第8節 国連専門機関
1. 概況
専門機関の政治化傾向は,過去数年間続いてきており,80年には79年に引続きエジプト・イスラエル平和条約締結を背景とした在エジプト地域事務所の移転(FAO,WHO,ICAO)などの政治問題が取り上げられたが,79年程の大きな動きは見られなかった。また,南北問題との絡みで専門機関の活動に対する開発途上国の要求は強くなってきており,それは通常予算額の膨張にも表れている。
ILOでは,その活動全般に正常化の動きが見られたこともあって,米国は80年2月18日正式に復帰した。ユネスコでは,コミュニケーション問題を巡り活発な動きが見られた。80年には,マーラーWHO事務局長(9月),アル・スデアリIFAD総裁,ボグシュWIPO事務局長,スリバスタバIMCO事務局長(いずれも10月)始め専門機関の要人が訪日し,広く政府関係者と意見交換を行った。
2. 各国連専門機関における活動
(1) 国際労働機関(ILO)
80年中に開催されたILOの主要会議としては,第66回総会及び第212~214回各理事会が挙げられる。
第66回総会では,「高齢労働者に関する勧告(第162号)」及び「業務災害給付条約(第121号)付表1の改正」が採択されるとともに,「団体交渉の促進」,「男性及び女性労働者の機会均等及び平等待遇:家庭責任を持つ労働者」及び「安全衛生及び作業環境」に関して国際文書採択のための第1次討議が行われた。
わが国は80年度のILO分担金として,1,165万6,000ドル余(分担率8.58%)を拠出するとともに,アジア地域におけるマルチ・バイ方式による技術協力活動(セミナー,スタディ・ツアーなど)についても2件計約18,000ドルを拠出した。
なお,同総会において,主として本会議及び四つの技術議題委員会を対象に,わが国政府,労働組合及び使用者団体からの経費負担により初めて日本語通訳が実施された。
一方,77年11月にILOを脱退した米国は,政治化傾向が減少するなどILOがその本来の姿に戻りつつあるとして,80年2月18日に再加盟した。その後主要産業国の一員に選出され(5月の第213回理事会),脱退前と同等の地位を得るに至っている。
(2) 国連教育科学文化機関(UNESCO)
(イ) 80年は,ユネスコにとって2年に1度の総会開催年であり,第109回及び第110回執行委員会,勧告案作成政府専門家会議3件,並びにコミュニケーション開発協力政府間会議で,総会への最終準備が行われ,総会直後の第111回執行委員会では今後の活動日程などが決定された。
(ロ) 第21回総会(9月23日~10月28日,ベオグラード)で決定された主要事項は次のとおり。(a)81~83年度事業計画予算を審議し総額6億2,500万ドル余の予算の採択,(b)84~89年中期計画策定のための指針の採択,(c)芸術家の地位勧告,動的映像の保護・保存勧告及び文化活動公的経費統計国際標準化勧告の3勧告を採択,(d)ムボウ現事務局長の再任決定。また,わが国は体育スポーツ政府間委員会,人と生物圏事業計画国際調整理事会及び国際コミュニケーション開発計画政府間理事会に立候補し当選した。コミュニケーション分野では,国際コミュニケーション開発計画(IPDC)の発足及び同計画政府間理事会の設立を見たほか,マックブライド委員会報告書に含まれている諸勧告の取扱い及び新世界情報秩序の具体化を議論し,前者については中期計画での検討が決定されたが,後者は新秩序の具体的内容の決定に至らず,新秩序の原則となるべき可能な基礎を列記するにとどまった。
(ハ) 80年度のわが国の対ユネスコ協力としては,分担金,1,242万9,000ドル,アジア地域教育刷新計画に150,000ドル,基礎科学地域協力事業に100,000ドル,教育分野の4事業に各々32,000ドルのほか,ヌビア,ボロブドゥール,モヘンジョダロ及びスコータイ各遺跡救済事業に285,000ドルを拠出した。
(3) 国連食糧農業機関(FAO)
(イ) FAOにおいて80年に開催された主な会議としては,第15回FAOアジア・太平洋地域総会,第5回世界食糧安全保障委員会及び第78回FAO理事会がある。第15回FAOアジア太平洋地域総会では,世界食糧安全保障,漁業開発,国際援助及び化学肥料に関する4件の決議が採択された。第5回世界食糧安全保障委員会では,第4回会合にて採択された「世界食糧安全保障行動計画」のレヴューがなされるとともに,世界的な食糧危機に対応するための「緊急かつ大規模な食糧不足に対する準備」と題する事務局長文書が提出された。この文書は80年10月に開催された作業部会において具体的に検討されたものの結論を見るに至らず,81年4月の第6回会合で検討されることになった。また,第78回FAO理事会では,世界の食糧農業事情,世界食糧安全保障,世界食糧デーなどについて検討された。
(ロ) わが国はFAOに対し,80年度に分担金として1,590万2,000ドル余を拠出した。またFAOと国連の共同計画として開発途上国への多数国間食糧援助を行う世界食糧計画(WFP)に対し80年度には540万ドルを拠出した。このほか国際緊急食糧リザーブ(IEFR)分としてWFPに100万ドルを拠出した。更に,80年2月のWFP拠出誓約会議では,81~82年度分拠出額として1,250万ドルを誓約した。
(4) 世界保健機関(WHO)
