-資 料-
2. わが国が行つた主要演説
(21世紀に向つての日米協力)
(1978年5月4日,ニュー・ヨーク)
ロックフェラー日本協会会長,バージェス外交政策協会会長,御列席の皆様
ワシントンにおける米国政府首脳との2日間にわたる実りある話合いを終えて,今日ここで,日米関係に格別の関心を寄せられている皆様にお話しする機会を得たことは,私の深く喜びとするところであります。
日本協会と外交政策協会は,永年国際関係及び国際理解の面で米国の世論啓発に目ざましい役割を果たしてまいりました。この2つの団体が行つている活動は,きわめて重要であります。その重要性は,これから21世紀にかけて,人類が直面する試練が深刻なものとなればなるほど,さらに増大するでありましよう。
今から1年前,私とカーター大統領とは,それぞれ就任後間もない日本国総理大臣とアメリカ合衆国大統領として,「世界の中の日米協力」は如何にあるべきかについて話し合いました。今回の日米首脳会談の眼目は,その後1年間の努力の成果を踏まえて「世界のための日米の役割」について日本と米国が,それぞれに,また協力して,担うべき役割を,より具体的に話し合うことにあつたと申すことができましよう。
(日米協力の基礎としての日米関係)
「世界のための日米の役割」を具体化する上で,現在の強固な日米関係がその基盤となつていることは申すまでもありません。
戦後の我が国の歴史を顧みると,日米相互協力安全保障条約を基礎とした米国との友好協力関係が,我が国の平和と安全を保障し,我が国の今日の繁栄を実現する上で,大きな役割を果たしたことは,疑う余地がありません。しかしながら,私は,この条約がひとり我が国の平和と安全を保障するという一方通行的な役割にとどまらず,今や,日米両国間の「全面的な提携関係」を象徴するものであり,相携えて平和で友好的な国際関係を創り出すための基盤となつているという事実を強調したいのであります。
今日,国際社会が相互依存を深めるに伴い,また,我が国の国力が充実するに従つて,日米両国の提携関係は,単なる2国間だけの関係であることを超えて,世界のために両国が手を携えて協力するという面の重要性がますます高まつています。同条約に確固たる基盤をおいた日米両国の提携こそ,このような協力にとつての基本的な枠組みとなつているのであります。
(アジアにおける日米の役割)
アジアは,日米両国がともに重大な利益を有している地域であり,この地域の平和的発展と安定を促進する上で,長期的視野にたつた日米両国の協力が最も望まれるところであります。
我が国は,アジアの一国として,この地域における平和と安定の確保が,世界の平和と安定と不可分のものであり,また,我が国自身の繁栄にとつて欠くことのできないものであると考えます。そして,この地域の安定と繁栄のために積極的に貢献することが,我が国の果たすべき責任であることを自覚しております。
私が,昨年8月に行つた東南アジア諸国歴訪は,このような考え方に基づくものでありました。私は,最後の訪問地であるマニラにおいて,このアジアに対する我が国の基本的姿勢を3原則の形で明らかにしたのであります。
第1の原則は,我が国が,平和に徹する立場から,軍事大国とはならず,その余力をもつて,アジアひいては世界の安定と繁栄に貢献することを目指すということであります。このような決意の表明に対して,私が訪問した諸国はすべて強い賛意を表明しました。この事実こそは,これらの国々が我が国に何を期待しているかを雄弁に物語つております。
私がここで特に強調したいのは,このような我が国の役割は,日米安保体制に基づく協力関係の存在によつて初めて可能となつているということであります。アジア諸国が我が国に期待するものは非軍事大国である隣人として,もっぱら平和の構築に貢献することであります。私は,この点について米国の人々が正しい理解を持たれることを,強く期待いたします。
第2の原則は,我が国と東南アジアとの関係が打算に基づく関係や経済的支配の関係ではなく,相互信頼に基づいた真の友人としての関係でなければならないということであります。東南アジア諸国の間で,地域協力を通じ,国造りの努力がますます強まつている今日,我が国が,アジアの対等の「仲間」として協力する関係を確立することは,この地域の安定にとつてきわめて大きい意味をもつものと信じます。
私がマニラで強調した第3の原則は,アジア全体,なかんずく東南アジアの平和を確保するためには,社会体制の相違にもかかわらず,インドシナ諸国との間に平和で互恵的な関係を築き上げることが重要であるということであります。我が国がこのような外交努力を行うことは,東南アジア諸国間の平和な関係のために積極的な意味をもつものであると信じます。
我が国としては,今後も,以上に述べた3原則を東南アジアを始めアジア全域に対する我が国の政策の柱に据え,この地域の安定と繁栄のため,引き続き積極的に貢献していく決意であります。
私は,今回のカーター大統領との会談を通じ,米国が太平洋国家としてアジアに引き続き強い関心をもつており,今後とも,この地域の平和と安定を維持するため建設的な役割を果たすという決意に接し,大変心強く思いました。今回のモンデール副大統領によるASEAN3カ国,豪州及びニュー・ジーランドの訪問も,このような米国の決意を示したものであり,また,最近日本協会におけるマンスフィールド駐日大使,あるいは,ブレジンスキー大統領特別補佐官の講演において,米国のアジア太平洋地域に対するコミットメントが再確認されたことは,我が国としてもきわめて歓迎するところであります。
このように,米国が引き続き,具体的行動をもつてアジアに対するその関心とプレゼンスの維持の決意を示していくことは,きわめて重要であります。このことは,東南アジアにおける「米国のアジア離れ」に対する危惧を払拭し,また,我が国がアジアの安定と繁栄に対して果たす建設的な役割を支えるために,最も重要な鍵であります。
我が国としては,今後とも,米国との協力関係を基軸としつつ,この重要な地域に真の平和と繁栄がもたらされるよう,一層積極的に我が国の役割を果たしてまいりたいと考えます。
(国際経済面における日米協力)
世界経済の現状は,「世界のための日米の役割」という観点からみて最も重大な問題であります。
現在の状況は,先進国であると開発途上国であるとを問わず,楽観を許さないものがあります。この状況を打開しないと,世界の安定と平和そのものが脅かされる事態にもなりかねないことを,私は心から憂慮しております。この問題に対して,世界における2つの経済大国たる米国と我が国としては,日米間の問題という見地からではなく,世界経済の安定的拡大のために,それぞれに,また,共同して何をなすべきか,また,なしうるかという見地から取り組むことが重要であると考えます。
昨年来行われ,本年1月に牛場大臣とストラウス特使の共同声明で決着をみた日米間の一連の経済協議は,正にこのような観点から行われたものであります。これによつて,両国が,協調の精神を基礎として,それぞれの立場から世界経済の安定のために協力するとの共同の決意を再確認しえたということは,まことに喜ばしいことであります。
牛場・ストラウス共同声明が,世界貿易の問題の解決を,保護主義による縮小均衡ではなく,自由主義による拡大均衡に見出そうとする考え方で貫かれていることは,重要であります。この考え方こそ,世界経済全体の一層の繁栄を追求するに当たつての指導理念でなければなりません。
