(2)第98回国会における安倍外務大臣外交演説
(83年1月24日)
第98回国会の開会に当たり,我が国外交の基本方針につき所信の一端を申し述べます。
(はじめに)
我が国を取り巻く現下の国際情勢は,依然として厳しいものがあります。
ソ連指導部の交替や中ソ間の話合いの開始などの動きも見られますが,米ソ両大国を中心とする東西関係は,不安定な状況が継続しております。
第2次石油危機を契機とした世界経済の低迷は依然続き,そのような中で,失業の増大,貿易収支の不均衡等の諸困難から保護主義的な対応をしょうとする動きが欧米諸国を中心に台頭してきております。また,開発途上国及び東欧諸国における債務累積問題も,世界経済の直面する困難を増大させております。
中東,アフリカ,中米,インドシナの地域を見るまでもなく,開発途上地域の紛争と混乱は継続し,また,南北関係の改善の歩みは,世界経済の停滞の影響も受け,遅々としております。
このように厳しくかつ流動的な国際情勢の下において,我が国外交の使命は,極めて重大であると言わざるを得ません。
(「世界の信頼にこたえる日本」)
相互依存関係の深まった今日の国際社会においては,世界の平和と繁栄なくしては我が国の平和と繁栄もあり得ません。また,現在の我が国の平和と繁栄は,世界各国の直接・間接の協力があって初めて可能であったと言えるのであります。
このような認識に立てば,単に自らの目先の利益を追求するのではなく,各国と共に繁栄するために痛みを分かち合いつつ,我が国の発展を長期的に確保するとの視点がますます要求されております。我が国として,国際社会の直面する課題を自分自身の問題としてとらえていくことが,従前に増して重要となってきていると考えます。
今や,世界は,その平和と繁栄を構築するために,我が国の積極的な行動を求めており,我が国が各国の期待にこたえて自らその国力にふさわしい役割を果たし,世界の信頼を勝ち得ていかない限り,国際社会において孤立する事態を招きかねないと言っても過言ではないでありましょう。
私は,今こそ,我が国が「世界の信頼にこたえる日本」を目指して,特に以下の点を中心に,主体的かつ積極的な貢献を行っていかねばならないと考えます。
我が国は,先進民主主義諸国との間に自由と民主主義,市場経済と自由貿易といった政治・経済上の理念を共有しております。世界が直面する諸困難に有効に対処していくには,これら民主主義諸国が互いに協力,補完し合っていくことが大切であります。また,現在の東西関係をより安定した軌道の上に乗せるためにも,西側諸国が結束を維持して,力の均衡を確保しつつ対話と交渉を推進していく必要があります。
世界の平和と安全を確保する上で,国連の果たす役割には大きなものがあり,我が国は,その平和維持機能の改善・強化に積極的協力を行っていく考えであります。また,我が国は,現下の厳しい国際環境の下で,国際社会を長期的により安定したものとするよう,核軍縮を中心とする具体的な軍縮措置の着実な実現に向けて,国連,軍縮委員会等の場を通じ,引き続き貢献していく所存であります。さらに,我が国は,戦略核兵器及び中距離核戦力に関する米ソ間の交渉の実質的進展を期待いたします。特に,中距離核戦力交渉については,世界的な観点に立って,我が国を含む極東の安全保障が損われないような形で解決が図られることを強く求めるものであります。
自由貿易体制を維持・強化しつつ世界経済の健全な発展を図ることは,我が国の対外経済政策の基本であります。我が国は,かかる観点より,一昨年末以来,一連の市場開放措置を決定し,その実施に努めてまいりました。政府は,昨年12月には,86品目にのぼる関税の撤廃及び引下げ,さらに,一部農産物の輸入枠の拡大を決定するとともに,1月13日には,輸入検査手続等の改善をはじめとする対外経済対策を決定しました。
我が国は,今後とも,率先して自由貿易体制の発展のために貢献していく所存であります。同時に,かかる我が国の努力に応ずる形で,各国においても保護主義を排する施策が講じられることを強く期待いたします。また,科学技術の分野における国際協力についても,我が国に対する期待にこたえて,積極的に協力を推進していく考えであります。
開発途上国との相互依存関係がとりわけ深い我が国は,これら諸国がその抱える諸困難を解決し,自らの発展を図り得るよう,二国間及び国際機関を通ずる協力を更に進めるとともに,南北間の建設的対話と協調を促進していく必要があります。
開発途上国の発展と繁栄に寄与する経済協力の推進,とりわけ,政府開発援助の拡充は,我が国の国際的な責務であります。同時に,このような経済協力を通じて開発途上国の発展が図られることは,当該地域ひいては世界の平和と安定に貢献するものであり,我が国の長期的国益にもかなうものであります。我が国は,こうした認識に基づき,引き続き,新中期目標の下で政府開発援助の着実な拡充を図るとともに,世界の平和と安定の維持にとって重要な地域に対する援助を強化していく方針であります。
