(3) 安倍外務大臣の訪ソ関連文書
(イ) 日ソ共同コミュニケ
(86年5月31日,モスクワ)
安倍晋太郎日本国外務大臣は,ソ連邦政府の招待により1986年5月29日から31日までソヴィエト社会主義共和国連邦を公式訪問した。
安倍晋太郎日本国外務大臣は,エム・エス・ゴルバチョフ・ソ連邦共産党中央委員会書記長と会見した。会見は,率直な雰囲気の下で行われ,国際情勢の枢要な諸問題及び日ソ関係の発展の現状と見通しに関する原則的な諸問題が討議された。
安倍晋太郎日本国外務大臣は,中曽根康弘日本国総理大臣によって以前になされたエム・エス・ゴルバチョフ・ソ連邦共産党中央委員会書記長に対する日本国公式訪問の招待を確認した。ソ連側からは,本年1月に伝達された日本国総理大臣に対するソ連邦への公式訪問の招待が確認された。
安倍晋太郎日本国外務大臣と工・ア・シェヴァルナッゼ・ソ連邦共産党中央委員会政治局員兼外務大臣は定期協議としての会談を行い,同会談では,=国間関係の諸問題及び双方が関心を有する国際問題について討議が行われた。
両大臣は,日ソ関係の改善に向けての双方の努力を指摘し,互恵,平等,内政不干渉の原則に基づいた関係のなお一層の発展に対する関心を確認した。両大臣は,当該関係をこのように発展させることは,日ソ両国民の利益に応えるのみならず,アジアひいては世界の平和と安定の強化に多大の貢献をなすものであることを強調した。
両大臣は,日ソ両国指導者間の政治対話,就中両国外務大臣間の定期協議に重要な意義を付与し,この協議を今後引き続き東京及びモスクワにおいて交互に,少なくとも年1回行うとの合意を再確認した。安倍晋太郎日本国外務大臣は,工・ア・シェヴァルナッゼ・ソ連邦外務大臣に対して次回協議を行うため,1987年の日本国への公式訪問の招待を改めて確認し,この招待は謝意をもって受諾された。訪問の具体的時期は,外交チャネルを通じて合意される。
両大臣は,外務次官級協議が毎年行われていることを肯定的に評価し,同協議の継続につき改めて賛意を表明した。次回の協議はモスクワにおいて,双方の間で合意される時期に行われる。
国際問題に関して日ソ両国外務省間で協議が行われていることにも肯定的評価が下された。双方はこれを継続していくことに合意した。
両大臣は,1973年10月10日付けの日ソ共同声明において確定した合意に基づいて,日ソ平和条約の内容となり得べき諸問題を含め,同条約締結に関する本年1月に東京で行われた交渉を継続した。双方は,東京において行われる次回協議の際にこれを継続する旨合意した。
双方は,日ソ政府間貿易経済協議及び第10回目ソ・ソ日経済委員会合同会議の結果を踏まえ,同合同会議で提起された協力の新しい形態の模索のための努力の強化を含め,日ソ両国間の貿易経済関係の互恵に基づく一層の拡大を促進するとの意向を表明した。
双方は,日本国政府とソ連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定及び漁業の分野における協力に関する日本国政府とソ連邦政府との間の協定の互恵の原則に基づく円滑な実施のために今後とも努力することに合意した。
双方は,科学技術協力に関する日本国政府とソ連邦政府との間の協定第3条に基づき,第3回目ソ政府間科学技術協力委員会を1986年中の双方にとって都合の良い時期に開催するとの以前に達成された合意を確認した。
ソ連側は,日本人墓地への遺族の墓参に関する安倍晋太郎日本国外務大臣り要請に関連して行われた話合いに照らして本件にかかわる諸問題を外交チャネルで検討することを念頭に置き,当該要請に基本的に肯定的に対応する用意がある旨表明した。
両大臣は,1986年5月31日に,日本国政府とソ連邦政府との間の文化交流に関する協定が署名されたことに満足の意を表し,今後当該協定に基づき,両国間の交流が相互主義の原則に従って拡大する形で発展するよう,双方が協力することが必要であるとの認識を表明した。
両大臣は,平和と軍縮の問題及び若干の地域問題を含む現下の国際情勢の緊要な,かつ双方が関心を有する諸問題について,率直な意見交換を行った。
両大臣は,平和の維持と強化に向けて努力することの必要性を強調し,可能な限り低い軍事水準が達成されるべきことを考慮し,核兵器及び通常兵器に関する軍備管理及び軍縮の分野での種々の交渉における早期の合意達成を支持した。
双方は,アジア太平洋地域における緊張の緩和のための努力を引き続き行う必要性につき賛意を表明した。これに関連して双方は・同地域における対話と接触のための努力を支持し,かかる対話と接触が一層促進される状況を醸成する必要性につき同意した。双方は,同地域の諸国家の自主性の尊重の上に立ってこれら諸国の自助努力に対し建設的に貢献を行うことが同地域の平和と安定に資するものであることを強調した。
両大臣は,国際問題に関する両国間の対話の拡大を通じ,国際情勢の進展における肯定的傾向の強化を更に促進することの必要性につき意見の一致をみた。
