(3) 第108回国会における倉成外務大臣外交演説

(87年1月26日)

第108回国会が再開されるに当たり,我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。

(はじめに)

今日,我が国を取り巻く国際情勢は,引き続き楽観を許さない状況にあります。

国際政治面では,東西関係が依然として厳しい状況にある中,昨年10月,レイキャヴィクにおいて米ソ首脳会合が開かれました。同会合では,軍備管理,軍縮を始めとする諸問題について,突っ込んだ話し合いが行われ,進展の兆しがみられましたが,結局,具体的合意を得るには至りませんでした。

他方,インドシナ,中東,アフリカ,中米などの地域では,紛争や混乱が続いており,さらに,国際的テロ事件の頻発も,国際情勢の不安定要因になっております。

世界経済については,昨年9月のガット,ウルグァイ,ラウンドの開始,インフレ率の大幅低下,金利の低下,国際的政策協調の進展など,明るい側面がある一方,経常収支不均衡や高い失業率を背景とした保護主義的圧力の増大,累積債務問題など,依然多くの問題がみられます。

(世界に開かれ,貢献する日本を目指して)

このように厳しい国際情勢の下において,自由世界第2の経済力を持つ我が国が果たすべき役割に対し,世界の関心はますます高まりつつあります。我が国が,国際社会の中で孤立することなく,引き続き繁栄していくためには,異なる文化に対して寛容かつ謙虚な姿勢を保つとともに,世界に開かれ,世界に貢献する日本を目指して,より積極的な役割を果たしていくことが肝要であると考えます。

そのため,我が国としては,単に自国の短期的利益のみを追求するのではなく,各国と互いに痛みを分かちあい,共に長期的な繁栄を確保していくとの,より高次の視点を持つことが不可欠であります。私はかかる観点から,国際社会の直面する様々な課題を我が国が自らの問題として捉え,これに積極的に取り組んでいくことを提唱したいと思います。

14年後に迫った新しい世紀の始まりに向けて,各国と共に明るい未来を切り開いていくために,我が国外交に課せられた使命は誠に重大であります。私は,このような認識に立ち,日本外交の課題に一つ一つ誠実に対処していく所存であります。

(自由民主主義諸国との連帯と協調)

我が国が,平和と繁栄を維持していく上で,自由と民主主義という基本的価値観を共有する西側先進諸国との連帯と協調は不可欠であります。重要なことは,我が国を含む西側諸国が,緊密な協議と連絡を保ちつつ,各々の国力,国情にふさわしい役割と責任を分担するととにより,全体として最大限の力を発揮していくことであります。

我が国としては,軍備管理,軍縮の促進のため,自らなし得る限りの努力を傾注するとともに,より安定した東西関係の樹立を目指す米国の努力を支援し,また,ソ連に対しては,建設的姿勢で臨むよう呼びかけていく所存であります。

日米安保体制を基盤とする日米友好協力関係は,我が国外交の基軸であります。我が国としては,防衛力の整備と並んで,日米安保体制の一層円滑な運用のため引き続き努力していく考えであります。日米両国は,それぞれの貿易不均衡是正のため様々な努力を傾注しておりますが,米国においては,議会を中心として保護主義的気運が一層高まっております。先般のブラッセルにおけるシュルツ国務長官との会談でも,日米経済をめぐる状況は依然として厳しいとの認識の下に,今後とも両国経済関係の健全な発展を図り,日米関係を円滑に保つべく,一層の努力を重ねていくことを確認しあいました。

日米関係は,今や世界的視野に立った協力関係にまで発展しており,我が国は,米国との協力の維持,強化を通じ,広く世界の平和と安定に寄与していく所存であります。

カナダとの間では,昨年の両国首脳の相互訪問を通じ樹立された新たな協力関係の一層の増進を図っていく考えであります。

西欧諸国との間で緊密な連帯と協調を図っていくことは,我が国外交の主要な柱の一つであります。西欧が,統合と域内協力により,国際社会において政治的,経済的に重要な地位を占めていく中で,幅広い日欧関係の強化が一層重要となっておりますが,貿易不均衡問題をめぐる西欧側の対日姿勢には極めて厳しいものがあります。私は,先月訪欧し,日,EC委閣僚会議に出席するとともに,ベルギー,イタリア,ヴァチカン及びフランスを訪問し,またブラッセルにおいてハウ英国外相等と会談しましたが,今後ともこのような日欧間の対話を積み重ね,経済摩擦の解決を図るとともに,日欧関係の一層の強化のために努力していく所存です。

