第3章 経済協力の現況

第1節 総説

1. はじめに

80年はソ連のアフガニスタン侵攻に始まり,イラン・イラク紛争の激化,ポーランドにおける危機的状況など,正に1980年代という激動と不確実性の時代を象徴するような年であった。わが国は経済協力の分野においても,自由で開放された国際秩序構築のため努力を行っていくとの考え方を明らかにしてきた。

81年も世界情勢を踏まえての援助に対する基本的考え方は継続されることになる。各国が国際社会の平和と安定のために貢献していくためには種々の方法があるが,わが国の場合は,自由世界第2位の経済力を有し,他方,貿易,資源,エネルギーその他の面で開発途上国と深い相互依存関係を有することにかんがみ,開発途上国に対する経済協力の拡充によって世界の平和と安定に貢献することが望ましい。また,世界経済自体がますます相互依存の関係を深めていることから,南北問題は最も重要な国際課題の一つとなっており経済協力,中でも政府開発援助(ODA)は,南北問題解決のための最も重要な方途の一つである。

わが国経済協力の目的は,開発途上国の経済社会開発に貢献することにより民生の安定及び住民の福祉の向上を図ることにあるが,経済協力の実施に際しては,外交上,政治・経済上の種々の考慮を行っており,わが国の総合安全保障を確保するとの見地から現下の国際情勢を踏まえつつ,わが国独自の立場で援助の強化を図るよう心掛けている。

このような背景の下に,わが国は,政府開発援助の拡充に努め,77年に14億ドルに達したODAを翌78年から3年間で倍増するとの意欲的な中期目標を実施した結果,80年のODA実績は,約33億ドルとなり対GNP比0・32%へと改善し,3年倍増の中期目標はかなりの余裕をもって達成された。この後においても,引続きわが国のODA拡充に対する積極的姿勢を打ち出すため,鈴木総理大臣は,81年1月26日の国会での施政方針演説において,わが国ODAの対GNP比の改善を図るとともに,今後5カ年間(81~85年)のODAを過去5年間(76~80年)の実績107億ドルの2倍以上,すなわち,214億ドル以上とするよう努めるとの新中期目標を表明した。わが国は,今後ともこの新中期目標の下にODAの量質両面における拡充に努めていくこととしている。

なお,わが国は援助対象分野として引続き,「人造り」,農業開発,エネルギー開発,社会インフラストラクチャーの整備などに対する協力を重視していくとともに,教育,保健,医療,人口など地域住民の福祉に直接裨益する分野に対する協力を推進していく方針であり,81年1月のASEAN5ヵ国訪問に際しても,鈴木総理大臣は同地域の平和と繁栄に貢献するため,(1)農村・農業開発,(2)エネルギー開発,(3)人造り,(4)中小企業の振興の4分野に重点を置いていく旨表明した。

2. 1980年のわが国経済協力実績

(1) 概観

80年においては,政府開発援助は実績約33億ドルと79年に比べ25.3%増大し,3年倍増の中期目標は,目標額(28億5,000万ドル)をかなり上回る規模で達成された。しかしながら,開発途上国に対する「資金の流れ総量」では79年の75.6億ドル(支出純額ベース,以下同様)から80年には67.7億ドルと10.4%減少した。これを対GNP比で見ると79年の0.75%から0.65%と減少したことになる(なお,79年のDAC諸国の平均は1.14%)。このような減少が見られたのは,ODA以外の資金フローのうち「民間資金の流れ」(Private Flows;PF)が58.2%と大幅に減少したことによる(詳細は資料編の付表を参照)。

(2) 政府開発援助(ODA)

(イ) 80年のわが国の政府開発援助(ODA)実績は33億400万ドルとなり,79年の26.4億ドルに比し25.3%の増加となった。これを対GNP比で見ると79年の0.26%から0.32%へと大幅に向上した。このわが国の80年のODA実績は,量の上ではDAC諸国中,米,仏,西独に次いで第4位であるが,対GNP比では第11位であり,DAC諸国平均の0.37%にはいまだ及ばない。今後一層の努力が必要である。

(ロ) わが国のODA実績を項目別に見れば次のとおりである。

(a) 二国間贈与については,79年の5.6億ドルから80年には6.5億ドルと16.1%の増加となった。二国間贈与を無償資金協力と技術協力とに分けると,無償資金協力は対前年比17.7%の増加となっており,技術協力も14.8%と着実に増加している。

