第1部

総説

第1章 我が外交の基本課題

―世界の平和と繁栄に積極的に貢献する外交―

我が国は,第二次大戦の惨たんたる敗戦と荒廃から復興し,今や,先進工業諸国の中で指導的国家の一つとなり,戦後40年近い平和とかつてない高い生活水準を享受するに至った。これは我が国民の優れた資質と絶えぎる努力の賜物であると同時に,戦後我が国の置かれた恵まれた国際環境の中においてのみ可能なものであった。今後も,国内に資源の乏しい我が国が繁栄を維持するためには,世界の平和・繁栄と自由な経済の交流が不可欠であり,これを維持し,発展させることが我が外交の基本課題である。

しかし,今日国際間には依然として世界平和を脅かしかねない緊張と紛争が存続し,世界経済も多くの問題を抱えている。これらの諸問題は,世界の平和と繁栄を求める国際社会が直面する挑戦と言うべく,これを克服しようとする国際的な努力が続けられている。

今や,我が国は自由世界第2の経済力を持つ安定した民主主義国家としての地位を確立し,世界の総生産の1割を占め,政治的・経済的に国際社会において重きをなすに至ったが,我が国が,こうした国際社会の動きに対して受動的に対応しその受益者としてのみとどまることはますます許されない状況となっている。日本が世界平和の維持のため,より積極的な役割を果たし,経済面での協力を通じて世界の繁栄に貢献すべきであるとの期待は国際的にも急激に高まっている。このような国際社会の期待にこたえ,国際国家日本として世界の平和と繁栄に積極的な外交をもって貢献していくことが日本外交の課題である。

このような我が国の積極的な外交を推進するに当たっては,自由民主主義諸国の一員であると同時に,アジア・太平洋地域の国であるという我が国の基本的立場を踏まえて進められなければならない。

1. 我が国の基本的立場

(1) 自由民主主義諸国の一員としての外交

我が国は,第二次大戦という悲惨な体験の上に立って,自由民主主義国家としての道を歩む選択をした。今や自由民主主義は我が国に確固として根づき,日本国民は自由,平和と繁栄を享受している。しかしながら,今日の国際情勢には東西関係をはじめとして依然緊張が続いており,日本を取り巻く周辺の情勢も依然として厳しい状況にある。また,我が国,そして世界の繁栄の基盤である自由な経済交流についても,保護貿易主義の動き,累積債務問題等困難な状況が存在している。このような情勢の下,我が国としては,自由と民主主義及び自由市場経済という価値観を共有する諸国との政治的・経済的連帯と協調を強化することが緊要である。このような自由民主主義諸国との提携の一つの重要な場は,主要先進民主主義国のサミットであり,これら諸国の結束を示したウィリアムズバーグ・サミットのあとを受けて,84年6月のロンドン・サミットでは参加諸国の連帯を確認する「民主主義の諸価値に関する宣言」が採択された。

自由民主主義諸国の中でも米国との緊密な協力関係は我が国外交の基軸であり,米国との安全保障体制は我が国安全保障の基盤である。この基盤の上に立って我が国は,憲法の許容する自衛権の範囲内において,基本的防衛政策に従い,非核三原則を堅持しつつ,自らの防衛力の整備に努力してきた。米国との関係は,このように我が国の安全にとって不可欠であるのみでなく,政治,経済,文化,科学技術を含めた広範で奥深いものとなっており,緊密な協力関係を維持・増進することが重要である。

もとより,一国の安全保障は軍事力のみによって全うし得るものではなく,特に民主主義国においては,国民の自国を守る自覚と,政府に対する支持と協力が得られることが不可欠である。このことを民主主義社会の弱さととらえる見方もあるが,過去の歴史は,むしろ民主主義社会が真に自衛の必要を認識し,国民と政府が一丸となって対処したときには,他のいずれにも勝る力を発揮し得ることを証明している。このゆえに,我が国が置かれた国際情勢について国民の間に正しい認識を深め,自由で民主主義的な手続を経て国の内外の政策について幅広い合意を形成しておくことが肝要である。

(2) アジア・太平洋地域の国としての外交

我が国は地理的にアジア・太平洋地域に位置するとともに,この地域の他の諸国と歴史的・文化的遺産を共有し,政治的・経済的にも深いつながりを持つ国である。この地域の安定と繁栄なくして,我が国の平和と繁栄もない。我が国は,先の大戦の経験からそれぞれの国内の一部には我が国に対する複雑な感情の残っている国もあることを謙虚に受け止めつつ,アジア・太平洋地域の安定と繁栄のため積極的に貢献し,この地域の諸国との友好協力関係の強化に一層努力を払う必要がある。