軍備管理,軍縮を進めるには,力の均衡による抑止を維持しつつ,軍備のレベルを一歩一歩下げていく地道な努力が必要であります。我が国が,昨年12月より開始した核実験検証能力向上のための地震波データ交換実験は,かかる努力の一環であります。我が国は,今後とも,現実的な軍縮審議の活発化に貢献してまいる所存であります。

(アジア,太平洋諸国との関係)

我が国は,アジア,太平洋国家として,域内諸国との友好協力関係の一層の強化を図りつつ,この地域の発展のために積極的役割を果たしてまいる所存であります。

そのため,我が国は,歴史とその教訓に学び,アジア,太平洋諸国の自主性を尊重するとの基本的立場に立ち,平和国家として同地域の安定に貢献すること,広範な分野における交流と対話を進め,相互理解と相互信頼を確立すること,及び,真に各国の必要とする協力を推進していくこと,を目指していく考えです。

韓国との関係は,一段と緊密の度を増しており,政治,経済,文化等のあらゆるレベルで両国の絆を強化させていく必要性につき,両国の認識は一致しております。朝鮮半島における南北対話は,昨年1月以来中断されたままとなっておりますが,同半島における緊張緩和の実現のために,南北両当時者間の対話が早期に再開されることを期待するとともに,1988年のオリンピックの成功のためできる限りの協力を行っていく考えであります。また,北朝鮮との間では,経済,文化等の分野における民間レベルの交流を,今後とも積み重ねていく方針であります。

中国との友好協力関係の維持,発展は,両国にとってのみならず,アジアひいては世界の平和と安定にとり緊要であります。最近の中国の政治情勢については,政府としても,深い関心をもって見守っておりますが,今般来日した田紀雲副総理よりは日中関係を含む中国の対外基本方針に変更はないとの説明を受けた次第です。私は,今後とも,日中共同声明,日中平和友好条約及び日中関係を律する4原則に従って,各般の交流を推進するとともに,中国が種々の困難の中で進めている経済建設に対し,引き続き協力してまいりたいと思います。

東南アジアの安定勢力であるASEAN諸国との間では,引き続き友好協力関係の着実な進展を図るとともに,現在,これら諸国の多くが経済的な試練に直面していることを踏まえ,同諸国に対しできる限りの協力を続ける所存でありま丸特にフィリピンにつきましては,昨年11月にアキノ大統領を国賓として迎えましたが,我が国としてもフィリピン政府が進めている新たな国造りに支援を惜しまぬ所存です。

東南アジアの平和と安定のためには,カンボディア問題の政治解決が不可欠であり,我が国は,ASEAN諸国の和平への努力を支援し,ヴィエトナム等関係諸国との対話を重ね,平和への環境作りに努力してまいります。

我が国と南西アジア地域諸国との関係については緊密化が進み,ブータンとの外交関係も樹立致しました。この地域においては,南アジア地域協力連合の活動も活発化しております。我が国としては,今後とも,この地域の安定的発展に対し協力していく所存であります。

私は,今般,豪州,ニュー,ジーランドを訪問し,豪州では第9回目豪閣僚委員会に出席し,世界経済の環境の変化に伴う日豪両国の新たな協力関係拡大の方途につき,忌憚のない意見交換を行いました。また,この機会に,近年,重要性を増しているフィジー,ヴァヌアツ,パプア・ニューギニアといった太平洋の島嶼国を訪問し,これら諸国との関係強化に努めてきました。特にフィジーでは,我が国と太平洋島嶼国との関係強化のための具体的方策に関する所信を明らかにし,我が国の積極的姿勢を強く打ち出しました。

また,アジア・太平洋地域の調和のとれた発展を目指して,民間レベルを中心とした太平洋協力が進展しつつあることは歓迎すべきことであり,政府としても,引き続きASEAN諸国・太平洋島興国などの意向を尊重しつつ,これに協力してまいる所存であります。

(ソ連との関係)

