第4章 国際経済関係
第1節 概要
1. 世界経済の動向
86年の世界経済を振り返ると,83年以降世界的な景気回復を牽引してきた米国経済の成長が減速する中で,欧州等その他の先進国経済は金利低下等による内需拡大に支えられ,全体として緩やかな景気拡大が持続した。
開発途上国経済は,アジアNICs(新興工業国・地域)がドル高是正と金利低下という好要因を得て景気が拡大した反面,原油など一次産品の価格下落による輸出所得の減少から深刻な影響を受けた国も多くみられた。特に,開発途上国の累積債務残高は,87年末には1兆ドルを超えると予測されており,累積債務問題は依然として解決の見通しが困難な問題である。
(1) 先進国経済
86年の米国経済をみると,物価安定及び金利低下を背景に,国内需要は個人消費,民間住宅投資を中心として堅調に推移した。他方,設備投資が低調であったこと,さらに貿易赤字に改善がみられなかったことから,総じてやや力強さを欠く推移を示した。この結果,86年の実質GNP成長率は2.5%と,前年の2.7%からやや低下した。一方,消費者物価上昇率は1.9%と,前年の3・6%からさらに低下し,一層鎮静化の度合いを深めた。また,雇用情勢も,部門間,地域間でばらつきがみられたものの,失業率は6.9%と前年の7.1%を下回り,緩やかな改善傾向を維持した。他方,懸案の財政赤字と経常収支赤字の動向をみると,86会計年度の財政赤字幅は2,207億ドルと,史上最高を記録した前年度(2,119億ドル)をさらに上回った。
経常収支に関しては,86年の赤字幅は1,406億ドルと,既往最高であった前年(1,177億ドル)を上回った。米国の大幅な経常収支赤字をはじめ,各国の経常収支不均衡は,将来にわたって持続しうるものではなく,為替調整だけでなく経済政策全般についての協調を通じ,解決に向け努力することが必要とされている。
なお,86年の大きな問題となった税制改革については,10月22日に「1986年税制改革法」が成立し,87年1月1日から実施された。
欧州経済をみると,対ドル為替レートの上昇により輸出が伸び悩んだものの,個人消費や設備投資など国内需要の拡大に下支えされ,全体として緩やかながらも前年並みの成長を達成した。消費者物価上昇率は,原油価格の下落や自国通貨高にも助けられて一段と鎮静化した。しかしながら,雇用情勢は依然として厳しく,OECD加盟欧州諸国の平均失業率は,11%と引き続き高いものとなった。
(2) 開発途上国経済
86年の開発途上国経済は,原油価格の大幅下落により,石油輸出国については,経常収支が大幅に悪化し,また成長率も85年の0.3%から-0。7%(IMF統計,以下同じ)へとマイナスに転じる一方,非石油輸出国については,一次産品価格の低迷状況に改善はみられなかったものの,原油価格下落,金利低下の恩恵や,対先進国輸出の増大もあり,経常収支が改善し,成長率も85年の4.6%から5.4%へと改善した。開発途上国全体としては,成長率は85年の3.2%から3.5%へと若干の改善となった。
地域別にみると,アジアでは,85年に成長率が悪化した韓国等の新興工業国・地域(NICs)は,原油・為替・金利"三低現象"を背景とした輸出の増大等に支えられて総じて高成長率を実現した。他方,一次産品価格低迷等の影響を受け,85年に成長率の悪化したASEAN諸国も,86年に入り多くの国で好転の兆しがみられた。多額の債務を抱える中南米地域では,原油価格の下落や各国の調整努力により,多くの国でインフレ率の低下等の改善がみられたものの,他方では産油債務国の債務返済困難の深刻化が懸念された。メキシコについては7月にIMFとの間で経済調整計画が合意され,国際的な支援体制の枠組が整った。多くの後発開発途上国を含むアフリカ諸国については,一次産品価格の低迷,開発資金の不足等の中で経済状況に改善がみられず,成長率は低迷し,債務返済負担も増大した。
87年の途上国経済は,原油価格の回復といった石油輸出国にとっては好ましい状況がみられるものの,交易条件や資金フロー,先進国経済動向等の途上国をめぐる国際経済環境に大きな改善が望めない中では,途上国経済全体としては大幅な成長率改善は望めず,各国の経済調整努力の強化及び国際経済環境改善のための先進国の一層の努力が必要とされている。
2. 国際協調
(1) 主要国首脳会議
(イ) 第13回主要国首脳会議(ヴェネチア・サミット)は,87月6月8日から10日まで,イタリア・ヴェネチアで開催され,日本,米国,フランス,西独,英国,イタリア,カナダの7か国首脳と欧州理事会議長としてマルテンス・ベルギー首相さらにドロールEC委員会委員長が出席した。サミットでは,「ヴェネチア経済宣言」のほか,「東西関係に関する声明」,「テロリズムに関する声明」,「イラク・イラン戦争及びペルシャ湾の航行の自由に関する声明」等が発出された。