我が国としては,景気回復を速めることによって内需拡大を図り,それを通じて,世界経済に活力を与える形で協力することを目指しております。我が国は,種々の困難にもかかわらず,その1/3を公債に依存するような大型の超積極予算を組みました。我が国の実質成長7%という目標は,先進国の中でも一段と高いものであります。日本銀行は,国内需要の拡大に資するため,公定歩合を3.5%まで引き下げました。また,我が国は,関税の前倒し引き下げ,数量制限品目の一部自由化ないし輸入枠拡大,為替管理の自由化,輸入金融の拡大等の具体的措置を通じて輸入の拡大に努めております。
このような措置により,今や日本市場は,米国と比肩すべき開放された市場になつており,対日輸出機会は大いに拡大されております。我が国からは,3月に輸入促進ミッションが米国に派遣され,米国の商品の開拓及び購入に大きな成果を収めました。米側においても日本に対する輸出を促進するための努力を倍加されることを強く期待いたします。
目下山場を迎えつつある多国間貿易交渉及び7月の先進主要国首脳会議においては,日米両国の協力が,その成功のための前提であります。先進主要国首脳会議の議題としてとりあげられている問題なかんずく貿易交渉の進展は,日米両国が,世界経済に占めるその卓越した地位にかんがみ,世界全体のため強い指導力を示さなければならない重要な分野であります。
国際経済問題における日米協力は,MTNの結実をもつて終るものでもなく,また,次回の主要国首脳会議をもつて完結するものでもありません。世界経済の繁栄のためには,長期にわたる日米両国の協調と連帯の努力が不可欠なのであります。
いうまでもなく世界経済の健全にして安定した運営を図る上で,今や,米国一国のみの力に依存すべきではなく,主要先進国が協力してその発展の責任をとらなければなりません。しかしながら,米国に比肩しうる経済力を持つた国はなく,この事態には当分の間変化がないものと考えられます。それだけに自由貿易の維持,国際通貨の安定,資源エネルギーの有効利用等の分野で,米国が引き続き指導力を発揮することを切望いたします。
(開発面における日米協力)
世界経済が混迷し,開発途上国がその影響をとりわけ強く受けているという状況の下で,開発途上国の経済困難を打開し,更にはその経済社会開発を推進するために,今日ほど積極的な国際協力の努力を強める必要が高まつた時代は未だかつてありません。日米両国が,この分野で,それぞれに,また,協調して,果たさなければならない役割は今後ますます高まるものと予想されます。
我が国は,昨年5月,政府開発援助に関し,5年間に倍増以上に拡大するという方針を宣明いたしました。本日,私は,この方針を更に進めて我が国が3年間で倍増を実現するよう努力していることを申し上げたいと思います。
私は,更に,我が国がOECDの勧告基準を可及的速やかに達成するため,援助条件を改善するという意図をここに表明いたしたいと思います。我が国は,政府借款の条件を改善し,無償援助を拡大し,また相手国の要請に応じ,援助のアンタイイング化を図つてまいります。
開発途上国に対する経済協力は,一朝一夕にして顕著な成果を期待しうるものではありません。各国が,協調と連帯の精神に基づいて,地道なかつ忍耐強い努力を続けることが何にもまして肝要であります。それだけに,「世界のための日米の役割」の一環として,日米両国がこの問題について力をあわせ,より積極的に責任を果たすことの意味は大きいと考えるのであります。
(科学技術面における日米協力)
御列席の皆様
21世紀の到来まで,20年余を残すにすぎません。21世紀世代の繁栄と幸福を保障するとの見地に立つて,日米協力の姿を検討することは決して単なる夢物語ではありません。このような見地から私は,将来の日米協力の最も大きな可能性を秘める分野として,ここで科学技術協力の問題をとりあげたいと思うのであります。
現代の科学技術は,人間の生活を便利で限りなく豊かなものとすることもできるし,逆に戦争と破壊のために奉仕する可能性をも持つていることは,今日よく知られているとおりであります。科学技術は,生産活動に新しい刺激を与え,未来への世界経済の拡大発展を担う主要な原動力ともなりえますし,同時に,資源を浪費し,人類の生存そのものを脅かす可能性も秘めております。
正に科学技術がこのように二重の性格を持つものであるだけに,平和に徹する国家として我が国が果たすべき役割は,科学技術をもっぱら世界の人々の生活水準の向上に役立たせるための国際協力に積極的に貢献することにあると私は信じます。
私が,今回のカーター大統領との会談において,科学技術協力について具体的提案を行いましたのも,正にこのような認識に基づいたものに他なりません。
日米協力が,両国にとつて今日最も切実に求められている分野は,核兵器の拡散の危険性を排除しつつ,核エネルギーの平和利用を発展させる技術的可能性を探求することであります。
核エネルギー平和利用のもつ重要性は,ほとんど見るべきエネルギー資源を持たず,米国に次ぐ世界第2の石油輸入国である我が国のような国にとつては,いくら強調してもしすぎることはないでありましよう。
核兵器の惨禍を身をもって体験した我が国は,核不拡散の「核兵器を持たず,造らず,持ちこませず」という非核3原則を堅持しております。そして,核不拡散条約の締約国として,米国とともに世界の核不拡散体制を確立する国際的努力に貢献しております。
同時に,核兵器拡散防止への熱意の余り,原子力平和利用の途が閉ざされるようなことがあつてはなりません。我が国としては,原子力平和利用推進と核不拡散の確保という2つの命題は,絶対に両立させなければならないし,また,必ず両立しうると確信しております。この命題の一方のみを他方の命題に優先させるような解決策は,決して真の解決にはなりえないのであります。
私は,日米両国がこの両命題を両立させうる技術の開発に協力することによつて,世界に対して極めて建設的な貢献を行うことができると考えるものであります。
また,原子力エネルギーの利用を考える場合に,安全性の確保はその不可欠の前提であります。日米両国が同じタイプの発電用原子炉を使用していることに着目すれば,日米両国が相協力し,原子炉の安全性,信頼性を高めることは両国民にとつての共通の利益と考えます。
より長期的な観点から,日米協力の拡大が望まれるのは,新たな代替エネルギーの開発問題であります。
すでに今世紀末には,石油資源は,涸渇に向かうことが予想されております。日米両国は,相協力して現存するエネルギーを節約するとともに,太陽エネルギー,地熱,核融合,潮力,オイルサンド,オイルシェール,石炭の液化等の新エネルギーの分野で開発を推進すべきでありましよう。
私は,これら各分野のうちでも,特に将来における究極のエネルギー源としての核融合と太陽エネルギーを共同研究開発のための有用な分野として指摘したいと思います。
核融合は,自然界で太陽が熱と光を作り出している原理を応用して,ほとんど無限のエネルギーを創り出そうとするものであります。いわば,核融合炉は,この地球上に小さな太陽を作り出すことを意味します。日米両国では,これまでも,両国の専門家の間で,すでに技術的情報の交換が行われております。しかし,私は,更に一歩を進めて,両国が提供しうる人的能力や財政的資金を活用し,この壮大な人類の夢を実現するため,共同の努力を行うことが重要であると考えるのであります。
他方,太陽エネルギーの利用は,化石燃料など総てのエネルギーのもとである太陽の熱と光をより効率的にとらえ,利用しようとするものであります。太陽エネルギー利用のいくつかの分野における技術的協力の面では,日米両国の専門家の間で実施取極が締結されようとしており,具体的研究計画の推進が期待されております。しかし,太陽エネルギーの利用には現在行われているよりもはるかに大きな可能性が存在しているのであります。その一例として自然界において植物が光のエネルギーを吸収して必要な養分を作り出す光合成の機能を応用することが考えられております。このような分野における共同研究の努力を行うことが考えられてもよいのではないでしようか。
