(13) 「協力と開発に関する国際会議(南北サミット)」における鈴木総理大臣冒頭発言

(1981年10月22日,カンクン)

1. 本日,我々22か国の首脳は,開発のための国際協力の将来と世界経済の再活性化につき意見を交換するため,ここメキシコのカンクンに一堂に会しました。此度の会議は史上極めて重要な会議と申して過言でなく,また,まことに画期的かつ時宜にかなった試みであると考えます。私は,ここに本会議を提唱され今日の開催まで御尽力いただいたメキシコのポルティーリョ大統領及び残念ながら本日御参加にはなれまぜんでしたが,オーストリアのクライスキー首相に深甚なる敬意を表するとともに,各位のお許しを得て,会議の主題につき私の見解を5点にまとめて申し述べたいと考えます。

今日の国際経済情勢は2度にわたるエネルギー危機を経て多くの国がインフレ,不況,国際収支の悪化等の困難に直面しております,特に,非産油開発途上国は,大幅な経常収支赤字と債務の累積に直面しております。この赤字のかなりの部分は,輸入石油価格の大幅上昇,国際的な高金利及び先進国経済の停滞に伴う輸出の鈍化によるものであります。こうした困難に対しては,これらの非産油開発途上国の調整努力にまつのみならず,世界各国とりわけ先進国は協力して,インフレなき経済成長を実現するように努め,世界経済の安定的拡大を図ることが大切であります。

2. 南北関係の将来を考えるとき私は,まず相互依存関係の深まった今日の世界において,先進国と開発途上国は,地域という船の中で運命をともにしているとの認識を,各国がより鮮明に持つべきことを訴えたいと思います。すなわち,今後の南北関係については,お互いの利益が対立的なものであるとの誤った認識に訣別し,先進国も開発途上国も互いに世界経済の再活性化,ひいては世界の平和と繁栄確保のために相互に手をさし伸べるということこそ,我々の進むべき道でなければなりません。この意味において私は,8月の準備会議において全会一致で合意されたように,今次首脳会議で,各国の相互依存関係に対する認識が更に深まり,すべての国が連帯して,開発と協力の問題に対処していくという決意で確認され,より建設的な南北関係の新時代へ向けて偉大なる第一歩が踏み出されることを願ってやみません。我々のすべてが,この「相互依存と連帯」の精神に立って諸困難にうちかち,平和で豊かな世界を我々の子孫に引き継ぎたいものと考えます。私は先ず冒頭にこのことを心から訴えるものであります。

3. 私は,第二に建設的な南北対話の重要性をあらためて強調したいと思います。過去の南北対話は,南北間の対決の様相を呈し,非生産的であったこともありましたが,他方各国の忍耐強い話し合いの結果,政府開発援助の拡充指針の採択,一般特恵制度の樹立,一次産品共通基金の合意等の具体的成果があがっております。今後も建設的な南北対話を継続し,私が只今申し述べました相互依存の認識と連帯の精神に基づき,現実的な解決を見出していくよう,南北双方が協調していく必要があると考えます。

その意味において我が国は,国連包括交渉(GN)については,その政治的重要性を認識しており,できるだけ早期に南北双方の受け入れ得る手続,議題が合意され,開始の準備が整うことを心から期待しております。

私は,この問題につき,本会議において前向きで建設的な成果があがることを期待いたします。

4. 私は,第三に,政府開発援助の役割を強調したいと思います。

開発のための開発途上国の自助努力を支援する国際協力の進め方については,政府開発援助,貿易,投融資,技術移転を総合的な見地から全体として検討していくことにより整合性のとれたものとする必要性があり,かかる観点から,民間の活力を生かしていくことは極めて重要であります。このなかにあっても,開発途上国の多様なニーズに応え経済協力を推進していく上で,政府開発援助は中核的存在であり,このため,我が国は政府開発援助拡充のための努力を継続していく必要があると考えます。

我が国は,1980年に政府開発援助の3年間倍増計画を達成した後,厳しい財政事情にも拘らず,本年1月,政府開発援助について,あらたな中期目標を設定いたしました。それは「政府は,ODAを積極的に拡充し,引続きそのGNP比率の改善を図り,1980年代前半5カ年間のODA実績総額を1970年代後半5カ年間の総額(106.8億ドル程度)の倍以上とするよう努める。このため,(イ)1980年代前半5カ年間において1970年代後半5カ年間に比し,ODAに関連する国の予算を倍以上にすることを目指す。(ロ)政府借款の積極的拡大を図る。(ハ)国際開発金融機関の出資等の要請に対し積極的に対応する。」というものであります。日本政府としては今後ともかかる目標に基づき政府開発援助を積極的に拡充していく考えであります。

