第3節 中南米
1. 内外情勢全般
(1) 近年の中南米においては,政治,経済の各方面で全体として変化が見られる。すなわち.政治面では,80年代に入って中南米の8か国で軍政から民政に政権が移管される等民主化の趨勢が顕著であり,それに伴い中南米における政治体制としての民主主義が定着の方向に向かいつつある。一方,経済面では,国際的経済環境の変化もあり,対外債務の累積,輸出の伸び悩み,財政赤字の拡大等の問題に直面し,各国は国内経済体制の構造的改革を迫られている。
対外面では,従来の米国との関係を中心としてきた状態から,中南米諸国が経済,外交の面で多角化を目指そうとする意図が看取される。その背景としては,経済面では米国の対外経済援助の削減,中南米地域からの対米貿易の不振等,また外交面ではフォークランド(マルビーナス)紛争,中米紛争といった問題に関する米国と中南米諸国の意見の相違等が考えられるが,より基本的には米,欧州など従来から関係の密接だった地域に加え,日本をはじめとするアジア地域への関心の高まりが挙げられよう。また,このような傾向と並行して,中南米の経済の拡大,中南米の発言力の強化を目指し,中南米地域の統合を図ろうとする動きが活発化している。
(2) 民主化の動向
80年代に入り,中南米諸国では民主化の傾向が顕著である。87年中も,アルゼンティンで一部軍人の反乱事件が起とったり,各国において激しいスト攻勢が行われる等,民政移管を実現した諸国は,旧体制からの挑戦や,対外債務問題を中心とする経済問題を背景として困難な道を歩んでいる。また,85年に21年ぶりに民政移管を達成したブラジルでは,新憲法の制定をめぐり国内で様々な議論が行われる等,中南米の民主政権は定着への過渡期にあると言えよう。さらに,中南米では,88年,89年に大統領選挙等が予定されている国が多く,88年は前年にも増してこれら選挙に向けての政党等の活動が活発化し,政局が大きく動くことが予想される年となっており,中南米の民主化の真価が問われることになろう。
一部の諸国では,テロ活動による治安の悪化,麻薬問題等の社会問題を抱えており,各国政府にとっては,これらの問題に対する対処も民主主義体制及び政権の安定化のために重要な課題となっている。
(3) 国際関係と地域統合
中南米諸国の対外関係は,近年多角化の傾向を見せている。民政移管に伴ってブラジルのキューバとの復交(86年),ウルグァイの中国との国交開始(88年)等,共産圏諸国との関係改善の動きがあり,また,86年以降アルゼンティン,ウルグァイの各大統領,アルゼンティン,ウルグァイ,ブラジルの各外相がそれぞれ史上初めて訪ソする等,対ソ外交の活発化がみられた。一方,ソ連はゴルバチョフ書記長就任以来対中南米外交を活発化させており,87年9~10月のシェヴァルナッゼ・ソ連外相の中南米訪問が注目を集めた。また,中南米諸国は日本やアジアNIES等の経済成長に注目し,従来あまり関係が緊密でなかったアジア,太平洋諸国への接近の姿勢を見せ始めている。
中南米諸国と米国との関係では,中米問題等一部の問題で双方の意見の相違が見られたが,民主化の達成された国と米国の関係はおおむね良好に推移した。しかし,米国は,一部中南米諸国に対しては,民主主義の欠如や麻薬対策の不十分さを批判している。
経済的社会的困難に直面する中南米諸国においては,地域の統合に向けての動きが徐々に活発になってきている。こうした動きは,統合による経済活動,取引の活発化を目指すと共に,「中南米」のアイデンティティを高め,国際社会における発言力を強めようとするものと考えられる。アルゼンティンとブラジルの経済統合は,未だ十分なスケールには達していないが徐々に軌道に乗りつつあり,また,87年11月にはメキシコのアカプルコで中南米8か国(リオ・グループ)の大統領が会合し,中南米の統合,債務問題中米紛争等につき協議した。本件会合は,米国のイニシアティブによらない中南米諸国独自のものとして注目された。
(4) 累積債務問題と経済情勢
累積債務問題は,依然中南米諸国にとって政治的・社会的にも大きな影響を与える最大の経済問題であった。一次産品価格はわずかながら上昇に向かっているが,88年には金利の上昇も予想されることから,大きな改善は見込めない状況である。
87年は,また,累積債務問題をめぐって様々な動きが見られた。2月のブラジルの対民間銀行利払い停止措置は,国際金融界を揺るがしたが,その後2度にわたる蔵相の更迭を経て,ブラジルは国際金融界との協調路線に向かおうとしている。他方,米国政府債券の保証付きのメキシコの債務の証券化構想は,当初期待されたほどの額には至らなかったものの,債務問題解決に対する新たなアプローチとして注目される。ボリヴィアも,大幅にディスカウントされた額での債務の買戻しや債務と自然保護のスワップ(自然保護団体が債務を買い取る代わりに,ボリヴィア政府は自国内の自然保護を義務付けられる)等の債務削減策を講じた。