これらの分野における研究開発のためには,巨額の人的及び物的な投資を必要といたします。限られた資源をより効果的に利用し,日米協力の実を挙げるという観点から,私は,これらの分野における国際協力推進の枠組みとして,日米両国が科学技術協力共同基金の創設を検討することを,提唱したいと思います。本件については,今後米側と話し合いたいと考えておりますが,私は,米国もこの構想に賛同されることを期待いたします。
このような科学技術協力のパートナーシップは,日米両国のみに限られなければならない理由はまつたくありません。この協力関係においては,日米両国とともに,科学技術を人類の繁栄に役立たせるために協力しようと念願する諸国にも門戸が開放されるでありましよう。
(結語)
私は,新しい年の1月,国会における施政方針演説において,「世界のための日本の役割」に関する私の哲学を敷衍し,それを次の2つの基本理念として要約いたしました。
第一は,我が国は,平和に徹する信念を貫き通すことであります。我が国は永久に軍事大国への途を選ばず,世界のすべての国との友好協力及び国際社会との連帯を促進しなければなりません。
第二は,国際社会における責任を果たすことであります。我が国の有する経済力並びに人的な資源及び活力を,世界における平和と繁栄の達成という共通の目標に向け,増大しつつある国際的役割を果たさなければなりません。
私は,この基本理念こそが,今後日米友好協力関係を一層強固なものとするに当り,我が国の指針となるべきものと信じます。私は,この2つの理念を旨とし,米国と相携えて,より平和で繁栄する21世紀の世界を実現するため力を尽す決意であります。
(1978年5月30日,ニュー・ヨーク)
議長
私は,日本政府を代表して,閣下が国連軍縮特別総会の議長の重職に就かれたことに祝意を表します。今次特別総会が,閣下の卓越した識見と,外交官としての豊富な経験に基づく公正な指導の下に,実り多き成果をあげることを期待致します。
議長
今から33年前に,サン・フランシスコで採択された国連憲章は,その冒頭に「われらの一生のうちに2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う」ために,努力が結集されねばならないことを銘記しております。ここに記されていることは,国連の設立のために参集した各国が固く誓つたことであり,また,その後に国連に加盟した国々が確認して来たことであります。
しかしながら,過去30年余の間に,世界は多数の武力紛争を経験致しました。また,核兵器をはじめ軍備は増大の一途をたどつております。私はこれらの事実に対し,深い失望の念を禁じえません。
他方,私は,その間においても,世界に恒久平和をもたらすための努力が営々として続けられて来ている事実,そして,とくにこのような努力の一つの具体的成果として,軍縮問題を討議するための国連の特別総会が開催される運びとなりましたことに強く勇気づけられております。
議長
わが国は,世界各国の理解と協力の下に,第2次大戦の荒廃から立直り,今や,世界有数の経済力を保持するに至りました。過去の歴史をみれば,経済的な大国は,常に軍事的な大国でもありました。しかしながら,わが国は,かかる道を歩むことなく,その経済力をもつて,国際社会の安定と繁栄に貢献する努力を続けてきたのであります。
議長
日本国憲法は,「日本国民は恒久の平和を念願し,・・・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを宣明し,「国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段として,永久にこれを放棄する」ことを規定しております。
人類の先覚者としての誇り高き憲法の精神に立脚して,わが国は,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことをその基本政策の一つとし,国際協調をその外交政策の前提としております。
わが国がこのような世界史上例の少ない実験にのりだす途を選択した背景には,第2次大戦の体験を通じて日本国民の一人一人の心に深く根ざした「2度とこのような戦争があつてはならない」という決意があります。そして,この決意は,戦後30余年を経た今日,日本国民の間に深く定着しており,将来にわたつてわが国が,これに反するような行動をとることは断じてありません。
日本国民の恒久平和に対する強い願望と平和に徹するという固い決意は,国連憲章が世界各国に求めていることと正に同一であります。わが国は,今後の国際社会における国家の活動の新しいあり方の先覚者たるべく,平和に徹し,国際協調を基本とする外交努力を一層強化していくことを決意しております。
議長
御承知のとおり,わが国は,核兵器のもたらす筆舌に尽しがたい惨禍を体験した唯一の国であります。
33年前,広島及び長崎の両市に投下された2発の原子爆弾は,一瞬にして両市を灰壗に帰せしめ,あわせて30万人に近い生命を奪いました。また,幸いにして生命をとりとめた約37万人を数える被爆者の苦しみは,今日も続いております。しかも,この苦しみは,日本国民のみに留まつてはいないのであります。我々は,人類の将来のためにも,核兵器のもたらしたこの惨害の実相を忘れてはなりません。
本日は,この議場に,広島市の荒木市長及び長崎市の諸谷市長が,各々広島,長崎両市の市民を代表して列席しております。
現在地上に存在する核兵器は,広島,長崎両市に対し使用された原子爆弾とは比較し得ない大きな破壊力を有するものとなつております。万が一,このような核兵器が使用された場合に,どのような惨害がもたらされるかは,正に想像を絶するものであります。
このような悲劇は2度と繰り返えされてはなりません。これが日本国民の一致した強い念願であります。
この願いは,今や日本国民にとどまらず,世界の人々の共通の願いとなつていると信じます。このような願いをこめて,8月6日を軍縮の日とすることは十分意義があると思います。
今回の特別総会に際して,日頃日本国内で核兵器の廃絶を目指して活動している各種民間団体を代表する人々が多数当地に来ておりますが,これも,1日も早く核兵器のない世界をつくりたいという,日本国民のやむにやまれぬ気持の表れであります。
議長
核兵器の廃絶に対する日本国民の強い願望を背景にして,わが国は,核兵器を開発しうる能力を持ちながらも,あえてこれを持たず,作らず,持ち込ませず,という非核3原則を国是として堅持しております。またわが国が核不拡散条約の締約国となつたのも,核廃絶への願いからであります。
議長
私は,ここに,日本政府,国民を代表して,わが国が核兵器について自ら非核3原則を堅持していることをあらためて宣明するとともに核兵器が2度と使われないよう,そしてこの地上からあらゆる核兵器を廃絶せしめるよう,核兵器国が格段の努力を行うことを強く要請致します。
議長
核兵器国は,核兵器のおそろしさについて,他のいかなる国よりも深く認識している筈であります。また,非核兵器国は,そのイデオロギーや体制のいかんを問わず,核兵器の脅威が取り除かれることを真に切望しております。従つて核廃絶をのぞむことにおいてはすべての国の間に差はない筈であります。私はすべての国がこの原点に立ちかえつて努力するならば,かならずや核廃絶への途がひらけるものと確信致します。また,そうすることが我々の将来の世代に対する義務なのであります。
