(13)ワインバーガー米国防長官の1984会計年度国防報告(要旨)

(1983年1月31日,ワシントン)

1.国家安全保障の諸目標

(1)ソ連とその同盟国が米国及び同盟・友好国に対し,軍事攻撃を加えるのを抑止し,また,ソ連軍事力の強制又は強迫のための行使を思いとどまらせるのに必要な力を確保する。

(2)攻撃を受けた場合,敵の目的達成を阻止し,有利な条件で紛争を早期に終結させるとともに,米国と同盟国の政治的統一と領土保全を維持する。

(3)ソ連及びワルシャワ条約機構との交渉を通じ,核戦力と通常戦力の意味があり検証可能な相互削減を促進し,全世界に核兵器がこれ以上拡散するのを防止する。軍事的不均衡を是正するとの一貫した公約は,我々の抑止能力を強化するだけでなく,軍備の管理・削減のための合意成立の見通しを好転させる。

(4)ソ連の支配と軍事プレゼンスがこれ以上拡大するのを抑え,アフガニスタンのようにソ連が武力によりそのプレゼンスと支配とを押し付け,かつ維持している国々から撤退するよう促進する。

(5)ソ連に軍事的に有意義な技術と物資が流入するのを同盟国と協力して阻止することにより,また,ソ連経済を補助するのに役立つような行為を控えることによって,軍事力増強を持続するソ連の全般的能力の低下を図る。

2.各地域の諸目標

(1)西欧

○西欧の安全保障は,米国の安全にとって特に死活的に重要である。

○ソ連軍とワルシャワ条約軍の戦力が大幅に改善された結果生じた脅威を抑止ないし打破するためNATOと米国自身の能力を強化し,また,紛争の危険を減らすためNATOの陸・海を基地とする通常戦力の大幅改善を実現し,欧州における核抑止力の均衡を図る。

(2)東アジア・太平洋

○我々にとって不可欠なシーレーンとこの地域における米国の権益の安全を維持し,また,太平洋と東アジアにおける我々の条約上の公約を果たす能力を維持する。

○ソ連・北朝鮮・ヴィエトナムが他国に干渉するのを防ぎ,中国との間に永続性のある戦略的関係を構築し,友好諸国の安定と独立を支援する。

(3)中東・南西アジア

○イスラエルと友好的なアラブ諸国の独立を維持・防護し,中東の恒久平和実現を支援する。

○ソ連の影響力の拡大を防ぎ,この地域のエネルギー資源への西側のアクセスを防護し,重要なシーレーンの安全を確保する。

3.米国の安全保障に対する脅威

(1)ソ連は経済不振や食糧不足にもかかわらず,GNPの推定15%を軍事費に割り当てており,成長が低下すればそう遠くない将来において軍事費がGNPの20%に達するであろう。

(2)昨年のソ連軍事力の変化のうち重要なものは次のとおり。

○新型長距離爆撃機「ブラックジャック」の登場,タイフーン級原潜搭載弾道ミサイルの運用に向けての著しい進捗,長距離巡航ミサイルの開発,新型地上発射式長距離弾道ミサイルの初飛行。

○キエフ級空母の三番艦を含む新たな艦艇の建造。

○新型の戦闘機,攻撃機1,100機の生産を含む空軍力の近代化。

4.今日のソ連軍の潜在能力

(1)ソ連の軍事力の規模が増大し,質も向上した結果,ソ連は従来の主として防衛的な態勢を改め,次第に攻撃用の態勢をとるようになった。

(2)ソ連の地上基地ミサイルの多くは,今や我々が展開しているICBMよりも強力である。また,ソ連は今や第一撃で我々の地上配備ミサイルの大部分を破壊する能力を備えている。

(3)ソ連の地上サイロ強化及び防空努力は長期戦を想定していることを示唆している。

(4)米国とその主要同盟国がソ連圏(主としてソ連)の軍事力増強に伴い努力を行っていくことができなければ,ソ連に更に攻撃的な戦力の展開を許すばかりでなく,軍事力の均衡を変化させることになろう。

(5)ソ連の通常戦力が仮に二つの決定的に重要な戦域(西欧及び南西アジア)で攻撃又は拘束した場合,北朝鮮はこの有利な状況を利用して我々の同盟国である韓国に対し,数量的に優勢な地上軍及び戦術空軍で攻撃を加えるかもしれない。

5.ソ連の軍事的プレゼンスの地理的拡大

ソ連の軍事的前進基地が世界中にこれ以上拡大するならば,西側同盟の生命線に切り込んでくる恐れが増大し,米国の基本的国益を守るのがより困難になり,また,より高くつくことになろう。

6.米国防戦略の概観

(1)我々の戦略は防衛的なものである。米国が戦争を仕掛けたり,他国の軍隊,領土に対し先制攻撃を加える可能性はない。

(2)我々の戦略は戦争を抑止するためのものである。

(3)仮に戦争の抑止に失敗した場合には,我々の戦略は有利な条件で平和を回復することを目的としている。敵の攻撃に対応するに当たっては,我々は紛争の範囲を限定しつつ,敵の攻撃を打破し,かつ,我々の国家目標を達成しなければならない。

