(3)第104回国会における安倍外務大臣の外交演説
(86年1月27日)
第104回国会が再開されるに当たり,我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。
(はじめに)
私は,外務大臣就任以来3年余り,諸外国と協力して我が国の平和繁栄を全うし,ひいては世界の平和と繁栄に貢献するという我が国外交の課題に取り組んでまいりました。こうした努力はそれなりに成果を上げつつあると思いますが,我が国をめぐる国際情勢には依然厳しいものがあり,また,今年5月には,東京サミットという重要な外交日程を控えております。私は,これまでの3年間の経験を踏まえ,こうした外交課題に全力を上げて取り組んでまいる所存であります。
今年5月のサミットを控え,国際経済面では,昨年9月の5か国蔵相会議を契機とするドル高の是正,新国際ラウンド交渉開始に向けての動きなど,国際協調の面で歓迎すべき進展が見られます。しかし,主要国の経済成長が総じて鈍化傾向を示す中,世界各国は,財政赤字,経常収支不均衡,深刻な雇用情勢,増大する保護主義的圧力,累積債務問題など引き続き多くの課題を抱えております。また,国際政治面では,昨年の,米ソ軍備管理交渉の開始,6年半振りの米ソ首脳会談の実現など東西関係の大きな動きを受けて,今年予定されている第2回目の米ソ首脳会談を控える重要な局面を迎えております。他方,中東,アフリカ,中米,インドシナなどの諸地域では,今なお紛争や混乱が続き,さらに,国際的テロリズムの増大は国際情勢を不安定化させております。
こうした情勢の下で開かれる東京サミットにおいては,中曽根総理と各国首脳との間で,世界経済の安定的発展に向けて各国間の協力について話し合うとともに,会議
がアジアで開催されることの意義も踏まえつつ,世界の平和と安定に向けて忌憚のない意見の交換を行い,サミットが実り多いものとなるよう最善を尽くす考えであります。
(開かれた日本,国際化への努力)
これまで我が国は,とかく国際社会の受益者としてとどまり,国際的な貢献については,他の主要国並みとなることを目標と考えがちでありましたが,今や多くの分野で,世界の平和と繁栄維持のために率先してその責任と費用を負担すべき段階に至っております。
我が国は,昨年「市場アクセス改善のためのアクション・プログラム」を決定し,その繰り上げ実施に努めるとともに,円高の定着,内需の拡大にも大きな努力を払ってまいりました。我が国としては,今後ともこうした努力を更に進め,対外不均衡の是正に努めつつ,関係諸国と協調して保護主義を克服しなければなりません。
新ラウンド交渉の推進はその重要な一環をなすものであります。自由貿易体制の将来に確固たる展望を切り開いていくためには,現在準備が開始されているこの交渉を成功させることが不可欠であります。交渉を通じて各国間の貿易障壁の一層の軽減・撤廃を図り,サービス貿易の重要性の増大など新たな状況に対応するための国際的ルールを確立するとともに,ガット機能の強化を図るために各国の協力が今程求められている時はありません。我が国としては,この目的の達成のために全力を尽くす所存であります。
我が国の経常収支黒字は,年間500億ドルにも達しようとし,諸外国との経済摩擦は厳しさを増しており,このような事態が続くことは,諸外国との関係で到底受け容れられないところであります。我が国としては,積極的に外からのものを受け入れ,経済的にも社会的にも,かつ意識の上でも世界に開かれた国を目指すことが急務となっております。我が国の国際化を推進するに当たっては種々困難もあり得ましょうが,我が国として,大胆に発想の転換を図ってこの課題に取り組まなければならないことを改めて強調したいと思います。
(アジア・太平洋諸国との関係)
アジア・太平洋の地・東京で開かれるサミットを前にして,私は,我が国がアジア・太平洋地域の一員であり,したがってこの地域の諸国との友好協力関係なくして我が国の平和と繁栄もあり得ず,我が国とこれら諸国とは強い相互依存の関係にあることを改めて痛感いたします。近年アジア・太平洋諸国との関係は,広がりと深さを増しておりますが,国と国との関係だけでなく,人と人とのつながり,心と心の触れ合いを大切にした外交を進めてまいりたいと考えます。