議長
全面完全軍縮の達成が全世界の国々の共通の目標であることは論をまたない処でありますが,他方,軍縮の問題が全ての国にとつて,その安全の確保という要請とも密接に関連した問題であることを忘れてはなりません。現在の国際社会においては,地域的に,また,全世界的規模において,関係国間の力の均衡が国際の平和と安全を維持するための支えとなつております。がしかしわれわれが,真に全面完全軍縮の実現に向つて前進するためには,この理想を一刻たりとも忘れることなく,この理想の実現に向つて実現可能な措置を一歩一歩積み重ねていくことが必要であります。
議長
以上,私は,軍縮問題についてのわが国の基本的考え方を述べて参りましたが,このような考え方に基づいて,いくつかの主要問題についてのわが国の考えを申し述べてみたいと考えます。
議長
まず第1に,私は,核兵器の廃絶を目標とした核軍縮の促進が,今日,最も高い優先度をおかれるべき課題であることをあらためて強調致します。
この目標を達成するためには,まず核軍備競争を停止し,次に核軍備の削減を進めるとの方向で実行可能な措置を一歩一歩積み重ねて行くことが最も肝要であると考えます。
核軍備競争を停止するためには,核兵器国の数をこれ以上ふやさないことが必要であります。このためには,核不拡散条約を真に普遍的なものとし,これを基礎として核不拡散の体制を強化するために,一層の国際的努力を集中しなければなりません。私は,これとの関連で,核不拡散という命題と重要なエネルギー源としての原子力平和利用の推進という命題は,必らず両立させることができ,また,必らずや両立させなければならないと確信致します。
議長
さらにわが国は,適切な条件の整つている地域に非核武装地帯を設置することは,核拡散防止の観点からも,有益であると考えております。かかる見地から,わが国はこのための国際的努力が続けられ,また,核保有国においてもこれら地帯への核攻撃を行わないとの保証を含む積極的支援を行うことを望むものであります。
議長
核兵器国の数をふやさないための国際的努力は,現に核兵器を持つている国による核軍縮の努力によつて裏打ちされなければなりません。
核兵器の廃絶という目標の達成のためには,すべての核兵器国の積極的貢献が不可欠であります。しかるに,核兵器国による核軍備の削減のための努力はほとんど進展をみておりません。私は,このことについて強い焦燥の念を禁じ得ません。ことに2つの核大国は,この点について特別の責任を有すると考えます。わが国は,米ソ両国がこの特別の責任を自覚して,第2次戦略兵器制限交渉を,速やかに妥結せしめるとともに,更に戦略兵器の実質的削減を目標とする次の交渉を遅滞なく開始するよう強く要請致します。
さらに,わが国は,中国及びフランスに対し,部分的核実験禁止条約,核不拡散条約等に加盟するとともに,核実験の包括的禁止条約交渉を始めとする軍縮交渉に参加するよう強くよびかけるものであります。
議長
核軍備競争を停止するための具体的な第一歩は,核実験の包括的禁止であります。過去33年の間に1,000回以上の核実験が行われており,今年に入つてからでも,既に少なくも8回の核実験が行われていることは,まことに遺憾という他はありません。それ故にわが国は,米,英,ソ3国に対し,現在進められている包括的核実験禁止のための協議を早急に妥結に導き,この夏の軍縮委員会で実際の条約交渉を開始するよう強く訴えるものであります。
同時に,わが国はこの条約の締結を待つまでもなく,すべての国が平和目的であろうと,軍事目的であろうとを問わず,あらゆる核爆発を慎しむよう強く要請するものであります。
議長
核軍備競争を停止するためのもう一つの現実的なステップとして,爆発用核分裂性物質の生産停止の問題があります。わが国は,1969年以来,その実現を提唱して参りました。私は,この機会にあらためて,核兵器国が平和利用に向けられるものを除き,核爆発用の核分裂性物質のこれ以上の生産を停止することを求めます。また,このような措置の履行を確保するため,核不拡散条約その他の国際条約が非核兵器国に義務づけていると同様な国際原子力機関による保障措置を核兵器国にも適用すべきであると思います。
議長
軍縮の具体的進展を確保する上で有効な検証制度の確立が不可欠であることは論をまたないところであります。わが国は地震に関する研究が進んでいることもあつて包括的核実験禁止の分野において,地震学的方法による核実験の検証方法の確立に貢献して来たところでありますが,今後ともこの分野における努力を強化して参る方針であります。
わが国は,各国に対し各種軍縮措置についての有効な検証制度の発展のため国連を含めて国際的な努力を一層強化することを強く要請いたします。
議長
全ての核兵器国が,このようにして,核軍備競争を停止するための具体的ステップを積み重ねることによつて,初めて人類は既存の核兵器の実質的な削減に取り組む段階に一歩足を踏み入れることができるのであります。私はこれが核廃絶に向つての人類の歩むべき道であると確信致します。
議長
核兵器と並んで大量破壊兵器である化学兵器の禁止も,緊急の課題であります。わが国は,10年にわたる軍縮委員会の審議を通じて,化学兵器禁止条約案を提出する等,その早期実現のため努力して参りましたが,既に実現をみた生物兵器禁止条約につづいて,化学兵器禁止条約を実現するための交渉が速やかに開始されることを要請致します。
議長
現在の世界には,通常兵器の生産及び国際的な移転の結果として大量の通常兵器が蓄積されております。このような兵器の蓄積は武力紛争の危険を助長し,あるいは武力紛争を激化する危険をはらむものであります。
わが国は,平和国家に徹するとの基本的立場から,一般的に武器の輸出を慎しむという,先進工業国の間においては極めて例外的な,独自の政策を堅持しております。さらにわが国は,従来から主要兵器供給国に対し,紛争地域への兵器輸出を自粛するために協議を行うよう呼びかけると共に,無統制な兵器の移転を抑制することを目指した国際的な検討を開始することを提唱してまいりました。わが国は,最近米ソ両国がこの呼びかけに答えて,兵器の輸出を抑制することを目標とする協議を開始したことを評価するものであります。
もとより,通常兵器の国際移転の問題は,極めて多数の国の現実の安全保障と直接結びついており,それ故に取扱いの困難な問題であります。しかし,困難な問題であるからといつて,これを避けるべきではありません。
われわれは,問題の複雑性を認識しつつも,この軍縮特別総会において,まず通常兵器の無統制な国際移転を抑制する方向への第一歩が踏み出されるよう,衷心から望みます。
議長
軍縮の目的が,国際の平和と安定を図ることにあることは申すまでもありませんが,私は,同時に,軍縮を進め,もつて軍備に充当されてきた資源を国際社会の繁栄と発展,とくに開発途上国の開発のために転用すべきであるということを強調したいと考えます。
世界の軍事費は年々増加し,今や年間4,000億ドルの巨額に達しております。今日1日だけでも,実に10億ドル余りが軍事費として費されていることになるのであります。
この額は,先進国から発展途上国に対する政府開発援助総額の実に20倍となつております。このこと一つをとってみても巨額の軍事費の支出が国際社会の経済的・社会的発展の障害となつていることは明らかであります。
私は,核兵器国を含む世界のすべての国がこの点に着目して,国際社会の繁栄と発展,なかんずく開発途上国の開発の目的のための努力を強化するためにも軍縮の促進のために一層の努力を払うことが必要と考えます。
