(10) 後発開発途上国国連会議における北原首席代表演説
(1981年9月2日,パリ)
議長
私は,日本政府及び日本国民を代表して議長閣下が本後発開発途上国国連会議議長に選出されたことに対し,心から祝意を表明いたします。私は,閣下の豊かな経験及び卓越した指導力の下に本会議が実り多い成果を収めることを確信するものであり,日本政府代表団は閣下の重要なる責務の遂行に対し協力を惜しまない所存であります。私はまた,ワルトハイム国連事務総長及びコレアUNCTAD事務局長が本会議開催のために献身的な努力を払ってこられたことに,心からの敬意を表したいと思います。私は,更に,本会議開催のためにフランス政府が払われた御尽力に対し心より感謝の意を表明するものであります。
議長
本件会議は,第5回UNCTAD総会においてその開催が決議され,3回に及ぶ準備会議を経てここに百数十か国を数える多数の国の参加を得て開催の運びに至ったことは誠に喜ばしいことと考えます。
本件国連会議の目的は,後発開発途上国が現在の絶対的貧困状況を克服し,経済の自立と成長を実現するために後発開発途上国自身が何をなすべきか,またこれら諸国を支援するために国際社会として何をなすべきかを討議し,このための行動計画を採択することにあります。
議長
我が国としては後発開発途上国が置かれた現状を深く憂慮しているものであります。後発開発途上国全体について,1970年から79年の間の一人当たり実質GDPの年平均成長率は0.7%,同時期の一人当たり年平均農業生産増加率がマイナス1.3%,また1979年の一人当たり実質GDPが183米ドルであります。
更に,全後発開発途上国の人口2億6,800万人のうち大部分が恒常的な栄養失調状態にあり,1978年の乳児死亡率は14.2%,即ち7人に1人が1歳に満たないうちに死亡しております。これら諸国の平均寿命は45歳以下であり,また,4人に3人は文盲であるという統計も伝えられています。これら数字は後発開発途上国が直面している諸困難の大きさを如実に物語っております。我が国としては,後発開発途上国が経済的諸困難を克服し経済的自立という目的を達成するためには,後発開発途上国と国際社会全体が人道主義と「連帯」の精神に立脚した真の国際協力を推進する必要があると考えます。後発開発途上国の問題は南北間の諸問題の最も重要な分野の一つであり,人類が直面している最重要課題の中に位置づけられるといっても過言ではありません。
我が国としてはかかる観点から本会議において真に実効的な「後発開発途上国のための1980年代新実質行動計画」が策定されるよう他の参加国と共に努力してまいる所存であります。
議長
とこで,私は後発開発途上国の開発問題に関して我が国が最近とってきている具体的政策に触れておきたいと思います。
我が国は,困難な財政状況下にありながらも近年急速に後発開発途上国向け援助を増加させております。我が国は,政府開発援助(ODA)の拡充を重視しており,1978年にはODAを3年間で倍増するとの中期目標を立て,その最終年にあたる昨年には,33億ドルの実績を示し,この目標をかなりの余裕をもって達成しました。そのうち,後発開発途上国に対しては特段の配慮を払い,後発開発途上国向けの二国間ODAを実績ベースで1977年の1億500万ドルから1980年の3億4,400万ドルヘと,我が国のODA全体の伸び率を大きく上回る伸び率で拡大してきております。
我が国はアジア太平洋地域に属する国として同地域に位置する後発開発途上国に対し深い関心を有しておりますが,同じく,後発開発途上国の多いアフリカ地域に対しても二国間援助とともに国際機関を通じて援助を拡大しております。例えばアフリカ開発基金においては,我が国は出資金の15.7%のシェアを占める最大の出資国であり,またアフリカ開発銀行に加盟のためのすべての国内手続を終えておりますが,同銀行に対する出資は域外国中第2位となる予定であります。
我が国は,開発途上国の貿易の拡大に資するため,1971年より一般特恵制度を実施しており,特に昨年4月から後発開発途上国に対しては,特恵税率を原則としてすべて無税とし,シーリング枠等を全廃する優遇措置を導入しております。また本年4月にはこの後発開発途上国特恵を含む一般特恵制度の適用期限を10年間延長し,1991年3月末までとすることを決定しました。近年我が国の特恵適用輸入額は着実に増加しており,1980年度の我が国の特恵適用輸入額は,49億8,500万ドルに上っております。
更に,後発開発途上国の公的債務問題については,1978年3月のUNCTAD貿易開発理事会閣僚レベル会合の決議に従い,1978年3月31日以前に交換公文が締結された借款につき債務取消しと同等の措置をとっております。
我が国の協力の紹介を終えるにあたり,私は私の個人的な経験に照らしても後発開発途上国問題の解決について,以上述べたような資金援助,貿易上の優遇措置にも増して現地における関係当事者間,すなわち現地に生活する人々と援助する側の人間との間の直接の人的交流が最も重要であると考えていることを明らかにしたいと思います。いくら多くの財政的支出がなされ,いくら多くの技術が供与されたとしても,それを活用できる環境がなければ意味がありません。その意味で援助する国と援助される国との間に真に実効的な協力関係を確保することが肝要であると考えます。これに関連してこれまで我が国から数千人に及ぶ青年協力隊員がバングラデシュ,ネパール,タンザニア等の後発開発途上諸国に派遣され,これらの国々の人々と生活をともにしつつ一般の人々の技術向上に大きな寄与をして現地の人々に溶け込んだ協力の歴史を積み重ねてきておりこれら諸国の政府および国民から極めて高い評価を受けていることを御報告し,我が国の経済協力の紹介の締めくくりとしたいと思います。
