(2)欧州中距離核戦力削減交渉についてのソ連側の6項目提案(概要)
(1982年2月9日,モスクワ)
1.今日,世界政治の中心的な問題の一つは,欧州の中距離核兵器の問題はどうなるか,つまり,こうした兵器のレベルの本質的な低減に関する合意が達成されるか,それとも欧州諸国民の安全にとってあらゆる破滅的な結果を伴うNATOの周知の「軍備補強」計画の実現の結果,一層の軍備増強が行われるという問題である。
1.平和の強化と戦争勃発の危険性の減少という利益に導かれながら,ソ連は,第1の道,すなわち欧州地域の中距離核兵器の制限と削減,あるいはその完全な廃絶を目指す具体的で効果的な措置について合意するため一貫して行動してきたし,今も行動している。
1.ソ連側の粘り強い原則的な方針の結果,この問題について米国と交渉を開始することが可能になった。欧州の核兵器制限に関するソ米交渉がジュネーヴで開始されたという事実自体が,世界の至る所で,特に,緊張の除去,デタントと諸国民の信頼の強化,及び欧州から核戦争の危険を一掃することへの期待が同交渉に寄せられている欧州において満足をもって受けとめられた。
1.だが,重要なのは単に交渉を開始し行うことではない。肝要なのはそれを前進させることである。始められた対話を重要な肯定的成果の達成によって完成させるという意志と意欲が双方に要求されている。
1.こうした観点からすると,交渉の現状は,ブレジネフ書記長が今年2月3日社会主義インター代表との会談で指摘したように,一定の警戒心を呼び起こさずにはいかないものである。その原因は,対等と同等と安全保障の原則に合致し,実際に欧州情勢の健全化を志向するような解決策を米国側が望んでいないということがますますはっきりしてきたことにある。
1.米国側は,1981年11月18日のレーガン米大統領の演説に述べられ,米国の条約案の基礎に置かれたいわゆる「ゼロ・オプション」の周りで足踏みし続けている。この条約案がジュネーヴ交渉に持ち出されたことは,2月4日ワシントンでいかにも大げさに発表された。
1.ソ連指導者は,ワシントンが打ち出した「ゼロ・オプション」は決して真剣な提案と呼べない,全く非現実的なものであるとの原則的な判断を一度ならず表明した。
1.この「ゼロ・オプション」の本質は,ソ連がただソ連欧州部に配備されている中距離ミサイルだけではなく,我が国の東部諸地域に配備されており,したがって欧州の核軍備問題とは何のかかわりもない中距離ミサイルをも含むすべての中距離ミサイルを一方的に廃棄しなければならないというものである。
1.「レーガン計画」を数字で示すならば,次のようなことになる。周知のように,目下NATO側には,欧州内の諸目標に狙いを定めた中距離核手段が986基存在する。ソ連の同様の兵器の数量は975基である。だが,米国の計画が実現することは,NATOの中距離核手段の量はいささかも減らないのに,ソ連欧州部の同様の核手段の量が半分以下に削減されるということを意味するであろう。この結果,NATOは中距離核兵器の運搬手段の数で2倍以上,核弾頭の数で3倍以上優位に立つであろう。
1.ソ連の前には,本質として,次のような問題が突きつけられている。つまり,ソ連は,米国の欧州前進基地配備核手段及び米国の同盟諸国の核兵器に対応して展開された中距離核ミサイル(並びに東部地域,南部地域を防衛するためソ連アジア部に配備されたミサイル)を一方的に放棄するか,それとも米国がNATO内に保有する兵器に追加して西欧に更に600基の新型核ミサイルを展開するか,ということである。この場合,NATO側は中距離核兵器運搬手段の数量で1倍半,弾頭数でほぼ2倍の優位に立つ。
1.中距離核兵器について欧州で成立しているおよその均衡を激しく破り,それによって米国に有利な形で全般的な,グローバルな戦略バランスを変更しようとする明らさまな企てが見受けられる。西方でも東方でも戦争の脅威が全く弱まっていないのに,ソ連に対して正しく一方的な軍縮が求められているのである。これは一方的な,正しく馬鹿げた立場である。
1.しばしば,ワシントンは,NATOの"軍備補強"計画を実行しない約束と引き替えに,ソ連中距離ミサイルを廃棄することを見込む米国の立場が単純かつ達成容易な解決策であるかのように主張している。米国の欧州前進基地配備核手段や対応する英仏の兵器を検討中の問題の範囲に入れることは,事情をはん雑にするだけだ,というのである。しかし,一体どういう理由でソ連は,ワシントンが採用した見せかけの"簡単"な解決策のために自らの安全保障の利益を犠牲にしなければならないのか。欧州の戦略状況を判断する際,ソ連は,自国と同盟諸国に脅威となっている700機以上の米核爆撃機を無視することができようか。そして,英仏の250を超すミサイルや核爆撃機を計算に入れないわけにいくだろうか。これらの兵器は張子のオモチャではないのである。それらは,公然と認められているように,ソ連とその同盟諸国の目標に狙いをつけており,3,000発以上の核弾頭を目標に到達させることができるのである。つまり,それらに対応するソ連の中距離手段が運ぶことができるものより1倍半も多いのである。
1.設定される制限が現実的なものとなり,それがどのサイドの安全保障の利益をも損なわず,軍拡競争抑止という課題に合致するためには,中距離核兵器の全体をNATO側,ソ連側について検討,考慮することが不可欠なのであって,個々の,勝手に選び出した戦略的均衡要素を検討,考慮することではない。