我が国とソ連との間では,昨年8年ぶりに,しかも2度にわたり外相間定期協議が行われてこれが定着化し,さらに,領土問題を含む平和条約交渉が再開され,その継続が合意されました。その際,最高首脳レベルを含めて,日ソ間の政治対話の一層の強化につき合意をみましたが,これらは,今後の対ソ政策を進めるに当たって重要な第一歩であったと考えます。

我が国としては,ゴルバチョフ書記長が訪日の意欲を示していることを歓迎するものであり,この訪問が早期に実現することを期待しております。

領土問題について,ソ連は依然頑な立場をとっておりますが,昨年10月衆参両院において改めて全会一致で採択された北方領土問題の解決促進に関する決議の御趣旨をも体し,北方領土問題を解決して平和条約を締結することにより,真の相互理解に基づく安定した関係をソ連との間に確立するという不動の基本方針に則り,今後とも北方四島一括返還の実現に向けて,粘り強く努力を重ねてまいる所存であります。

(東欧諸国等との関係)

今般,中曽根総理が,我が国総理として初めて,フィンランド,ドイツ民主共和国,ユーゴースラヴィア,並びにポーランドを公式訪問し,各国最高首脳との間で忌憚のない意見交換を行ったことは,これら諸国と我が国との関係発展に新たな弾みを与えるとともに,東西間の政治対話と相互理解の増進にも寄与するものとして,極めて有意義でありました。

(中近東との関係)

中近東では,国家間,民族間の対立と紛争が,依然続いており,情勢は流動的であります。中東和平問題,就中,その中核であるパレスチナ問題に関しては,昨年来停滞している和平のための動きが進展するよう強く希望するとともに,中東和平の早期実現のため関係当事者が一層努力するよう,今後とも働きかけていく考えであります。

イラン・イラク紛争については,国連や関係諸国とも協議しつつ,早期平和的解決へ向けての環境造りのための努力を粘り強く継続していく考えであります。

アフガニスタンでは,ソ連の軍事介入が7年余にわたり続いていることは極めて遺っ憾であり,ソ連軍の全面撤退を含む政治解決のため,我が国としても努力してまいる所存です。

(中南米との関係)

中南米諸国においては,近年,民主化の進展,定着が見られる一方で,累積債務問題を始めとする経済困難が続いております。我が国は,メキシコの経済再建に向け積極的に協力するなど,これら諸国の債務問題解決のため貢献してまいりましたが,今後とも各国の努力に対し可能な限りの支援を行う所存であります。昨年,アルゼンティンのアルフォンシン大統領とメキシコのデラマドリ大統領が訪日しましたが,これらの訪問は,我が国と中南米地域との関係強化を図る上で大きな成果を生んだものと考えます。中米紛争につきましては,コンタドーラ,グループ等,域内の和平努力を強く支援するとともに,中米,カリブ地域の経済的,社会的発展のため協力していく考えであります。

(アフリカとの関係)

アフリカにおいては,依然,構造的食料不足や,累積債務を始めとする深刻な経済困難が続いております。我が国としても,アフリカ諸国の自助努力を支援する一方,これら諸国の食糧,農業問題の解決のため,我が国が提唱している「アフリカ緑の革命」構想の実現に努めていく考えであります。

南アフリカにおける情勢は,ますます悪化しており,誠に憂慮すべき状況にあります。我が国は,一貫してアパルトヘイトに断固反対するとの立場を堅持しており,今後とも,国際社会と協力して,すべての当事者に対しその撤廃と問題の平和的解決のための努力を訴えるとともに,特にアパルトヘイトの犠牲者に対する支援を強化してまいります。

(世界経済の健全な発展への貢献)

我が国の経常収支黒字は,依然高い水準で推移しております。かかる対外不均衡の継続は,国際経済社会の調和ある発展にとっても,我が国の長期的経済運営にとっても,決して望ましい事態ではなく,今後とも黒字の着実な縮小に向けてあらゆる努力を傾注していかなければなりません。

具体的には,アクション,プログラム等による一層の市場開放に努めつつ経済構造の調整を推進することが求められております。その過程では種々の国内的困難が生じましょうが,我々は,これを我が国が引き続き繁栄していくための試練と受けとめ,一つ一つ克服していかなければなりません。また,構造調整を出来る限り円滑に進めるためにも,内需の拡大と,これに伴う新たな雇用機会の創出が不可欠であります。

