第1章 国際情勢とわが国の外交

 

第1節 変化する国際社会

 

1. 国際情勢の動き

 

 現在、国際社会は大きな変化の中にある。戦後世界を形づくってきた国際秩序は、この急激な変化を前にして、自らを適応させることを余儀なくされており、様々な模索が行われている。

 米ソを中心とする東西関係において、対話が定着し、戦後の世界を特徴づけていた対立の構造が変化しつつあるように見受けられる。1985年3月にゴルバチョフ書記長が登場し、同年11月には、6年振りに米ソ首脳会談が開かれ、それ以後米ソの対話は定着した。米国は、70年代のデタントの失敗を繰り返さないためソ連との関係を全体としてとらえる努力を行っており、米ソ二国間、軍備管理・軍縮、人権、地域問題の4分野での進展を米ソ関係全体の進展の基準においた。87年12月、INF(中距離核戦力)全廃条約が署名され、89年2月、ソ連軍のアフガニスタンからの撤退が完了した。現在、米ソ間において戦略核兵器削減交渉(START)が行われている。欧州地域においては、全欧安全保障・協力会議(CSCE)のプロセスが加速化され、ソ連・東欧における人権問題改善への動きが見られるようになった。欧州通常戦力交渉(CFE)と信頼・安全醸成措置交渉(CSBM)も進められている。東西両欧州の間の要人の往来も活発化しており、戦後欧州の国際秩序の前提であった欧州の分断を克服できるのではないかとの期待が高まっている。

 中ソ関係も国際秩序に影響を及ぼす重要な要因である。この関係も対立の時代を終え、89年5月にゴルバチョフ書記長が訪中し、トウ小平中央軍事委員会主席との間で、30年振りの中ソ首脳会談が実現し、国家関係及び党関係の正常化が図られた。

 

世界のGNPシェア地図(87年)

 

GNP上位15か国(単位:10億ドル)

1. 米国     4,486

2. ソ連   (注)2,055

3. 日本     1,926

4. 西独      880

5. フランス    715

6. イタリア    597

7. 英国      593

8. カナダ     390

9. 中国      320

10. ブラジル    315

11. インド     241

12. スペイン    233

13. 豪州      176

14. オランダ    173

15. メキシコ    149

 

(データ出所)世界銀行「ATLAS」1988

(注)ミリタリー・バランス(1988~89年版)の数値18,000~23,100億ドルの平均値による。

 

 社会主義諸国の経済は低迷を続けており、一部東欧諸国、中国、ソ連においては、経済改革に積極的に取り組む姿勢が見られる。しかし、ソ連の民族運動や、中国での民主化を求める学生や市民に対する抑圧等、経済改革とそれに伴う政治改革を進めていく上で、()余曲折が生じている。また、一部東欧諸国において、改革に背を向けた姿勢が見られる。これらの動向が、これからの新たな国際秩序の形成にどのような影響を及ぼしていくのか注目されるところである。

 地域問題においても、解決へ向けての動きがみられた。地域紛争は、それぞれに固有の原因を持っているが、東西関係の改善とアフガニスタンからのソ連軍の撤退は、これらの紛争解決に直接、間接に影響を及ぼしている。88年12月には、アンゴラ・ナミビア問題に関する合意が成立した。カンボディア問題に関しても、和平達成に向けての種々の努力が行われており、89年7月末、パリでカンボディア和平のための国際会議が開催された。

 88年秋のソウル・オリンピックには、12年振りに東西の両陣営を含む世界の大多数の諸国・地域が参加した。また、同年から89年にかけて、韓国といくつかの社会主義諸国との間での関係改善も進み、貿易事務所の相互開設が合意されたり、国交が樹立されたりした。