以下,各地域との関係について基本的な考え方を申し述べます。
(先進民主主義諸国との関係)
日米安保体制に基盤を置く日米間の友好協力関係は,我が国外交の基軸であり,この関係が良好に保たれ発展していくことは,独り我が国の安全を確保するためのみならず,世界的視野に立った外交を進めていくために欠くことができません。
このような考え方から,今般,中曽根総理大臣は訪米し,私もこれに随行いたしました。首脳会談をはじめとする今回の話合いでは,国際情勢や日米間の諸問題について忌憚のない意見交換が行われ,その結果,同盟関係にある日米両国の信頼関係は,一層強化されたものと確信しております。この成果を踏まえ,私は,近く来日するシュルツ国務長官との間で長期的かつ全般的な視野に立った話合いを更に深めるとともに,今後とも,個々の問題の処理のみにとらわれず,日米間の積極的な協力面を見失うことのないよう配慮して,日米両国の発展のため一層の努力を行っていく所存であります。
先進民主主義諸国間の結束を図る上で,日欧関係の一層の緊密化は,不可欠であります。私は,この認識に立って,本年早々,西欧諸国及びEC委員会を訪問いたしました。今回の訪欧を通じて,日欧間の相互理解を一段と深めることができたものと考えております。今後とも,日欧間において,産業協力及び科学技術協力に見られるような新たな分野における関係の発展を図るとともに,政治面での協力を一層充実して,建設的な協力関係を築いていくよう尽力したいと考えます。
さらに,太平洋地域の先進民主主義国であるカナダ,豪州,ニュー・ジーランドとの幅広い友好協力関係の強化に努めていきたいと考えます。
(アジア諸国との関係)
我が国がアジア諸国との間に相互信頼に裏付けられた緊密な友好関係を発展させていくことは,アジアの一員として,また,我が国が積極的な外交を展開するための基盤として極めて重要であります。私は,アジア諸国との相互理解の増進に努め,これら諸国の信頼と期待にこたえてその発展と繁栄に寄与し,もってアジアの平和と安定に資するよう努力していきたいと考えております。
韓国との関係については,先般の中曽根総理大臣の訪韓によって首脳レベルにおける相互信頼関係が確立し,日韓関係安定の基礎が固められました。今後とも,各層の幅広い対話と交流を促進し,両国国民の相互理解を更に深めるため,互いに努力することが重要であると考えます。同時に,政府は,朝鮮半島における対話再開に向けての関係者の努力を見守りつつ,朝鮮半島の緊張緩和に対し我が国なりの立場から貢献し得ることがあれば,努力を惜しんではならないと考えます。また,北朝鮮との関係については,今後とも,貿易,経済,文化等の分野における交流を漸次積み重ねていく考えであります。
日中関係は,国交正常化後の10年の間に着実に発展し,現在両国間には友好協力関係の安定した基礎があります。我が国は,この基礎の上に両国関係の一層の発展を図るべく,引き続き努力する決意であります。最近,中国の対ソ姿勢に変化が見られますが,中国は,従来どおり,対外開放政策を堅持し,我が国をはじめ西側諸国との協力関係を促進していく旨明らかにしております。我が国は,今後とも,中国の近代化への努力にできるだけの協力をしていく所存であります。
ASEAN諸国が連帯意識を深めつつ着実な発展を遂げていることは,東南アジアひいてはアジア全体の重要な安定要因であり,心強い限りであります。我が国は,アジアの長期的な平和と安定を確保するため,ASEAN諸国のこのような努力を引き続き支援するとともに,これら諸国との協力関係の一層の発展に努力していく考えであります。
インドシナにおいては,カンボディア問題が依然未解決であり,アジアにおける不安定要因となっております。残念ながら,ヴィエトナムは,いまだ話合いによる包括的政治解決を求める国際社会の声にこたえておりません。我が国は,今後ともASEAN諸国等関係各国と協力し,また,ヴィエトナムとの対話を維持しつつ,問題解決のためにあらゆる努力を続けてまいります。
インドシナ及びアフガニスタン難民問題は,依然としてアジア諸国,なかんずく,タイ及びパキスタンに多大の負担を強いています。我が国は,資金協力やインドシナ難民の受入れなどを通じて,問題の解決に引き続き寄与してまいります。
南西アジア地域では,インド・パキスタン関係の改善などこの地域の安定にとって好ましい動きが現れてきております。我が国は,これら諸国との伝統的友好関係を一段と強化し,この地域の安定に貢献していく所存であります。
近年,アジア・太平洋地域に対する世界の関心が高まっております。多様性に富み,活力にあふれた太平洋地域は,将来へ向けての発展の大きな可能性を秘めており,我が国としても,この地域の各国と協力して,太平洋協力促進のための努力を今後とも支援していきたいと考えます。