国際貿易面では,我が国を始めとする関係国の一致した努力により,昨年9月のガット閣僚会議でウルグァイ,ラウンドが発足したことは,保護主義を防圧し,自由貿易体制の将来に確固たる展望を切り開いていく上で,大きな前進でありました。現在,重要なことは,一刻も早く実質交渉にとりかかることであり,我が国としては,現在,各国間で協議が進められている交渉の組織,計画作りを早急に完了すべく貢献するとともに,交渉の成功に向けて,自らなすべきことを果敢に実行していく決意であります。

(開発途上国の安定と発展への協力)

開発途上国の安定と発展は,世界の平和と繁栄にとって不可欠であり,我が国としては,これら諸国への協力を重要な国際的責務と考え,心と心の触れ合いを大切にして進めていきたいと考えます。

かかる認識に立って,我が国は,第3次中期目標を掲げ,政府開発援助(ODA)の拡充に努めております。政府は,62年度のODA予算として対前年度比5.8%増を計上するとともに,適正かつ効果的な援助を実施していくため,国際協力事業団の業務改善,国際緊急援助体制の整備等を行う他,円借款の金利引き下げを始めとする援助の質の改善を行い,今後とも,開発途上国のニーズの多様化に弾力的に対応できるよう努力していく所存であります。

私は,累積債務問題が多くの開発途上国の直面する最大の問題の一つであるとの認識の下に,今後ともその解決のため積極的に協力してまいる所存であります。さらに貿易,投資,金融,技術移転等の各分野における協力を通じ,途上国の国造りの努力を支援していくことも重要であります。特に,本年は,7月の第7回国連貿易開発会議に向けて,建設的な南北対話促進のため,積極的に貢献していく所存です。

我が国は,世界的に依然深刻な状況にある難民問題に対しても,資金,食糧援助やインドシナ難民の受け入れなどを通じて,引き続き鋭意取り組んでまいる考えであります。

(国連との協力)

我が国は,本年より2年間,国連安全保障理事会の非常任理事国として,国際の平和と安全の維持のため重責を果たしていく所存であります。

国連を真に実効性ある国際協力の場とするためには,その機能の活性化を図ることが急務であり,かかる観点から,昨年12月,国連総会において行財政改革を図る旨の決議が採択されたことは,高く評価されるべきであります。我が国は,「国連効率化のための賢人会議」の提唱国として,今後とも改革への協力を惜しまない所存であります。

(国際テロの防止)

近年,凶悪な国際テロ事件が頻発しておりますが,かかるテロは国際社会に対する挑戦であり,海外にある我が国民の安全を確保する上でも看過し得ない問題であります。我が国は,東京サミットにおいても明らかにしたとおり,いかなる国際テロにも断固反対するとの立場から,テロ防止のための国際協力を一層強化,推進していく所存であります。

(諸外国との相互理解の増進)

我が国と諸外国との摩擦の背景に,彼我の相互認識の不足やずれが指摘される現在,互いの国情,政策についての正しい認識と異なる文化への理解を深めていくことは重要な課題であり,政府としては,地方自治体や民間各方面の御理解と御協力を得つつ,国際問題研究の強化・拡充,広範な広報活動の充実,並びに青少年交流・留学生交流を始めとする文化,教育,スポーツ等,種々の分野での交流に努めてまいります。

(結び)

以上述べましたとおり,我が国外交は多くの重要かつ厳しい課題を抱えております。このような外交を強力かつ機動的に推進していくためには,外交実施体制の強化,就中,高度の情報・通信システムの拡充等により,我が国を取り巻く国際情勢の動きを迅速かつ的確に把握し,これに先手をとって対応する体制を充実していくことが急務であると考えます。さらに,近年急増している海外渡航者及び在留邦人の保護,特に,各種の緊急事態における邦人保護体制の整備や,海外子女教育の拡充などにつき一層の配慮を払っていく所存であります。

21世紀に向けて,我が国が引き続き平和と繁栄を享受し,世界のために積極的に貢献していけるよう,私は,決意を新たにして,誠心誠意,地道な努力を傾ける考えであります。

外交はもとより国民の御理解なくしては成り立たないものであります。国民各位及び同僚議員の一層の力強い御支援をお願い致します。

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