第3節 わが国外交の課題
世界は相互依存の深まりにより、相対的に狭くなりつつある。転機に立つ国際社会で、わが国の積極的取組みを待つ新しい課題も日々生じている。わが国は、国際秩序の主要な担い手の一人として、世界の平和と繁栄を維持・発展させるため、積極的にその責任と役割を果たすことが求められている。「世界に貢献する日本」の実現こそがわが国自身の平和と繁栄を確保する道である。
1. わが国外交の基本的立場
わが国の外交は、先進民主主義諸国の主要な一員であると同時に、アジア・太平洋地域の一国であるとの立場に立脚している。
アルシュ・サミットでの宇野総理大臣(89年7月)
(1) 先進民主主義諸国の主要な一員としての外交
先の大戦の惨禍と破壊の中から、わずか数十年にして、わが国が世界有数の経済力を持つ国家になることができた現実は、わが国民の勤勉さと精進によることは、論をまたない。しかし、日本の今日の繁栄の理由は、それだけではない。わが国が一貫して、自由、平等、個人の創意と実行に大きな価値を見出す先進民主主義諸国の一員としての外交を進め、自由貿易体制の維持・強化を通じて経済の発展に努め、同時に、諸外国が日本に対し種々の支援を与えてくれた事実によるところも大きい。今後とも、先進民主主義諸国の一員としての立場に立脚し、その連帯と結束の維持と強化のために努力していくことが必要である。わが国が世界の平和と繁栄に貢献するため具体的施策を進めていくにあたっては、他の先進民主主義諸国との協力と協調が不可欠である。
わが国にとっての日米関係の重要性は、今さら指摘するまでもない。日米関係は、わが国外交の基軸である。安全保障面において、日米安全保障体制が、戦後約40年にわたり、わが国の平和と繁栄の維持と発展に貢献してきたことは周知のとおりである。経済面においても、米国はわが国にとり最も関係の深い相手国であり、米国との経済関係がわが国の経済発展に大きく寄与してきた。現在では、日米関係のあり方が、世界全体に大きな影響を及ぼすようになっている。日米両国は、二国間問題、あるいは地球的問題を問わず、二国間の観点を超えて世界的視点に立って協調し、協力し合っていかなければならない時代にはいっている。
西欧諸国は、市場統合、政治協力等の進展とともに新たな活力を示し始めており、国際的役割と責任を増大させつつある。わが国が世界の平和と繁栄のために国力にふさわしい貢献を行っていくには、日米欧三極間の強力でかつ均衡のとれた協力が、ますます不可欠になってきている。そのためには、欧州との関係の一層の緊密化を、今後の重要課題として取り組んでいく必要がある。
(2) アジア・太平洋地域の一国としての外交
アジア・太平洋地域の動向は、わが国に直接関係する。この地域の一層の発展と安定を保つことは、わが国をも含むこの地域全体の平和と繁栄にとり重要である。
現在、アジア・太平洋地域においては、世界的な好況の影響やわが国の内需拡大努力等の影響もあって、NIEsを始めとしてダイナミックな成長が継続するなか、同地域内の貿易が世界貿易に占める比重が高まっている。政治面においては、一部の途上国において民主化の動きが見られ、成熟の度を加えつつある。
わが国とアジア・太平洋地域との係わりは、地理的近接性もあり、経済的、文化的、歴史的に非常に深いものがある。しかし、同時に、相違点も数多く存在している。わが国としては、アジア・太平洋地域の様々な構成員の独自性、自主性に配慮し、この地域の平和と発展を共に目指していくとの立場に立って、協力していかねばならない。これら諸国・地域との間で、過去において不幸な経緯があったことも、わが国として絶えず謙虚に認識することが不可欠である。わが国の動向が、特に経済面において、アジア・太平洋地域全般に対し多大の影響を及ぼしている現実にも、十分留意していく必要がある。
わが国自身としても、アジア・太平洋地域の安定勢力として、この地域が一層発展し、安定度を高めるよう、積極的に貢献していくべきである。アジア・太平洋協力は、他の国々の意向をも尊重しつつ進めていくことが必要である。
2. わが国外交の課題
わが国自らの安全の確保と繁栄の維持は、わが国外交の二大基本課題である。国際間の相互依存関係が深まっている現在、世界の平和や繁栄とわが国自身のそれとは、もはや不可分になっている。わが国の国際社会に占める位置の高まりに伴い、わが国が取り組むべき国際的な課題も、極めて広範かつ多岐にわたっている。今や、国際環境を単なる与件としてとらえる時は去り、わが国自身が国際社会の動向を左右する一つの重要な要素となっていることを前提として、国際社会に臨んでいくべき時となっている。わが国が国際の平和と繁栄への協力を進めるにあたっては、既存の枠組みの下での協力を拡充するにとどまらず、創意をもって国際的な諸努力に積極的に参画し、世界に貢献していくことが必要となっている。
