第3節 経済協力の積極的拡充
80年には,わが国は政府開発援助(ODA)「3年倍増」(77年に14億ドル強に達したODAを78年から3年間で倍増するという計画)の中期目標をかなりの余裕をもって達成するとともに,紛争周辺国援助や難民援助に見られるように,より機動的,効率的な経済協力の活用を図った。また,援助拡充のため上記「3年倍増」に引続き新たな中期目標(今後5年間のODA総額を過去5年間のODA総額の倍増以上とするもの)を設定した。
1. 紛争周辺国への援助の強化
(1) 援助は多目的なものであり,従来から,援助は開発途上国の経済社会開発を支援し,民生の安定,更には地域の安定に役立つとの考え方があったが,ソ連によるアフガニスタンヘの軍事介入を契機とし,援助の政治的側面はより強調されることとなった。80年1月25日の第91回国会における施政方針演説の中で,大平総理大臣は,このソ連のアフガニスタン介入との関連で,「パキスタンを始め,周辺諸国の安定を維持するため,それらの国の要請にこたえ,欧米諸国と協調して経済面での協力を積極的に検討していきたいと考えて」いる旨述べている。
(2) これを受けて,わが国は3月,パキスタンを訪問した園田特使から,パキスタンのおかれた国際情勢を勘案し,80年度に前年度(146億円)の倍増以上である320億円(円借款240億円及び無償資金協力80億円)の経済協力を供与するとの意図表明を行った。これらの資金は,商品借款や鉄道輸送力増強計画に用いられた。続いて,4月にOECD(経済協力開発機構)において第2次対トルコ緊急援助会議が開催され,わが国は,トルコの経済的困窮,中東における同国の重要性,欧米諸国との協調などを勘案し,1億ドル(円借款4,500万ドル及び輸出信用5,500万ドル)を供与する旨表明した。また,同月末,わが国は,タイに対して570億円(円借款500億円及び無償資金協力70億円)の援助の意図表明を行った。円借款の対象プロジェクトとしては,灌漑事業,橋梁建設,バンコック国際空港拡張事業などが含まれている。この金額は,79年度の475億円を大きく上回るものであるが,これは,わが国がタイをわが国経済協力の重点地域であるASEAN諸国の1国として,また大量のインドシナ難民受入れなどで苦境にたつ国として援助を特に拡充したからである。
(3) 紛争周辺国援助について,大平総理大臣は,5月14日の参議院本会議において,わが国の経済協力は一義的には,開発途上国の経済社会開発に貢献することによって民生の安定,福祉の向上を支援するとの見地から実施しているが,外交上,政治,経済上の種々の考慮も,更には広い意味での安全保障の見地から,国際情勢を踏まえつつ,わが国独自の立場で援助の強化を図ることもある旨表明している。
2. ODAの対GNP比0.7%の国際目標
80年8月から9月にかけて,国連の経済特別総会が開催され,第3次国連開発のための10年(1980年代)のための国際開発戦略(新IDS)について実質的合意を見,新IDSは12月の国連総会において正式に採択された。この国際開発戦略は,開発途上国の発展を促進するため国際社会が共同で達成すべき諸目標,及びこのための政策措置を規定したものであり,開発援助についてはODA(政府開発援助)の対GNP比0.7%目標が含まれている。0.7%の国際目標は第2次の国際開発戦略にも含まれていたが,79年までにこれを達成したのはスウェーデン,オランダ,ノールウェー,デンマークの4カ国のみであり,新IDSでは,「ODAの対GNP比0.7%目標を達成していない先進国は,右目標を1985年までに,遅くとも80年代後半までに達成するよう最善の努力を払う。その後,可能な限り早く1.0%目標を達成する」旨明記された。わが国は達成の時期については留保しつつも,0.7%の国際目標自体は受け入れており,引続きこの目標の達成に努め,当面ODAの対GNP比を速やかに先進国水準にまで高めることを目指している。
3. 「経済協力の理念」の発表
(1) 援助の量が増大してきたこと,また援助の背景にある動機を改めて明確に整理する必要が生じてきたことなどにかんがみ,外務省は省内に経済協力研究会を発足させ,援助の理念について検討してきたが,11月末,非公式報告「経済協力の理念」を発表した。同報告書は政府開発援助を「日本の総合的な安全保障を確保するための国際秩序構築のコスト」としてとらえ,平和国家,経済大国であるわが国が他の先進諸国に比べ,特に援助拡充に努める必要がある旨指摘している。