1.英仏の問題についていえば,両国が交渉に参加せず,協定に調印していないことは問題ではない。両国がそれを望んでいないからである。だが,両国の対応する兵器がNATOの戦力構成部分と見なされるべきであることは明らかである。
1.上述したことから明らかなように,これらすべての要素並びにソ連側にとって極めて重要な判断を完全に無視した米国側の態度は,交渉の前進を目するものでは全くない。ワシントンの真の狙いは,相手側の受入れ不可能な提案を故意に打ち出すことによって交渉を行き詰まらせ,その後でその責任をソ連に負わせることである。
1.ワシントンが米国の危険な戦争計画に抗議している西欧世論をなだめ,その後で交渉をわざと暗礁に乗り上げさせることによって,1983年以降にほぼ600基の米国製新型中距離ミサイルを西欧に展開することを正当化するためにジュネーヴ交渉を利用することを望んでいるとの印象はぬぐい難い。このために,「ゼロ・オプション」と称する宣伝ショーも必要だったのであろう。
1.ワシントンが何のために欧州への新型ミサイル配備を計画しているかは,事実,秘密ではない。米国が宣言している軍事ドクトリンに物質的基盤を持たせようとする意図が問題なのである。ペンタゴンは,西欧への米国製新型ミサイルの配備が,戦略兵器制限交渉では確保できなかった軍事的優位を米国にもたらすだろうと計算している。ペンタゴンは,欧州大陸への中距離ミサイルの配備を,ソ連に対する先制攻撃力の確立に至る一つの手段と見なしている。しかも,この場合,核戦争を欧州の範囲内に限定することをあてにしているのである。
1.このような計算は,狡猾で犯罪的であるというよりも,むしろ根拠のないものである。欧州諸国民の安全の死活的利益を無視し,西欧を自己の侵略政策の人質にしようとするワシントンの帝王のような高慢さは当然の憤りを招かずにはおかない。
1.こうした一切のことは,欧州の中距離核兵器制限問題が解決不可能であるということを意味するだろうか。いや,そうではない。交渉の前進を図るためには,ただ一つのことが必要なだけである。すなわち,正しさが完全に証明された平等と安全保障の原則を不断に堅持すること,つまり,相手側の利益を損なうために自己の一方的優位を獲得しようとする無益な試みを放棄し,戦略的状況を決定するすべての側面を考慮に入れて問題を客観的にながめることである。ソ連は,交渉において正にこのようなアプローチを指針としている。
1.ブレジネフ氏が先に言明し,また先日の社会主義インター代表との会談で改めて確認したように,ソ連は,いずれかの側の一方的軍縮ではなくて,欧州内の諸目標に狙いを定めたあらゆる種類の中距離核兵器を双方が完全に放棄し,さらに,中距離および戦術核兵器を完全放棄することを意味するような,真の意味での「ゼロ・オプション」について合意する用意がある。もしNATO側がこうした解決策に同意するならば,欧州及び全世界の平和の事業は真に実りあるものとなるだろう。
1.だが,もし西側がこのような根本的解決策に対して用意ができていないのであれば,ソ連はNATOとソ連の制限される核手段のバランスを削減の全段階で保ちつつ,双方が中距離核手段を大幅に,すなわち3分の1以下に段階的に削減することで合意することを提案している。
1.ジュネーヴ交渉に必要な刺激を与えるためソ連は,協定の次の点が明確化される共同文書の短期日作成に努力を集中すべきであるとの提案を行った。
(あ)平等と同等の安全保障の原則に従って,協定は,すべての中距離兵器,つまり欧州及びその周辺水域に配備され,若しくは欧州内での使用を目的とする,射程1,000キロメートル及びそれ以上のミサイルをカバーし,考慮するものでなければならない。
(い)NATO側及びソ連側におけるこの兵器のレベルを最大限に低減させることを目的として,協定は,その現在の数量(双方およそ1,000基)を1990年までにそれぞれ300基まで削減し,中間的レベルとして1985年末までにそれぞれ600基にすることを予定しなければならない。
(う)双方は,削減される兵器の構成を自ら決定し,合意された削減レベルの限度内で自らの意志により兵器の交替と近代化を行う権利を持つ。交替,近代化の行われる兵器の枠組みは補足的に決定される。
(え)中距離核手段削減の基本的方法となるのは,その廃棄であり,これによって兵器の一部を合意された限度の外に移す可能性を奪う。
(お)協定義務の遂行に対する適切な監視を保証する諸規定を作成する。
(か)交渉期間中,双方は新型中距離ミサイルの欧州配備活動を差し控える。現在この地域にすでに配備済みの中距離兵器は,質量ともに凍結する。
1.上述した原則的問題について速やかに合意を達成することは,協定作成準備の今後の作業にとって確実な指針を約束し,交渉にはっきりした目的意識と具体性を与えるであろう。合意の達成を容易にすることを願って,ソ連は,交渉期間中に相手側が中距離核展開へのモラトリアム設定に同意するならば,ソ連側は善意の現れとしてソ連欧州部における中距離兵器の一部を一方的に削減する用意がある,と表明した。つまり,交渉の結果生じる更に低いレベルの事前措置として,これを行う用意がある。
1.これらすべての問題に対する回答は,米国側にかかっている。ジュネーヴ交渉は現在,極めて重要な段階に入っている。つまり,問題はこうなっている。交渉が,米国側が企てているように,実りのない論争や合意達成を意図的に当てにしていない提案の提起という道に進むか,それとも,ソ連側が主張し,その実際的提案が目指しているような平等と同等の安全保障の原則に従った,交渉の建設的方向の保障に成功するかのどちらかなのである。