近年,「太平洋の時代」の到来,あるいは「大西洋の時代から太平洋の時代へ」ということが言われる。確かに,太平洋を囲む地域には日本を含めダイナミックな成長を示している国が多く,また,この地域は資源に富み大きな可能性を秘めている。日本としてもこうした可能性を引き出し,この地域の発展に寄与し,太平洋を真に平和で繁栄した大洋とすべく努力を払うべきである。この意味で,環太平洋協力の構想が各方面で進められていることは歓迎すべき傾向である。しかし,我々は,このような太平洋地域の将来に関する構想を推進するに当たり,排他主義に陥るべきではない。この地域は,その政治体制,経済発展段階,歴史的・文化的背景からも極めて多様性に富んでおり,自由で開かれた国家群として緩やかで開放的な協力と連帯を目指すべきである。また,太平洋地域の発展のためには,相互依存関係にある大西洋地域との協力が不可欠であり,共に協力して相互の繁栄,さらには世界の繁栄に尽くすべきである。

我が国のこの地域における外交努力の第1は,地域の緊張を緩和し,紛争を解決すべき外交努力である。中国との関係については,我が国は同国とかつてない良好な関係を維持しているが,同国との友好協力関係はアジアの平和と安定に肝要であり,永く維持されるべきである。朝鮮半島は,大韓航空機事件やラングーン事件等もあり緊張が続いたが,我が国は,韓国との緊密な関係を維持しつつ,南北間の対話再開のための環境造りに引き続き努力する考えである。カンボディア問題について,我が国は84年7月のASEAN拡大外相会議で同問題の解決に向け我が国のなし得る協力を三項目提案として表明したが,これは,包括的政治解決を促進すべくASEAN諸国の努力を支援するとの我が国の方針に沿ったものである。

第2に,アジア・太平洋地域の国々の経済発展のために,日本はその国力にふさわしい貢献をなすべきである。特に,韓国,中国,ASEAN,太平洋島嶼国等近隣諸国の国造りのために協力することが求められている。世界経済の現状を見るに,主要先進国を中心に景気回復が進行しつつあるものの,アジア・太平洋地域の多くの開発途上国の経済はいまだ厳しい状況にある。我が外交にとって必要なことは,これらの国々が直面している経済的諸困難につき理解を示し,それを踏まえた上で彼らの国造り,人造りを援助することである。

第3に,我が国とアジア・太平洋地域の国々との友好関係を揺るぎないものとし,真にお互いの国民に根ざしたものとするため国民レベルでの相互交流,相互理解を深めることが重要である。相互理解の基本は人の交流にあり,文化交流,留学生の交流,技術協力等を通じての交流を一層推進すべきである。

2. 平和と繁栄のための我が国の外交努力

以上の基本的な立場を踏まえ,我が国は,平和と軍縮,世界経済の健全な発展,開発途上国の安定と発展などの当面の外交課題に積極的に取り組んでいかなければならない。

(1) 平和と軍縮への努力―対話の促進

ロンドン・サミットにおける「民主主義の諸価値に関する宣言」は,市民の権利の尊重と民主主義体制に対する参加国の信念を明らかにするとともに,自由と正義を伴う平和の必要性を確認した。しかし,現在の国際情勢は依然としてこうした平和の探究にとり厳しい状況にあり,東西関係は,ソ連の一貫した軍備増強,アフガニスタン等における事態,ソ連による一方的なINF交渉・STARTの中断により冷却している。ソ連に対し主張すべきは主張していくとともに,米ソ両超大国が巨大な核軍備を持って対峙している現実を踏まえ,情勢が厳しければ厳しいほど忍耐強く対話を維持強化し,安定した東西関係を構築すべく努力していくことが,世界の平和と安定にとって不可欠である。我が国は,力の均衡に基づく抑止が平和維持に果たす役割を認めると同時に,軍備管理を中心とする米ソ間の対話と交渉の促進を求め続けていく所存である。

さらに,我が国は,84年6月,ジュネーヴの軍縮会議において安倍外務大臣から,米ソ核軍備管理・軍縮交渉の早期再開に加え,核不拡散条約(NPT)体制の維持・強化,核実験全面禁止に至る現実的方途として段階的方式をとるべきこと,化学兵器禁止条約の早期実現等について訴え,平和と軍縮に向けての日本の確固たる決意を世界に示した。