(ロ) 経済関係今次サミットは,東京サミット開催時に比し,世界経済の全般的状況は必ずしも明るくなく,巨額の対外不均衡の継続,為替レートの動向の不確実性,世界的な保護主義圧力の高まり,開発途上国の累積債務問題の深刻化等の諸困難が存在する中で開催された。こうした状況の下で,各国首脳が相互非難を行うのではなく,協調的努力によって,世界経済の抱える諸困難の解決を図るとの立場に立ち建設的な討議を行い得たことは重要な意義を持つものであった。
(ハ) 「ヴェネチア経済宣言」に盛り込まれた今次サミットの主要な成果は次のとおりである。
(a) 政策協調の強化と構造調整の推進
持続的経済成長の達成,対外不均衡の縮小,為替相場の安定を目指して,東京サミットで合意された政策協調と多角的監視(サーベイランス)の一層の強化及び構造調整の推進の重要性につき再確認された。政策協調については,黒字国と赤字国のとるべき政策が各々明らかにされ,さらに他の先進国及びNICsに対しても右協調努力への参加が呼びかけられた。また為替相場の大幅な変動は,成長を高め調整を促進する努力に対して逆効果との点で意見が一致し,為替相場の安定促進のため緊密に協力していくことが合意された。
(b) 貿易
保護主義防圧についての強い政治的決意を再確認し,GATT原則に基づいた多角的自由貿易体制の維持・強化の必要性が確認されるとともにかかる目的のため,ウルグアイ・ラウンドの交渉を促進することがうたわれた。
(c) 農業
OECD閣僚理コミュニケに示された合意,既ち,農業政策の協調的改善をバランスのとれた方法で達成すること,長期的目標として食糧の安定供給に立脚しつつ,農業助成を漸進的かつ協調的に削減する重要性が確認された。
(d) 開発途上国に対する支援
政府開発援助の重要性が協調され,我が国の資金還流措置が歓迎された。また,深刻化している累積債務問題,一次産品問題,サハラ以南アフリカ諸国などの問題の解決のためサミット参加国が積極的な支援を行っていくとの決意が示された。7月に予定されているUNCTADVIIについて,先進国と開発途上国の間の共通認識の形成のための有意義な機会としてその重要性が確認された。
(ニ) 今次サミットにおいては,我が国より,先進国間の政策協調への貢献の一環として,緊急経済対策の内容を説明し,各国より具体性を伴ったものとして高く評価された。また,我が国の構造調整努力を前川レポートのフォローアップ状況に具体的に言及しつつ説明,各国より高い関心が示された。
途上国との関係では累積債務問題が中心となったが,我が国としては,アジア・太平洋諸国より事前に寄せられた要望をも踏まえ,一次産品問題,UNCTAD並等を含め幅広く開発途上国との関係を考えるべき旨主張し,これが宣言の該当部分の基調となった。
(ホ) その他・エイズに関し,国際協力を進めていくとの議長声明が発出された。
(ヘ) 政治関係米ソ軍備管理・軍縮交渉をはじめ東西関係が重要な局面を迎えつつある状況下で開かれた今次サミットは,今後の国際政治情勢にとって一里塚ともなる重要なサミットであった。
政治討議においては,東西関係,就中,(a)ゴルバチョフ政権の内外政策の評価,(b庫備管理・軍縮問題,及び(c)ソ連のアジア・太平洋政策等,また,ペルシャ湾内の安全航行の問題及びテロリズムという現在の国際社会が直面する重要な諸問題に関して活発な議論が行われ,その結果として,これらの問題に対するサミット参加国の立場を表明した次の三文書が発出される等,今次サミットは極めて内容の濃いものとなった。
(a) 「東西関係に関する声明」
(b) 「イラク・イラン戦争及びペルシャ湾の航行の自由に関する声明」
(c) 「テロリズムに関する声明」
さらに,地域問題等についても,有意義な意見交換が行われ,我が国よりは,特にアジア・太平洋情勢を中心とした説明を行い,その結果が議長総括の形で発表され,アフガニスタン,カンボディア,中国,朝鮮半島及びフィリピン等に関し,サミット参加国の強い関心が表明された。
このうち東西関係に関する声明は,世界政治の基本的な枠組みである東西関係をより安定的で建設的な関係とすべく,西側諸国が結束を維持しつつ,ソ連に対して,軍縮,地域紛争及び人権の三分野において,前向きの行動を促す内容を盛ったもので,右は東西関係に対処する西側の理念と立場を明らかにしたものである。
イラク・イラン戦争及びペルシャ湾の航行の自由に関する今回の声明において,各国首脳は,国連安全保障理事会に対し,公正かつ効果的な措置を求めるとともに,協調した国際的努力が緊急に必要であることを認め,今後とも引き続き協議していくことを誓った。
テロリズムに関する声明においては,昨年の東京声明以来のテロ対策に関する国際協力の前進を評価しつつ,テロリストに譲歩しないとの原則の確認,旅行者の安全を向上するための措置等,強い姿勢でテロ防圧のための努力を一層推進する決意が改めて表明された。
(2) 経済協力開発機構(OECD)