他方,輸出の推進,一部諸国における国営企業の民営化,外国投資受け入れ体制の整備等,経済の活性化につながる国内経済の構造改革を目指しての努力も多くの国で進展している。
国連ラ米経済委員会資料によれば,87年の中南米経済は,国内総生産の伸びが前年比2.6%に留まり(86年3.7%),他方インフレが再燃し,86年の64.6%から187.1%に上昇する等多難の動向を示した。また対外面では,一部の一次産品価格の上昇,幾つかの国での製造業品目の輸出の好調等により輸出額は13%増加し,貿易収支黒字額も86年の182億ドルから87年には227億ドルに増加した。中南米全体の累積債務額は,4年続けて緩やかな伸びであったが,87年末には4,098億ドルに達したものと推定される。
2. 主要国情勢
(1) ブラジル
(イ) 87年のブラジル内政は,制憲議会の新憲法草案審議を巡り大きく揺れ動き,なかでも,将来の政治体制(大統領制か議院内閣制か)と大統領任期(4年か5年か)の問題は,政府と議会の間で大きな意見の対立を生じたが,結局,88年3月,現サルネイ政権の主張通り大統領制の維持,次期大統領任期を5年とすることで決着を見た。
この間,新憲法草案,経済・財政政策等を巡り与党のブラジル民主運動党と自由戦線党内で対立が深まり,現政権の基盤が弱体なこともあり,政局は極めて流動的な動きを見せた。
(ロ) 経済面では,87年に入り鉱工業生産が低迷する中で,高インフレが再燃したため,87年6月に至り,物価・賃金凍結を主内容とした「新クルザード計画」が実施された。しかし,3か月間の凍結期間後,高インフレが再燃(87年は366%),国内需要低迷により景気も下降した(同GDP伸び率は2.9%)。なお,貿易収支は好調で87年は116億ドルの黒字を計上した。
また,対外債務問題では,IMFとの対立路線をとっていたフナロ蔵相が辞任し,ブレッセル蔵相(6月~12月),ノブレが蔵相(88年1月~現在)と交代し国際協調路線への政策転換が行われ,国際民間銀行団との債務交渉も漸次進展を見せてきている。
(2) メキシコ
(イ) 87年のメキシコ内政の最大の焦点は,与党立憲革命党(PRI)の次期大統領候補の決定である。圧倒的強さを誇るPRIの民主化を求める流れの中で,PRIの歴史上初めて複数(6名)の予備候補が事前に発表されるという新しいプロセスを経て,10月サリーナス前予算企画相が指名された。同候補の指名の背景には現政権の経済政策の継続性重視の考えがあると指摘されている。88年7月には大統領選挙が行われ,サリーナス候補が当選した。
外交面では,対米関係において従来に比し,より協調性を重視した外交政策をメキシコが採るようになってきたことが注目された。
(ロ) 87年の経済は,対外的には石油価格の回復,工業製品等非石油製品の輸出の好調により,84.3億ドルの貿易黒字を計上,外貨準備高も130億ドル以上と過去最高水準を記録した。他方,国内経済面では,87年11月のペソ対ドル自由レートの33%切り下げによる輸入品価格上昇もあり,87年のインフレ率は史上最高の159.2彩となった。政府は,インフレ抑制を図るために,87年12月公共料金の据置,財政支出の削減等を骨子とする「経済連帯協約」と呼ばれる経済政策を発表した。
債務問題では,債務負担軽減を図るため新しいアプローチを採用し,過去最高水準の外貨準備を背景として,88年3月米財務省発行のゼロクーポン債を担保とした元本保証の国債を発行し,25彩以上の割引率にて,既存の民間銀行債務との交換を行った。
(3) アルゼンティン
87年4月,人権侵害裁判に関する軍人の取扱い等をめぐり,一部軍人の軍施設占拠事件が発生したが,平和裡に解決され,アルゼンティンの民主主義体制は定着しつつありと見られる。
他方,87年9月の選挙においては,経済情勢の悪化を背景に与党急進党が敗北を喫した。
経済面では,インフレ傾向再燃等の困難な情勢に対し,政府は各種構造改革を実施すべく努力している。また,貿易黒字の減少により外貨事情は厳しいものとなってきており,対外債務の利払いが継続できるか懸念されている。
(4) パナマ
88年2月26日,パナマでは,デルバイエ大統領のノリエガ国防軍司令官解任に端を発する政権交替が行われ,デルバイエ大統領がパナマ国会により解任され,ソリス政権が発足した。