我が国周辺における情勢も極東におけるソ連の一貫した軍備増強によって厳しい状況にあり,日ソ関係もこうしたソ連の動きや東西関係並びに北方領土問題を反映して厳しい関係にある。しかし我が国としては,米国と協力して必要最小限の抑止力を維持して,極東の安定に貢献しつつ,重要な隣国ソ連との間に種々のレベルでの対話を促進し,国民的課題である領土問題を解決し,平和条約を締結して,日ソ関係を安定した基盤の上に置くため,忍耐強く努力を続けていかなければならない。また,我が国は,ソ連以外の,我が国と体制や国情を異にする国々とも対話と相互理解を深める努力を続けている。

現在,ペルシャ湾地域,その他中東地域,朝鮮半島,インドシナ地域,南部アフリカ,中米など,紛争状態や緊張状態にある地域が少なくない。これらは当面,地域的な問題にとどまっているものの,常に米ソ両超大国を巻き込む直接対立に発展する危険性をはらんでおり,紛争の拡大を阻止し,平和的解決を求める不断の努力が続けられるべきである。イラン・イラク紛争について,我が国はいずれにも偏しない立場から両者との政治対話を行いつつ,紛争の拡大防止を訴えるとともに,紛争の早期平和的解決のための環境造りに努力している。また,朝鮮半島の平和と安定の維持は我が国を含む東アジアの平和と安定にとって緊要であり,我が国は,ラングーン事件のごときテロ行為を強く非難するとともに,南北両当事者間の実質的対話の再開及び朝鮮半島の永続的平和と安定の実現に向けて環境醸成に努力している。インドシナ情勢不安定化の原因となっているカンボディア問題について我が国はその解決を促進すべく具体提案を行った。

平和を実現し維持するためには絶えざる努力が必要であり,相互依存の高まる現代社会において一段と高い対外依存度を持つ我が国として,あらゆる外交努力を払って平和な国際環境を醸成することは,我が国の平和と繁栄を守る第一歩である。このため我が国としては,紛争解決・緊張緩和のための政治的働き掛け,国連の平和維持活動への協力,軍備管理・軍縮への取組,自由貿易体制の維持・強化及び世界経済のインフレなき持続的成長への貢献,開発途上国の安定と発展のための協力や,さらには,平時及び緊急時においてエネルギー・食糧等枢要な資源を有効に確保する政策などを総合的に展開する必要がある。

また,近年の科学技術の著しい進歩に伴う高度情報社会の到来は,外交や安全保障の面でも新たな対応を必要としている。自由社会においては,おびただしい量の情報が流れ見解が自由に表明される一方,一部の国では情報が極端に制限されあるいは歪曲されているのが今日の社会の現状とも言えよう。我が国としては,必要な正しい情報を迅速かつ的確に入手し,それに基づいて適切な判断をしていくことがますます重要となってくる。この意味で,外交面において優れた情報機能を持つ,言わば情報先進国となることが日本外交の一つの大きな課題と言えよう。同時に,我が国がその外交政策を推進するに当たっては,諸外国の我が国に対する誤解を解き,我が国の実情と政策意図の正しい理解を得る広報努力も重要である。

(2) 中長期的な世界経済の健全な発展への貢献

世界経済は,主要先進工業国を中心に景気回復が一層確実なものとなりつつあり,これは,インフレなき持続的成長を目指して各国が行ってきた努力が実りつつあることを物語っている。しかし,各国の景気回復には破行性があり,高水準の失業,構造的財政赤字,産業における構造調整の遅れ等,構造的諸問題の解決が先進国経済の直面する中長期的な課題となっており,社会の柔軟な対応とこれを導く政治的決断が急務となっている。また,保護貿易主義的動きも根強く世界貿易の拡大を脅かしている。

このような状況の下,世界経済の健全な発展のためになすべきことは,まず,自由貿易体制の維持・強化である。このため,我が国は,東京ラウンドに次ぐ新しい多角的貿易交渉の開始を提唱した。先のロンドン・サミットにおいても新ラウンドの必要性・重要性が確認され,早期開始を目指してガット加盟国と協議することとなったが,これは保護主義を巻き返し,貿易の拡大を通じる世界経済の持続的成長を図るには新ラウンドを推進すべきであるとの我が国の基本姿勢に各国の賛同が得られたからである。

また,各国がバランスのとれた経済運営に努めていくことが重要である。我が国は81年から5次にわたる市場開放措置を決定,実施するとともに内需中心の経済運営に努めてきた。これらは,調和のとれた対外経済関係の形成と世界経済の発展に貢献するための努力の一環であり,今後ともバランスのとれた政策運営に一層意を用いていく必要がある。

