(16)プリンストン大学における各国の経済政策と世界の繁栄に関するシュルツ米国務長官の演説(要旨)

(85年4月11日,プリンストン)

1.序

○米国経済は過去30年間で最も力強い拡大。

○但し一方で重要な不均衡が存在。

(イ)巨額にのぼる純資本流入

(ロ)極めて強いドル

(ハ)史上最大の貿易赤字

(ニ)巨額且つ継続的な財政赤字

○これらの不均衡は互いに相関関係があり,現在の経済的成功の持続のためにはこれらの是正の必要あり。

○この為の困難な政治的決定には,米国及び他の諸外国の責任の分担が必要。

2.米国

(1)資本流入

(i) ○米国の総貯蓄はGNP比で上昇。

○しかし,国内の貯蓄のみでは高水準にある投資をファイナンスできず,外国からの資本流入に依存。

(84年の経常収支の赤字,純資本流入は国民総貯蓄の5分の1に当る1,000億ドルに該当)

(ii) ○資本流入は,米国の投資環境が他国に比し,相対的に良好であるため。

(iii) ○85年末には,米国の対外純債務は1,000億ドルに達する。今後他国での投資環境が好転すれば,米国への資本流入は減少し,逆に資本流出が増加。

(iv) ○国内貯蓄を先取りするような連邦財政赤字の継続は,資本流入の低下により投資の低下を招き,ひいては,米国経済の長期的成長を阻害。

(2)ドル高

(i) ○巨額に上る資本流入が異常なドル高を招来,ドル高はトレード・ウエイト・ベースで80年比80%高に達する。

○現在の為替相場は,貿易収支よりも資本移動により大きく影響を受ける。

○米国経済の成功及びその将来性,safeheaven等の要因がドル資産への投資誘因。

(ii) ドル高のメリット:

○輸入価格の低下。

○インフレ抑制,米国の海外調達,海外直接投資面でメリット。

(iii) ドル高のデメリット:

○米国の輸出への影響が大(世界の製品輸出市場に於る米国のシェアは1980年以降25%低下)。

○米国輸出産業が構造調整を迫られる。

○米国企業の海外生産立地をもたらし,米国の海外での投資,販売,収益等の減価を招来。

(3)貿易収支赤字

(i) 80年以降の貿易収支の悪化幅850億ドルの過半はドル高によるもの。

(ii) 貿易収支改善の為に,保護主義に走るべきではない。

○諸外国の貿易障害の除去のみでは貿易収支の改善に決定的な影響はなし。

○(イ)世界経済の回復,(ロ)他国通貨の対ドル相場上昇が必要。

(iii) 米国の輸出拡大の為には,

(イ)米国の競争力。

(ロ)他国の経済回復―特にヨーロッパ。

(ハ)日本の市場開放,等の諸要因が重要。

(4)財政赤字

(i) 財政赤字の問題点:

○貯蓄を涸渇させ,海外からの資本流入への依存を余儀なくする。

○巨額の財政赤字が続けば米国経済の拡大に危機。

(ii) 財政赤字の削減の方法:

○力強い成長を伴った政府支出のコントロールが必要。

○財政支出削減は,米国の投資,潜在成長力,基本的国家安全保障への影響を極小化しつつ行う必要。

3.先進諸国

(1)相互依存の世界では一国の国内経済と他国の経済は双方向に影響。

(2)主要先進国:

○80年~82年の不況からそれぞれ違った率で回復。米国と日本,カナダが大きく拡大。西欧諸国は遅れ。

○ヨーロッパの回復の遅れは投資を阻害する環境・特に労働市場における構造的問題及び調整,成長を阻害する政府の政策に原因。

(3)日本関係

(i) 日本の貿易不均衡を計る本当の物差し:370億ドルの対米貿易黒字でなく,440億ドルの対世界貿易黒字。

(ii) 日本の個人貯蓄率:

○GNPの30%余り(他のOECD諸国平均の約5割増)。

○高貯蓄率に伴う影響の抑制により,日本は対世界貿易の黒字縮小が可能。

○高貯蓄率=低消費。低消費の結果,余剰資源は,国内投資でなく輸出に向けられる(日本は大幅な輸出超過により完全雇用を維持)。

(iii) ○余剰資源を活用し,輸出圧力を弱める方途の一つが日本国内の投資機会の開放(かかる政策決定は,日本においては経済的よりも政治的により困難)。

○日本の資本市場自由化のための措置は,既に着手。円の国際的役割が増大すれば,円の価値が日本経済の強さを完全に反映する。

(iv) ○外国製品及びサービスの輸入障壁除去は,外国の輸出業者の対日市場機会を拡大し,日本の輸入を増大。

○中曾根総理の最近のスピーチ及び貿易障壁除去と輸入促進に関する日本政府の発表は歓迎,一層の具体策がこれに続くことが重要。

(v) 市場開放個別対策は他国での保護主義抑止に役立つが,恒常的不均衡是正のためには貯蓄・投資不均衡に対処することが必要。

4.開発途上国

依然として,多数の累積債務国では根本的な経済運営の変革が必要。

5.国際貿易

(1)先進国,開発途上国の双方にとり,世界経済が引き続き開放的であることと国際貿易がさらに自由化されることが成長の鍵。

(2)○保護主義は病気への治療ではなく,病気そのもの。消費者に対する隠された税金。

○貿易は物とサービスだけでなく「アイデア」の流れも促進させ,すべての国が国際的分業により利益。

○米国は新ラウンドが来年初めに開始されることを強く要請する。

6.終章:持続的世界経済発展のための6項目国際行動計画

(1)米国の財政支出及び財政赤字の大幅削減。

(2)西欧諸国での変革/革新の障害を削減,資本誘引,国内投資刺激的な政策の採用。

(3)日本については,市場開放努力に加え,高貯蓄が貿易収支黒字に与えるインパクトを軽減(資本市場の開放による円の国際化,内外投資家による国内投資の刺激が必要)。

(4)開発途上国,とりわけ債務累積国は構造調整等を継続。

(5)すべての国による自由な国際貿易の支持。ニューラウンドの早期開始準備。

(6)ドル高に対するアプローチ。

○市場メカニズムに任せるべき(為替市場介入は効果なし)。

○金利を下げるための安易な金融政策は,インフレ懸念の再燃,金利上昇,経済成長の阻害をもたらすのみ。

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