特に,私は,これまでの我がアジア外交の成果を踏まえつつ,とれら諸国の人々と積極的な対話を重ねて相互理解を深めるとともに,各国が進めている経済発展・民生向上の努力に対して貢献すべく,従来にも増して官民協調の実を上げていきたいと考えます。また,歴史とその教訓に学ぶという我が国の対アジア外交の原点を踏まえた平和友好の促進を重視してまいります。
我が国と韓国は,昨年,国交正常化20周年を迎えました。両国の友好協力関係は一層強固で成熟したものとなっておりますが,更に国民各界各層の相互理解や交流を基盤とする両国関係の拡大と深化に努めてまいりたいと考えます。
北朝鮮との間で,経済,文化等の交流を積み重ねていくとの基本方針は,今後とも維持していく考えであります。
我が国は,朝鮮半島における最近の南北対話継続の動きを歓迎するものであり,このような動きが一層促進され,この地域の緊張緩和,ひいては朝鮮半島の永続的平和が実現するよう引き続きその環境造りに努めてまいります。
近年,中国の経済発展には著しいものがあります。また,日中両国の関係は,着実な発展を遂げてきており,既に安定した友好協力関係の基礎が築かれております。
昨年は,私自身,中国を訪問し,日中外相定期協議を行うとともに,中国首脳・要人と会談しましたが,今後ともこのような不断の対話を通じ,日中共同声明,日中平和友好条約及び「平和友好,平等互恵,相互信頼,長期安定」という日中関係を律する4原則を踏まえ,長期的に安定した日中関係の構築のため一層の努力を傾けてまいります。
ASEAN諸国と我が国との関係は,日・ASEAN経済閣僚会議やASEAN拡大外相会議の場などを通じ,着実な発展を遂げております。我が国としては,各分野での交流を通じ,ASEAN諸国との関係強化に努めるとともに,これら諸国の安定と発展のための努力を支援していく考えであります。
我が国は,カンボディア問題の包括的政治解決へ向けてのASEAN諸国の努力を引き続き支援するとともに,ヴィエトナムを含む関係諸国との対話を通じ,この問題の解決のための環境造りに努力してまいります。
南西アジア地域との間では,インドよりラジーブ・ガンジー首相の来訪を得て,21世紀に向けて新たな日印協力関係を築く基礎を固めました。アフガン問題の影響を受けているパキスタンに対しては,今後とも同国の立場への支援を続けてまいる考えであります。また,昨年末発足した南アジア地域協力連合に対しては,この地域の安定にとり好ましい動きとして支援と協力を行ってまいります。
我が国は,豪州及びニュー・ジーランドとの友好協力関係の強化を図るとともに,南太平洋島嶼諸国の発展のために一層の協力を行ってまいる考えであります。
現在,太平洋地域の調和のとれた発展を目指して,政府・民間の各レベルで太平洋協力のための話し合いが進展しつつあるととは歓迎すべきことであり,今後ともASEAN諸国などの意向を尊重しつつ,協力を推進してまいりたいと考えます。
(東西関係と自由民主主義諸国の連帯)
世界の平和と安定のために貢献することは,我が外交の課題であります。
現在の世界の平和が,力の均衡により維持されているということは冷厳な現実であり,自由民主主義諸国としては,平和を確保するための充分な抑止力を維持しつつ,ソ連をはじめとする東側諸国との対話と交渉を進め,この均衡の水準を出来る限り低い水準で安定させることが重要であります。このため,我が国としても,国連,軍縮会議などの場を通じ,核実験の段階的禁止提案を行うなど,実効的かつ具体的な軍縮措置の実現に貢献するため行ってきた努力を今後とも積極的に推進していく考えであります。
世界の平和と安定にとって,特に大きな責任を有する米ソ両国の間で,昨年,6年半振りに首脳会談が実現し,真剣かつ充実した話し合いが行われたことは誠に有意義なことであります。また,この会談で米ソ両首脳間の相互理解が深められ,種々のレベルの対話の強化と維持が合意されたことなどを歓迎するものであります。米ソ軍備管理交渉に関する両国の立場の隔たりは依然大きく,交渉の先行きは楽観を許しませんが,我が国としては,両国間の交渉が世界の平和の達成と軍縮の促進に向けて永続的かつ実効ある成果を上げるよう希望し,このため働きかけていく考えであります。
世界の平和と安定の問題に対処するに当たっては,自由民主主義諸国との緊密な協力関係を維持することが重要であります。
