として優先的に取り組むべき課題であり,今次総会での活発な討議に期待します。
また,個々のPKO活動の時限化,適正な評価,及び活動期間の延長に当たっての既存の活動の厳格な見直しが必要であります。更に,昨年設立された平和維持留保基金の完全な発足とその活用を強く希望します。
(安全保障理事会の改組)
激増する地域紛争と安全保障理事会の役割の飛躍的増大に伴い,国際の平和と安全に主要な責任を有する安全保障理事会の機能強化が必要であります。そのためには,世界の繁栄と安定のために貢献する意思と相応の能力を持つ加盟国を積極的に活用していくことが重要であります。昨年の総会決議を受け,我が国を含む多くの国から提出された意見書の大勢は,効率性を確保しつつ,安全保障理事会を拡大すべしとの大きな方向性を示しています。安全保障理事会の改革問題に関する議論には,我が国としても建設的な立場で参加して参ります。
(行財政問題)
今日の国連財政の状況は,極めて深刻であります。特に,PKOの急増は,財政需要を迅速に満たすことの困難さを提起しております。しかし,いかに有益な活動であれ,それを支える資源なくしては無力であります。私は,加盟国がこの現実を直視し,自らの責務を果すことの重要性を改めて指摘したいと思います。
他方,私は,国連が,しばしば不効率や無駄遣いといった言葉と一緒に語られることを憂慮しています。財政面での規律の一層の強化と実効的なコントロール機能が必要であり,国連自身の最大限の努力に期待します。
(まとめ)
我が国は,以上の3点を踏まえて改革された国連において,なし得る限りの責任を果たす用意があります。
(結語)
議長,
国際連合の前身である国際連盟が1920年に設立された時,日本の著名な教育者である新渡戸稲造博士が事務次長の一人に就任しました。同博士は,日本の伝統的考え方を世界に紹介し,「道義」を重んじることが日本人の重要な価値観と述べた人物です。同博士は,ある講演において,「インターナショナル・マインドはナショナル・マインドの反意語ではありません。・・・・・・丁度博愛や慈悲が身近なところから始まるべきものであるように,インターナショナル・マインドは,ナショナル・マインドの延長であります。」(注)と述べています。日本と国際社会とのきずなに関する私の考えを良く反映しているこれらの言葉をもって,私の演説を終えたいと思います。ご清聴ありかどうございました。