議長
軍縮は,複雑かつ困難な問題であります。世界各国が,全面完全軍縮の達成という共通の目標に向かつてたゆみなき協調的努力を続けることによつて,はじめてその進展が可能となるものであります。私は,このような協調的努力を可能とするような方向で軍縮のための機構を改善することについても,この総会において成果が得られることを期待致します。
議長
最後に私は,軍備競争の背景にある国家間の相互不信を除去することなしには軍縮を達成することができないということを強調したいと思います。
相互不信が軍備の増強をまねき,軍備の増強が不信の種をまくという悪循環をたち切り,これを相互信頼が軍縮をうながし,軍縮が相互信頼を醸成するという関係に置きかえねばなりません。
我が国は,戦争の体験から得た教訓に従い,平和に徹し,いかなる国とも敵対関係をつくらないことを外交の基本政策とし,政治体制のいかんを問わず,国の大小を問わず,また,地理的遠近のいかんを問わず,ひろく世界の国々との間に交流を深め,意思の疎通を図り,もって相互信頼関係を築くことを目標として努力しております。
私は,こうした努力こそ,軍縮の努力に確固たる基礎を与えるものであると信じます。
議長並びに御列席の各位
冒頭に述べましたとおり,わが国は,自から平和に徹することを国の基本政策とし,核兵器についてはこれを持たず,作らず,持ち込ませずという厳しい非核政策を堅持し,武器の輸出はこれを慎しむという政策を実行しております。わが国は軍縮の分野では極めて先進的な立場にあるとの誇りをもっております。このような立場からわが国は,各国の協調的努力により,核軍縮をはじめとする各般の軍縮措置が具体的に進展することを強く念願致します。今次特別総会においては,既に様々な建設的提案がなされております。また,これからも多くの提案がなされることが期待されます。しかしながら,重要なことは,軍縮努力の具体的な進展を確保することであります。
私は,今回の特別総会が,具体的な個々の軍縮措置につながるような建設的な討議の場となり,これを契機として全面完全軍縮のための国際的努力に大きなはずみが与えられることを強く念願してやみません。
議長
私の代表演説を終えるにあたり,核兵器の問題についての私の信念を披瀝することをお許し願いたいと思います。
核兵器を保有する国々を代表される各位
核兵器が人類の絶滅をもたらす恐るべき兵器であることは,核兵器を保有する国が最も良く知つておられる処であると信じます。私は核兵器の問題を考える時マンモスが己れの牙の故に絶滅への道をたどらざるを得なかったことに思い至さざるを得ません。私は,核兵器国がこの点に思いを至し,自制ある態度をとられんことを強く望みます。
核兵器の脅威におののく,非核保有国を代表される各位
核兵器のもたらす戦慄すべき惨禍については,我々は1日たりとも忘れていないはずであります。人類の一員として,核兵器の廃絶のために,総力を結集しようではありませんか。
以上の点を強く訴えて,私の演説の結びと致します。
ありがとうございました。
(1978年6月14~15日,パリ)
世界経済の相互依存の増大-開発途上国に特に関連して-
1974年5月30日の宣言-貿易プレッジ-の更新
1. (世界経済の相互依存の増大)
各国経済の国際化が進み,分業の国際的広がりが見られるにつれ,先進国間ではもちろんのこと,先進国と開発途上国間においても相互依存が増大し,これが今日の世界を特徴づけております。
先進国経済の動向が開発途上国の発展を大きく左右する点は言うをまたず,開発途上国の発展が,先進国経済に与える影響も見逃し得ない時代となつております。
この相互依存の柱である貿易及びエネルギー,更には開発協力等の重要問題につき,以下所見を述べたいと存じます。
2. (貿易)
近年の保護主義の高まりの中で自由貿易体制は大きな試練に直面しております。管理貿易の考えが唱えられており,また自由貿易原則を守るためには一部のセクターでは保護的措置を容認すべしとの意見も聞かれます。かかる動向に対しては,私は,次の2点を強調いたします。
第一に,一国の保護主義は連鎖反応により世界の貿易ひいては経済活動の縮小を招き,その影響は結局は自国にはね返つてくることを忘れてはなりません。
第二に,貿易の拡大なくして成長はあり得ず,自由貿易のダイナミズムは持続的経済成長を支える基盤であります。従つて,自由貿易原則の例外を安易に容認してはならないのであります。
かかる観点より,わが国は現下の保護主義の防圧に貿易プレッジが果してきた役割を評価するとともに,その更新を強く支持いたします。今,我々の前にアップ・デートされニュー・フェースをもつた宣言案が提示されております。これに対する我々の承認は,自由貿易体制を擁護するとのOECDの決意を新たに内外に明らかにするものであります。
MTNの成功とその交渉結果の早期実施は,自由貿易の推進のみならず,今後10年以上にわたり世界貿易を律する新ルール策定の観点から,何にもまして重要であります。我々先進国は,この成果が開発途上国の要請に十分応えるものとなるよう配慮しつつ,MTNが成功裡に了するよう特段の努力を傾注する必要があります。この点を,MTN交渉に携わる者の一人として特に強調したいと考えます。
MTNとも関連し,わが国は世界経済の安定的拡大に資するとの観点から,関税の前倒し引下げ,一部自由化,輸入枠の拡大,緊急輸入の促進を行うほか,更に為替管理の自由化をはかる等の一連の諸措置を講じており,わが国市場の一層の開放化,更には経常収支黒字幅の縮小等のため多大の努力を払つて来ております。かかる一連の諸措置を含むこれまでのわが国の努力の結果,わが国市場は諸外国に比しても遜色のない程度に開放されたものとなつたと考えており,今後は輸出者側の輸出努力の一層の強化を期待するものであります。
3. (中進国)
最近いくつかのセクターにおいて,アジア及び中南米の中進国の輸出急増問題がクローズアップされて来ております。本問題は,先進国の最近の経済的諸困難の中で,実態以上に誇大視され,保護主義の口実に使われている傾向があります。
これに対しては,私は次の3点を指摘したいと思います。
第一に,工業化に成功を収めつつあるこれら中進国の発展は,世界経済の拡大に資すものとして歓迎すべきものであり,かかる発展を何らかの形で抑制せんとの議論には与し得ません。
第二に,世界の貿易・生産はゼロサム・ゲームではありません。世界貿易の拡大均衡の観点から,先進国は中進国からの製品流入を受けいれるとともに,中進国に対し,その発展に応じ市場開放を求めていくとの基本的態度でのぞむ必要があります。
第三に,中進国の発展に対しては,われわれは自国産業の合理化,高度化等により対処していくことが不可欠であります。この関連からも明日検討が予定されている積極的な調整政策の必要は大きいと考えます。
現在の中進国を漸次先進自由社会に組み入れていく必要があります。これを如何に進めていくかの問題は,貿易面での卒業のルールづくりを含め,今後数年ないし1980年代において先進国が直面する重要課題であります。このため,OECDにおいて中進国をはじめ,OECD諸国と特に相互依存関係の深い開発途上諸国との関係を検討するに際しては,それら諸国の経済発展の促進と世界経済の拡大均衡の達成の見地にたち,かつ,貿易のみならず,幅広い分野にわたり,これを行うことが重要であると考えます。
4. (エネルギー)
