(6)第101回国会における安倍外務大臣外交演説

(84年2月6日)

第101回国会が再開されるに当たり,我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。

(はじめに)

今日,我が国を取り巻く国際情勢は,まことに厳しいものがあります。

米ソ関係を中心とする東西関係は,ソ連の多年にわたる軍備増強とこれを背景とした第三世界への進出,更には昨年の大韓航空機撃墜事件,米ソ間の中距離核戦力交渉をソ連が中断したこと等により,対話再開の努力はみられるものの全体として冷却したまま推移しております。

世界経済には,米国の本格的な景気回復を中心に明るい展望が開けてきておりますが,回復はいまだ跛行的であり,また,各国とも雇用情勢は依然として厳しく,保護主義的傾向にもなお根強いものがあります。開発途上国も,中南米諸国を始めとする債務累積問題等多くの困難を抱えております。

中東,アフリカ,中米・カリブ海,インドシナ等の諸地域においては紛争や混乱が継続し,また,特にテロ事件等の暴力的事件が続発しております。

相互依存関係の深まった今日の国際社会において,国際関係の動向は直接・間接に我が国の政治・経済・社会に多大の影響を及ぼす状況となっておりますが,とりわけ,現下の厳しい国際環境の中で,我が国の平和と繁栄を確保していくために,外交に課せられた使命は極めて重大であることを改めて痛感する次第であります。

他方,今日,我が国は自由世界第2位の経済力を有し,その国力と国際的地位は著しく高まっており,これに伴い,我が国の果たすべき国際的責任も大きなものとなっております。特に,我が国が確固たる主張を持ち,東西関係始め世界の直面する諸問題について明確な姿勢を打ち出してきたことは,我が国の国際社会における重みを改めて諸外国に認識せしめてきたところであります。このことは,私自身,就任以来の各国訪問等を通じ,強く感じてまいりました。世界は,我が国の発言と行動を大きな期待をもって注目しており,今こそ,我が国は,国際社会における責任を一層鮮明に自覚して,「日本は世界のために何を行い得るか」との視点に立ち,単に経済面のみならず,政治面その他あらゆる分野で,その国力と国情にふさわしい国際的役割を果たし,もって世界の平和と繁栄に積極的に貢献していかなければなりません。これこそは,とりもなおさず,我が国が自らの存立と繁栄を確保し得る所以であります。

私はこのような基本的な認識の下に外務大臣としての職務に適進してまいったものでありますが,今後ともかかる努力を一層発展させ,「西側の一員」として,また,アジア・太平洋地域を基盤としつつ,幅広い自主積極外交を展開してまいる所存であります。

以下,当面する外交の諸課題について基本的な考え方を申し述べます。

(東西関係と西側先進民主主義諸国の結束)

東西関係を安定した軌道に乗せることは,世界の平和と安定にとり最も基本的な課題であります。このためには,我が国を含め自由と民主主義という基本的価値観を共有する西側先進民主主義諸国が結束を維持しつつ,互いに協力していくことが肝要であります。我が国としては,こうした観点から,昨年もウィリアムズバーグ・サミットにおける政治声明に積極的に参加する等,諸般の努力を行ってまいりました。

西側としては,基本的姿勢として,今後とも平和を確保するための十分な抑止力を維持するとともに,ソ連をはじめとする東側諸国との対話と交渉を進めていくことが重要であります。特に,核軍縮を中心とする米ソ間の軍備管理交渉の促進が焦眉の急であります。中距離核戦力交渉については,アジアの安全保障をも考慮したグローバルな観点に立った解決を図らなければならないとの我が国の主張が,西側の共通の立場として認識されておりますが,ソ連が交渉を一方的に中断したことは遺憾であり,ソ連が交渉の席に戻り,真剣な交渉努力を行うよう強く訴えるものであります。戦略兵器削減交渉についても,ソ連が速やかに交渉再開に応じ,その実質的進展が図られるよう希望致します。また,我が国としても,国連,軍縮委員会等の場を通じ,実効的かつ具体的な軍縮措置の着実な実現に向けて,引き続き積極的な貢献を行っていく所存であります。

現下の厳しい国際情勢の下において,東西間の対話の重要性はいかに強調しても強調し過ぎることはありません。東西間の対話を継続することは,軍縮問題も含めて,単に双方に共通の問題の解決を促進するだけでなく,その過程における卒直な意見の交換を通じて,相互の意思疎通を増進し,東西間の対決の危険性を減ずる効果を持つものであります。この意味で,政府は,先般のレーガン大統領の演説で改めて示されたソ連との対話を重視する米国の姿勢を支持するものであります。