両大臣は,原子力発電が現在及び将来の人類の重要なエネルギー源であることについての認識の一致を確認するとともに,その安全性の確保が極めて重要な課題であることに留意し,今後1AEAの役割と可能性の向上のための方途の探究を含む国際的な努力の必要性につき意見の一致を見た。また両大臣は・このすべての問題の討議のためIAEA主催による権威ある国際会議招集についての提案を支持し,同会議にWHOやUNEPのような国連機関の参加を求めることが適切である旨指摘した。
両大臣は,全人類のための核融合の平和的目的利用に関する国際協力発展の大きな意義を指摘した。
双方は,太平洋北部における飛行の安全の増進に関する一連の諸措置及び右諸措置の実施に関する諸方策の作成に関する日本国,ソ連邦及びアメリカ合衆国の間の合意に基づく諸作業が円滑に進捗していることに対し満足の念を表明した。
双方は,安倍晋太郎日本国外務大臣の訪問に際し行われた会談及び交渉の実務的かつ実質的性格を指摘し,それらが両国にとって有益であった旨確認した。
(ロ) ソ連側主催午餐会における安倍外務大臣スピーチ
(86年5月30日モスクワ)
シェヴァルナッゼ大臣閣下御夫妻
御列席の皆様
本日,第7回目の日ソ外相間定期協議が開始されました。
申すまでもなく,日ソ間の最も重要な政治対話の場としての役割を果たしておりますのが外相間定期協議であります。1967年に合意されたこの協議は少なくとも年に1回開催することになっていたにもかかわらず,定期的な開催という合意が守られなかったのみならず,本年の貴大臣との定期協議は,実に8年振りという情況でありました。今年1月貴大臣の日本国訪問の際この重要な政治対話の場を本来の姿に戻すことに合意したことは,いわば当然のこととはいえ大いに勇気づけられることであります。私は,1月の東京における会談で貴大臣と率直かつ建設的な話し合いを行ったことは,日ソ関係を好ましい方向に進めることに貢献し得たと確信しております。また,このことについて我が国においても,また貴国においても肯定的に評価されていることを喜ばしく思います。
私が今般訪ソを決意するに至った背景には,このモメンタムを失うことなく,外相間定期協議及び平和条約交渉を定着させることが必要であるとの判断があります。私としては貴大臣との間で培ってさた,友好的な個人的関係を基礎として,私自らの手でこの協議及び交渉を定着化させることが,外務大臣としての私の責務であると考えた次第であります。
日ソ両国間には,御承知の通り,解決を要する諸懸案が存在しております。その中で今般日ソ文化協定が署名される運びになりましたことは,日ソ両国間の文化交流を,相互主義の原則のもとに,均衡した形で拡大する途を招くものであります。北方墓参の問題につきましても,東京において先祖の墓の慰霊が日本人の精神生活の中で重要な役割を果たしていることを貴大臣に説明し,人道的な見地からの御配慮をお願いいたしました。日本国民は,閣下が国民感情を理解すると発言されたことに深い感銘を覚えた次第であり,好意的な結論が出されることを強く期待しております。
特に私は,ここで,何よりも戦後未解決の諸問題を解決し,平和条約を締結することが私どもの最大の責務であることを強調したいと思います。そうしてこそ,日ソ両国は,確固たる基礎の上にたって,友好的な協力を進めうることになると私は信じます。私の今回の訪ソがそのための一歩となりうることを念じます。
次に,私は,貴大臣との政治対話が単に日ソ関係にとどまらず,国際情勢全体の脈絡において有する意義についても指摘したいと思います。現下の複雑な国際情勢の下では,社会体制を異にする諸国の間で高いレベルの政治対話が頻繁に行われることが,相互不信の除去と問題の解決のために不可欠であります。日ソ両国は,わずか4ヵ月の間に,2度にわたり,直接的な政治対話の機会をもち,平和と軍縮の問題を始め,現下の緊要な国際問題について,率直かつ有益な意見交換を行いました。今回の私どもの会談は,世界的にもかなり強い関心が持たれております。私は,貴国と他の諸国との間の政治対話の重要性も指摘したいと思います。何故ならば,対決でなく対話が国際政治の基調となることを私は強く希望するからであり,この関連で私は,軍縮・軍備管理という世界の最重要課題について重大な責任を担っている貴国と米国との間の政治対話,就中,第2回米ソ首脳会談が早期に開催されることを全世界の国民が強く期待している事実を指摘したいと思います。
私は,今般の貴国訪問が極めて短期間であることを残念に思いますが,その間,貴大臣をはじめソ連側関係者より示されております温かいおもてなしに対し心より御礼を申し述べます。
ここに杯を上げ,シェヴァルナッゼ大臣御夫妻の御健康と日ソ両国の友好関係の発展のため乾杯いたしたいと思います。
(ハ) ソ違側主催午餐会におけるシニヴァルナッゼ外相スピーチ(仮訳)
