第7節 第3次国連海洋法会議
1. 概況
第3次国連海洋法会議は,包括的な新しい海の秩序を形成する目的で73年から開始され,第1委員会(深海底開発),第2委員会(領海,公海,国際海峡,経済水域,大陸棚など深海底以外の海域の問題),第3委員会(海洋汚染防止,科学調査,技術移転)及び本会議(紛争解決,最終条項など)の項目別に交渉が続けられてきた。150か国余りの主権国家の間で,重要な国家利益にかかわる海洋法の諸問題について原則として全会一致方式(コンセンサス)で利害調整を図らんとするこの野心的な試みは,困難を極めたが,ようやく80年の第9会期の審議の結果,81年中の条約採択が期待されるところまで審議の進展が見られた。
しかるに,新たに登場したレーガン米政権は,条約草案全体についてレヴュー政策を打ち出し,そのため81年中の実質交渉に大きな進展は見られなかった。しかし,同年夏の会期において,条約草案は「海洋法条約草案」として公式化され,82年春に実質交渉を行う最終会期としての第11会期を開催することが決定された。
第11会期は,非公式会期間会合を経て3月8日から開始され,米国はレヴュー政策の結果として第1委員会関係について大幅な修正案を非公式に提出したが,開発途上国等は,これは交渉のベースになり得ないとして強く反発し,会議は冒頭から対立の様相を呈した。しかし,条約参加資格問題,準備委員会設立問題については,予定されていた会期冒頭3週間の非公式交渉期間内におおむねの合意が成立した。条約発効前に行われる深海底開発のための投資活動に対し,これを保護,促進するとともに,条約発効後においても一定の権利を保証しようとする先行投資保護問題については,今次会期の最後まで困難な交渉が続けられたが,コー議長の仲介努力もあり,ようやく妥協が成立した。第1委員会関係の米国修正提案については,遂に最後まで十分な交渉が行われず,米国は,我が国を含む主要西側諸国とともに共同で提案した条約草案の深海底開発部分に関する公式修正提案については,投票に付すことに固執しないことで同意したものの,非公式協議の結果,十分な改善が図られなかったとして会議最終日の4月30日に条約草案全体の採択について投票に付すことを要求した。その結果,条約草案,関連の四つの決議案が一括投票に付されたが,賛成130か国(我が国,フランス,スウェーデン等北欧諸国,豪州及び開発途上国の大部分),反対4か国(米国,イスラエル,トルコ,ヴェネズエラ),棄権17か国(英国,西独,ソ連等)で採択された。
こうして海洋法条約草案は,海洋法会議第1会期開始後9年後にようやく採択されるに至ったが,82年12月,ヴェネズエラの首都カラカスにおいて関連決議とともに正式に採択される予定である。
2. 第10会期(春及び夏)の審議状況
(1) 概況
第10会期春会期は,3月から4月にかけてニューヨークで,また,第10会期夏会期は,8月にジュネーヴで開催された。春会期は,同会期開催直前に米国が海洋法条約全体のレヴュー政策を打ち出したため,実質交渉に大きな進展は見られなかった。夏会期においても,米国は,いまだレヴュー作業が未完了であるとして実質交渉には応じられないとの態度をとったが,数会期来の懸案事項であった大陸棚及び排他的経済水域の境界画定については,会期末にコー議長が新たな案を提示し,おおむね妥協が成立した。また,国際海底機関(オーソリティ)及び国際海洋法裁判所の設置場所として,それぞれジャマイカ及びハンブルグが決定された。更に,条約草案がそれまでの「海洋法条約草案(非公式)」から「海洋法条約草案」として公式化された。
(2) 交渉の概要
(イ) 深海底開発問題
「人類の共同財産」とされる深海底鉱物資源の開発制度については,最初の実質交渉会期である74年のカラカス会期から8か年にわたる審議の結果,開発活動を行うための国際機関(「エンタープライズ」)と並んで国及び私企業にも開発への参加を認めるとの考え方が広く受け入れられてきた。
しかし,米国のレーガン政権は,現草案については,深海底開発部分に関して先進国の私企業の開発へのアクセス等の保証が十分でなく,西側先進国の利益が擁護されていないとして春会期直前に現草案のレヴュー政策を発表し,米国代表団に対し,同会期中に交渉を終了させないようにとの訓令を発し,また,代表団の大幅な更迭を行った。夏会期において,米国はステートメントを発表し,現草案の規定ぶりのままでは,批准に際し米国上院の承認を得ることは困難であるとして,特に米国にとって受け入れられない点として,オーソリティの意思決定方式,理事会の構成及びその表決方式,生産制限,技術移転,再検討会議等8項目に集中して問題点を指摘した。これに対し,開発途上国側は,各々の点につき反論を行い,途上国側としても既に多くの譲歩を行っており,これ以上の譲歩はできないとして強い反発を示した。
条約発効前に行われる深海底探査活動などの企業による投資を保護,促進するとともに,条約発効の下でも一定の権利を保証しようとする先行投資保護問題については,米国のレヴュー政策もあり,ほとんど議論されなかったが,条約発効後直ちにオーソリティが活動を開始し得るよう所要の準備を行うことを任務とする準備委員会設立問題については,その構成,意思決定方式,資金手当,活動期間を中心に審議が行われた。
(ロ) 深海底以外の海域の問題
長年の懸案の一つである隣接国間・相対国間の経済水域,大陸棚の境界画定問題については,夏会期における議論を踏まえ,「相対国間又は隣接国間における排他的経済水域(大陸棚)の境界画定は,衡平な解決達成のため,国際司法裁判所規程第38条にいうところの国際法に基づき合意により行われる」との新たな妥協案が作成され,草案に取り入れられ,これにより長年懸案であったこの問題にもコンセンサス達成の道が開かれた。
(ハ) その他の問題
第10会期春及び夏会期を通じて,国際機関又は民族解放団体等の条約参加資格問題などについて審議が行われた。また,オーソリティ本部及び国際海洋法裁判所の設置場所については,投票の結果,それぞれジャマイカ及びハンブルグが選出された。