第3節 経済協力の積極的拡充

1. 国際国家日本の責務としての援助

平和で安定した国際社会の構築のために可能な限り積極的な協力を行っていくことは,自由世界第2位の経済力を有し,自由・民主主義社会の重要な一翼を担う国際国家たる我が国の当然の責務であるが,中でも依然として経済危機に悩む開発途上国の経済・社会開発への支援を通じ南北問題の解決に貢献することは,悲惨な戦争を経験し平和国家に生まれ変った我が国にとり最も重要かつふさわしい責務と言える。

このような基本認識を踏まえ中曽根総理大臣は,第100回国会における所信表明演説で,「近来特に我が国に対する世界の期待と要望が一層高まりつつあり,日本は今や,その高まりを無視しては,国際社会における自らの安定した地位を確保することは極めて難しくなっている」と指摘し「開発途上国との関係においては,我が国の重要な国際的責務として,新中期目標の下で,経済・技術協力の一層の充実に努める必要がある」旨述べた。

また,OECD閣僚理事会(5月),ウィリアムズバーグ・サミット(5月),UNCTAD第6回総会(6~7月)等の国際場裏においても,我が国は,厳しい財政事情にあるにもかかわらず,我が国の重要な国際的責務として援助の拡充に努めていることを表明した。特にウィリアムズバーグ・サミットで,中曽根総理大臣は,「南の繁栄なくして北の繁栄なし」と主張し,南北間の協力の重要性について,各国首脳の賛同を得た。

2. 平和と安定のための援助

開発途上国の経済的混乱は政治的,社会的不安定を惹起し,国際的な紛争の引き金ないし国際的緊張の原因ともなりかねないので,世界の平和と安定の維持のためには,開発途上国の政治・経済・社会的安定が不可欠である。したがって経済協力を通じ開発途上国の経済社会開発を支援し,民生の安定,福祉の向上に貢献することは,これら諸国の政治的・社会的安定をもたらすとともに広く国際間の緊張を緩和することに貢献することになる。

このような認識を踏まえ,我が国は,世界の平和と安定の維持のために重要な地域について援助を強化していくこととしている。具体的にどの地域がこれに該当するかは,その時々の国際情勢に応じて我が国が自主的に判断することとしているが,我が国が従来ASEAN諸国,中国,韓国をはじめとするアジア地域に重点的に援助を行ってきていること,及び近年例えばパキスタン,エジプト,ケニア,スーダン,ソマリア,ジャマイカといった諸国に対する援助を強化してきたことは上記の考え方を反映したものである。

3. 83年実績と84年度予算

(1) 83年の我が国政府開発援助(ODA)実績(支出純額ベース)は,ドルベースで37億6,100万ドルと,対前年比24.4%の大幅増加(82年実績30億2,300万ドル)となった。また円ベースでも82年の7,529億円から83年の8,933億円と対前年比18.6%の増加となり,対GNP比は82年の0.29%から0.33%(DAC平均036形)に上昇した。二国間ODAは,ドルベースでは82年の23億6,700万ドルから83年は24億2,500万ドルヘと対前年比2.4%の伸びを確保したものの,円ベースでは前年の5,896億円から5,760億円へとわずかに減少した。

国際機関向けODAは,82年の6億5,600万ドル(1,633億円)から83年は13億3,600万ドル(3,173億円)へと,対前年比103.6%(円ベースでは94.3%)と大幅に増加した。

(2) 84年度予算については,厳しい財政状況下にもかかわらず,中期目標の下に特段の配慮が払われ,一般会計分については対前年度比9.7%増の5,281億円が認められた。一般歳出が対前年度比0.1%減という緊縮予算の中で,援助について9.7%の増加を見たことは,援助に対する我が国の

我が国政府開発援助(ODA)の伸び(単位:百万ドル)

積極的姿勢を示すものである。

ODA事業予算全体では,対前年度比33.8%増の1兆2,952億円(対GNP比0.44%)が計上された。そのうち外務省所管のODA一般会計分は2,512億円(同8.1%増)とODA一般会計の約半分を占めている。84年度予算には,ODAの全般的質及び量の拡充に加え,(あ)基礎生活援助の拡充,(い)人造り援助の拡充,(う)効果的援助の実施を3本柱として援助予算の拡充に努め,国際協力事業団(JICA)を通じる技術協力の拡充及び無償資金協力の拡充を図った。

