第3節 開発途上国の安定と発展への協力
1.国際社会における責務としての経済協力
(1)平和で安定した国際社会の構築のために可能な限り積極的な協力を行っていくことは,自由世界第2位の経済力を有し,自由・民主主義諸国の重要な一員たる我が国の当然の責務であるが,中でも依然として経済危機に悩む開発途上国の経済・社会開発への支援を通じこれら諸国の安定と発展に貢献することは,平和国家であり,対外経済依存度が他国に比して高い我が国にとって最も重要な責務といえる。同時に,このような協力を通じて開発途上国の政治的,経済的,社会的強靱性の強化を支援することは,当該国・当該地域,さらには世界の平和と安定に貢献し,ひいては我が国の平和と繁栄にも資するものである。
(2)かかる認識の下,我が国は2度にわたり中期目標を設定して政府開発援助(ODA)の計画的拡充に努めてきたが,第2次中期目標が85年末をもって終了することから,85年9月18日,86年からの7年間を対象とする第3次中期目標を設定した。この目標は86~92年のODA実績総額を400億ドル以上とすることを目指し,このため92年の実績を85年実績の倍とするよう努めるとともに,併せて質の面でも可能な限りの改善を図る,との従来以上に意欲的な内容となっている。
第3次中期目標は設定直後,第40回国連総会一般討論において安倍外務大臣から,また,10月の国連創設40周年記念会期では中曽根内閣総理大臣からそれぞれ,国際社会に対する我が国の新たな決意の表明として紹介され,国際的にも高い評価をもって受けとめられている。
(3)他方,我が国が米国に次ぐ主要援助国となった今日,厳しい財政事情の下で引き続き援助予算には特段の配慮が払われていることもあって,ODAがどのように実施されているかという問題に対する国内の関心も高まっている。政府としては,こうした動きをも踏まえ「ODA実施効率化研究会(ODA研究会)」の開催等により効果的・効率的援助や積極的・能動的援助に真剣に取り組んでいるところである。
2.85年実績と86年度予算
(1)我が国のODAは83年,84年と順調に増加してきた(それぞれ対前年比24.4%,14.8%の増)が,85年の実績(支出純額ペース)は37億9,700万ドルで,84年の43億1,900万ドルから12.1%の減少となり,また,円ベースでも前年の1兆258億円に比し11.7%減の9,057億円となった。これに伴って,ODAの対GNP比も前年の0.34%から0.29%に低下した。
このような減少の大きな原因としては,国際開発金融機関,特に国際開発協会(IDA)及び世銀(IBRD)に対する払い込みスケジュールの関係上,多国間ODAが12億4,000万ドルと84年(18億9,100万ドル)に比し34.4%の大幅な減少を記録したことが挙げられる。他方,二国間ODAは25億5,700万ドルで84年の24億2,700万ドルから5.3%増加し,特に贈与(無償資金協力と技術協力)は11億8,500万ドルで対前年比11.4%の増加となった。多国間ODAと二国間ODAのこのような推移の結果,ODA全体に占める多国間ODAの比率は,84年の43.8%から85年には32.7%に低下した。
なお,85年の実績が37億9,700万ドルを記録したことによって81~85年のODA実績累計は180億7,000万ドルとなり,この結果,ODA第2次中期目標(81~85年のODA実績を76~80年の間のODA実績累計106億8,000万ドルの倍以上とする)の達成率は84.6%となった。
(2)ODA第3次中期目標の初年度に当たる86年度の予算については,一般歳出が4年連続マイナス(86年度は対前年度比0.0%減)という厳しい財政事情にもかかわらず,一般会計分で対前年度比7.0%増の6,220億円が計上され,主要予算項目中最高の伸びが確保された。これによって,第3次中期目標の達成に向けて良きスタートが切られたと言えよう。
ODA一般会計予算の約半分を占める外務省所管ODA予算は対前年度比7.2%増の2,950億円が計上されたが,その柱としては,ODAの質的,量的拡充に加えて,(i)技術協力を中心とする経済協力の「ソフト面」の重視,(ii)高度な技術あるいは民間技術の移転,開発途上国の輸出振興に資する協力,文化・教育面の協力等々,多様化,高度化する開発途上国のニーズに的確に対応する協力の推進,(iii)効果的・効率的援助の確保,(iv)農業,林業分野を重点とする対アフリカ援助の推進,が掲げられている。
3.効果的・効率的援助
我が国の経済協力は全体として見れば,それぞれ所期の目的に沿って実施され,開発途上国から高い評価を得ているが,国際的には「援助疲れ」とも見られる現象があり,また,国内でも前述のとおり,厳しい財政事情の下でODA予算は特段の配慮が払われているところがら,効果的・効率的な援助の実施はますます大きな重要性を有するに至っている。
この問題についての検討に資することを目的として,外務省においては85年4月より各界有識者16名の参加を得て「ODA実施効率化研究会(ODA研究会)」を外務大臣の下に開催してきたが,その報告が85年12月,外務大臣に提出された。
