第3節 援助の積極的・効果的拡充
我が国の政府開発援助(ODA)は,80年に33億ドルに達した後,81年には二国間援助は順調に伸びたが,多国間援助が大幅に減ったこともあって全体としては若干減少した。しかし,政府は,同年には新中期目標(81年一85年の5か年間の援助総額を214億ドル以上とするよう努め,このための予算措置について言及するもの)を設定し,引続き援助の拡充に努めている。また,援助配分についても「世界の平和と安定の維持のために重要な地域」に対する援助の強化を図ったほか,先進援助供与国との協議,開発途上国との対話を推進し,効果的な援助の実施に配慮した。
1. 平和と安定のための援助
(1) 我が国は,ソ連のアフガニスタン軍事介入を契機に,タイ,パキスタン,トルコの3か国を「紛争周辺国」とし,援助の強化を図ってきた。その後,5月には,鈴木総理大臣が訪米し,レーガン大統領との間で「世界の平和と安定の維持のためには開発途上国の政治的,経済的,社会的安定が不可欠」であるとの点を確認した。との事実を踏まえ,我が国は5月8日の日米共同声明(第9項)において,「新中期目標の下で政府開発援助の拡充に努める」とともに,「世界の平和と安定の維持のために重要な地域」に対する援助を強化していく旨表明した。
(2) この方針の背景にある考え方は,鈴木総理大臣が米国から帰国後,5月15日に衆議院及び参議院の本会議で表明したように,開発途上国の経済的混乱は政治的,社会的不安定を惹起し,国際紛争の引き金や国際的緊張の原因ともなりかねず,したがって,経済協力を通じてこれら諸国の経済社会開発を支援し,民生の安定,福祉の向上に貢献することは,これら諸国の政治的,社会的安定をもたらし,広く国際間の緊張を緩和することに貢献するというものである。具体的にどの地域が「世界の平和と安定の維持のために重要な地域」に該当するかについては,我が国がその都度,自主的に判断していくこととしているが,現在我が国がASEAN諸国を重点国として援助していること,また,紛争周辺国援助を強化していることは,これら諸国が世界の平和と安定にとって重要であると考えられていることによる。このほか,従来援助を行っている中国,エジプト,ケニアや最近のジンバブエ,ジャマイカ,スーダン等もこのような考え方に基づいて援助を行っている例と言えよう。
2. 81年実績と82年度予算
(1) 81年の我が国のODA実績(支出純額ベース)は,31億7,000万ドル,対GNP比0.28%となり,前年実績を若干下回った。これは,同年において国際開発金融機関に対する出資・拠出の実績が前年に比べて大幅に(41%減)減少したことと,円借款の伸びが過去3年間横ばいとなっていることが原因となっている。我が国は,1月に設定した新中期目標の下に援助の拡充に努めるとの方針をとっており,今後円借款の順調な伸び,また,国際開発金融機関の増資交渉の順調な進展が期待される。
(2) 82年度ODA事業予算については,厳しい財政状況下にもかかわらず,新中期目標の下に特別の配慮が払われ,一般会計分については前年度比11.4%増の4,417億円が認められた。一般歳出総額の伸びが1.8%に抑えられた中で,援助については11.4形の増加を見たことは,援助に対する我が国の積極姿勢を示すものである。ODA事業予算全体では,対前年度比6.0%増の9,418億円(対GNP比0.34%)が計上された。82年度予算における外務省所管の経済協力費は総額2,407億円,同じく外務省所管のODA予算一般会計分は2,091億円(対前年度比12.1%増)が計上された。
82年度予算においては,ODAの全般的質及び量の拡充に加え,基礎生活援助の拡充,人造り援助の拡充,効果的援助の実施を3本柱として援助予算の拡充に努め,国際協力事業団(JICA)を通じる技術協力の拡充及び無償資金協力の拡充を図った。82年度の外務省所管経済協力費においては,二国間無償資金協力のうち,経済開発等援助費920億円(対前年度比10.8%増),国際協力事業団事業費711億円(同9.0%増),国際機関に対する分担金・拠出金等757億円(同13.3%増)が計上されている。
3. OECD閣僚理事会とオタワ・サミット
81年を通じて援助政策を含む政治・経済政策の全体を先進国問で議論する場としては,OECD閣僚理事会(6月)及びオタワ・サミット(7月)があった。開発途上国との関係がもつ政治的側面につき,6月17日に採択されたOECD閣僚理事会のコミュニケには,「増大する世界経済の相互依存にうまく適応すること及び開発途上国がより一層の強靱性を持つことが世界の安定と平和にとって重要な要素である」旨記されている。