(86年5月30日,モスクワ)
先般の東京での会談において,我々は日ソ政治対話の再開を満足の意をもって指摘した。
現在貴大臣がモスクワにこられたことは,本政治対話が継続的性格を帯びたということができる。
2回目の会談を迎え,我々は対話の今後の方向,内容を日ソ関係の全ての分野における発展へ向け確定することが重要である。隣国関係から善隣関係への道は,国際情勢の改善,緊張緩和,国際的な安全保障の強化を通じて横たわっているのである。
我々は日本が相互理解,信頼及び協力関係の発展を促進するために自己の少なからぬ重みと権威を行使しうると強く確信している。
その場合には両国関係の若干の厳しい問題について別の見方をすることができよう。我々の核廃絶への探求は,原爆の恐怖を知る日本人の強い支持をうける必要がある。それゆえ我々は1986年1月15日のゴルバチョフ書記長声明にある核廃絶計画の現実化において日本の協力を期待する。我々は核実験の完全全面禁止に関する国際合意の達成へ向けての政策を遂行するのみならず,全ゆる核爆発についてのモラトリアムを一方的に行っている。先般ゴルバチョフ書記長は,モラトリアムを8月6日まで有効であるとし,レーガン大統領にヨーロッパの都市または広島において核実験停止について合意するための会談をもつことを提案した。もし広島で米ソがかかる合意に達成するのであれば,これはまさしく歴史的出来事となろう。残念ながら,これについてワシントンより反応は全然ない。アメリカは核実験を続行し,日本国民を含む諸国民の期待に応えていない。
我々は,「スター・ウォーズ」計画により他国の安全が向上すると信じ込ませようとする試みを知っている。これに関連した決定を行うのは勿論日本側の問題である。しかしながら私は核兵器の危険な対抗手段として開発された宇宙兵器の攻撃的性格に注目したい。この兵器の出現とともにすべての国の安全保障はあやういものとなり,軍拡競争の制限を続けることは実際上不可能となろう。
米側の最近の声明を見てもアメリカは核その他の戦力拡大に対するあらゆる制限をできるだけ早くのがれようとやっきになっている。これは,SALT-2への米側の態度を見れば明白である。アメリカの新型核ミサイルが合意された「天井」にぶち当たりそれを破りつつあるのである。条約によって定められた制限がじゃまになったのである。これこそが,戦略兵器制限の分野における最も重要な合意に対する批准を拒んだ軍国主義勢力の「論理」である。
かかる行動は全世界に大きな不安をひきおこしている。
この発言は日本とその同盟国の関係にあつれきをもたらすためのものでは全くない。
我々は,隣人との話合いは完全な率直さを前提としているとの点のみに立脚している。隣人同士は互いに真実を話さねばならない。
隣国関係の要因は,アジア・太平洋地域における緊張の緩和,アジア諸国の安全強化,互恵的協力等を促進するものでなければならない。
アジア地域の情勢に関する先般のソ連政府声明において具体的見解が述べられている。我々は関係諸国間の意見交換をできるだけ早く開始したいと考えている。最も重要なのはアジア・太平洋地域の平和と安全保障の強化に関し,共同歩調をとること。
このような共同歩調は,太平洋地域諸国が関心を有する最も広範で民主的な問題の議論であると思われる。このような議論は,多国間においても,二国間においても可能である。
我々は,我々と同じ意見を持つ人とも,別の意見の人とも話し合う用意がある。
ソ連と日本は,そのお手本となり多くのことを成し遂げることができよう。この2国が協力すれば,それは他の国々の利益にもなる。
ソ連と日本の間に善隣関係の基礎を強化するためにも多くのことをすることができるし,また,しなければならない。
1月に東京で会談したときは,我々は大ぎょうな計画を立てたり,立場の違いを大げさに強調したりせず,両国の立場が近づいていく可能性を明らかにした。そして結果として悪くない合意と目に見える前進が生まれた。
また,今我々は肯定的な結果について考えている。もし,今後の両外相間の会談ごとにたとえ必ずしも大きくなくとも肯定的な合意を達成していくならば,我々は一歩一歩互いにかなりの距離を歩み寄ることになろう。止まらないで動き続けることが重要である。(予定されている文化協定の署名が両国人民間の相互理解に重要な貢献を行う旨指摘。)
両国間により広汎な相互活動・協力の可能な諸般の分野が存在する。このテーマにつき東京で,また今モスクワで詳細に話し合った。多数の問題で我々の見解が一致したのは結構なことである。
この点から出発して・我々は貴大臣のモスクワ訪問を両国間の政治的対話の意義深い継続と考えている。これは相互理解の深化あるいは現在両国がかかえる問題の解決への共通の態度を生み出すための対話である。
貴大臣閣下並びに大臣夫人および日本からのお客様に対し御健康と御発展を,そして日本国民の皆様に対し平和と繁栄をお祈りする。