日米安保体制を基盤とする米国との友好協力関係は,我が国外交の基軸であり,この関係が良好に保たれ発展することは,アジアひいては世界の平和と安定にとっても重要な要素であります。我が国としては,必要最小限の質の高い防衛力の整備と並んで,我が国の安全保障の基盤である日米安保体制の信頼性を向上させるため,更に努力していく考えであります。
日米両国は,昨年初めの日米首脳会談を受けて,電気通信など4分野の協議を精力的に行ってまいりましたが,先般の訪米において,私とシュルツ国務長官の間でこれらの問題につき大筋の解決を確認しました。しかし,日米経済をめぐる全般の状況には依然厳しいものがあり,今後とも両国間の経済関係の健全な発展を図り,日米関係を円滑に保つべく一層の努力を重ねてまいる決意であります。
私は,今般,総理とともに太平洋を挟む重要な友邦であるカナダを訪問しましたが,このたび合意された日加協力の基本テーマを踏まえ,同国との友好協力関係の一層の増進を図っていく考えであります。
自由及び民主主義という基本的価値観を共有している西欧諸国との関係は,我が外交の重要な柱の一つであります。近年,日欧間の協力関係が,幅広い分野において着実に強化されてきている中で,容易に改善の見られない貿易不均衡をめぐり,欧州側の対日姿勢には依然厳しいものがあります。私は,今般訪日したドロールEC委員長と会談し,また,英国及びドイツ連邦共和国を訪問しましたが,今後ともこのような日欧間の対話と努力の積み重ねにより,経済摩擦の解決を図るとともに,政治対話や文化・科学技術等の分野での交流を一層促進してまいる考えであります。
我が国とソ連との間では,今般シェヴァルナッゼ外相を迎えて,8年振りに日ソ外相間定期協議を行いました。シェヴァルナッゼ外相との忌憚のない意見交換を通じ,同外相との間に,領土問題を含む平和条約交渉が再開され,さらに,これを継続することが合意されたこと,及び最高首脳レベルをも含めて日ソ間の政治対話の一層の強化につき合意を見たことは,今後の対ソ政策を進めるに当たって重要な第一歩であり
たと考えます。領土問題の内容についてのソ連の立場には依然非常に厳しいものがありますが,今後は,この成果を新たな出発点として,国民の総意に基づき,北方領土問題を解決して,日ソ平和条約を締結するという我が国の不動の方針を貫くべく,粘り強い努力を続けてまいる考えであります。
東欧諸国との関係促進は,東西間の緊張緩和の達成の観点からも重要であり,引き続き,東欧各国の政策と国情を十分勘案の上,きめ細かい施策を重ねていく考えであります。
(中東,中南米,アフリカとの関係)
今日の国際社会において,中東,中南米,アフリカなどの開発途上地域の平和と安定及び経済的発展は,世界の平和と繁栄のために欠くべからざる要件であります。
中東地域については,このような立場から,私の中束訪問を通じ関係当事者への働きかけを行うなど最大限の努力を行ってきており,かかる我が国の努力は国際的にも高く評価されております。
イラン・イラク紛争については,その早期平和的解決に向けての環境造りのため,今後とも,国連や関係諸国とも協議しつつ両国へ粘り強く働きかけていく考えであります。
中東和平問題については,昨年来の和平への動きが一層進展するよう希望するとともに,関係当事者に柔軟かつ現実的な対応を示すよう働きかけてまいります。
アフガニスタンでは,ソ連が,軍事介入以来6年余りを経て,今なお,駐留を続けていることは極めて遺憾であり,ソ連軍の全面撤退を含む政治解決のため,志を同じくする諸国と協力しつつ努力してまいる考えであります。
中南米諸国においては,近年民主化の進展が見られる一方,累積債務問題をはじめとする経済・社会困難の克服のため多大の努力が払われていますが,我が国としては,このような努力をできる限り支援していく考えであります。
不幸にも昨年,メキシコとコロンビアでは,相次いで大災害が発生しました。私自身,大地震の直後,見舞いのためメキシコを訪れましたが,これら二国に対する迅速かつ適切な援助は,所期の目的を達し得たと考えます。
このような海外における緊急事態に対し,我が国としても,経済的支援のみならず,医療関係者,救助隊員などの速やかな派遣による総合的な協力体制を整え,我が国の善意を行動をもって示すべく,このたび国際救助隊の新設を含む国際緊急援助体制を整備することといたしました。
いわゆる中米問題については,その平和的解決のためのコンタドーラ・グループをはじめとする域内の和平努力を強く支援するとともに,中米・カリブ地域の発展のため,協力していく考えであります。
