第4節 科学技術についての国際協力

1. 科学技術一般

我が国の経済力の向上,経済構造の高度化に伴い,世界の我が国を見る目,我が国の科学技術力を見る目が急速に変りつつある。

87年から88年にかけて行われた日米科学技術協力協定の改訂交渉は,このような世界の我が国を見る目の変化を端的に示したという意味で特筆されるべき交渉であった。右改訂交渉において米国は,日米間の科学技術交流の不均衡是正を交渉の中心テーマに据えてきたが,この姿勢は,とりも直さず,我が国の科学技術の水準が分野によっては米国を上回るものが出てきており,そのような状況において交流の不均衡を放置し,日本にただ乗りを許し続ければ,米国の産業,特に,ハイテク部門の産業を日本との競争において益々不利な立場に立たせることになるとの米国の認識・危倶を示したものに他ならない。また,日米交渉においては,交渉開始直前に東芝機械のココム違反事件が起ったこともあり・先端科学技術と安全保障との関係が,交渉の一つのテーマとして取り上げられたが,このような姿勢は,我が国の科学技術の水準をもってすれば,我が国が安全保障上極めて重要な技術を生み出し得る,との米国の認識を示したものと言えよう。

日米間の科学技術関係は,戦後一貫して我が国が主として米国より科学技術を摂取してきたという意味で,特殊な二国間関係であり,直ちに,我が国とその他の国との関係に敷街することはできないが,米国の我が国を見る目の変化は,他の主要西側先進諸国の我が国を見る目にも遠からず大きな影響を及ぼすものと思われる。我が国としては,今後,このような世界の我が国を見る目の変化に対応して,特に対先進国協力という観点から応分の貢献を果たして行くことが求められよう。

さて,87年は,上記日米交渉の外にも次の2点で,我が国の科学技術の分野における国際協力にとって特筆すべき年であった。第1は,これまでの科学技術協力とは比較にならないほど大規模な協力である宇宙基地建設のための協定交渉が)米,欧,日,加間の精力的な交渉の結果,大幅な進捗を見たことである。第2は,82年以来南極条約協議国間で交渉が続けられてきた南極鉱物資源活動規制条約の作成交渉が大詰めに近づいたことである。

これらの案件は,いずれも88年に入り決着を見た。まず,日米間の科学技術協力協定は,6月20日トロント・サミットの際の日米首脳会談において竹下総理大臣とレーガン大統領との間で署名され,即日発効した。宇宙基地協力協定も,ほぼ同時期に実質合意が成立した。南極鉱物資源活動規制条約も,6月2日ニュー・ジーランドのウェリントンにおいて採択された。

(1) 二国間の科学技術協力

我が国は,現在18か国との間で計19の科学技術協力協定を結んでいる。

(イ) 日米協力

(i)  日米間の協力は,日米エネルギー等研究開発協力協定(通称,日米エネルギー協定)と日米科学技術研究開発協力協定(通称,日米非エネルギー協定)に基づき実施されているが,87年10月,前述の通り日米非エネルギー協定の全面改訂交渉が開始され,計7回の交渉の末・88年3月末に大筋合意に達した。その後,案文等整理の上・6月20日,竹下総理大臣とレーガン大統領との間で,トロントにて新しい日米科学技術研究開発協力協定(通称,新日米科技協定)の署名が行われた。

(ii)  従来の日米非エネルギー協定が,比較的に一般的,抽象的かつ簡素な内容であったのに比し,新日米科技協定は,相当具体的かつ詳細な内容で,概要次の通りの特色を備えている。

(a) 旧協定は,相互に合意される分野における協力活動を発展させるとのみ規定していたのに対し,新協定は,両政府間の科学技術関係全般を視野の中に入れた上で,両政府間の科学技術関係を律する原則として,衡平な貢献と利益の原則や,研究計画等への相応なアクセスの原則等が明記された。

(b) 協力活動の主要分野については,何らの定めもなかった旧協定に対し,新協定では,バイオテクノロジー,情報科学技術,超伝導を含む先端材料等の分野が明記された。

(c) 両国間の人的交流,情報交流等の強化のために両政府が採る措置が明記された。

(d) 共同研究の結果生まれる発明等に係る特許申請の分配方式等について,詳しい規定が設けられた。

(ロ) その他の国々との協力

(i)  仏,西独,加,豪州との間では,各々科技協定に基づく委員会の開催を通じて,協力活動の一層の進展が図られてきている(特に加との間では,88年1月の両国首脳会談の際,今後の日加科技協力のあり方に関する共同研究を,両国の学識経験者に委託することで合意された)。

(ii)  伊との間では,科技協定の締結交渉の開始が88年5月の竹下総理大臣訪伊の際首脳レベルで合意され,また,ECとの間では,これまでの核融合協力協定の交渉が大きく進展,これまでにほぼ実質的な合意が成立した。

参考:我が国が科技協定を結んでいる諸国は,以下の通り。

米国,仏,西独,豪,加,中国,インドネシア,ブラジル,インド,韓国,ソ連,ルーマニア,東独,ブルガリア,チェッコスロヴァキア,ポーランド,ハンガリー,ユーゴースラヴィア

(2) 多数国間の科学技術協力

(イ) 生命科学と人間の会議

中曽根総理大臣が83年に提唱した「生命科学と人間の会議」は,第4回会議が87年4月カナダで,第5回会議が88年4月イタリアで開催された。

(ロ) ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム生体機能(頭脳の学習・記憶機能等)の解明を目指すプロジェクトで,我が国が87年のヴェネチア・サミットで提案した。88年のトロント・サミット経済宣言を受けて,我が国がプロジェクトの具体的実施に向けた提案を準備中である。