 国際経済にも、新しい秩序を模索する動きが見受けられる。世界経済は全般的に良好な成長を持続しており、国際経済システムの中心である自由貿易体制とこれを支えるガット(関税と貿易に関する一般協定)、IMF(国際通貨基金)体制が基本的には有効に機能していることを示している。しかし、先進民主主義諸国の間で、インフレ懸念の(こう)進、縮小しつつあるも依然大幅な対外不均衡、保護主義圧力の増大等の問題点があり、各国の政策協調の維持・強化が求められている。世界貿易の広がりは、物の貿易だけを想定した現行ガット体制の補強を必要としており、サービス、投資、知的所有権といった新分野でのルール作りを含めたウルグァイ・ラウンドが開始されている。アジアNIEs(新興工業国・地域)の台頭は、世界経済の運営について、先進工業国間の相談だけでは不十分であることを示しており、OECD(経済協力開発機構)ではNIEsとの対話を始めている。その他の開発途上国は、依然厳しい状況にある。アフリカ等の最貧国は、経済状況の悪化に苦しんでいる。中南米等の中進国においても、累積債務問題が深刻化し、世界経済・金融体制の健全な発展にとり重大な問題となっており、さらに、一部諸国では社会・政治問題化の兆しを見せている。こうした中で、債務問題を含む途上国の諸問題に積極的に対応すべく、二国間ないし多国間で、様々な努力が行われている。また、米加自由貿易協定の発効やECの市場統合へ向けての動き等の地域協力の広がりも、今後の世界経済のあり方に関係してくる重要な進展として注目される。

 最近では、森林資源の減少、オゾン層の破壊、地球温暖化といった地球的規模の問題が急浮上してきている。これらは国際社会が全体として取り組まなければならない問題であり、解決に向けての積極的な動きが見られる。

 

2. 国際社会の変化の背景

 

 このような国際社会における動きの背景には様々な要因が存在している。これらの諸要因は、相互に作用し合いながら複雑に絡み合って、政治、軍事、経済等の国際社会のあらゆる分野に、様々な形で影響を与えている。

 (1) 現在の国際社会においては、市場経済原理に基づく政策を採用している諸国家の経済が成長を続け、国民の生活水準の向上を持続させている一方で、社会主義諸国や社会主義的な政策を採用した開発途上諸国は、その停滞や行き詰まりに苦悩している。社会主義諸国におけるイデオロギーの相対的比重が低下しつつあり、そのことが、逆に国際社会に一定の変化をもたらすに至っている。社会主義諸国の多くは、経済建設の行き詰まりにより、政策転換を余儀なくされ、国民が生活の向上を要求するようになってきた国も少なくない。一部の東欧諸国、中国、次いでソ連が、経済発展を国家の中心の課題にすえ、改革への志向を強めている。問題は、経済発展のための経済改革は政治改革を伴わざるを得ない点にある。今や社会主義諸国は、中国の最近の出来事にも見られるように、両者のバランスを如何にとるか、イデオロギーとの整合性を如何に図るか等、極めて難しい問題に直面しているといえよう。

 社会主義的な政策による経済建設を試みた開発途上諸国においても、対外関係を調整し、国内改革を志向する動きが強まっている。

 このような傾向が、平和的な国際環境を求める動きを強め、東西関係の対話への動きと地域紛争解決への動きを助長している。

 (2) 米ソ両超大国の国際社会に占める比重は相対的に低下してきている。

 米国についていえば、第2次世界大戦直後、その対世界GNP比は約5割といわれていたが、86年には約26%になっている。これに対し、西欧諸国や日本の国際社会での比重は上昇しており、EC諸国は世界のGNPの約21%、日本は約12%を占めている。EC諸国は、92年の市場統合に向けて、着実に歩みを進めており、ユーロ・ペシミズムを一掃して、「欧州の復権」に自信をつけてきている。ただし、米国の比重が相対的に低下しているとはいえ、米国が依然世界第1の経済力を保持していることに変わりはない。今日まで蓄積され、引き続き発展している米国の科学技術を始めとする総合的な力や巨大な軍事力、そして米国社会に内在する活力を見れば、米国が今後とも先進民主主義諸国のリーダーとしての役割を担い続けていくことは明らかであり、また、そうあることが望まれる。

 ソ連についていえば、もともと軍事力を中心とした大国であり、これまで、その強大な軍事力により発言権を確保してきた。ソ連が軍事大国でなくなるということは考えられないが、経済発展の行き詰まりという問題に加えて、近年の科学技術の急速な進歩に(かんが)み、ソ連が軍事力の維持・向上のため不可欠な国家の経済力、特に、科学技術開発力や生産力の向上を持続することができるのか、という問題が生じている。ソ連のペレストロイカ(立て直し)は、この問題に対するソ連指導部の一つの解決策として示されている側面がある。

 米ソの比重の相対的低下は、この両超大国の国際情勢に対する影響力の相対的低下を伴っており、それとともに、より多くの国ないし国の集団が国際社会により一層影響を及ぼすようになっており、今日の国際政治秩序の不安定性を増大させている。