今世紀末のパナマ運河返還を控えパナマ民主化促進を目指す米国は,同政権交替を認めず,これを機に米政策の阻害要因たるノリエガ司令官の退陣,出国実現に向けて,経済制裁措置等を実施した。
ドルを実質的自国通貨とするパナマ経済は,米国の経済制裁措置により混乱状態に陥り,一枚岩と言われた軍内部でも,クーデター未遂事件が発生し,ノリエガ司令官は窮地に追いこまれていると見られるが,経済制裁措置の効果も決定的とはならず,ラ米諸国の態度も変化し始め,反ノリエガ勢力も盛り上がりを欠き,事態が長期化する様相も見せ始めている。他方,同司令官があくまで居座る場合,米国としては軍事介入の可能性も排除しておらず,周辺地域の安定,パナマ運河の航行等との関連もあり,今後事態の進展が注目される。
3. 我が国との関係
(1) 全般的関係
(イ) 我が国と中南米諸国は伝統的に友好協力関係にある。近年の両者の関係に見られる特徴としては,従来中南米諸国は地理的,歴史的背景から,ともすれば欧米ばかりに視線が向くきらいがあったのに対し,近年は経済力,科学技術の発展に伴う我が国の国際的地位の上昇により,中南米諸国の我が国に対する期待と関心が飛躍的に高まっているということである。
このような中南米諸国の期待と関心に応えて,我が国も政治対話の推進,人的交流の活発化,経済協力の拡充等,活発な対中南米外交を展開している。
特に,87年9~10月に倉成外務大臣が,ドミニカ(共),ヴェネズエラ,グァテマラを訪問し,我が国の中南米重視の姿勢を示し,中米平和等に対する我が国の立場を明確に示したことは重要であった。
また,88年4月には,ヴェネズエラのルシンチ大統領が初の国賓として我が国を訪問し,21世紀に向け日本・ヴェネズェラ両国の国際的地位にふさわしい,新たな関係を構築していくことが確認されたことも,中南米の我が国に対する期待の表れと言える。
(ロ) 累積債務問題に直面する中南米諸国に対しては,我が国の資金還流措置のうち,2国間で還流する120億ドルのうち40億ドルを目途として中南米諸国に対して還流することを決定し,87年度までにアルゼンティン,ボリヴィア,ヴェネズエラ,トリニダッド・トバゴ,コロンビアに対し約9億ドルの資金供与等が決定された。中南米諸国の本資金還流措置に対する関心には非常に大きいものがあり,今後本計画の円滑な実施を図っていくことが極めて重要となっている。
(ハ) 従来比較的に経済中心であった日本と中南米の関係も,最近は文化や科学技術といった新しい分野での交流が活発化している。例えば,日本とアルゼンティンの間では,87年9月に,「日本アルゼンティン協力中長期展望会議(いわゆる賢人会議)」の報告書が両国首脳に提出されたが,報告書は幅広い分野における日ア関係緊密化のための指針となっており,今後の中南米諸国と我が国の関係のあり方について1つのモデルを提供するものといえよう。
(ニ) 中南米には,百万人近い移住者・日系人が在住しており,各国でその勤勉さが高く評価されている。87年にはメキシコにおいて移住90周年記念祭が,88年にはブラジルにおいて移住80周年祭が開催されたが,今後とも各国で,移住者・日系人が我が国と中南米諸国の相互理解の架け橋として活躍することが期待される。
また,88年は,ヴェネズェラとの修好50周年,メキシコとの修好100周年等,日本と中南米諸国の関係において記念すべき年になっており,その関係が21世紀に向けて一層幅広く緊密なものになることが期待されている。
(2) 経済関係
(イ) 中南米諸国は,経済活性化のために日本との協力に大きな期待を寄せているところ,我が国も中南米諸国との経済交流の活発化を図るために種々の方策を講じてきている。
87年4月には,アルゼンティン,ウルグァイ,チリに対して官民合同の南米経済使節団が派遣され,また,メキシコにおいて第10回目墨経済合同委員会が開催(87年11月),また同国に対して経済交流促進ミッション,海外旅行促進代表団が派遣される等,様々なレベルで経済交流活発化への努力が行われている。他方,中南米諸国からも,日本との経済関係の緊密化を目指して,多くの国から経済閣僚,経済ミッションが来日したが,これは中南米諸国の対日期待の高まりを如実に示すものと考えられる。
(ロ) 87年の日本と中南米諸国の貿易は,日本の輸出が前年比7.7%減の87.6億422万ドル,日本の輸入は同2.6%増の60億268万ドルであった。また,日本の対中南米直接投資については,87年3月末累計で203億7,300万ドルであり,我が国の対外直接投資の19.2%を占めている。86年度の投資額は47.3億ドルであったが,その大半(約8割)はパナマやケイマンといったタックス・ヘイブン向けの債権投資になっている。