(14)ベッシー米統合参謀本部議長の1984会計年度軍事態勢報告(要旨)

(1983年1月31日,ワシントン)

1.世界の現況

(1)はじめに

○米国は偉大な軍事,経済力を保有しているが,国家の安全は保障されてはいない。

○直接的かつ緊要な関心事は,ソ連の間断なき軍備増強であり,我々はこの軍事的挑戦に対応していかなければならない。

○米国の軍事力は着実に増強されつつあり,今や近年のいかなる時期よりも強大である。しかし海外からの脅威は急速に増大しており,危険は去っていない。

(2)現実と傾向

○ソ連経済を支配する特質はその軍事部門であり,GNPに占める比率は現在約15%に上る。

○軍備増強に対するソ連の長期的かつ大規模なコミットメントは,米国及び同盟・友好国に重大な挑戦となっている。

○ソ連は地上で最大の近代的軍事力を配備するに至り,その軍事力を背景にソ連指導部は独断的姿勢と世界的規模の冒険主義を強めるようになった。

○1982年のソ連指導部交替は,その侵略的外交政策の色彩が薄められるのではないかとの希望を生んだが,依然として同指導部が政策面でそうした大幅な転換を図っていることを示すような兆候はない。

○米ソ間の核兵器の相対的な生存力の総合戦闘能力には不均衡が見られ,これが米国やすべての人々に多大な危険を与えている。

○ソ連は核戦力の多くを近代化して優位に立ったが,米国はやっと近代化計画を始めたばかりである。ソ連が相互兵力削減交渉を渋っているのも,この現行の不均衡のためであり,米国の近代化計画によるものではないという点を認識する必要があろう。

○戦力の遠隔地投入能力の増大,政治・軍事両面の積極外交,代理戦力の集中的活用等により,ソ連及びその同盟国が地域紛争を利用し介入する能力を高めてきたことは明らかである。

○今日の世界情勢を踏まえると,政府国防予算要求に見られる国防支出の対GNP比率推定値6.8%は,国防計画と国内計画への配分が不均衡であることを示すものではない。

(3)挑戦に応ずるための軍事戦略

○米軍事戦略の基本目標は,戦争を抑止する一方,米国とその同盟・友好国がそれぞれの正当な利益を追求し得る安全な環境を維持することである。

○米国及び同盟国を攻撃しても,戦争目的を達成できるものではないとの自明の理をソ連側に認識させることで米国は戦争の抑止に努めている。この抑止戦略は,平和に対する深遠な国家的コミットメントに深く根をおろしている。

○米国に主要な脅威を与えているものとしては,ソ連が短時間の事前通告で攻撃態勢に入れる大規模な戦力を保有していることが挙げられる。

○米軍の重要な目的の一つは,ソ連の拡張主義的活動に対応することにある。

米戦力は,地域的危機に際しては安定化への影響力を行使し,ソ連が直接・間接的に介入する余地を与えないようにすることが可能である。

○米戦略の基本的構成要素は,核抑止力,強固な同盟関係,前方展開戦力,中央予備戦力,航行の自由,戦力の機動性,指揮・管制及び情報である。

○ソ連の核戦争遂行能力の増大に対応するための米戦略核戦力の近代化は,米安全保障体制を強化する上で最優先事項となるものである。

○これと並行して実際的な軍備管理取極も核戦争の危険を減らし,米国とその同盟国の安全保障に寄与する一助となり得る。

○米戦略の第2の基本要素は強力な同盟態勢である。民主的価値の共有と先進工業国の総合経済力は,NATO諸国及び東アジア同盟諸国間の効果的な集団的な安全保障にとって堅固な基盤となっている。

○核抑止力が米国の平和と生存に究極的保障となっているが,それは米国の同盟諸国についても当てはまる。

○ソ連が核のパリティを達成し,かつ場合によっては優位に立ったので,戦略核だけでは戦争を抑止し得ないことが確実となった。

○米同盟関係を成功に導く中枢となる要因は米戦力の前方展開である。

○ほとんどの地域では,最も影響を受ける同盟・友好国が主要な防衛努力を行う必要があり,米国が死活的な経済,政治,軍事援助を提供する形をとる。しかし,これら同盟・友好国は,米軍事力による支援が可能となるのは,非常事態,特にソ連軍による直接攻撃を受けた場合であるという点を承知しておく必要がある。

○同盟関係に基づく必要な抑止力を維持するには,米国と同盟国がソ連軍の継続的な増強―それが最も不吉な形で現われているのは中距離核ミサイルの分野である―に対抗していく努力を続けることが肝要である。

○航行の自由は米国の世界戦略の中枢要素である。最近,ソ連海軍が米海軍力に挑戦する能力を強化してきたことがはっきり示されている。

○米国及びその同盟国が主要海域での優位を確実に維持できるよう米海軍を継続的に強化することが米戦略にとって不可欠である。

○世界に散在する米国の権益に対する脅威と対応する柔軟性を保持するには,必要にして十分な戦略的海上輸送と空輸を戦域間,戦域内のいずれでも確保することが不可欠である。