報告ではまず,(i)援助の準備段階における十分な事前調査に始まって,(ii)協力の実施段階における技術協力と資金協力の連携や相手国負担経費(ローカル・コスト)の取扱いの弾力化,(iii)協力実施後の援助評価の拡充,(iv)協力実施から一定期間経過後のスペアパーツ供与や補修のための専門家派遣のようなフォローアップ援助に至るまで,協力の各段階においてきめ細かい配慮を行い,「心のこもった援助」を目指すことが必要であるとの考え方が強調されている。
そして,報告は,このようなきめ細かい配慮を行うに当たっては技術協力の果たす役割が大きいところがら,「ソフト面の重視」を掲げ,このため,特に実際に援助に従事する優秀な人材を養成,確保することが大きな重要性を有するとして,「国際開発大学」の設立をその具体的一方策として提唱している。さらに,報告では援助実施体制の整備・強化,援助活動を行う非政府団体(NGO)に対する支援の強化,「開発教育」を含む広報・啓蒙活動の強化等の必要性が盛り込まれているが,人材の養成,確保も含め,これらの点は我が国国内における「援助のためのインフラストラクチャ,の整備・強化を求めるものと言えよう。
外務省としては,報告に盛られた意見を今後のODAの実施についての検討に積極的に役立てるとともに,ODA研究会についても引き続き随時開催することとしている。
なお,86年2月のフィリピンにおける政変の後,我が国のこれまでの対比援助に関連して,特に援助の適正な実施の問題を中心に種々の論議,報道がなされるに至り,4月には衆,参両院に「対フィリピン経済援助に関する調査特別委員会」が設置された。我が国は対比援助を含め,我が国の援助を正規の手続に従って行っており,その実施振りは適正であると考えているが,今後の調査,検討の結果,改善すべき点があれば改善に努めることとしている。
4.積極的・能動的援助
経済協力の本格化から四半世紀を経て主要援助国となった今日,我が国としても随時,従来からの経済協力の方式の改善を図り,さらには経済協力を巡る国際的な動きをリードしていく努力が求められている。
このような努力の一つとして,我が国は深刻な食糧不足に悩むアフリカ諸国に対し,従来から種々の援助を供与してきたが,85年度においては「二国間贈与として対前年度比80億円増の総額約600億円を目指し,また円借款についても1億ドルを目途に弾力的に対応する」との目標を掲げ,これを上回る実績を上げた。
また,85年5月のボン・サミットにおいては改めて対アフリカ支援の必要性が強調されたが,我が国はそのフォローアップとして「アフリカ緑の革命」構想を提案した。これはアジア,中南米で成功した「緑の革命」をアフリカにおいても実現するため農業をとりまく環境の問題にも配慮した総合的な取組みを行おうとするものであり,同地域の砂漠化防止,緑化のため「緑の平和部隊」を組織すること等を含んでいる。85年9月のサミット参加国外相会議では,サミット参加国の専門家により作成された「対アフリカ援助報告書」が承認されたが,この中には「アフリカ緑の革命」構想の内容も盛り込まれた。本構想については,我が国は,農業研究の分野でケニア(ジョモ・ケニヤッタ農工大学)及びタンザニア(キリマンジャロ州農業開発計画)に対し無償資金協力とプロジェクト方式技術協力を組み合わせた協力を実施しているほか,植林分野における協力の具体化のため,86年2月,調査団をセネガル,タンザニア及びザンビアに派遣するなど,着実な実施に努めている。
さらに,85年9月のメキシコ地震及び11月のコロンビアの火山噴火に当たって,我が国は迅速に緊急援助を実施した。特にメキシコの場合には,折から中南米諸国歴訪中であった安倍外務大臣が急拠同国に立ち寄り,復興に必要な資金として5,000万ドルの融資を行う旨表明した。また,コロンビアの噴火の際には,我が国の国際救急医療チーム(JMTDR)がいち早く現地入りしたのを始め,青年海外協力隊OBによる緊急チームも派遣された。ただ,他国に比べて我が国の場合,災害発生直後の救助活動に当たる要員の数が少なかったことが指摘されたことから,その後の政府内部での検討の結果,85年12月,JMTDRに加えて,救助活動を行いうる「国際救助隊」の新設や青年海外協力隊の緊急派遣の導入等により,国際緊急援助体制が一層の瞬発力を備えたものとして整備された。
5.経済協力を巡る先進国間の問題
85年4月に我が国が「第2ボスポラス橋建設計画」のためトルコに供与の意図表明を行った円借款を巡って英国が問題提起を行い,また,9月には米国が他国の混合借款等に対抗するため3億ドルの資金の創設を表明するなど,85年においても経済協力を巡って先進国間で摩擦を生じる例が見られた。援助資金が商業目的に使用されることによってもたらされる貿易歪曲,援助歪曲の効果を低減するための議論はOECDにおいて続けられており,85年4月の閣僚理事会で混合借款等の供与可能最低グラント・エレメントをそれまでの20%から25%へと引き上げることが決定されるなどの成果が得られている。
ODA中の政府間貸付(我が国の場合は円借款)の割合が高く,OECDにおける議論の動向によっては大きな影響を受ける我が国は,78年の日米共同声明で表明した一般アンタイド化の基本原則を今後も着実に実行していくこととしているのを始め,混合借款についても,当該案件が援助案件として適当であり,かつ他の先進国との金融上の平等な競争条件を特に確保する(いわゆるマッチング)必要がある場合に限り,国際的合意の枠組の中で,当該途上国との関係等も考慮の上,ケース・バイ・ケースで検討するとの方針を採っており,この方針の運用についても極めで慎重な態度で臨んでいる。