(13)85年米国大統領経済報告(概要)
(85年2月5日,ワシントン)
I 大統領経済報告の概要
(1)レーガン大統領は第2期政権の経済政策を「成長・機会拡大計画」と名付けているが,基本方向としては第1期における「経済再生計画」が成果をあげたことを強調し,これを延長し,更に推し進めるとしている。すなわち,主要目標(経済成長,物価安定,経済的機会の増進)は変わらず,それを達成するための政策の4本柱(歳出の伸びの抑制,税負担の軽減,規制緩和,健全な金融政策)にも変わりはないとしている。
(2)もちろん,直面している問題によって,重点は変わるとしており,具体的に歳出の伸びが経済全体の伸びを上回っていること,失業率,インフレ率は低下しているとはいえ,不満足であること等の問題点を指摘している。また,貿易赤字に関しては,ドル高によるところが大きいとの認識を示し,その背景には米国経済への信頼回復がドル需要となっていることをあげ,この信認は資産であって負債ではないと述べている。同時に赤字の原因となっているドル高と外国の輸出補助金や国内の硬直的政策が重要な産業(例えば農業,鉄鋼業)にとって障害となっていると指摘している。その場合,貿易赤字削減策にも有害なものがあり,自由で公正な貿易(free and fair trade)システムを目標とするとしている。
(3)政策の4本柱については各々,以下の諸点を強調している。
(イ)財政赤字の原因は歳出のGNP比が上昇したこと,不況による税収減にあり,歳出の伸びを抑えることは赤字を削減しつつ経済成長に好影響を与える(増税は経済成長を抑える)と主張しており,86年度予算はこの考え方に沿って,かつ,憲法の要請する政府の責務を果たすことを念頭に作成されたとしている。
なお,項目別拒否権(line-item veto)と均衡予算原則への憲法修正などの手段が長期的な財政健全化には必要であると引続き主張している。
(ロ)税制については,更に簡素化が必要であるとして,間もなく原案を提出すると述べている。
(ハ)規制緩和については,希望通りに進んでいないことを認め,天然ガス,銀行業務,トラック・鉄道,環境等の規制緩和に関し,議会の協力を要請している。
(ニ)金融政策については,連邦準備制度の政策運営を全体としては評価しつつも,82年央,84年後半の通貨量増加は低すぎたとの批判を明らかにしている。
(4)当面の経済情勢に関しては,84年は景気回復の2年目として,過去より望ましい状態にあり,拡大が終わるという兆しはみられないとして,85年以降4%成長が可能であるとの見通しを明らかにしている。この場合,景気後退を完全に排除することはできないにしても,健全で持続的,予想可能な政策運営によって,景気後退の頻度,深刻さを軽減できるとしている。
(5)結論部分においては,連邦政府の責務はいくつかの重要なものに限られ,政府の活動(より重要でない)を減らし,個人,民間企業,州・地方政府がより多くの資源と行動の自由を持つべきであるとの基本姿勢を明らかにし,政府の主要な役割は選択をすることではなく,国民の選択の環境作りにあると強調している。
II 大統領経済諮問委員会報告
1.構成
本年の報告は次の6章から構成されており,全体を通じて,昨年同様市場の働き,民間の選択にまかせる方向が強調されている。第1章成長と安定への経済政策,第2章連邦予算と経済,第3章世界経済の中の米国,第4章健康状態と医療,第5章老人の経済状態,第6章企業支配の市場。
2.概要(第1章及び第3章)
(1)成長と安定への経済政策(第1章)
(イ)第1章においては,81年以来の成果が述べられているが,過去2年間の景気回復の基礎としてインフレ抑制に成功したことを高く評価している。今日の景気回復においては設備投資の盛り上がりが顕著であるとしており,その背景としても税制改正と低いインフレ率をあげている。
もう一つの特徴として高い実質金利をあげているがその理由としては,投資収益率の上昇を重くみている(財政赤字の拡大,金融政策の運営は影響ないとは言わないが,小さいと述べている)。
(ロ)経済安定のためには,金融政策,とくに通貨量の増加を安定させ,次第に低めていくことが重要であるというマネタリスト的な考え方に基づく政策運営を主張している。他面,財政による調整政策はかえって安定を損うおそれがあるとして,財政は長期的効率,構成を目指して運営されるべきであるとの見方を示している。
(ハ)予想された財政赤字の短期的な影響はこれまでのところ見られず,わずかに,貿易赤字が関連しているだけであるとして短期的影響を検出するのは困難であると述べている(この点で大きく昨年の報告と異なっている)。
これに対し,財政への影響は明らかで,将来の利払いを増大させているので,当面,連邦債務残高のGNP比を安定させることを第一義的な目標とすべきであるとの主張を明らかにしている。大統領の戦略として,赤字削減は経済成長,利払い以外の歳出の増加抑制,課税対象所得の拡大,最後の手段としての増税の順序で考えられていると説明している。
赤字削減のための増減と歳出削減は後者がより民間投資に好影響を与えるとの論拠から,経済成長に寄与すると述べている。
(2)世界経済の中の米国(第3章)
(イ)本章に於ては全体として,自由貿易を守り,保護主義に反対する立場を明らかにしている。すなわち,保護を正当化する議論を個々にとりあげ,例えば,(i)「輸入規制は雇用を守る」に対しては,他の分野で雇用減を招いて相殺される。(ii)「産業近代化の余裕を与える」に対しては,過去の事実は逆で非効率を温存させている。(iii)が中低所得層にとって,自由貿易より公平である」に対しては,実際は低所得層に重い。(iv)「補助金付きの輸出は制限すべきである」に対しては,米国民に対する補助である,と反論している。
(ロ)日米貿易の不均衡に関しては,二国間の収支をとりあげるのは間違いと述べ,更に,81年からの貿易収支の悪化は対EC,対ラテン・アメリカの方が対日本より大きいと指摘している。外国からの日本市場へのアクセスについては,大統領と総理大臣の合意に基づき設けられたハイレベルの討議により,進展の可能性が示されていると述べている。
(ハ)経常収支赤字については,資本流入の反面であり,資本流入が民間投資の拡大の4割をまかなっていることを考慮すれば,マイナスとばかりはいえないと評価しており,また,貿易赤字の拡大にもかかわらず,米国の競争力は低下していないと強調している(生産性上昇,賃金の安定,輸出の増加がその証拠)。
貿易収支の赤字拡大に関しては,80年からの赤字幅拡大の約4分の1が米国の成長が海外に比べて速かったことにより,それより僅かに少ない割合が債務累積国の輸入抑制の影響とみている。石油価格低下によって200億ドルの好転をみているので,ドル高によって600~700億ドルの悪化が生じたと試算している。
(ニ)ドル高は,高金利,インフレ率の低下,税制変更等に加え,米国経済への信認が増したことの影響であり,財政赤字の影響は明確でないとしている点で昨年の本報告と異なっている。
さらにドル高の影響についても一部,とくに製造業に悪影響を与えるものの,価格安定や競争による投資の刺激等の効果があるとの見方を示している。