(イ) WHOについては,80年には第33回世界保健総会,第65回及び66回執行理事会並びに6地域委員会が開催された。第33回総会においては第30回総会(77年)で採択された「西暦2000年までにすべての人に健康を」と題する決議を受けてプライマリー・ヘルスケアの推進を主軸に天然痘根絶宣言,喫煙の健康影響問題,乳幼児の栄養問題などについて審議が行われ決議が採択された。また,79年と同じく,WHO東地中海地域事務所(在エジプト)の移転問題が取り上げられたが,この問題はその法律的側面についてICJ(国際司法裁判所)の勧告を求めるということで一応の決着を見た。
(ロ) 80年度のわが国のWHOに対する協力は分担金,1,847万8,900ドル余,任意拠出金152,800ドル,WHOの附属機関である国際がん研究機関(IARC)分担金85万8,000ドル余の拠出及びWHO研修生の受入れなどを行った。
(5) 国際民間航空機関(ICAO)
ICAOについては,第23回総会が80年9月から10月までモントリオールにおいて開催された。同総会の主要議題は理事国選挙,81年~83年の活動方針及び事業計画の策定,予算の決定,ICAO条約の改正などである。
わが国は,理事国選挙において,第1カテゴリー(航空運送において重要な国)の理事国として第5位で選出された(理事国総数33カ国)ほか,ハイジャック防止問題に関し,「ハーグ条約及びモントリオール条約への加盟,及び事件のICAOへの報告」を呼びかけた決議案の共同提案国(17カ国)となり,同決議案のコンセンサス採択に努力した。また,国際間のチャーター,リースなどはますます多くなっているところ,一定の場合,登録国はその権能及び義務を運航国に移転し得る旨の1条項をICAO条約に追加する趣旨のICAO条約改正議定書が作成された。
なお,わが国の81年分担金は169万2,200ドル余(7.9%,第3位)と決定された。
(6) 万国郵便連合(UPU)
UPUについては,80年には,執行理事会(5月)及び郵便研究諮問理事会(10月)が,共にベルンで開催された。
執行理事会では,大会議で決定された新財政制度への移行に伴う財政規則の改正,80年度修正予算の作成などが行われた(わが国はオブザーヴァー参加)。
また,郵便研究諮問理事会では,79年~84年の作業計画に基づき,既に開始されている作業状況を審議し,内部規則及び研究実施方法の改正などが行われた。
わが国は,同諮問理事会の7委員会中最多数である9研究テーマを担当する第3委員会(郵便機械化,局舎及び自動車輸送)の議長国として会議の取りまとめに貢献した。なお,わが国は80年度にUPU予算の4.75%に当たる775,185スイス・フランスを分担金として支払った。
(7) 国際電気通信連合(ITU)
ITUについては,80年には,第35回管理理事会(5月)及び第7回国際電信電話諮問委員会総会(11月)が,いずれもジュネーヴで開催された。
管理理事会では,ITUの81年度予算,人事,技術協力,将来の会議・会合計画のほか,次期全権委員会議(82年10月,ナイロビ)の会期延長問題が審議された。
他方,国際電信電話諮問委員会総会では,当該分野における技術運用,料金の問題を審議し,4年間の研究成果をまとめた勧告案を採択した。なお,わが国は81年度にITU予算の4.68%にあたる271万4,000スイス・フランを分担金として支払った。
(8) 世界気象機関(WMO)
WMOの総会は4年に1回開催され,80~81年度のWMOの事業は,79年開催の総会で決定されている。同総会で決定された主要事業としては「世界気候計画」があり,これは気候の人間生活活動に対する影響を究明することを主目的としている。また,わが国は,台風共同観測を行い,気象予報技術を向上するとともに台風被害を軽減することを目的とするWMO/ESCAP台風委員会の「台風業務実験計画(TOPEX)」の推進に中心的役割を果たしている。
(9) 政府間海事協議機関(IMCO)
IMCOは,海上の安全と航行の能率及び海洋汚染防止を確保するための条約及び勧告の作成などを行っている。
80年には,海上人命安全条約などの改正作業が進められたほか,マラッカ・シンガポール海峡の通航規制が81年5月1日から実施されることとなった。
なお,わが国は80年度においてIMCO全予算の約10%にあたる897,674ドルの分担金を拠出した。
(10)世界知的所有権機関(WIPO)
WIPOは,工業所有権及び著作権の保護を世界的に促進することを目的としている。
80年には,工業所有権の保護に関するパリ条約改正外交会議を始めとして,第5回及び第6回特許協力条約同盟総会,第14回調整委員会などが開催された。このうち,外交会議では,議決方法など若干の問題につき合意を見たのみであり,残された多くの問題は,81年秋にナイロビで開催される次期外交会議に持ち越されている。
また,わが国は,80年5月に微生物の寄託に関するブタペスト条約についての受諾書を寄託した。この結果,本条約は発効要件を満たし,8月19日発効した。81年1月には,第2回ブタペスト同盟総会が開催され,寄託業務を開始する上で必要な幾つかの事項について採択された。
(11)国際農業開発基金(IFAD)
77年11月に発足したIFADは,80年末には西側先進国20カ国,産油国12カ国及び非産油開発途上国103カ国の計135カ国の加盟国を数えるに至り,既承認プロジェクトも総件数60件,融資承諾額では9億ドル近くに及んでいる。
80年12月に開催された第4回総務会では,当面の基金の最大の懸案である第1次増資問題が討議されたが,OECD諸国とOPEC諸国との間で拠出比率につき合意が得られなかったため,この問題につき決着を見るに至らなかった。同総務会では,81年度の管理予算(1,850万ドル)は採択されたが,同年度の事業計画案については,増資問題が解決しなかったため,81年4月に開催される第12回理事会で承認を求められることになった。