(4)防衛的で抑止的な戦略を成功させるため,我々は次のような政策をとってきている。

○我々は同盟国との協力による集団的な防衛態勢を維持する。

○西欧,日本,韓国に前方展開態勢を維持し,有事には緊急展開部隊を派遣し増強する。

(5)ソ連の戦略核攻撃を抑止するため,米戦略核の3本柱と指揮,統制システムを近代化改善する。また,ワルシャワ条約機構軍の攻撃抑止のため,欧州における戦略システム,非戦略核,通常陸海空軍戦力を強化する。

7.集団的な防衛のための同盟

(1)米国は引き続き集団的な安全保障を重視していく方針であるとともに,米国は通常戦力,核戦力両面での共同防衛を長年にわたって公約してきた。

(2)従来と同様,西欧が米国の安全保障に最も重要な地域となっている。さらに,欧州以外でソ連の侵略を抑止するにあたっては,NATOの結束に大幅に依存する。同時に,他の地域における米国とその同盟諸国の強さと決意がNATOの安全にも影響してくる。

(3)戦略核戦力の長期的な改善に関するレーガン大統領の計画は,中距離核ミサイルについてのNATO決定と相まって米国が核兵器の面でNATOに与えている基本的な保証を更に強め,存続させていくことになる。

8.前方展開戦力

(1)安全保障条約に基づき,米国は欧州,日本,韓国に地上軍と空軍を展開し,また西太平洋,地中海及びインド洋に空母機動部隊,水陸両用部隊を展開し,侵略抑止能力は別方防衛戦略によって強化されている。

(2)我々の前方配備は,過去30年以上にわたり抑止戦略の一貫した大きな要素となってきた。

9.柔軟性の付与

(1)ソ連前進軍事基地の世界的拡大の影響は,ソ連が特に自国に近い地域で戦力を投入する能力を改善しつつあることによって更に大きくなっている。ソ連の空輸能力及びバックファイア爆撃機は,ソ連が中東の全域,太平洋の重要地域その他への軍事力を投入することを可能にしている。

(2)したがって,我々は現在,兵力の即応性並びに機動性の大幅な改善,これら兵力の指揮・管制の一連の強化策を計画している。

10.長期的改善へ向けての建設

(1)レーガン大統領は真の軍備管理一それは軍備の拡大を許すような空虚な取極でなく,軍備の削減を意味するものでなければならない―探究の努力を続ける決意である。

(2)しかし,軍備削減の成功は,我々の軍備態勢の改善努力にかかっている。我々の国防力の強化は,ソ連に実効ある協定を締結させるのに必要な刺激を与えるとともに,我々の戦争抑止能力を改善するであろう。

(3)レーガン政権の防衛的戦略を実施するため,我々は通常戦力の即応性と持続性を改善し,通常戦力と核戦力とを新しくする包括的計画を立案した。

11.戦略における核兵器の役割

(1)抑止は,過去37年間,米国の戦略核政策の要石である。

(2)米国は核戦争の危険を幻想でないと見ており,核戦争に勝利者はいないと信じているが,ソ連指導部も米国と同様にこのことを理解することが重要である。

(3)ソ連の戦力の増強に応じて抑止戦略を維持するため,レーガン政権の戦略は過去20年にわたる柔軟反応ドクトリンを継承するものである。

(4)米国の抑止力としての核兵器は,軍事施設を目標としている。対都市報復能力のみに抑止力を依存することは不十分であり,抑止力の信頼性の低下をもたらす。したがって,米国は,MX・ICBM及びトライゲントIISLBM等明確な核兵器攻撃能力を持つミサイル計画の促進を図る必要がある。

(5)欧州において核戦争の可能性を低くするためには,NATOの通常戦力の強化が必要である。核の「先制不使用」を約束することは,核戦争の機会を増大させることになる。

(6)米国の核兵器は,生産後平均13年経過しており,核凍結提案はこれら核兵器の近代化を妨げることになる。

(7)ソ連は,米国が欧州で「限定核戦争」を企てていると宣伝しているが,これは事実ではなく,米国は核の使用が戦争の性格を一変させるものと考えている。

12.核軍備管理

(1)米国及び同盟国の安全保障を確保するため,必要最小限の軍備を維持することが米国の目的である。

(2)レーガン政権は,ソ連の脅威に対し,軍備の増強と近代化計画の遂行を余儀なくされているが,他方で,戦略兵器削減交渉(START)及び中距離核戦力(INF)交渉に見られるように交渉による軍備削減についても多大な努力を行ってきている。

(3)レーガン政権の戦略兵器近代化計画は,米国が戦略バランス維持に努力していることを示すことにより,ソ連に真の核削減への動機を与えることにある。

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