この認識の下、88年5月、わが国は、「世界に貢献する日本」実現のための具体的施策として、「国際協力構想」を世界に明らかにした。今や、これらを積極的に具体化し、拡充し、発展させていくことが肝要である。
(1) わが国の安全の確保
安全保障に万全を期することは、国家の独立と繁栄を維持し、国民の生命・財産を守るために必要不可欠な条件であり、外交の基本的課題である。
今日の国際社会の平和と安定は、基本的には力の均衡と抑止の上に成り立っており、わが国は、自らの安全保障の確保のために、以下の3本の柱に基づき努力している。すなわち、(あ)わが国を取り巻く国際環境を、できる限り平和で安定的なものにするための積極的外交の展開、(い)日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用、(う)自衛のために必要な限度においての質の高い防衛力の整備、の3点である。
(2) 世界経済の健全な発展への貢献
わが国は、その経済構造を従来の輸出依存型から内需主導型に転換させ、国際的に調和のとれたものとすべく積極的に努力してきた。内需主導型の経済運営や市場アクセスの改善、輸入拡大努力は継続されており、近年の為替調整もあり、輸入の増大をもたらしている。なかんずく、アジアNIEsやASEAN等からの製品輸入の増加は大きく、これら諸国・地域の経済発展にとってのわが国の役割は大きくなってきている。最近では、海外に進出したわが国企業の製品が「逆輸入」され、貿易摩擦の解消につながることが期待されている。わが国は、これらの方向に沿って引き続き努力していく必要がある。
個別の貿易摩擦の問題に対しても努力が続けられ、88年には、わが国公共事業への外国企業の参入、牛肉・柑橘の輸入自由化等の問題が解決をみた。
自由で多角的な貿易体制の維持・強化は、世界全体、ことにわが国にとっては極めて重要である。わが国は、ガットを中心とする多角的自由貿易体制の維持・強化のため努力してきている。現在、21世紀に向けて新たな貿易体制を構築することを目指して進められているウルグアイ・ラウンド交渉については、90年末までに実りある成果を伴って終結させるために、わが国としても積極的に貢献していかなければならない。
累積債務問題の解決に向けて、わが国は、従来から積極的に貢献してきた。さらに、89年7月のアルシュ・サミットで、途上国への資金流入の活性化を目指した現行の資金還流措置を、「87年から3年間で300億ドル」から、「87年から5年間で650億ドル以上」に拡充することを表明した。
科学技術に係わる多様な問題の解決にも取り組んでいく必要がある。
3. 「国際協力構想」
わが国自身の平和と繁栄を確保するためにも、「世界に貢献する日本」の実現が急務となっている。この認識を踏まえ、わが国は、安全の確保のための努力と世界経済の健全な発展への貢献という基礎の上に、わが国のなし得る国際的貢献の具体的施策として、「平和のための協力」、「政府開発援助(ODA)の拡充」、「国際文化交流の強化」を3本柱とする「国際協力構想」をまとめ、その推進に努めている。この構想を拡充する形で、環境等の地球的規模の問題へも積極的に取り組もうとしている。これらの分野におけるわが国の国際的貢献を一層拡充し、国際社会の側の必要に応えるものとしていくことが、当面の重要施策である。
(1) 平和のための協力
近年のわが国の国力の著しい伸長を背景に、わが国に対する国際社会の期待は、経済や経済協力の分野にとどまらず、国際平和の維持、確保等の政治的分野においても一層強いものとなってきている。わが国の平和と繁栄にとって世界の平和と繁栄が不可欠であり、わが国としても、世界の平和と安定を構築し、維持していくために精力的に参画していくことが求められている。
今後、わが国は、確固たる平和の基盤をつくるための外交努力の実施、国際テロ防止のための国際協力の強化、平和維持活動への資金拠出等の協力の多様化と拡充、国連その他の国際的な枠組みを通じる平和維持活動に対する要員派遣、難民援助の強化、紛争終了後の復興援助等への積極的貢献を行う方針である。
平和の基盤を作るための外交努力の一環として、軍縮への貢献がある。竹下総理大臣が88年6月の国連軍縮特別総会の演説で提唱した国連軍縮会議が、89年4月京都において開催され、宇野外務大臣が基調演説を行った。わが国は、89年1月パリで開かれた化学兵器禁止国際会議に出席するとともに、ジュネーヴ軍縮会議での協議にも積極的に参加している。