世界経済の相互依存関係が益々強まりつつある今日,エネルギー問題は貿易に劣らず重要な問題であります。世界経済の安定的発展は,その基盤となるエネルギー情勢の安定を前提としますが,中・長期的な世界のエネルギー情勢については不確定要素が多く,また需給逼迫に伴う第2のエネルギー危機さえも指摘されております。この将来のエネルギー情勢に対するコンフィデンスの欠如が,世界経済の回復の足取りを重くしている大きな原因の1つとなつております。
このようなエネルギーに関する不確定性を除去し,世界経済にあらたな活力を与えるためには,先進消費国による省エネルギー,代替エネルギー開発のための投資増大及び開発途上国における在来型エネルギー源の開発促進が必要であります。そのリード・タイムを考慮すれば,これらは急務であるといえましよう。
特に,わが国としては,エネルギー生産及び消費に大きな比重を占め,近年石油輸入が増大している国が,有効なエネルギー政策を早急に実施するよう希望します。
本分野においてはIEAにおいて先進国間協力を引続き鋭意推進していく必要があるとともに,開発途上国におけるエネルギー開発については世銀等のイニシアティヴが期待されます。
5. (開発協力)
次に開発途上国に対する開発協力について述べたいと存じます。先進国から開発途上国への開発資金のフローは世界経済全体のマネージメントにとつて重要な要素であります。中でも政府開発援助はそのコンセッショナルな性格の故に民間資金等ではまかなうことのできない地域や分野にふりむけることができるものであり,先進国は種種の経済的諸困難にも拘わらず,政府開発援助の拡大に一層努力していく必要があります。かかる観点からわが国が政府開発援助の拡大と質の改善のためにとつたいくつかの新たなイニシアティヴについて述べたいと思います。
第一に,わが国は,昨年政府開発援助を5年間に倍増以上にするとの意図表明を行いましたが,本年5月,福田総理はその期間を更に短縮し,3年間倍増を期して努力する旨表明したのであります。
第二に,わが国はOECDにおいて相互アンタイの合意成立に努力を続けてまいりましたが,今般わが国独自で援助受入国の要請に応じ,一方的に援助の一般アンタイド化を図ることを基本方針とすることといたしました。
第三に,わが国は,開発途上国の多様化傾向を踏え,貧困国に対する政府開発援助配分を増大していくとともに,よりソフトな条件で供与する等,貧困国への各種の配慮を行つてゆく所存であります。
開発途上国への資金フローとしては,先に述べた政府開発援助のほか,その他公的資金及び直接投資などの民間資金があります。私は,開発途上国の発展段階の相異やニーズの性格に対応してこれら資金が相補う形で,全体として拡大していくことが望ましいと考えます。
現在,先進国更にはOPEC諸国から開発途上国向けの各種の資金フローを拡大する方策がOECDで検討されていますが,この問題については,フィージビリティ等を含め,一層の検討を行つていく必要がありましよう。
6. (インターフューチャーズほか)
開発途上国の発展と調和のとれた先進工業社会の将来の発展に関する諸問題は,先進諸国間で検討すべき重要なテーマであります。わが国はかかる観点からインターフューチャーズ・プロジェクトを提案しましたが,このプロジェクトは発足後2年半を経過しており,近くその成果がまとめられるはこびとなつております。わが国は,このプロジェクトが,世界の経済のダイナミズムを発展させる方向でまとめられ,その研究成果が各国の政策遂行上の参考となることを期待しております。今後OECDの場においては,こうした長期的観点からみた最善策をいかに今日の政策に結びつけていくかの問題を含め,インターフューチャーズの研究成果をいかにフォロー・アップするかについて検討していく必要がありましよう。
OECDでは先進国と開発途上国との間の相互依存の度合の実態,双方の共通利益の識別等に関し,貿易エネルギーをはじめとする分野別の研究が開始されておりますが,これら研究の成果をふまえ,明年のUNCTAD V等の南北対話に向け,先進国間で意見調整を進めていく必要があると考えます。
最後に,世界経済の相互依存の増大の中で,OECDは開発途上国との関係を含め,世界経済の安定と発展に貢献する幅広い活動を行うに至つております。わが国はOECDが今後とも自由経済体制の発展に指導的役割を果していくことを強く期待いたします。
協調的行動:持続的な経済成長のための諸政策
-構造変化に対する調整政策を含む-
1. (世界経済の現状)
世界経済の現状は,われわれの混迷から脱せんとする懸命の努力により,その前途に明るさを見出しつつありますが,各国の経済パーフォーマンスには依然大きな差異がみられ,楽観できる状況とは申せません。国際収支不均衡は改善傾向にあるも,なお満足できるものではなく,また,失業は依然として許容限度を超えており,インフレも一部の国では再燃の懸念がみられはじめております。
2. (協調的行動)
これら諸問題は,各国が持続的経済成長を達成する中でのみ解決されると考えます。現在,各国のマクロ経済政策の運営は,対内及び対外均衡達成を目指し,微妙なバランスの上に立脚しております。各国の持続的成長の達成は,各国間の相互依存の深まりに鑑み,一国の努力のみでは困難であり,相互協力的な方法によつてこそ実現されると考えます。従つてわが国は,各国が「協調的行動」をとるとの考えには基本的に賛成いたします。また,持続的経済成長は,マクロ経済政策のみによつて達成しえるものではなく,これと密接に関連する他の諸領域における適切な政策運営が不可欠であります。この意味で,持続的経済成長に不可欠な要素である自由貿易体制,望ましいエネルギー政策及び開発途上国との関係につき活発な議論が昨日,本理事会で行われ,これらの面での各国の協調の必要性につき多くの国から賛意が表明されたことは,誠に喜ばしいかぎりであります。わが国は,これらの領域のほか,協調的行動の一環として積極的調整政策及び国際通貨情勢の安定の重要性についても,意見の一致をみることを期待しております。
3. (わが国の経済政策の課題と調整政策)
こうした点に関連し,わが国にとつての経済政策運営上の課題,及び調整政策について簡単に申し述べたいと思います。
(1) 現下の国際経済情勢の下におけるわが国の課題は,経常収支黒字の縮小を速やかに図ることであると考えます。このためには,まず内需の拡大を通じ,輸入拡大を図ることが基本であると考え,御承知のとおり,わが国は,78年度の経済成長目標を,先進国の中でも特に高い7%と設定いたしました。わが国は,この目標実現のため,あえて高率の公債依存にふみきり,公定歩合を戦後最低の水準に引下げるなど,財政,金融両面にわたり,一連の積極的な景気刺激策を講じてきております。最近では,こうした景気刺激効果が次第に浸透し,経済の各側面に次第に明るさが広がりつつあります。
私は,こうした明るい変化によつて,わが国の成長目標達成に対する確信を深めているところであります。わが国としては,78年度において実質7%成長は達成可能と考えますが,引続き経済の実情に応じ,その達成のため,合理的かつ適切なあらゆる措置を講じていく所存であります。
更に,わが国は関税の前倒し引下げの実施等の市場の一層の開放措置,緊急輸入対策等の一連の輸入促進対策を推進しております。わが国は,先に述べた内需拡大による輸入需要の喚起に加え,こうした対策の効果,更には最近までの円高の輸出・輸入両面への影響の顕在化が,経常収支黒字幅の縮小に大きく寄与すると考えております。この結果,黒字幅縮小の方向への流れの変化の兆しは,貿易相手国のインフレが抑制されているか否か等にもよりますが,多少のずれがあるとしても,今秋にはあらわれると考えています。