日米安保体制を基盤とする日米友好協力関係は,我が国外交の基軸であり,この関係が良好に保たれ発展していくことは,独り我が国の安全と繁栄を確保するためのみならず,アジア,ひいては世界の平和と安定にとって重要な要素であります。昨秋のレーガン大統領の訪日は,平和と繁栄のための日米協力を増進する上で極めて意義深いものであり,首脳会談では,日米両国間の信頼関係がより一層強化されました。また,私は,本年1月末に訪米し,レーガン大統領,ブッシュ副大統領,シュルツ国務長官及びその他関係閣僚と会談を行い,揺るぎなき日米関係の一層の強化に向けての両国の決意を新たにした次第であります。私は今後とも二国間の問題解決に更に努力を払うとともに,日米間の積極的な協力面を推進することにより,両国関係の一層の発展に尽力する所存であります。

日欧関係の一層の強化を図ることは,西側の結束を図る上で欠くことができません。昨年1月の私の訪欧を契機として,日欧関係は画期的な進展を見ております。

日・EC議長国間の外相政治協議が制度化されたのを始めとして,欧州との政治対話の緊密化が図られてまいりました。また,経済面でもEC委員会との閣僚会議が新たに発足する運びとなりました。更に,本年も,政治・経済両面にわたる幅広い協力を一層充実していく所存であります。

先般首相を我が国に迎えた豪州始め,カナダ,ニュー・ジーランドといった太平洋地域の先進民主主義国との協力をも一層強化していく考えであります。

(アジア諸国との関係)

アジアは種々の不安定要因を抱えておりますが,他面,極めて活力に富み,将来に向けて大きな発展の可能性を有する地域として,域外の関心も高まっております。アジアの一員である我が国にとっては,なおさら,この地域の安定と繁栄は死活的に重要であります。私は,このような認識の下に,米欧等のアジアに対する理解の増進にも寄与しつつ,対アジア外交を外交の重要な基盤として推進してきたものであります。今後とも,アジア諸国との相互理解の増進に努め,これら諸国の信頼と期待に応えてその発展と繁栄に寄与し,もってアジアの平和と安定に資するよう努力していく所存であります。

朝鮮半島の情勢は,ビルマにおける不幸な事件もあって,以前にも増して厳しいものがあります。政府としては,同半島の問題が南北両当事者の直接の対話により解決されるべきであると考えておりますが,関係諸国の努力により対話再開の環境が醸成されることを期待するとともに,我が国としても可能な努力を継続してまいる所存であります。隣国たる韓国とは,現在の良好な関係を基礎として,今後は二国間の問題のみならず広く国際問題についても話し合う多元的な関係を更に発展させたい考えであり,そのためにも両国国民各層が幅広く交流し,両国関係を裾野の広いものにするよう努力していきたいと考えます。北朝鮮との関係については,経済,文化等の分野における交流の基本的枠組はこれを維持する考えであり,同時に北朝鮮が朝鮮半島の緊張緩和に向けて真撃な努力を傾けることを期待するものであります。

中国との間には,両国関係の安定的発展のための堅固な基礎が既に築かれております。政府としては,先般の胡ヨウ邦総書記の訪日の成果を踏まえ,「平和友好,平等互恵,相互信頼,長期安定」の四つの原則に基づき,今後とも友好協力関係を幅広い分野において発展させるべく努めてまいる所存であります。また,中国の近代化の努力に対しては引き続きできるだけの協力をしていきたいと考えております。

ASEANは,ブルネイを新たな加盟国として迎え,ユニークで調和のとれた一つの国際社会として,東南アジアひいては世界の平和と繁栄にとり益々重要な役割を果たすことが期待されます。我が国とASEAN諸国との友好協力関係は,昨年来,科学技術等の幅広い分野にわたる新たな次元にまで高まってきております。私は,ASEAN諸国の経済・社会開発及び連帯強化のための努力を引き続き支援する考えであります。

依然未解決のカンボディア問題は.東南アジアの平和と安定にとって大きな障害となっております。同問題の解決のためには,話合いによる包括的政治解決が必要であり,我が国は今後ともその実現に向けてのASEANの努力を支援するとともに,ヴィエトナムとの対話を維持しつつ,問題の解決のためにあらゆる努力を続けてまいります。