 (3) 軍事力の均衡が保たれ、抑止力が十分作用している世界においては、経済力の大小が、国際社会に影響を及ぼす上でより一層大きな意味を持ち始める。より大きな生産力、より大量の資金、より大量の情報を有するものが国際経済において優位を占め、国際社会での発言力を増大している。このことも、体制の如何、南北の如何を問わず、経済重視の姿勢を強める結果となっている。

 (4) 科学技術の進歩は、産業発展を通じ経済成長の(かぎ)となっており、科学技術力、特に生産につながる技術開発力の国際社会における重要性が高まっている。この認識の高まりとともに、各国は研究開発に多大の努力を傾けるようになってきている。東側諸国も、科学技術の遅れが、経済力、軍事力の遅れに繋がるとの明確な認識を持っている。研究開発に関連しては、知的所有権の保護のあり方が大きな問題となってきている。研究成果のただ乗りの問題も生じており、技術国粋主義、いわゆる「テクノ・ナショナリズム」や保護主義への動きも生じている。国際的研究協力の推進や基礎研究の振興等の課題も生まれている。民生主導型の技術開発の長足の進歩とそれによる高度な汎用技術の出現により、民生技術から軍事技術への転用の問題も生じている。この問題は、東西関係の観点からは、共産圏諸国への軍事技術流出の問題、すなわちココム(COCOM)規制に係わる問題を複雑にしている。

 このように、科学技術と国際政治・経済との有機的な繋がりが深まるにつれ、総合的な科学技術外交が求められるようになってきている。

 (5) 国際的な経済活動は、科学技術の進歩によりその広がりと深さを増しており、情報、人、物、資金は、高速、大量、広範囲に移動している。これは、主として先進民主主義諸国及び市場経済体制を採用する開発途上諸国において顕著な現象であるが、国境にとらわれない経済活動、いわゆる「ボーダーレス・エコノミー」化の動きともいわれている。あらゆる経済面において、相互依存関係は一層深化し、各国とも、もはや世界の動きから孤立して自国の豊かさを追求することは不可能となってきている。自国の経済発展のためには、進んで世界市場へ参加し、そこで市場経済体制に(のっと)った競争に耐え、良質の製品や必要とされる資本を提供し、あるいは調達し、自国の経済を拡大していくことが必須となっている。

 しかし、同時に、このボーダーレス・エコノミー化の進展が、種々の国内的・国際的摩擦を作り出している側面もある。世界市場の経済原理に基づく要請と主権国家(国境)の自立性との間の、すなわち、グローバリズムとナショナリズムとの間の相克の問題である。世界市場へのより一層の統合が、自国経済の活性化と発展に不可欠であるとの認識が広まりつつある中で、この統合の過程は必ずしも円滑に進行するとは限らず、逆方向への動きが強まる可能性が依然として存在している。

 (6) 昨今の国際情勢における特筆すべき一つの傾向として、アジア・太平洋地域の重要性の増大が指摘される。85年に、太平洋貿易は大西洋貿易を追い越した(注)。太平洋をはさんだ隣国である米国と日本のGNPは、実に世界のGNPの4割近くを占めている。アジアNIEsの経済成長は著しく、87年には、8.8%のシンガポールを除き、軒並み10%以上の高度成長を遂げている。アジア・太平洋地域の87年の経済成長率の平均は6.3%(注)を記録している。

 最近に至って、NIEs、ASEANを含むアジア諸国・地域間の水平分業が進みつつある。このアジアNIEsやASEANの経済発展は、開発途上国に発展の希望を与えるものである。これら諸国・地域の世界経済全体の活性化への貢献は、正当に評価される必要があり、その持続的経済発展を通じ、国際経済の枠組みの強化に貢献し、国際経済全体の活力を持続させていくことが期待される。現在、この地域の発展をさらに進めていくため、アジア・太平洋協力を具体化するための様々な動きが見られる。

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(注) 太平洋貿易: 米、加及び中南米諸国と、日、豪、ニュー・ジーランド、ASEAN諸国、中国、韓国、香港、台湾との貿易総額累計
大西洋貿易: 米、加及び中南米諸国と、西欧、アフリカ諸国(南アフリカを除く)との貿易総額累計
(注) ブルネイとシンガポールを除くASEAN諸国、アジアNIEs、日、米、加、豪及びニュー・ジーランドの数値より算定。