(ソ連及び東欧諸国との関係)
我が国の重要な隣国であるソ連との関係は,北方領土における軍備強化,アフガニスタンヘの軍事介入,ポーランド情勢などにより,遺憾ながら引き続き厳しい局面にあります。政府は,新しく誕生したソ連指導部に対してこのような事態の是正を求めていくとともに,日ソ間の最大の懸案である北方領土問題を解決して平和条約を締結し,真の相互理解に基づく安定的な関係を確立するため,あらゆる機会をとらえてソ連側と粘り強く話し合っていく所存であります。
他方,我が国は,従来より,ソ連の極東における軍備増強について懸念を表明してきておりますが,今般,ソ連指導部が現在欧州地域に配備されている中距離ミサイルをシベリアに移動する可能性を明らかにしたことは,この地域の平和と安定を脅やかすものとして強く遺憾の念を表明せざるを得ません。
ソ連側は,日米首脳会談等をとらえ種々の論評を加えておりますが,我が国が日米安保体制の円滑な運用のために一連の措置をとることは,我が国の平和と安全を確保するため当然のことであり,かかるソ連側の批判は,全く根拠のないものであります。
東欧諸国との関係については,政府は,それぞれの国情及び各国の政策を十分勘案の上,相互理解の増進と友好関係の発展のため,引き続き努力してまいります。ポーランドの事態については,昨年末の戒厳令停止の措置が名実ともに事態の改善につながり,真の国民的な和解が速やかに達成されることを希望しております。
(中近東諸国との関係)
中近東地域の安定にとって,とりわけ,中東和平問題の公正,永続的かつ包括的解決の実現が不可欠であります。そのためには,パレスチナ人の自決権とイスラエルの生存権が相互に承認されなければなりません。レーガン米国大統領の和平提案が発表されて以来,アラブ首脳会議において統一的和平提案が採択されるなど関係諸国の間に和平の気運が芽生えつつあります。
我が国は,現在米国を中心として行われている和平努力を高く評価するとともに,イスラエル及びPLOを含む関係当事者が,この機会を逸することなく和平に向けての努力を強化することを強く希望しており,これら当事者に対してこの旨を呼びかけてきております。
レバノン情勢に関し,我が国は,今後,イスラエル軍及びレバノン政府が認めないその他の外国軍隊の撤退が早期に実現し,国民和解が達成されることを希望いたします。
イラン・イラク紛争の継続は,両国民の犠牲と苦痛を増大させているのみならず,この地域の平和と安全にとっても憂慮すべきことであります。我が国は,イラン・イラク両国が大局的判断に立って,早急に紛争を終結するよう強く願うものであります。
我が国は,今後とも,西側諸国や関係当事者との協力関係を強化しつつ,この地域における和平の実現,平和維持や民生安定のための諸活動に積極的な貢献を行っていく考えであります。
(中南米・アフリカ諸国との関係)
我が国と中南米諸国との間には,多数の日系人社会の存在及び経済面での相互補完関係を背景にして,伝統的に友好関係が保たれてきております。近年においては,経済関係にとどまらず,文化交流,科学技術等多岐にわたる分野において我が国との協力関係が深まりつつあります。我が国は,引き続き,これら諸国との友好協力関係の増進に努めてまいります。
アフリカと我が国との関係も,近年,ますます緊密の度を加えております。アフリカ諸国は,厳しさを加える経済的困難の中で国造りに懸命の努力を傾けております。
また,ナミビアの早期独立達成に向けて,国連や関係諸国の協力を得つつ真剣な努力が行われております。我が国は,アフリカ諸国のかかる努力に対してできる限り協力していきたいと考えております。
(結び)
国際社会における相互依存関係の深まりと交通・通信手段の飛躍的な発展により,今や地球全体がいわば一つの共同体となっているといっても過言ではないでありましょう。諸外国の事象は,直ちに国民生活の隅々に影響を及ぼすと同時に,我が国の施策も国際政治あるいは国際経済の動向に少なからざる影響を与えるに至っております。
こうした中で,私は,世界の平和と繁栄に積極的に貢献するという我が国の立場と責任を深く認識し,「わかり易い外交」を展開することによって国民の理解と支持を求めていきたいと考えます。同時に,諸外国との相互信頼関係を促進するため,あるいは相互理解の不足から生じる摩擦を防止するためにも,我が国の真の姿が正確に認識されるよう,文化交流や広報面の努力を一層強化していく考えであります。
これからの厳しい国際環境の中で,私は,言うべきことははっきりと言うとともに,約束したことは飽くまでも実行するという姿勢を貫くことによって,「世界の信頼にこたえる日本」を目指して外交を進めていく決意であります。
皆様の御理解と御支援をお願いする次第であります。