(2) 第94回国会における伊東外務大臣の外交演説
(1981年1月26日)
(はじめに)
第94回国会が再開されるに当たり,我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。
我が国外交は,特に昨年1年,波乱に富んだ国際情勢に対処して参りましたが,これはかってないほど国民各位の御理解と御支援を必要とするものでありました。我が国が,数々の試練にもかかわらず,平和で安定した国民生活を確保するための外交を推進することができましたことは,国民各位の御協力の賜であり,ここにあらためて感謝申し上げます。
今日の国際社会の顕著な傾向は,各国間の相互依存関係を支える国際秩序が,政治面でも経済面でも不安定化の様相を示していることであります。政治面では,ソ連のアフガニスタン侵攻を契機として,東西間のデタントは大幅に後退しております。中東地域やインドシナ半島で継続している地域的紛争も,全世界的な影響を及ぼしつつあります。経済面では,度重なる石油価格の上昇が要因のひとつとなって世界経済は低迷し,それがIMF,GATTを中心とする国際経済秩序を大きく揺るがせております。こうした背景の下で,多くの開発途上国において経済的困難が増大しつつあり,またこのような困難が政治的不安定の要因ともなっております。
かくして,世界が直面している焦眉の問題は,いかにして調和のとれた国際秩序を再構築し,国際社会の方向を安定と発展の軌道に乗せるかということであります。そのためには,米ソ二超大国が大きな責任を有していることはもとよりでありますが,併せて,国際社会のすべての構成員が各々その責任と役割を自覚し,最善の努力を払うことが必要であります。
我が国がそのような責任と役割を積極的に果たしていかなければならないのは,単に,国際社会の有力な一員としての我が国に対する期待が高まっているという理由からだけではありません。それは,我が国が平和国家を国是とし,資源にも乏しく,従って平和で安定した国際環境の中でのみ,その安全と繁栄を確保し得る立場にあることからも当然であります。政府としては,このような認識に立って我が国平和外交の具体的展開を図って参る決意であります。特に,我が国としては,国際連合の役割を重視し,安全保障理事会非常任理事国として,国連の平和維持機能の有効な発揮とその一層の強化のため・積極的かつ建設的な貢献を行って参る所存であります。
(日米・日加関係)
我が国外交の基盤は,揺るぎない相互信頼に裏打ちされ,日米安保体制を基軸とする日米友好協力関係にあります。自由と民主主義を共有する日米両国の関係は今日世界的な広がりを有しており,国際社会の直面する諸問題の解決のために,各々が自らにふさわしい責任と役割を果たしていかなければなりません。そのためにも,レーガン新政権と引き続き緊密な対話と協力を保って参る所存であり,私もできるだけ早い時期に訪米したいと考えております。
今日日米関係は,イラン・アフガニスタン問題等への対応,あるいは双方のたゆまぬ努力による個別経済問題の解決に見られるように,かってない程良好な状態にあります。今後両国の間にいかなる問題が生じようとも,両国は,これまでと同様,その円滑な解決を図っていく意志と能力を有していると確信しております。
日加関係は近年急速に発展して参りましたが,その重要性に鑑み,両国がその関係を多角的に発展させていくことが肝要であります。
(対アジア・太平洋地域関係)
我が国と地理的にも近く,歴史的にも密接な係わりを有するアジア地域は,我が国にとってとりわけ重要であり,同地域の平和と発展のために政治・経済的な役割を積極的に果たしていくことは,我が国外交の重要な柱であります。
この観点から私は,昨年外務大臣就任早々アジア諸国を歴訪し,またこの度は鈴木総理大臣自身が総理就任後初の外国訪問としてASEAN諸国を公式に歴訪致しました。我が国は,ASRAN諸国の発展と地域的連帯の強化がアジアの平和と安定,ひいては世界の平和と安定に大きく貢献することを確信し,「ともに考え,ともに努力する」との基本的精神に立脚して・これら諸国との協力と信頼の関係の発展に不断の努力を払って参る考えであります。