OECDは自由主義経済を標ぼうする24の先進国を加盟国とする機関で,経済,社会の広い分野における西側先進諸国間の協調の促進を目的とする。設立条約に掲げられた3大目的,(i)経済成長,(ii)途上国に対する援助,位相由かつ多角的な貿易の拡大,にそれぞれ対応する経済政策委,開発援助委,貿易委をはじめ,農業委,多国籍企業委,また新たな問題を扱う情報・コンピューター・通信政策委等,数十に及ぶ委員会が常時活動しており,経済社会上の数々の問題や政策に関し,分析,研究,意見交換を行っている。
年1回開催される閣僚理事会では,年間の活動の総覧が行われる。先進国の閣僚が一堂に会して主要経済問題について討議を行う閣僚理事会は,開催時期が先進国サミットの直前にあたっており,マクロ経済をはじめ,同理事会における議論が,サミットでの議論に重要な影響を与える結果となっている。
86年の第26回閣僚理事会は5月12・13日の両日,開発途上国との関係を含むマクロ経済,農業問題及び構造調整の3つの議題を中心に討議が行われた。今次閣僚理において特に議論の焦点となったのはマクロ経済と農業であった。
まず,マクロ経済面については世界経済の先行きが厳しく主要国間の経常収支の不均衡が一向に改善されないとの見通しの下に,このまま放置すると世界経済は大変なことになるとの認識があり,各国の政策協調,とりわけ日米独三大国の経済政策に対し焦点があてられた。具体的には米国の財政赤字削減,それに伴うデフレ効果を相殺するためにも,日独が財政出動を行い,内需拡大に努めるべしとの認識が明確化した。中でも我が国に対する期待と関心は非常に強く,日本の一層の内需振興,輸入拡大による役割分担を期待するとの空気が支配的であったが,全体としてマクロ経済政策運営における国際協調の路線が合意された。
農業問題については,過去5年にわたってOECDが農産物貿易スタディを実施してきており,今般これが完成,公表に付された。本スタディは貿易摩擦等農産物にかかわる種々の問題を背景に始められ,特定の手法を用いて農業補助の水準の測定を試み,かかる補助を削減した場合の農産物価格,生産,消費,貿易に与える影響について分析し,補助の削減により生産の縮小,輸出の減少等好ましい結果が得られる旨報告している。本スタディを通じ,各国の農業保護政策と技術革新が農産物の構造的供給過剰状況を生み出し,農産物をめぐる事態が危機的状況にあることが一層明確に認識されるところとなった。かかる認識に基づいて今次閣僚理においては,(i)長期的には,数々の要因を勘案しながらも農業助成の漸進的削減を図っていくこと,(ii)短期的には,現状を悪化させる措置を差し控えることなど,各国が共通して目指すべき農業改革の方向につき合意が得られた。
構造調整問題については,OECDが過去2年間実施してきた構造調整スタディが完成し,公表された。本スタディのポイントは,市場原理を導入したミクロ面での調整を推進することによって,経済全体の効率性を向上させるべしということであるが,今次閣僚理においては各国が右を指針として構造調整を推進することの重要性を確認した。
貿易面では最近の保護主義圧力の高まりに対する懸念が表明され,多角的開放貿易体制の維持強化,特にガット・ウルグァイ・ラウンドの実質的促進についての各国の政治的意思が再確認された。
なお,貿易の分野では,OECDが関連する委員会を広く包含する形でサービス貿易に関する検討分析作業を行っており,この作業の継続が確認された。また,OECD加盟国間の紳士協定である輸出信用アレンジメントの規律強化について本年3月に合意が得られ,援助を含む公的資金による貿易及び援助の歪曲効果の一層の削減が図られることとなった(「混合借款問題」参照)。
開発途上国との関係は・相互依存関係の深まる今日の世界経済の中で・先進諸国にとって一層重要な問題となっているが,今次閣僚理においては,途上国経済の多様性を認識した上で,経済改革を実施している途上国を積極的に支援する必要性,債務問題解決のために債権国,債務国,国際機関及び民間銀行が一層協調することの重要性等につき合意された。
以上,OECDの活動の状況を概観したが,一方我が国としても,OECDを活用し,積極的に世界経済,社会の向上に貢献することに努めている。一例をあげれば,我が国のOECD加盟20周年を記念して始められた情報・通信技術の経済,社会への影響を国際的に検討するタイド2000プロジェクトをOECDとの協力により実施した。今後は,同プロジェクトの成果を,今回のOECD閣僚理で合意された技術変化の経済,社会に与える影響についての検討作業に役立てていくこととしている。なお,タイド2000プロジェクトの一環として,本年2月にはパリにおいてシンポジウムを開催したが,この会議の冒頭,現地と東京を結んでテレビ会議を行い,東京より倉成外務大臣ほかが参加した。また,昨年の東京サミットにおける中曽根総理大臣の提案を受けて,本年1月には京都においてOECD加盟国及び事務局の協力を得て,24か国の専門家を招待して,ハイレベル教育専門家会議を開催している。