2.今日の挑戦

(1)ソ連のグローバル・イニシアティブ

○外洋海軍の発展,長距離空輸能力の増大を含むソ連の核及び通常戦力の増強は,世界中に力を及ぼし得るソ連の潜在力を反映したものである。

○代理勢力の使用は,ソ連が第三世界諸国を不安定化させ,反西側運動を支援する努力の中枢要素であるが,その傾向は強まる一方である。

(2)軍事バランス

○ソ連は過去20年にわたり,軍事力増強と近代化へ向け着実に計画を推進してきた。

○ソ連は核戦争を戦い,耐え抜く能力を大幅に強化した結果,今や核戦力の一定分野でかなりの優位に立っている。

○ソ連はICBM戦力の近代化に集中的に取り組んできた結果,ミサイル1基当たりの搭載弾頭数は増え,弾頭の投射重量も増大し,指揮・統制・通信及び兵器に対する命中精度は向上した。

○ソ連のタイフーン級原子力潜水艦(SSBN)にも長距離SLBMが間もなく搭載され,ソ連の領海から米国内の諸目標を攻撃できる能力を備えたものとなろう。

○ソ連の新型爆撃機バックファイアは,片道任務で米国を攻撃するに足る航続力を有する。

○ソ連の新型重爆撃機ブラックジャックは飛行試験の段階にあり,多くの面で米国のB-1型機に匹敵するようである。同機は1986年又は87年に実戦配備される見通しで,また巡航ミサイルを搭載するもようで,それによりソ連の大陸間攻撃能力は著しく強化されることになろう。

○米国のICBM戦力は,その脆弱性にもかかわらず,依然として広範囲の目標を効果的に攻撃できる。

○米国のSSBN/SLBM戦力は,戦略核戦力3本柱のうち,残存性,警戒態勢下の抗堪性とも最高であり,高度の抑止力を生むものである。このような特性ゆえに,SLBMは重要な戦略上の予備戦力である。

○長射程中距離核戦力(LRINF)を近代化するとの1979年のNATO決定により,過去20数年来初めてパーシングII及び地上発射巡航ミサイル(GLCM)という地上配備の長距離ミサイルが展開されることになっている。

○ソ連のLRINFの近代化は,移動式SS-20ミサイルの展開により飛躍的に進展した。ソ連は現在,300以上のSS-20発射機を展開しており,その弾頭数は約1,000個にも上る。SS-20にSS-4及びSS-5ミサイルを合わせると,ソ連は地上配備LRINFミサイル弾頭を1,200個以上展開しており,更に少なくともそれと同数の再装填ミサイル用の予備弾頭を保有している。

○これに対し,NATOは匹敵し得る兵器を全く展開していない。パーシングIIとGLCMが西欧に配備された時点でもLRINFの数的バランスは圧倒的にソ連に有利である。

○短距離核戦力(SNF)運搬システムについては,ソ連が1970年以来ワルシャワ条約機構のSNFを倍増させたものの,NATOが今なお数的にパリティを維持している分野である。

○通常戦力を装備した185個以上のソ連軍師団及び大規模なソ連代理戦力が米国とその同盟国に多大な脅威を与えている。

○核戦力分野での米国の優位は,過去10年間徐々に衰退してきたが,その分だけ通常戦力による抑止責任が増加した。

○通常戦力は局地的,地域的紛争を抑止しあるいは封じ込める上で最も信頼できる手段であり,紛争が全面戦争へと拡大する可能性を抑え込む役割を果たしている。

(3)NATOとWPOの戦力

○1970年代を通じてWPOは通常戦力でNATOに対する優位を強化した。

○WPOは,ほとんどすべての分野の地上兵器で量的優勢を一段と強めるに至り,また,NATOの技術水準と肩を並べるようになった。

○ソ連は,機動可能な作戦機動グループによりNATO後方地域を迅速に突破することを主眼とした戦術を重視しているが,これは,NATO側が紛争を拡大すべきかどうかで決断を下す時間的余裕と対応戦力を減殺するものであり,NATOの前方防衛戦略及び柔軟反応戦略に重大な挑戦を投げかけるものである。

○中ソは緊張緩和へと努力しているが,近い将来,極東に展開されているソ連兵力が他の戦域に移されるという大規模な兵力再展開の可能性はない。

○現在,NATOのC3システムは標準化されている状態から程遠く,WPOはNATOの指揮・統制を混乱させることができるという点で明らかに優位にある。

○海上では,欧州に至る北大西洋海上交通路(SLOC)に対するNATOの防衛が戦略上最優先項目である。

○地中海のSLOCは,特に中東産出の石油が同海域を経由して大量に輸送されていることから,西欧にとって死活的な意味を持つ。この死活的海域でのSLOC及びNATO海上戦力がソ連の潜水艦や空中,海上戦力から受ける脅威は深刻であり,かつ強まる一方である。