さらに,中長期的な観点から世界経済の発展を図るには,構造問題に積極的に取り組むことが不可欠である。これは,OECDの場においても累次検討されてきており,ロンドン・サミットの経済宣言においても,公共支出の抑制,労働市場の硬直性の除去,需要及び技術変化に対応した経済社会の形成の重要性が最高首脳レベルで強調されたことは有意義なことである。また技術革新は,経済の効率化及び活性化の要因となり得るだけに科学技術の振興と技術変化の社会への受入れに対する努力が重要となっている。しかし,他方,科学技術特に先端技術については先進国と開発途上国間は勿論,先進工業国間でもその発展の度合にかなりの差が出てきているといった新たな問題点が生じている。

累積債務問題は多くの開発途上国を苦境に置くとともに,世界経済の健全な発展への脅威となっており,その解決は現下の急務である。このためには第一義的には当該国の自助努力によらなければならないが,先進諸国としても国際機関等を通じ協調して解決に協力していくことが必要であり,我が国も積極的に取り組んでいる。

(3) 開発途上国の安定と発展への協力

世界経済の景気回復の効果は,いまだ開発途上国全体に及んでいるとは言い難く,アフリカでは,深刻な食糧危機に悩む国も多く,また累積債務問題を抱え苦境にある開発途上国も多い。

開発途上国が政治的に安定しかつ経済的に発展していくことは,世界の平和と繁栄の確保のために不可欠である。特に,現在生じている紛争の大半は開発途上地域であることから見ても,これらの国の安定と発展のために協力することは,地域的安定,ひいては世界の平和と繁栄につながる。

国際間の相互依存関係の深まりとともに,我が国の対外経済依存度はますます高まっており,また,他の先進国に比しても,開発途上国への貿易,資源等の依存度が高くなっている。したがって,我が国として,これらの国々の発展のために協力することは人道的見地からのみならず我が国を含む国際社会に対する責務でもあり,さらには,我が国の繁栄と安定が平和な国際社会の構築により初めて確保し得るという意味で我が国の国益にもかなうものである。

日本の開発途上国に対する協力は多様な手段を通じて総合的に進められる必要があるが,かかる協力の具体的な表れの一つは,ODA(政府開発援助)の拡充である。我が国の83年ODA実績は37億6,000万ドルと,量的には相当の規模に達しているが,対GNP比,贈与比率等の面では欧米諸国に比し依然立ち遅れている。このような状況にあって我が国はODA倍増中期目標の下で引き続きODAの拡充に努めると同時に,援助の質の改善及びより効果的,効率的な援助の実施のため可能な限りの努力を払うことが求められている。さらに,単なる援助のみならず,開発途上国の対日輸出拡大のための自助努力を助ける協力がなされるべきであり,その意味で開発途上国産品等に対する市場開放措置に関し引き続き努力を行うことが重要である。また,開発途上国の経済基盤及び輸出能力の強化のためには,債務負担とならない民間直接投資が果たす役割に注目すべきであり,その関連で開発途上国側における投資受入れ環境の一層の整備が期待される。

また,我が国は,国連総会,UNCTAD等南北問題に関するフォーラムで一次産品,貿易,構造調整,累積債務,通貨・金融等南側の抱えている問題の解決のための討議に積極的に参加してきており,84年4月には国連アジア・太平洋経済社会委員会総会を東京に迎えた。今後ともこれらの問題の解決に向けて,国際協調の下,更に努力する必要がある。

以上述べたような我が国の対応を通して忘れられてならないのは,人間性の尊重である。我が国は現在幸いにして平和と繁栄を享受しているが,近年インドシナやアフガニスタンなどで大量の難民が発生したほか,アフリカでは従来の戦争・内乱などによる難民の発生に加え,近年にない空前の干ばつのため深刻な食糧不足が生じ,難民も含め1億5,000万人が飢餓に瀕し,戦争に勝るとも劣らぬ規模で人間性が脅かされている。難民や飢餓発生に対しては緊急の食糧供与など人道的援助が不可欠であると同時に,各々の問題には種々の原因が絡んでおり,長期化させないためにも関係各国,国際機関等と協力して根本的な対策を講ずる必要がある。我が国政府はこうした問題に対し,国連による包括的なアフリカの危機対策の提案や食糧援助,技術協力等を通じて積極的に取り組むとともに国民レベルでの支援と協力を呼び掛けてきているが,援助活動に取り組む民間団体も増えており,各方面からの国際協力推進が期待される。

 

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