今日,アジアの平和と安定に大きく係わる問題にカンボディア問題とインドシナ難民問題があります。我が国としては,カンボディア問題について,外国軍隊の全面的撤退,カンボディアの主権,独立及び領土保全の尊重等を求めた国連総会決議に則り,同問題の早期平和的解決がもたらされるよう,今後ともASEAN諸国とともに積極的に努力して参る所存であります。今般の総理ASEAN諸国訪問の際,我が国は,国際連合事務総長がカンボディア問題解決のために国際会議を召集すべく,早急に必要な措置をとることを要請致しました。なお,インドシナ地域に恒久的な平和が実現した暁には,その復興のためできるだけの協力を行う考えであります。また,現在の情勢では,ヴィエトナムに対する援助を再開する環境にないことを遺憾とするものであります。
私は,昨年8月,タイにおいてカンボディア難民キャンプ及びタイ被災民の村を訪問し,親しくその実情に触れ・インドシナ難民問題の重要性を痛感した次第であり,政府としては引き続き難民の窮状打開のために協力する方針であります。
私は外務大臣として2度にわたり訪中するなど・中国側首脳との意見交換の機会を重ねて参りました。特に昨年12月の第1回閣僚会議における忌憚のない意見交換は,両国間の友好協力関係が今や実務的な基盤に立った新たな段階を迎えたことを明らかにするものでした。我が国としては,中国が現在進めている近代化の努力に対しできる限りの協力を行い,日中間の友好の絆を強めていくことが,広くアジアの平和と安定に貢献するものであると確信しております。
朝鮮半島の平和と安定は,我が国の安全と東アジアの安定に重要な係わりを有しております。我が国は,同地域の安定確保と緊張緩和のための環境づくりに今後とも積極的に協力する所存であります。また我が国としても,実質的な南北対話が速やかに再開されることを強く希望するものであります。
韓国においては,昨年秋,新憲法が公布され,各般の改革措置が進められております。我が国としては,同国の安定と発展への努力が着実に成果を挙げることを期待するとともに,日韓両国の間に引き続き円滑な友好協力関係を維持・発展させて参りたいと考えます。北朝鮮との関係については,今後とも貿易,経済,文化等の分野における交流を漸次積み重ねて参る考えであります。
我が国にとって大洋州地域の重要性は近年特に高まりつつあります。我が国としては,同地域の平和と繁栄を分かち合うため,今後とも,豪州,ニュー・ジーランド及び経済・社会開発に努める南太平洋島嶼国と友好協力関係を進めて参る所存であります。
アジア・太平洋地域諸国間の協力を促進し,この地域の平和と繁栄に貢献することは我が国外交の重要な課題であります。我が国はこのような努力の一環として,関係諸国との密接な協議の下に,21世紀に向けての長期的課題として環太平洋連帯構想の推進に努めており,今後とも内外における民間の気運の盛り上りを支援して参る考えであります。
(対欧州関係)
昨年12月私は西欧5カ国及びEC委員会を訪問し,先方首脳と親しく意見交換を行い,相互理解と信頼の度合いを深め得たことは大きな成果でありました。我が国が,共通の政治・経済上の理念を有する西欧諸国との間で政治,経済,文化等広い分野での協力を推進していくことは,今日の如き厳しい国際情勢の下では特に重要であります。今後ともかかる対話と協調の努力を継続して参る所存であります。日欧経済関係についても,貿易不均衡等の諸問題の着実な解決を図り,経済問題が政治問題化し,日欧協調関係全般に影響を与えることのないよう努めて参りたいと考えております。
ソ連は我が国の重要な隣国でありますが,両国関係は,ソ連のアフガニスタンヘの軍事介入,北方領土での軍備増強など,極めて遺憾な事態により,引き続き困難な局面にあります。私は,昨年の国連総会等あらゆる機会をとらえ,ソ連に対し,かかる事態を速やかに是正するとともに,日ソ間の最大の懸案たる北方領土問題を解決して,平和条約を締結するよう強く求めております。政府としては,かかる一貫した基本方針に則り,ソ連との関係を真の相互理解に基づいて発展させるべく引き続き粘り強い努力を払っていく決意であります。このような日ソ関係発展への道を拓くためにも,ソ連側において,自ら強調して止まない善隣・友好を言葉の上だけでなく,誠意ある具体的行動で示すよう切望する次第であります。