(b) 国際機関への出資・拠出など国際機関向けODAについては,79年の7.2億ドルに比し86.1%増の13.4億ドルと著しい増加になった。ODAに占める国際機関への出資・拠出などの割合は,79年の27.2%から40.6%と大幅に増加した。この内訳を見ると,国連開発計画(UNDP)など国連諸機関及びその他の国際機関に対する贈与は79年の1.13億ドルから2.61億ドルヘと大幅に増加し,また,国際復興開発銀行などの国際開発金融機関に対する出資及び拠出も79年の6.1億ドルから80年には10・9億ドルヘと78・7%と著しい増加を示した。

(c) わが国ODAの中で大きな割合を占めている二国間政府貸付は,13.1億ドルと79年の13.6億ドルに比べ3.8%の減少となった。

(ハ) わが国援助資金の条件について見れば,80年における政府開発援助約束額の平均グラント・エレメント(注)は,79年の77.8%から74.4%に低下した。これは,政府貸付の平均条件が金利3.1%,返済期間27.6年(うち据置期間8.8年)となり,前年の金利3.3%,返済期間26.3年(うち据置期間3.5年)に比し若干改善したものの,政府開発援助(約束額)中に占める贈与の割合が,前年の50.1%から40.0%へと低下したことによるものである。

以上のごとく,わが国援助の質の改善については,他のDAC諸国との比較においては,贈与比率(79年DAC諸国平均76.3%),グラント・エレメント(79年DAC諸国平均90.7%,国際目標86%)共に遠く及ばず,援助の質の改善のための一層の努力が必要である。

(注)ODAの条件の緩和度を示す指標。個別の援助のグラント・エレメントを加重平均して算出する。個別の援助のグラント・エレメントは,金利が低くなり,据置期間及び償還期間が長くなるほど,パーセントが高くなり,贈与は100%と定義され,逆に商業条件(金利10%)の借款は0%とされている。

(ニ) わが国の二国間ODAの地理的配分については,従来から地理的,歴史的,経済的にわが国と密接な関係を有するアジア地域に重点が置かれてきており,80年もアジア地域の占める割合が70.5%と前年の69.3%に比べ増加している。その他の地域については,中近東地域が前年の10.6%から10.4%になり,アフリカ地域は9.7%から11.4%へと増加,中南米地域は8.6%から6.0%へと減少した。

(ホ) 81年度政府開発援助事業予算については,81年が,5カ年倍増の新中期目標の初年度でもあり,81年度ODA事業予算として総額8,888億円が計上され,前年度の8,402億円に比し5.8%の伸びを示したが,予算の対GNP比については,80年度の0.34%と同様の水準となっている。

また,予算中の贈与分が前年度の4,325億円から4,559億円へと5.4%増加したことにより,事業規模に対する贈与の割合は48.9%(前年は50.1%)となった。

(3) その他政府資金及び民間資金の流れ

80年のその他政府資金及び民間資金の流れは,合計(非営利団体による贈与を含む)で34.6億ドルと79年の49.2億ドルから29.7%の減少となった。

これを形態別に見ると,輸出信用は前年の4.1億ドルから9.0億ドルに,直接投資は13.7億ドルから16.7億ドルに増加したものの,市中銀行による対外貸付が20.0億ドルから2.6億ドルに,証券投資は7.2億ドルから4.0億ドルに,国際機関に対する融資などは4.1億ドルから2.1億ドルに,それぞれ減少した。

3.経済協力実施体制

最近のわが国の経済協力の拡大に伴い,政策面及び実施面の双方において経済協力に関する行政の円滑な推進のための努力が払われている。わが国の経済協力は,対外関係事務の総括の衝に当たる外務省の実質的な調整の下に,大蔵省,通産省,経済企画庁など関係各省庁間で連絡協議を図りつつ進められている。

また,経済協力実施体制の強化を図る努力の一環として,74年8月に設立された国際協力事業団(JICA)は,わが国の政府ベース技術協力にかかわる業務を積極的に推進している。

なお,61年6月に政令に基づき総理大臣の諮問機関として設置された対外経済協力審議会は,引続き積極的な活動を続けている。

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