なお,我が国としては,この際他の先進国及び能力のある開発途上国ならびに社会主義諸国も政府開発援助の拡充に今後とも最大限の努力を払うことを訴えたいと思います。

また国際機関向け政府開発援助についても,石油輸入途上国の努力を支援する等今後とも重要な役割が期待されていることから,これら機関に対し各国は今後とも従来通りの協力の姿勢を維持する要がありましょう。同時に,国際機関は資金の効率的活用をさらに追求することが重要であります。

援助の実施に際しては,我が国は開発途上国の社会や民生の安定に資する基本的な基盤の充実に貢献していく方針であります。開発途上国の人口の3分の2を占める農民の生活基盤を改善する農村・農業開発,エネルギー危機後焦眉の急となっている新・再生可能エネルギーを含むエネルギー開発,国造りの基礎となり新しい開発段階への飛躍を可能にする「人造り」,労働集約的な中小企業の振興の分野の援助に一層力を入れていく考えであります。

また,去る9月には後発開発途上国国連会議が開かれましたが,我が国としても特に厳しい経済状況の下にある後発開発途上諸国に対する援助の拡充に努めていく所存であります。

他方,我が国の財政事情も他の多くの先進諸国と同様,極めて厳しい状況にあるとともこの際率直に申し上げておきたいと存じます。

このように厳しい財政事情の下にあって我々が援助を拡大していくためには,援助が真に生きたものとなり国民の援助に対する理解と支持を得ることが不可欠となってきております。私は,援助受取国側においても自助努力を倍加すると同時に援助の効果的かつ効率的使用に一層の努力を行われることを期待するものであります。

5. 第四に南北関係における貿易の重要性に触れたいと思います。既に幾つかの開発途上国にとっては,貿易の伸長こそが開発の鍵となっていることを我々はよりょく認識すべきであります。

私は,先進国,開発途上国を問わず,各国が保護主義の台頭を防圧し自由貿易を推進していくことが世界経済の成長,開発途上国の開発に貢献するゆえんであると考えております。この点に関して私は,我が国の開発途上国との貿易が急速に増加しており,我が国の全貿易額の過半を占めていること,特に我が国に近いアジア諸国からの輸入は,1970年から79年にかけて約倍と世界貿易全体の伸びを大幅に上回る速度で伸びており,これが同地域の発展,工業化に大きく寄与していることを御報告したいと思います。

6. 最後にそして,最も重要なこととして私は,自国の開発と発展の最も重要な原動力は,その国自身の国造りに対する意欲と自助の努力にあることを指摘したいと思います。

今日,我が国は幸い最も活力ある経済を営む国の一つとなっておりますが,我が国が近代化を志した100年ほど前は,資源も乏しく狭隘な国土に3千万の国民が住む貧しい国でありました。先進技術もなく,資本もわずかでありましたが,我が国の指導者は進歩と発展に対する熱烈な意欲にあふれ,教育こそ国造りの最も重要な要件であるとの考え方に立ち,真剣に教育基盤の整備・拡充に努めました。こうして得られた質の高い人的資源は政府の適切な指導と相まって先進技術の導入,制度の整備や資本の蓄積を可能にし,一つの成功は更により高い目標への意欲と条件をもたらしたのであります。また,自由競争の原理は,国民の向上への意欲を刺激し,海外からの資本や原材料,新技術の導入をもたらし,良質の労働力はこれらを有効な生産力としてフルに運用し続けました。我が国が過去において,戦争による深刻な挫折を克服し,経済の高度成長を現出できたのも,この尽きることのない国民の活力であることは広く指摘されているところであります。すなわち,初めに自助の決意があり,この自助の努力こそが近代化への歯車を回し続けるのであります。

7. いまや,南北問題は,南の国だけの問題でもなければ,北の国だけの問題でもなく,国際社会のすべての国にとって緊急にとり組むべき最も重要な課題であります。ともに国際社会を構成するパートナーとして,良好で永続性のある南北関係は,それぞれの国にとって不可欠であるばかりでなく,世界の平和と安定のためにも切り離すことのできない重要な要件であると申せましょう。

私は,かねてより今日人類が直面している最大の課題として南北問題と軍縮問題の二つがあると考えております。私は軍縮問題については,我々は抑止力としての力の均衡を確保しつつ,そのような均衡をできる限り低い水準に抑制し,かかる努力により軍縮に向けられていた資源が解放され開発目的に利用されることを強く望むものであります。

この記念すべき南北サミットが相互依存と連帯の精神に基づき,より建設的な南北関係構築のための新たな出発点となることを祈念して私のスピーチを終ります。

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