4. 効果的援助の推進

先進各国とも,財政困難を抱え,援助資金の大幅な伸びが望めないこともあって,援助の一層効果的な実施が求められている。

(1) 真のニーズの把握

効果的な援助には,まず相手国の真のニーズ(必要性)にこたえることが重要である。我が国は従来開発途上国の真の開発ニーズを見究めるための一つの方法として,開発途上国との「政策対話」を強化しており,具体的には年次協議,各種調査団の派遣等を通じて実施している。政策対話では先方の要望を聞くだけでなく,開発途上国側が,適切な経済政策をとっていくよう勧奨している。

我が国は,これら協議の結果を踏まえ,近年,援助の対象として,相手国国民が直接受益する基礎生活援助(農村・農業開発,飲料水,保健・医療,家族計画等)あるいは人造りに対する援助に重点を置いている。

(2) 評価

援助の実施後,我が国の援助が当初の目的に照らして効果を挙げているか,相手国の開発計画全体にいかなる貢献をしているか,さらに相手国との間の友好関係増進に役立っているか等の評価を随時行って,必要あれば改善措置をとり,また評価を通じて得た教訓を将来の援助に活かしていくことが重要である。このため外務省では,経済協力評価委員会の活動を引き続き強化充実するとともに,82年に続き83年11月に評価報告書を公表した。

(3) 先進国との政策対話

また先進国との間で援助政策に関する情報と経験を交換することは,援助資金の有効使用,また有効な援助政策の実施のための調整という観点から重要である。我が国は世銀,DAC等マルチの場での協議に加え,各先進国との政策対話を進めている。

(4) NGOとの連携

我が国の経済協力活動には政府のみならず,民間で協力活動に従事している非政府団体(NGO)の活動が重要な役割を果たしている。

特に,NGO活動は草の根にまで達するきめの細かい協力が行い得るなどの特質があり,我が国全体としての経済協力をより効果的,効率的に行っていくため政府としてもNGOとの連携及び協力の強化に努める考えである。

5. 援助を巡る国際的動向と日本

(1) 多国間援助と二国間援助

近年一部先進国の中には多国間援助(国際開発金融機関への出資等)に消極的な国も見られ,このため国際開発金融機関への出資・拠出交渉も必ずしも順調に進んでいない。多国間援助は,国際機関の専門性を活用できるなどの長所があり、我が国も国際社会の責任ある一員としてその拡充に努める考えである。

(2) プロジェクト援助とノンプロジェクト援助

先進国中には,深刻な経済困難におちいっている国に対しては,国内資金を必要とし,また時間の長くかかるプロジェクト援助より,国際収支改善に直接役立つ商品借款,債務救済等即効的なノンプロジェクト援助を重視すべきであるとの意見がある。我が国は,援助は開発途上国の自助努力を支援するとの考え方から従来よりプロジェクト援助を中心としている。しかし,我が国も相手国との二国間関係,その国際収支・経済事情等を踏まえ,必要に応じノンプロジェクト援助を実施していく考えである。

(3)混合借款(AF:Associated Financing)

OECD/DACでは,本来輸出信用や民間資金で賄われるべき商業的案件に対し,自国の企業への落札といった目的で希少なODA資金を併せて供与するなどODAが本来の趣旨から逸脱した目的に利用される傾向が急速に強まっているとの認識を踏まえ,5月AFの指針を採択した。

我が国は混合借款については従来から慎重に対応することとしており,援助案件としては適当であっても規模が大きいなどの理由により,円借款のみでは対応し難い案件についてケース・バイ・ケースで混合借款を供与している。

6. 国際協力総合研修所

技術協力は「人」から「人」へ,その全人格的触れ合いを通じて技術を移転することにより,開発途上国の「人造り」に寄与するという大きな意義を有している。したがって協力活動に直接従事する,十分な能力と豊富な経験を持った優秀な日本人専門家を十分に確保することが緊要となっている。このような人材の確保・養成のため10月に国際協力事業団(JICA)の付属機関として「国際協力総合研修所」が設立された。

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