なお,わが国は,明年度以降につきましても,物価安定に配慮しつつ,対外均衡の達成及び雇用の確保を目指し,わが国の中期経済計画が描く成長に向けて,諸政策を強力に推進してまいる所存であります。
(2) 次に調整政策の問題について述べたいと思います。
数年にわたる不況の影響を強く蒙つた国及び業種では,貿易面での保護主義的な措置の他,当面の雇用維持を目的とする政府助成措置等の防御的な調整措置が増大しております。
こうした防御的調整措置は,産業構造の転換,高度化を妨げ,自由経済のダイナミズムを阻害するとともに,当該産業,更には一国の国際競争力を衰退させ,インフレ体質を促進し,ひいてはインフレなき持続的成長を阻害する可能性があります。
かかる状況にいかに対応するかを考えるにあたり,私は,10年前に私が出席した第7回閣僚理コミュニケにおいて,当時の不況克服のための国際協力として,「弾力的な経済政策」とともに多くの国に対し「一層積極的な労働力政策及び構造調整が有用」なる旨謳つたことを想起します。
今回の不況は戦後最大かつ最長であり,加えて,エネルギー高価格等の構造的要因が重なつており,かかる情勢の中では,需要管理政策のほか,これと関連した産業政策,雇用政策,地域政策,更には貿易政策の適切な運営を行い,積極的な調整を進める必要があります。
わが国においては,需給不均衡に悩んでいる構造不況業種に対し,過剰設備の処理等の合理化を促進することにより,企業の体質改善,強化を図ることとしました。今後とも問題ある産業については,新たなニーズに適応した産業への転換及び高度化,多様化を図つていく所存であります。また,雇用の面では,各種雇用促進制度,職業訓練制度の強化により,変化する産業構造に対し積極的に適応していく決意であります。
世界経済の回復の兆しが見えつつあるこの時期に,持続的な成長達成に不可欠な積極的な調整政策の必要性を,協調的行動の一環として提起した事務局のイニシアティヴを評価するとともに,今後の調整政策の在り方につき意見の一致をみるよう希望いたします。
4. (結び)
私は,我々が現在直面している問題に対応するに当り,将来の展望の上に立つた政策を策定し,実行していくことが,これまでにもまして重要であると痛感しております。この意味で,われわれは早急に中期的な経済展望を明確にする必要があると考えます。OECDでは,現在,一昨年の閣僚理で採択された「持続的経済拡大のための戦略」や最近の経済情勢を踏まえつつ,新たに中期的な経済成長の在り方について検討を行つておりますが,こうした検討は,今後のOECDでの重要作業として,早期に具体的成果が挙がることを希望いたします。
現在の如き情勢下においては,社会的諸要求の高まりもあり,われわれ政策当局者の果す役割は,高成長期に比べてはるかに大きく,かつ困難であります。
このような時期こそ,われわれの真価が問われるときであります。その意味においても,各国がこの世界経済の転換期を乗切つていくとの新たな決意の下に,一層の協力を図るべきであると考えます。わが国も,わが国経済の国際経済に占める役割の増大に鑑み,世界経済の発展に一層貢献したいと考えております。
(1978年6月19日,バンコック)
御列席の皆様
今回,タイ国政府の招待によりバンコックを訪れた機会に,タイ国の各界の指導層の方々とお会いしますことは,私の深く喜びとするところであります。
特に,本日は,私にとつて,生涯忘れ得ぬ日となりました。私は,今朝,タイ国で最も伝統があり,かつ最も権威のあるチュラロンコン大学より,栄誉ある名誉博士の学位を授与されました。身に余る光栄であります。
同じアジアにあつて,変化の激しい国際情勢の中で,終始独立を保持し,輝かしい歴史と伝統を築いて来られたタイ国の国民に対して,日本国民は深い敬意と強い親近感を抱いております。それ故にこそ,私の本日の感激には,一層強いものがあります。
私は,本日の感激を胸に秘めて,われわれ両国民の友好関係の一層の進展のために努力する決意を新らたにしております。
御列席の皆様
私は,昨年8月,福田総理大臣に随行して,タイ国をはじめとするアセアン諸国及びビルマを訪問いたしました。この歴訪は,わが国とこれら諸国との間に新しい協力関係を築くための記念すべき第一歩でありました。それから約1年を経た今,特にわが国とアセアン諸国との間で,この新しい協力関係の確立に向かつて歩を進めるための誠心誠意の努力が続けられております。その見地から,今回,私に,パタヤにおいてアセアン諸国の外務大臣の皆様方と会談する機会が与えられ,そして,バンコックにおいてタイ国王陛下に拝謁を賜り,また,クリアンサック首相以下タイ国政府要人の方々と会談する機会が与えられましたことは,極めて意義深く,喜びとするところであります。
更に,本日,こうして皆様方と親しくお話をする機会を持ちますことも,また,タイ国と日本のより良き将来のために,共に考え共に努力しようという,われわれ共通の気持の表われと思つております。
御列席の皆様
わが国と東南アジア諸国との間の新しい協力関係については,私は,真に対等の立場に立つてお互いに助け合い,補いあつて,共にそれぞれの発展と繁栄を図ることを基本目標にすべきであると考えております。そのためにはアジア人の「心と心の触れ合い」を具体化することから始めなければなりません。
アジアは多様性に富んだ地域であります。外見上の類似性にも拘らず,それぞれの国において個性豊かな生活が営まれております。
このアジアにおいて,第一に,我々は,それぞれの国の違いを認識し,尊重し合い,その上に共通点を見出し,共に語り,共に悩み,共に助け合う過程を通じてお互いの国と国民の間に相手として欠くべからざる関係を築くことこそを目指すべきだと考えるのであります。
私は,加盟国の独自性を前提として,それぞれのナショナリズムを尊重しつつ,相互間の連帯を強化し,もつて地域の一体性を求めようとしているアセアンの歴史的な試みの中に,「このアジア人の心」の鼓動を強く感じ取つております。
私は,わが国とアセアン諸国との関係も,基本的にこれと同じ心に立脚したものとしなければならないと考えております。
第二に,アジア諸国の関係は,相互扶助の精神でお互いに相手の立場に立つて協力することが,その基本でなければなりません。これこそが,われわれアジア人が培つて来た本来の「アジア人の心」であります。私はわが国とアセアン諸国との関係を具体的に考えるにあたつて,常に,「アセアンのためにわが国は何をなし得るか」ということから考え起こすこととしております。
第三に,アジアの諸国間の関係は,単に物質的な面での協力関係にとどまつてはなりません。物質的な充足よりも精神的な豊かさを重視することは,「アジア人の心」の真髄であります。われわれは,お互いの関係を,学術,文化,教育,スポーツ等を含めた幅広いものとし,それらを通じて,精神的な面での豊かさで裏打ちされた関係にしなくてはなりません。
これまでのわが国と東南アジア諸国との関係をみると,経済や貿易を中心とする物質的な関係が先行しております。私は,精神的な豊かさで支えられた関係を築くための努力にこそ最も高い優先度が与えられるべきであると思います。このことは,決して物質的な面における協力関係を軽んずるという意味ではありません。私は,経済や貿易を真に実りあるものとするためにも,精神的な豊かさに一層力点を置いた関係を築くために,従来以上に格段の努力を払う必要があることを強調したいのであります。
御列席の皆様
私は,以上述べましたような考え方から今後わが国の東南アジア諸国に対する政策を企画し,遂行して行くにあたつて「アジア人の心」を重視して参りたいと思います。そして,そのための具体策として,私は,今ここで次の3つの分野に重点を置いた施策を講じることを提案したいと思います。