南西アジアでは,域内諸国間の地域協力構想の進展などこの地域の安定にとって好ましい動きも見られます。我が国としては,今後とも同地域の安定的発展に対しできる限りの協力を行うとともに,同地域諸国との関係強化に努力していく所存であります。

インドシナ及びアフガニスタン難民問題は,依然としてアジア諸国,なかんずくタイ及びパキスタンに多大の負担を強いているのみでなく,周辺地域の不安定要因となっております。我が国は,資金援助やインドシナ難民の受入れなどを通じ,今後とも問題解決のため貢献していく考えであります。

(ソ連及び東欧諸国との関係)

我が国の重要な隣国であるソ連との関係は,厳しい東西関係を反映し,また,北方領土問題が依然として未解決であるのみならず,近年,極東,なかんずく北方領土においてソ連が軍備強化を行っていること等により,遺憾ながら引き続き厳しい局面にあります。我が国は,従来より国連での日ソ外相会談及び事務レベル協議等日ソ間のあらゆる対話の機会をとらえ,ソ連に対しこのような事態を速やかに是正するとともに,日ソ間の最大の懸案たる北方領土問題を解決して平和条約を締結するよう粘り強く求めてきております。政府としては,通すべき筋は通すとの毅然たる姿勢を今後とも維持しつつ,ソ連との間で対話を続け,二国間問題のみならず広く国際情勢についても意思疎通を図ることにより,真の相互理解に基づく安定的な日ソ関係を確立するため,引き続き努力を払っていく決意であります。ソ連側においても,我が国に対して,善隣友好を言葉の上で強調するだけでなく,誠意ある具体的行動で示すよう強く希望する次第であります。

東欧諸国との相互理解と友好関係の増進も重要であり,昨年の私の訪問の成果等を踏まえ,今後とも,各国の国情及び政策を十分勘案の上,きめ細かい努力をしてまいる所存であります。ポーランドの事態につきましては,真の国民的和解が速やかに達成されることを希望しております。

(中近東との関係)

中近東地域では,国家間あるいは民族間の対立や紛争が継続し,情勢は非常に流動

的であります。この地域において事態が悪化する場合には,回復基調にある世界経済の動向にも重大な影響を与えかねません。

とりわけ,戦略的・経済的に重要な湾岸地域を臨むイラン・イラク両国の間では武力紛争が長期化しております。私は,昨年両国を同時に訪問して以来,これまで両国に対し紛争を拡大させないよう自制を求めるとともに,和平に向けての環境作りのため独自の努力を行ってまいりました。かかる我が国の努力は国際的にも評価されておりますが,今後とも,一層の努力を行ってまいる決意であります。

レバノン情勢も憂うべき状況にあります。我が国は,レバノンが国内諸勢力闘の和解を達成し,全外国軍隊の撤退により,一日も早く主権を回復することを希望するとともに,事態をこれ以上悪化せしめぬよう,今後とも関係当事者に自制を求めていく所存であります。

また,中東和平については,我が国は,この問題の解決が中東地域の安定のために不可欠との認識の下に,和平実現の好機を逃がすことのないよう,関係当事者に柔軟かつ現実的な対応を示すよう働きかけてまいります。

アフガニスタンでは,ソ連軍の介入が既に4年以上続いていることは遺憾であり,我が国は,ソ連に対しその即時全面撤退を今後ともあらゆる機会をとらえて訴えていく所存であります。

(中南米・アフリカとの関係)

我が国と伝統的に友好関係にある中南米諸国は,近年,経済困難に直面しておりますが,我が国としては,他の先進諸国とも協力しつつこれら諸国に対してできる限りの協力を行っていくとともに,引き続き人的交流の促進を図り,友好協力関係の増進に努めてまいります。我が国は,最近の中米情勢の推移を懸念をもって見守っておりますが,コンタドーラ諸国を中心とする域内及び関係諸国の努力によって,中米問題の平和的解決が早急にもたらされることを強く期待しております。

アフリカ諸国は,厳しさを加える経済状況の中で国造りに懸命の努力を傾けております。また,ナミビアの早期独立達成に向けて,国連や関係諸国の努力が引き続き行われております。我が国は,かかる努力に対してできる限り協力していく考えであります。

(世界経済の発展への貢献)