(2) 報告書は,わが国が援助を拡充すべき理由として,世界各国に共通する人道的・道義的理由に加え,(イ)平和国家であり,援助を通じて平和的な国際秩序の構築に貢献する必要があること,(ロ)自由世界第2位の経済大国として国際社会に対する応分の協力を行うべきであること,(ハ)資源などの面における高い対外依存度を補強すること,(ニ)非西欧国家として100年足らずの期間で近代化を達成したアジアの国として開発途上国の期待が大きいことの4点を指摘している。これらの諸点は,グローバルな政治的,経済的,社会的相互依存関係の種々の側面であると言える。
4. 81年度ODA事業予算
81年度ODA事業予算については,厳しい財政状況下にもかかわらずその重要性について特別の配慮が払われ,一般会計分について一般歳出の伸びの3倍近い12.8%増(一般歳出は4.3%増)の3,965億円が認められた。国際開発金融機関に対する出資・拠出については,そのスケジュール上減額の年に当たっていたが,ODA事業予算全体では対前年度比5.8%増の8,888億円(対GNP比0.34%)が計上された。81年度における外務省所管の経済協力費は総額2,168億円,外務省所管のODA予算一般会計分は1,871億円(対前年度比13.5%増)が計上された。
81年度予算においては,ODAの量及び質の拡充,特に人道援助,人造り協力,農村・農業開発,エネルギー開発関連援助の積極的推進のため,国際協力事業団を通じる技術協力の拡充及び無償資金協力の拡充を図った。81年度の外務省所管経済協力費においては,二国間無償資金協力830億円(対前年度比10.7%増),国際協力事業団事業費653億円(同12.7%増),国際機関に対する分担金・拠出金など662億円(同8.9%増)が計上されている。
5. 80年実績と新中期目標
(1) ODA3年倍増の中期目標の最終年である80年には,ODA(支出純額ベース)の絶対額は33億400万ドル,対GNP比は0.32%,対前年度比253%増となった。
(2) ODA3年倍増の目標達成後の経済協力の推進に関しては,対外経済協力審議会(総理の諮問機関,永野重雄会長)答申「今後の経済協力のあり方」(11月12日)が,ODAの量の拡充について3年倍増目標に続く「実行可能な何らかの中期目標」の設定が望まれる旨述べ,また,鈴木総理大臣は,総合安全保障関係閣僚会議第2回会合(12月22日)において,「経済協力費の増額については何らかの中期目標を作って推進を図りたい」との発言を行った。
このような議論を踏まえて,政府は,引続きODAの量及び質の改善を図り,経済協力を積極的に行うとの観点から新中期目標を設定し,81年1月26日の施政方針演説において,鈴木総理大臣は「厳しい財政再建期間中ではありますが,政府開発援助の拡充とその国民総生産に対する比率の改善に努め,そのために,今後5年間における政府開発援助に関する予算の総額をこれまでの5年間の倍以上とすることを目指すなどの措置を講じて」いく旨表明している。
6. ASEAN諸国に対する経済協力
わが国は従来アジア地域に,二国間援助全体の約7割を配分してきており,特にASEAN地域に重点的に協力を実施している(二国間援助の約3~3.5割を配分)。
鈴木総理大臣は,81年1月ASEAN諸国を訪問したが,その際,対ASEAN経済協力に関し次の考え方を表明した。
(1) わが国は,ASEAN諸国の経済社会開発の自助努力に対して今後とも積極的に協力し,もってASEAN諸国の強じん性強化に貢献していく。経済協力はそのための枢要な役割を担っており,ASEAN諸国に対してODAを重点的に配分してきているが,今後ともこの方針を維持していく。
(2) 援助の重点分野としては,まず第1に国の社会的,経済的基盤たる農村及び農業の開発,第2に第二次石油危機以降焦眉の急となっているエネルギー開発,第3に開発の担い手を育成する「国造り」の基礎としての「人造り」を重視していく。もとより,ASEAN諸国が現在進めている工業化(中小企業の振興を含む。)及び経済・社会インフラの整備・拡充への自主的努力に対しても引続き協力していく。
(3) 農村・農業開発,エネルギー開発や工業化を進めるに当たっては,これらの開発の担い手を育成する「人造り」の推進が不可欠であり,わが国としては,ASEAN諸国への技術協力を積極的に拡充していきたい。今後この関連で「人造り」の必要性は一層高まっていることにかんがみ,政府は現在ASEAN「人造り」プロジェクトについて,早急にASEAN政府関係者と会合を持ち具体化していくこととしている。