アフリカでは,多くの国が,依然,構造的食糧不足をはじめとする経済困難に直面しております。我が国は,この窮状に対する緊急援助を継続しつつ,中長期的観点から,我が国が提唱する「アフリカ緑の革命構想」を推進するとともに,人材の育成やアフリカの人々との触れ合いといった面でも協力関係を拡充し,相互理解を深めていく考えであります。
我が国は,南アフリカにおける情勢の悪化を憂慮するものであり,一貫してアパルトヘイトに強く反対する立場から,今後とも国際社会と一致して,アパルトヘイトの撤廃と問題の平和的解決のためにできる限りの協力を行ってまいります。
(開発途上国の安定と発展への協力)
開発途上国の安定と発展への協力は,我が国が果たすべき重要な国際的責務であります。
このような観点から,政府は,政府開発援助を引き続き拡充すべく,昨年9月,ODA第3次中期目標を設定しました。この初年度に当たる61年度予算においては,対前年度比7.0%増のODA予算が計上され,目標達成に向けて良きスタートを切るものと考えます。
同時に,厳しい財政事情の下,効果的・効率的援助の実施が益々重要となっております。この観点から,私は昨年4月以来,各界有識者からなる「ODA実施効率化研究会」を開催してまいりましたが,研究会におけるこれら有識者の意見も参考にして,一層効果的・効率的援助の実施に努力していく考えであります。
開発途上国は,累積債務問題や一次産品価格の低迷など,多くの経済困難に直面しております。我が国としては,国際的な協力の下・問題解決に取り組んでいく考えであります。
また,我が国は,1,000万人以上にものぼる世界の難民に対する資金及び食糧援助,あるいはインドシナ難民の受け入れなどを通じて,今後ともこの問題に鋭意取り組んでまいります。
(国連との協力)
本年は我が国の国連加盟30周年に当たります。国際連合は,幾つかの問題を抱えながらも,創設後40年を経て,国際社会全体に関わる普遍的な国際機構として成長するに至りました。しかし,今日,真に実効性ある国際協力の場とするためには,国連自らが行財政改革等の努力を通じて,機能の活性化を図ることが急務であります。この観点から,私は,昨年の国連総会で「国連効率化のための賢人会議」の設置を提唱し,今般,その設置が決定されました。我が国は提唱国としてこれに積極的に協力してまいる考えであります。
本年はまた国際平和年であり,我が国は国連への協力を通じ,国際平和の達成に一層の努力を払いたいと考えます。
昨年の国連総会では,頻発する国際的テロ事件に対応して,あらゆる形のテロを非難する決議が全会一致で初めて採択されました。テロ行為は国際社会に対する挑戦であり,我が国は如何なるテロに対しても断固反対の立場をとってきており,市民の平和と安寧を確保するための国際協力を推進していく考えであります。
(諸外国との相互理解の増進)
諸外国との摩擦が生じ,我が国に対する認識のずれが指摘される現在,諸外国との正しい相互理解のための努力は重要な課題であり,人物交流,日本語普及事業などの文化交流の充実に努めてまいります。
また,地方自治体や民間団体などが行っている国民レベルの国際交流活動,そして地方の国際化への動きに対して,積極的に協力していく考えであります。
(結び)
以上申し述べましたように,我が外交は多くの重要かつ厳しい課題を抱えております。このような外交を先見性をもって強力かつ機動的に推進していくためには,外交実施体制を強化・拡充し,優れた情報機能を持ち,国際交渉力を高めることが急務であります。特に,対外経済協力・文化交流の実施,及び国際情勢のより的確な把握のための分析・研究体制の整備に努めてまいりたいと考えます。
また,年々増加する海外渡航者や在留邦人の生命・身体・財産の保護,海外子女教育などにつき十分な配慮を払っていくことも必要であります。
今日の厳しい国際環境の下で,来たる21世紀へ向けて,世界の平和と繁栄のために果たすべき'我が国の責務は重大であります。私は,かかる認識の下に我が国の外交の諸課題に創意をもって能動的に行動する外交を展開してまいる決意であります。
このためには,国民各位及び同僚議員の力強い御支援が不可欠であり,これまでの御協力に感謝申し上げるとともに,今後一層の御支援をお願いするものであります。