東欧諸国との関係については,政府としては,相互理解の増進と友好関係の発展のため,更に一層の努力を払って参る方針であります。最近のポーランドをめぐる情勢については,先般の訪欧の際にも各国との間で意見交換を行いましたが,その進展如何によっては,欧州のみならず全世界の平和と安定に深刻な影響を及ぼす可能性があると言わなければなりません。ポーランドの問題は,外部からのいかなる干渉にもよることなく,ポーランド国民自身の手によって解決されるべきであります。
(対中近東・南西アジア関係)
中近東地域は,世界の主要なエネルギー源供給地として,また東西均衡の観点から,極めて重要な地域であります。我が国としては,同地域諸国の安定と発展に貢献するため,経済面での協力のみならず,政治的対話や人的・文化的交流を一層強化していく所存であります。
中東和平問題については,私は,昨秋の国連総会出席,12月のエジプト訪問等,機会ある度に,関係諸国首脳との率直な意見交換を行い,問題の平和的解決を呼びかけてきました。我が国としては,今後とも関係諸国の和平努力に協力し,公正かつ永続的な中束和平の早期実現に貢献して参る所存であります。特に,問題の核心であるパレスチナ問題については,パレスチナ人の自決権とイスラエルの生存権が相互に認められることが不可欠であることをあらためて強調致したいと思います。
1年以上にわたった在イラン米国大使館員人質事件が今般関係国の努力により平和裏に解決され,人質全員が無事解放されたことを心より歓迎するものであります。我が国としては,この機会にあらためて,各国が国際社会の基本的諸原則を遵守することの必要性を強調致したいと思います。
イラン・イラク紛争については,我が国は繰り返し両国に対し,戦闘を1日も早く停止し,紛争の平和的解決に向けて努力するよう要請しております。同紛争の拡大防止,平和的解決のための国際的努力に対しては,我が国としてもできる限りの協力を惜しまないものであります。
アフガニスタンにおいては,既に1年以上にもわたってソ連の軍事介入が続き,未だ解決の糸口すら見出し得ていないことは,誠に遺憾であります。我が国としては,米国をはじめとする友好諸国との協調・連帯の下で,アフガニスタン国民が自らの手で国内問題を解決し得るよう,ソ連軍の即時無条件全面撤退を今後とも粘り強く求めていく考えであります。
近年,南西アジア地域が世界の平和と安定にとって有する重要性は急速に増大しており,特にパキスタンはアフガニスタン問題の影響を直接に蒙るに至っております。
我が国としては,同地域諸国の政治的,経済的自立強化のための努力に対しできる限りの協力を行い,この地域の安定的発展に貢献していく決意であります。
(対中南米・アフリカ関係)
中南米は,移住を通じ古くから我が国になじみの深い地域であります。広大な土地と人的・物的資源に恵まれた同地域の重要性は今後更に高まることが予想され,我が国としても同地域諸国との関係の緊密化に一層努力する所存であります。
アフリカ諸国では国造りの基礎を固めるための努力が払われております。このようなアフリカ諸国の努力に対する積極的協力を通じて,近年緊密化しつつあるこれら諸国との友好関係を一層強化していきたいと考えております。ナミビア問題については,その早期平和的解決を強く希望するものであります。
(国際経済と我が国の役割)
世界経済は,2度にわたる石油危機を背景に,インフレ,低成長,国際収支不均衡,保護主義圧力の増大等の諸問題を依然として抱えており,その解決は容易ではありません。かかる困難を克服し,世界経済の持続的成長を達成するためには,我が国を含む先進工業国が,主要国首脳会議等の場を通じて国際協調を一層推進し,需要面での政策のみならず,労働生産性やエネルギー効率の向上,経済の体質改善等,供給面での政策を進めていく必要があることをあらためて強調致したいと思います。
イラン・イラク紛争の長期化に伴い,石油市場の不安定化が懸念されております。
先進消費国は,石油市場安定化のためにIEAの場を中心として諸施策を講じていますが,特に我が国は,自由世界第2の石油消費国としての立場と責任を十分認識して行動しなければなりません。また,我が国と産油国との間の建設的な協力関係の構築を通じて,石油供給の安定化・多角化を図ることが重要であり,更に,石炭,天然ガス,原子力等の代替エネルギーの開発・利用のための国際協力を一層推進する必要があります。我が国のエネルギー安全保障は,かかる国際協調を通じてはじめて可能となるのであります。
(南北問題と経済協力)