(4)南西アジアでの戦力配置

○中東・南西アジア地域の戦略的位置及び資源から見て,ソ連あるいはその代理勢力が同地域で優位に立つようなことがあれば,西側の利益に重大な影響を及ぼすことになろう。

○ソ連が南西アジアで次なる軍事行動を起こす決断を下すとすれば,その一つのシナリオはイランヘの全面侵攻であろう。

○米国の南西アジア地域への戦力展開,継戦能力を高めるための重要な一例は,同地域で暫定事前集積船(NTPF)17隻に装備・補給品を事前集積したことである。また,最も意義のある増強は,インド洋における海軍力の継続的プレゼンスに加えて,米中央軍(USCENTCOM)の創設に関連したことであり,同軍の創設により米国の抑止力は著しく向上した。

(5)東アジア及び太平洋

○世界的な軍事戦略の面で,太平洋地域はNATOに対するソ連の攻撃を抑止する重要な役割を果たしている。NATOへ攻撃をかける場合,ソ連はまずアジアでの側面を安全にしておく必要があるからである。

○ソ連極東軍管区での地上戦力は現在約50個師団である。主として中ソ国境に向けられているこれら戦力は,北東アジアにおける軍事バランスを左右する主要因である。

○ソ連は太平洋地域に200隻以上の水上艦艇及び潜水艦から成る艦隊を保持しているが,他方,米太平洋海軍の総戦力は約150隻にすぎない。ソ連太平洋艦隊は南東アジアでの海軍作戦基地を増強する一方,390機の作戦機を保有し,南シナ海の交通路(LOC)に対する海洋作戦能力を高めている。

○中国はアジアにおけるソ連の地上戦力に対抗する存在として間接的ながら米国の世界的,地域的安全保障に寄与している。

○東アジア・太平洋地域に平時に展開されている米海軍戦力は通常次のように構成されている。

・空母6隻とその艦載機

・水上戦闘艦艇80隻以上

・攻撃型潜水艦44隻

・弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)1隻

・水陸両用戦艦艇31隻

・対潜哨戒飛行隊12飛行隊

・海兵両用戦部隊2個部隊(各々1個海兵師団及び1個海兵航空団から成る)

○ソ連との通常戦争が発生した場合,これら戦力は西太平洋とインド洋の海上交通を確保するための作戦を行い得るが,ソ連海軍戦力の増勢傾向が続き,これに対応する形で米国及び同盟国の海軍戦力増強が行われなければ,同作戦の成功は確固たるものではない。

○韓国,日本,フィリピン及びグアムに展開されている米空軍戦力は合計200機以上の航空機を含む10個戦術戦闘飛行隊,戦域内輸送機2個飛行中隊及び必要数の空中警戒管制機から成る。さらに,B-52及び空中給油機各1個飛行中隊がグアムに配備されている。同地域の地上軍は韓国及びハワイに各1個の計2個師団から成る。

○日本は,アジア・太平洋地域の安定維持上死活的な役割を果たしている。米国の対アジア戦略の根幹となる日本の対米協力は両国間防衛計画及び在日米軍別方展開戦力への支援に端的に現われている。

日本の対外経済援助計画は,地域的安定に大きく寄与している。日米間の安全保障を強化するため,対日関係は一層活発な防衛上の連帯関係へと変ぼうしつつあり,その中で日本はその領土,周辺海・空域及び本土から1,000海里までのシーレーン防衛能力を大幅に改善すべきである。

(6)海上のバランス

○世界的にコミットメントしている国として,米国はその前方展開戦力の支援に死活的な意味をもつ海域とSLOCを支配するとともに同盟国と協力して決定的な海上能力を維持する必要がある。

○ソ連海軍の総体的な数的優勢は,沿岸警備艇を含めると3.5対1,戦闘艦艇では25対1の割合で米国に比し優位にある。

○ソ連海軍の主力は,魚雷攻撃潜水艦と巡航ミサイル搭載潜水艦で,後者は50隻以上が1980年代半ばまで展開される計画である。

1981年に実戦配備されたオスカー級潜水艦は,世界最大の巡航ミサイル搭載潜水艦で,24基の水中発射,長距離対艦巡航ミサイルを搭載する。

○バックファイア長距離爆撃機は,AS-4超音速対艦巡航ミサイルを装備している。

○米海軍がソ連海軍を大きく引き離している点は,艦載航空戦力で優位にあることであり,米海軍は総合的な海軍航空戦力で大幅な優位を保持している。

○ソ連水上艦艇分野における最近の増強で最も顕著なものの一つはキエフ級空母であり,同空母は初の固定翼機搭載可能艦艇である。

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