議長
我が国の南北問題に関する考え方をここで長々と敷衍する意図はありません。ただ私は,我が国が南と北の問題を,軍縮とならんで,人類が直面している最大の問題の一つと認識し,これに正面から取り組んでいること,また,かかる重要性を有する南北問題に対しては,従来の南北対決に訣別し,各国が「相互依存と連帯」の精神に基づいて対処すべきであるとの基本的な考え方を有していることを申し述べたいと存じます。このような基本方針に基づき,我が国は国連を中心とする多数国間協力の場においても積極的に後発開発途上国問題を含む開発問題に取り組んでまいりました。
昨年,第35回国連総会において後発開発途上国問題に関する詳細な政策措置を含む「第三次国連開発の十年のための国際開発戦略」が採択されたことは,本件開発戦略が80年代の国際協力の基本的枠組みを設定するものとして誠に意義深く喜ばしいことでありました。
昨年6月に採択された一次産品共通基金については,我が国は,本年6月に同協定受諾書の寄託を了し,同協定の第5番目の締約国となりました。一次産品共通基金は,後発開発途上国の主要輸出産品であるコーヒ、綿花,ジュート,ココア,油糧種子等の一次産品の価格安定・開発等に資するものであり・長年にわたる困難な交渉の末にまとまった南北関係史上特筆すべき成果と考えます。我が国は,本基金に対し3,367万ドルにのぼる義務的出資を行うほか,一次産品の研究開発等にふりむけられる第二勘定に対しては1か国としては最大規模の2,700万ドルの任意拠出を誓約済みであります。本年8月現在基金協定の締約国はわずか8か国,うち4か国が開発途上国であり,発効に必要な90か国を大きく下回っております。我が国は,この南北協力の成果が早期に機能を開始するよう,各国が速やかに同協定を締結するよう呼びかけるものであります。
本年は先月ケニアのナイロビにおいて新・再生可能エネルギー国連会議が開催されましたが,我が国は,本件会議が新・再生可能エネルギーの開発・利用問題に関し「ナイロビ行動計画」を採択したことは,後発開発途上国の抱えるエネルギー問題に対処する上で有益であったと考えます。
また,来月には初の試みである南北サミットの開催が予定されており,我が国は本サミットが首脳間の自由な意見の交換の場として将来の南北対話に大きな政治的刺激を与えることを期待しております。
議長
次に本会議の中心課題である「後発開発途上国のための1980年代新実質行動計画」を確定し,採択し,支援するにあたって,我が国は以下の諸点を強調したいと考えます。
第1に,我が国は後発開発途上国がその抱える困難さの故に通常の開発途上国を対象とした支援だけでは十分な進展を期待し得ないことを指摘したいと思います。したがって私は,後発開発途上国の主体的な努力を支援する国際的特別措置が策定され,先進国,社会主義国,産油国,その他の開発途上国の中で能力のある諸国及び国際機関等国際社会全体が共同して幅広い支援基盤が造られることが必須であると考えます。
第2に,我が国は,後発開発途上国の発展の基礎となる農村・農業開発,インフラ整備及び人造りのための援助に重点を置くとともに住民の福祉の向上に直接裨益する基礎生活援助及び人道的観点からの難民援助等の拡充も図っていきたいと考えております。かかる方針に従って我が国としては,今後もこれら諸国に対する援助を更に拡大していく方針であります。具体的には,我が国は,ODAを積極的に拡充し,引続き対GNP比の改善を図り,1981年から5か年間のODAの総計を1980年までの5年間の総計,即ち約107億ドルの2倍以上とするよう努め,このために,今後5年間におけるODAに関する予算の総額をこれまでの5年間の倍以上とすることを目指す等の措置を講じることを内容とする新中期目標を既に設定しておりこのようなODA資金全体の伸びの中で,後発開発途上国に対する援助についても積極的にその増加に努める所存であります。
また,援助のグラント化等援助の態様の改善にも引続き努力する所存であります。
第3に,後発開発途上国が適当な時期に援助国と共に自国の開発成果をレヴューすることは,「新実質行動計画」の下で各後発開発途上国の自助努力をもとにした開発を確固たるものとし,国際社会による協力を得ていく上で有意義であるものと考えます。かかる国別レヴューを基礎とし十分な間隔をもって地域レベル及びグローバルなレベルのレヴューを行うこともまた同様に有益であると考えます。
議長
今日,世界経済は70年代の2度にわたる石油危機を経てインフレ,不況,国際収支の不均衡といった諸困難に直面しております。
他方,70年代を通じ世界各国の政治的・経済的相互依存関係は着実に深化したこともまた事実であります。
このような状況下にあって,国連が初めて後発開発途上国問題を独立の問題として取り上げ,本会議が開催されたことは,特筆すべきことであると考えます。後発開発途上国が自らの諸困難を克服し発展することは,国際社会の平和と安定の維持につながるものであり,我が国としては,本会議全参加国が,世界の相互依存関係を踏まえ,「連帯」の精神の下に,南北問題の最重要課題の一つである後発開発途上国問題に取り組むよう希望いたします。
また我が国は国際社会の繁栄と安定に果たすべき我が国の役割を十分認識しており後発開発途上国問題の解決に最大限の努力を尽す所存であることをここに改めて表明したいと思います。
御清聴を感謝いたします。