(ハ) 国際核融合共同研究計画

本計画は,国際原子力機関(IAEA)の下で,日,米,EC,ソ連の協力により核融合実験炉の設計図を作成しようとする共同プロジェクトである。85年の米ソ首脳会談での提案を踏まえて発足し,我が国は,核融合研究の促進,国際協力を通じた国際社会への貢献等の観点から,88年2月にIAEAに対し参加を通報した。

(ニ) OECD

従来から,OECDでは科学技術工業局を中心に,科学技術問題の検討を行ってきている。87年は科学技術大臣会合(10月),情報コンピューター・通信政策委ハイレベル会合(12月)等の重要会合が開催され,科学技術の発達とその経済・社会的影響について検討された。特に,科学技術大臣会合では,今後の指針として,科学技術を経済成長と社会発展に貢献させるための政府の戦略,科学技術面での国際協力のあり方等に関するコミュニケが採択された。

2. 宇宙関係

(1) 我が国は,85年4月以来,恒常的有人宇宙基地計画の予備設計作業に,欧州宇宙機関(ESA)及びカナダとともに参加してきた。86年6月以降2年余りにわたり,さらに詳細な設計・開発並びに運用・利用段階の協力のための政府間協定に関する協議が,宇宙基地計画参加国間(米,日,欧州諸国,加)で鋭意行われた。その結果,既述の通り,88年夏実質合意に達した。

また,88年に,我が国の宇宙飛行士が米国のスペースシャトルに搭乗して各種の宇宙実験を行う第1次材料実験(FMPT)計画に関する協力のため,85年3月に交換公文を取り交わしたが,その後,シャトル事故(86年1月)等により遅延し,右計画は91年4月に実施される予定となっている。

(2) 欧州との関係では,88年6月に第13回目・ESA(欧州宇宙機関)行政官会議がパリで開催された。

(3) 第42回国連総会では,国連宇宙空間平和利用委員会第30会期(6月)の報告書を承認し,「宇宙空間の平和利用に関する国際協力」と題する決議(42/68)が採択された。

3. 南極関係

(1) 南極の鉱物資源に関する枠組み作りのため,特別協議国会合が87年5月,モンテビデオ(ウルグァイ),88年1月及び5~6月ウェリントン(ニュー・ジーランド)で開催され,6月2日,「南極鉱物資源活動規制条約」が採択された。

本協議は,82年6月より毎年2回,6年にわたり行われてきたが,我が国は南極条約の原署名国として積極的に参画した。交渉は「領有権」問題等,南極条約上の基本問題に係る事項等の取扱いをめぐり難航したが,本条約の採択により,国際委員会の管理の下,一定の条件で鉱物資源活動が可能となる道が開かれることとなった。

(2) 南極問題は,87年12月の第42回国連総会においても引き続き議題となっており,南極条約関係協議への国連事務総長招待要請等に関する2つの決議が採択された。

4. 原子力の平和利用

(1) 原子力の平和利用に関する国際協力

86年4月のソ連のチェルノブイリ原発事故の結果,原子力安全の重要性と安全性の向上のための国際協力の必要性が再認識された。87年においても,各種の事業(基本安全原則の作成,原子力安全基準の改訂,事故時の通報条約,援助条約実施のための環境整備,原子力損害の民事責任に関するウィーン条約とパリ条約の調和作業,チェルノブイリ事故による放射線の影響評価等)が国際原子力機関(IAEA)及び経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)を中心として引き続き行われた。

我が国は,国会の承認を得て,通報条約,援助条約の両条約を6月に受諾,また,88年2月にはIAEAのマン・マシーン・インターフェイス国際会議を本邦において開催する等,原子力平和利用促進のための活動に積極的に協力を行った。

なお,3月23日から4月10日までの原子力平和利用国連会議がジュネーヴにおいて開催されたが,統一的な結論を得るには至らなかった。

(2) 我が国の原子力開発利用に関する国際的環境整備

88年3月現在,我が国の原子力発電設備容量は36基,約2,805万:KWと,米,仏,ソ連に次ぎ世界第4位の地位を占めている。

このような我が国の事情を背景に,日米間では原子力協力関係を長期的に安定したものとするための新しい枠組みとして,新日米原子力協力協定が締結され,88年7月発効した。この協定は,今後の我が国の原子力の平和的利用を一層促進するものであるとともに,核拡散防止への我が国の貢献に資するものである。

また,核物質を不法な取得や使用などの脅威から防護するための国際協力の枠組みを設けた核物質防護条約(79年10月ウイーンにおいて作成)が,米,ソ等22か国の締結を受けて87年2月に発効し,我が国も88年5月にその締結につき国会の承認が得られた。

(3) 対途上国原子力協力

開発途上国に対する原子力協力について,我が国は,従来よりIAEAの技術協力基金に対し米ソに次ぐ拠出を行うとともに,IAEAの「原子力科学技術に関する研究,開発及び訓練のための地域協力協定(RCA)」に基づく協力,特に開発途上国の重要課題である工業,医療問題等の解決に資するため,アイソトープ・放射線利用,医学生物学利用プロジェクトを中心に技術,資金面から積極的な協力を行い,主導的役割を果たしている。また,同時に国際協力事業団(JICA)による政府ベース技術協力を通じて,アイソトープ・放射線の利用を中心に,研修員の受入れ,専門家の派遣等についても積極的な協力活動を行ってきている。

86年のチェルノブイリ原子力発電所の事故後,開発途上国においても,原子力開発を推進していく上で安全性の問題が重要視され,安全関連のプログラムの実施が増えつつある。原子力先進国たる我が国としては,今後とも安全性確保,核不拡散等に配慮しつつ,相手国の真のニーズを踏まえた協力を進めていくことが重要である。

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