南北問題は近時一層重要性を増しており,開発途上国側の要求は国際経済秩序の改変の問題にまで至っております。政府としては,この問題の深刻さを十分認識し,目下開催準備が進められている南北サミット,国連南北交渉ラウンド等の場を通じて積極的に南北対話に参加し,建設的な南北関係の構築に貢献していく決意であります。
南北問題解決への努力の一環として,経済協力は特に重要であります。経済協力は,平和国家であり,大きな経済力を有する我が国が世界の平和と安定に寄与し得る主要な分野であります。これは,我が国の広い意味での安全保障の確保のためにも必要であり,我が国が近年パキスタン,トルコ,タイ等の紛争周辺国への援助を拡充しているのは主としてかかる観点からであります。また経済協力は,開発途上国との友好増進を図る上でも重要であります。
我が国は,政府開発援助を3年間で倍増するとの中期目標を,最終年にあたる昨年,かなりの余裕をもって達成しました。政府は,今後とも政府開発援助を積極的に拡充し,引き続きそのGNP比率の改善を図り,1981年からの5カ年間の政府開発援助実績総額を1980年までの5カ年間の総額,これは107億ドル程度に達すると見込まれますが,この総額の2倍以上とするよう努力致します。このため,政府開発援助に関連する国の予算を,同じ5カ年間の比較において,2倍以上とすることを目指す所存であります。また,政府借款の積極的拡大を図り,国際開発金融機関からの出資等の要請に対し積極的に対応する方針であります。
同時に,援助の質的改善にも引き続き努力する方針であります。また,我が国は,引き続き人道援助,「人造り」協力,農村開発,エネルギーの各分野における援助を重視していく考えであります。
更に,多くの開発途上国が多大の関心を有する一次産品問題における最近の特記すべき進展は,一次産品共通基金の設立協定が合意されたことであります。我が国は,今後とも同基金の早期発足とその円滑な運営のため積極的な貢献を続けていく所存であります。
(総合安全保障)
我が国の安全を確保するためには,日米安保体制の円滑かつ効果的な運用とあくまでも専守防衛を旨とする節度ある質の高い自衛力の整備が必要であります。
他方,我が国の安全と繁栄の総合的な確保のためには,平和で安定した国際環境を造り出すための努力が不可欠であり,そのための外交の重要性は益々高まっております。経済協力の積極的推進,エネルギー・資源面での国際協調,科学技術分野における国際協力等がこのような外交努力の重要な一環であることはもとよりであります。
また,我が国は,軍縮・軍備管理面での国際的努力が世界の平和と安定に不可欠であるとの強い認識を持っております。我が国としても,平和国家として,また核不拡散条約の当事国として,核軍縮を中心とする軍縮の促進のために一層大きな役割を果たして参る決意であります。
今日の国際社会においては,各国間の相互依存関係の深まりが必ずしも相互の文化的・社会的事情に対する十分な理解を伴っておらず,このことが国際関係を必要以上に複雑化し,国家間の摩擦を増大させる一因となっております。特に,その存立と繁栄を諸外国との円滑な関係の維持・発展に依存している我が国としては,文化交流・広報活動等を通じて諸外国との相互理解の増進を図っていくことが外交の基本的な課題の一つとなっております。政府としては,この面での事業を引き続き積極的に推進していく所存であります。
以上のとおり,我が国外交は極めて広汎な分野において多くの課題に直面しております。この関連で,私が最後に申し上げたいことは,我が国がこのような外交課題に今後一層適切かつ強力に対処していくための外交実施体制の整備の重要性についてであります。特に,今日の流動的な国際情勢を的確に把握するため,情報収集機能を一層強化する必要があります。また,経済・文化等の交流増大に伴って近年著増している海外邦人の生命・財産の保護の観点からも,在外公館の機能強化が焦眉の問題となっております。政府としては,かかる外交機能強化のために可能な限りの措置を講じていく方針であります。
(結び)
昨今の厳しい国際情勢の下,政府としては,自由主義諸国との連帯を堅持しつつ,国際秩序の安定化を求め,この中で我が国の安全と繁栄を確保するという一貫した外交を強力に展開していく決意であります。
ここに国民各位の一層の御理解と御支援を求める次第であります。