平和維持活動に対する要員派遣は、わが国が今後積極的に対応していくべき分野である。88年の国連アフガニスタン・パキスタン仲介ミッションや国連イラン・イラク軍事監視団への外務省員の派遣に続き、89年4月に活動を開始した国連ナミビア独立支援グループに対しても、本年11月上旬実施予定の制憲議会選挙に向け、30名程度の選挙監視要員の派遣を予定している。
(2) 政府開発援助(0DA)の拡充
発展を目指し努力を続けている多くの開発途上国も、国際社会の重要な構成員である。わが国は、「相互依存」と「人道的考慮」という基本理念に基づき、援助を実施している。近年、わが国のODAは、その規模の拡大に伴い、開発途上諸国や地域の経済の発展と社会基盤の整備を通じて、これら諸国の平和と安定の強化に資していることは事実である。わが国ODAの推進にあたっては、この点を十分に考慮する必要がある。
わが国は、従来より、二国間協力と国際機関を通じた協力を柱として貢献に努めてきており、具体的には、78年以降、累次の中期目標を設定し、計画的なODAの拡充を図ってきている。現在、88年6月のトロント・サミットを機に発表した「第4次中期目標」を実施中であるが、この計画は、日本を確実に世界最大の援助国の地位に押し上げるものである。
このような「援助大国」日本に寄せられる国際社会の期待は大きいが、同時に、それに伴う責任、その責任を果たしていく上での課題も多い。わが国が、その巨大なODAをどのように使い、それによって何を達成しようとしているのか注目され始めている。また、量の拡大に伴い、その効率的・効果的実施に対する国民の関心も高まっている。このような期待や関心にどのように応え、課題にどう取り組んでいくか、まさに試練にみちた時期にさしかかっているといえよう。これは、「世界に貢献する日本」の真価が問われていく重要な場面にほかならない。全力を挙げ、英知を傾けて取り組むにふさわしい問題であり、これを正面から受けとめ、あらゆる努力と工夫が払われなければならない。
(3) 国際文化交流の強化
国際文化交流は、体制や価値観の相違を超えて、相互理解を促進する基礎をつくるものである。多様な文化の相互交流は、異質な文化に対する寛容な心を培
わが国の国際的地位の向上に伴い、わが国の国際的影響力が増大するとともに、対日関心も急激に高まっている。同時に相互の文化や社会習慣の違いにより、誤解や理解不足が生じ、摩擦の原因となる場合も多く見られる。日本を広く世界に知らせ、日本に対する正しい認識と理解を培うとともに、このようにして、開かれた国際社会を築く努力に参加することが重要である。
こうした認識に立って、89年3月に国際交流基金強化のため、50億円の政府出資金の積み増しが行われた。88年10月~89年1月には、米国で大名美術展が開催された。89年9月からは、ベルギーでユーロパリア日本祭が開かれる予定である。
89年5月、竹下総理大臣の私的懇談会である「国際文化交流に関する懇談会」(平岩外四座長)が最終報告を提出し、わが国の国際文化交流の強化が緊急の国家的課題であると指摘するとともに、国際交流基金の活動基盤の強化を始めとする種々の提言を行った。わが国としては、このような提言を踏まえつつ、今後とも国際文化交流の強化に努めていくことが必要である。
(4) 環境問題等、地球的規模の問題への対応
ここ1年、地球温暖化、オゾン層の破壊、熱帯林の減少等の地球的規模の環境問題への認識がにわかに高まった。このような問題は、一国ないし一地域のみで解決できるものではなく、その影響が全地球的規模で現れるため、その解決に向けて、国際機関の活用等を含む国際的な協力が不可欠である。
このような問題の解決にあたっては、冷静かつ科学的なアプローチと国の経済発展を求める開発途上国の事情への適切な考慮を忘れてはならない。わが国が、これらの問題の解決のために、積極的に貢献していく必要があることはいうまでもない。わが国は89年9月、東京において、「地球環境保全に関する東京会議」を開催する予定である。
さらに、一国の努力だけでは対応困難な人口、食糧、文盲、エネルギー、自然災害等の問題への取組みも、推進していく必要がある。
む す び
もはや、国際社会は、その構成員が自らの更なる発展と豊かさを志向していく限り、協調と協力の下に進んでいかざるを得ない状況に立ち至っている。このような認識の下、わが国は、この地球社会を構成する一国家として、また、国際秩序の主要な担い手の一人として、独善と利己主義に陥