現下の世界経済情勢の下で,自由貿易体制を維持・強化しつつ,インフレなき持続的成長を達成し,西側社会の基盤をなす市場経済体制に対する信頼を確たるものとすることが強く求められております。そのためには,西側先進工業諸国が,内外に均衡のとれた経済運営に努めつつ,時代に即応した経済社会の構造調整に積極的に取り組み,その活性化を図っていくことが肝要であります。世界経済が漸く3年越しの不況から脱出し,薄日の射す状況に転じた今こそ,保護主義の巻き返しに一層の努力を払うべきことはいうまでもありません。また,債務累積問題の解決のためには,開発途上国への資金の流れを確保するなど金融・貿易両面での適切な対応が必要であります。

かかる観点から,私は,我が国がその経済力に見合った国際的責任を十分認識し,内需を中心とした成長を図るとともに,一層の市場開放に努め,また,金融・資本市場やサービス取引等の問題についても適切に対処し,世界に一層開かれた日本の経済社会を積極的に形成していくことが必要であると考えます。また,昨年11月中曽根総理大臣が提唱した新たな多角的貿易交渉の準備促進については,我が国は今後とも関係諸国との協議を通じ,これに対する支持の輪を広げていくことに力を注いでいく所存であります。更に,科学技術分野での国際協力を積極的に推進していくことも重要であります。

こうした努力を進めるに当っては,世界各国との協調を図っていくべきこと,とりわけ我が国と緊密な関係にあるASEAN諸国始めアジア・太平洋地域の経済発展に一層貢献していくべきことは申すまでもありません。更に,米国やECを始めとする諸外国との間の問題については,経済的側面のみならず政治的・社会的側面にも十分配慮し,国民の理解を得ながらできるだけ早急に解決するよう努力してまいる考えであります。

(開発途上国の安定と発展への協力)

開発途上国が政治的,経済的,社会的に安定して発展することは,世界の平和と繁栄にとって極めて重要であります。

我が国としては,南北問題の解決に向けて,南北間の建設的対話と協調を促進し,債務累積問題等南の諸国の諸困難の解決に寄与しつつ,今後とも双方の懸け橋としての役割を積極的に果たしていく所存であります。私は,かかる我が国の立場を,昨年も第6回国連貿易開発会議,第38回国連総会といった場で強く訴えたところであり,南北双方から好感と期待感をもって迎えられました。特に,開発途上国に対する経済協力の推進,とりわけ,政府開発援助の拡充は,経済大国である我が国の国際的責務であるのみならず,世界経済の発展及び世界の平和と安定に資するものであり,我が国の長期的国益にもかなうものであります。我が国は,こうした認識に基づき,引き続き新中期目標の下で,政府開発援助を拡充していく方針であります。

更に,開発途上地域における紛争と混乱を未然に防止することを始めとして,世界の平和と安全を確保する上で,国連の果たす役割は大きなものがあります。我が国は,この観点からも,国連の平和維持機能の改善・強化に引き続き積極的な協力を行っていく考えであります。

(諸外国との相互理解の増進)

今日の国際社会において,しばしば,相互理解の不足に基づく誤解や相互不信が国際関係を必要以上に複雑にしているというのが私の実感であります。我が国としても,諸外国との相互理解を増進し,互いの国情についての正しい認識を確立していくことは,外交の重要な課題の一つであります。このため,政府は,今後できる限り多くの機会をとらえ,多種多様の方途により,我が国の実情について諸外国の認識を深

めるよう海外啓発活動を一層強化するとともに,学術,教育,芸術,スポーツ,日本語の普及等の文化面における交流や協力を促進し,特に将来を担う青少年を中心とする国民レベルでの人的交流を一層拡充していく所存であります。他方,我が国の国際化に伴い,姉妹都市を中心とする地方自治体や民間においても文化交流が急速に進展しつつあります。政府としては,更に,このような活動との連携に意を用い,これを積極的に支援してまいりたいと考えます。

(結び)

以上申し述べましたように,厳しい国際環境の中にあって,我が国の外交は幾多の重要な課題を抱えております。このような外交を強力かつ機動的に推進していくためには,外交活動に対し国民の幅広い理解と支持を得ていくことが不可欠であると同時に,在外公館の機能も含め外交実施体制を強化・拡充することが急務と考えます。

21世紀は目前に迫っております。今や外交は,今日に生きる我々自身のためだけでなく,次に続く世代のために平和で豊かな日本,そして世界を築いていくという,まことに重大な責務を負っております。私は,決意を新たに,この責務を全うし,日本の未来を切り拓いてまいる所存であります。

国民各位及び同僚議員のこれまでの御協力に感謝申し上げるとともに,今後の力強い御支援をお願いするものであります。

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