続いて,7月19日からオタワ郊外のシャトー・モンテペロで開催されたサミットでは,前年のヴェニス・サミットで「開発途上国に対する援助政策及び手続き並びに援助以外の貢献」をレヴューして報告するよう指示されていたことを受けて,援助政策が相当議論された。レーガン政権下の米国は,民間部門の役割,貿易と投資の開発に果たす役割を重視し,英国は,国内経済の困難から政府支出削減の一環として援助予算も3年間で15%削減するとの状況にあったが,援助予算の伸びを連邦予算の伸びの倍以上とするとの西独及びミッテラン新政権に移行したフランス(後に,海外県,海外領土分を除いたODAを88年までに対GNP比0.7%とする旨表明)は,援助政策に積極的であり,結局,オタワ・サミット宣言の第14項では,次のとおり明記された。「我々は,政府開発援助を十分な水準に,また,多くの場合においてその水準の上昇を維持することをコミットしており,この重要性に対する国民の理解を高めるよう努める。我々は,援助の主要部分を貧困国に向けるとともに,後発開発途上国(LLDC)国連会議に積極的に参加する」。
4. LLDC国連会議とカンクン・サミット
これら先進国間の会議と並び,81年には開発途上国を加えた南北間全体の対話が行われた。後発開発途上国(LLDC)の概念は,一人当たり国内総生産,これに占める製造業の割合,文盲率を考慮して,開発途上国の中でも特に配慮を要する31か国を指すものであるが,9月にパリで開催されたLLDC国連会議では,「1980年代のための新実質行動計画」が採択され,ODAの対GNP比0.7%目標の枠内で,LLDC諸国に対するサブ・ターゲットが明示された。すなわち,数年の間にGNP比0・15%あるいは倍増を達成させ,この結果,85年までにこれら諸国に対するODAは過去5か年間との比較において倍増となろうというものである。
10月にメキシコで開催されたカンクン・サミット(「協力と開発に関する国際会議」)では,南北双方の22か国首脳が出席して,国連包括交渉,食糧安全保障,農業開発,一次産品,貿易と工業化,エネルギ、通貨・金融といった南北関係の諸側面が討議された。
5. 先進諸国との援助政策協議
他の先進援助供与国との協議を密接に行っていくことは,援助資金の効果的な使用,また,有効な援助政策の実施のための調整という観点からも重要である。米国との間には,78年以来・原則として毎年日米援助政策企画協議を開催している。82年2月には,国際開発庁(AID)のマクファーソン長官の出席を得て,東京で協議を開催し,開発途上国との「政策対話」の重要性及び日米両国間での「共同プロジェクト」の実施につき合意した。共同プロジェクトの具体例としては,トンガの学校教育,タイの農業協力等が現在検討されている。全体の援助政策に関連して,安全保障的考慮(相互依存の一側面)と人道的考慮の適切な均衡との考え方が議論された。西独との間においては,6月に第1回援助政策企画協議がボンで開催され,両国間の援助政策全般(具体的方針,予算,地域別政策,重点分野等)が議論された。また,EC(欧州共同体)との関係では,4月のシェイソン開発担当委員(現ミッテラン政権下の仏外相)の訪日を機として,援助政策一般について協議を行い,その後,この協議での合意に基づいてアフリカ主要国(ケニア,タンザニア,ザンビア,ナイジェリア,ザイール,ジンバブエ)の首都において我が国とECとの間で協議が行われている。主要先進国が一堂に会するOECDの開発援助委員会(DAC)や世界銀行の援助国会議等に加え,今後このような二国間の協議の場は,より緊密な意見交換の機会を提供するものとして,更に重視していく方針である。
6. 政策対話と評価
限られた援助資金を有効かつ効果的に用い,また,厳しい財政状況下で新中期目標の下に援助を拡充していくためには,援助が効果的,効率的に実施されることを確保することが不可欠である。援助案件の選定にあたっては,在外公館による調査あるいは調査団の派遣を通じて特定の案件につき十分な事前審査を行うとともに,援助の実施後においては,その評価調査を行い,改善すべき点は今後の援助の実施に役立てていくことが重要である。この観点から,外務省は,1月に経済協力評価委員会を設置し,従来行われてきた種々の評価活動を統轄することとしたほか,開発途上国との年次協議や援助国会議等の場において,「政策対話」の要素を重視し,これら諸国が自国において適切な経済政策をとっていくよう勧奨している。