第一は,文化の分野であります。
お互いに相手の文化を理解することは,お互いの立場の相違を正しく理解し,相手の立場を尊重する心をはぐくむための出発点であります。
私は,昨日,国立博物館を訪れましたが,そこに展示されているわが国でも名高いスンコロクやきを初めとする数々の文化財を見て強い感銘を受けました。私はこのような価値ある文化財はより多くの人々,なかんずくアセアン諸国の人々によつて,共通の資産としての誇りをもつて鑑賞されてしかるべきものであるとの感を深めた次第であります。
わが国が,アセアン諸国の間の文化交流を進めるための基金として,50億円の拠出を行うことといたしましたのも,真の相互理解を深めるために文化面での交流が不可欠であるとの考え方に立つものであります。
私は,わが国と東南アジア諸国との間の文化面での協力についても,芸術家の交流から文化財の保護,修復に対する協力まで幅広い分野で,努力を一層強化して参る決意であります。
タイ文化の源流ともいわれるスコータイ文化の遺跡保存についての計画が検討されていると承知しておりますが将来ユネスコ事業として本件遺跡保存計画が具体化した暁にわが国としてもこれに協力することを検討して参りたいと考えております。
第二は人造りの分野であります。
国造りの基礎は人造りにあることはいうまでもありません。私は,将来の世代を育てることこそ政治家の最大の使命であると考えております。
わが国は,この見地から,東南アジア諸国の国造り,人造りに積極的に協力することをその重要政策としておりますが,私は,心の交流を重視する見地から,特に,技術協力と教育協力を重視して参りたいと考えます。技術協力について申すならば,人と人との直接の接触によつて行われるという技術協力の本来の性格上,単なる技術の移転という問題を超えて,人と人との心の交流,さらには,その人の背後にある各々の文化,伝統,習慣等についての理解にまで踏み込む効果があることに注目しております。私は,この点に着目して,東南アジア諸国に対する技術協力を一層拡充強化して行く決意であります。
例えば,現在タイ国において最も重視されている分野の一つである農村開発を例にとつて見ましよう。私はこのような分野においては,技術協力と資金協力とを結びつけた形により,心の通つた協力を行うことが必要であると考え,それを具体化するための総合的な計画を検討しているところであります。このような民衆の生活に密着した形での協力は,我々の目指す「心と心の触れ合い」を大切にする新しい協力関係の趣旨に合致するものと考えます。
また,教育協力の面では,わが国は,文化人,留学生等の交流のほか,例えばモンクット王工科大学の拡充への協力のように,東南アジア諸国の国民に対して,より多くの,かつ,すぐれた教育の機会が与えられることを重視しております。私は,この面における協力についても一層の強化を図る所存であります。
第三は,青年交流の分野であります。
わが国国民と東南アジア諸国の国民との友好関係は,将来の幾世代にもわたつて積み重ね,深めて行くべきものであります。私は,日本と東南アジア諸国の将来の世代が,相互により一層理解しあい,協力しあうことを可能にするための基礎をつくることは,我々の世代の使命と考えます。私は,このような基礎の上に,若い世代の中に新しいアジアの市民精神とも言うべき花の咲くことを期待しております。
この見地から,私は,青年の交流の機会をより一層増大するため,新たな視点からアセアン諸国との青年交流の拡充についての具体策を検討しているところであります。
日本政府は,今般,タイの大学に対し,日本語の視聴覚教育のための機材等を中心に20万ドル相当の贈与を行うこととしました。これも,わが国とタイ国の青年の相互理解を促進する上で,言語という壁を取り除くことに少しでも役に立ちたいとの考えに立つたものであります。
御列席の皆様
私は,文化の面での協力,人造りのための協力,青年の交流を3本の柱として,わが国と東南アジア諸国との間に「アジア人の心」に立脚した新しい協力関係を築いていきたいと考えております。
御列席の皆様
私は,こうした努力を通じて,将来に向かつて,「新しいアジアの市民精神」とも言うべき共通の心が培われて行くことを強く念願しております。
御列席の皆様
この目的のために,われわれは共に努力しようではありませんか。
なお最後に,タイの安全と繁栄は即ち日本の安全と繁栄であるということを付け加えたいと思います。
ありがとうございました。
(1978年7月19日,ブラッセル)
シャヴォアール国際プレス協会会長,御列席の皆様
本日,欧州統合の発祥の地ともいうべきここブラッセルにおいて,統一ヨーロッパを象徴する欧州共同体に関係の深い皆様方を前にして,広い視野から眺めた日欧関係の現状と将来について,私の日頃の考えを申し述べる機会を得たことを心から喜んでおります。
第2次大戦後の日欧関係は,表面的には,経済問題,とりわけ貿易を中心として展開して来たかの如き印象を与えております。しかし日欧関係を単純に経済的側面からのみ理解しようとすることは,いささか片寄つた見方であり,また皮相的な見方でありましよう。過去数世紀にわたる日欧の交流の歴史を正しく踏まえて,今日の日欧関係の表面に出ているものの根底にあるより基本的な問題に心を向けることが重要であります。これらの基本的な諸問題を正しく理解することこそ今後長きにわたる創造的な日欧関係の建設にとつて不可欠であると考えるのであります。
(日欧関係の歴史)
日本と西欧との出会いは16世紀に遡ります。しかしこの日欧の出会いは,我が国が17世紀に鎖国時代に入つたことにより,双方にとつて実りのある関係へと発展するに至りませんでした。そしてその後,産業革命を経て文明と進歩の先導者となつた西欧と我が国との直接の交流は,大きく制約されることとなったのであります。
日欧関係が再び緊密化する契機となつたのは,19世紀後半の我が国の開国とそれに伴う急速な近代化の流れであります。それは,政治,経済,法律,軍事,科学・技術更には文芸から衣食住に至るまで,西欧に学び,西欧を取り入れようとする極めて意欲的かつ組織的な努力の過程でありました。当時の我が国にとっては,「近代化」は「西欧化」と同義語であつたのであります。このような日本の欧化努力の時代を通じて,西欧が我が国に印した足跡は,計り知れないものがありました。
もちろん,西欧諸国から見た時,日本は遠い極東の島国であり,多くの場合,文化,芸術等の限られた分野における異国趣味的な好奇心の対象以外の存在ではなかつたかも知れません。そして,このように片寄つた条件の下で成立した日欧間の関係は,お互いに相手を対等の仲間として尊重するという真に実りある協力関係というには遠いものであったかも知れません。
しかし,それでもなお,戦前の西欧は,我が国との間に軍事,政治上の関係を含む様様なかかわりを持つていたと言う意味において,日本にとつては戦後の西欧より遥かに身近かな存在であつたのであります。
(日欧関係の現状)
これに引きかえ,第2次大戦後の世界において,日本と西欧との関係は,残念なことにきわめて疎遠なものになつてしまったように思われます。これは,必ずしも日欧双方の責にのみ帰すべきことではないかも知れません。戦後の国際環境の変化にも大きな原因があつたものと思われます。また,戦後かなりの期間,日欧は,共に身辺の整理に追われて,互いに他を顧るいとまを十分に持ち合わせなかつたことも事実でありましよう。いずれにしても,戦後においては,日欧が相互の関係のあり方について真剣に検討することがなかつたことは,これを率直に認めざるをえないのであります。
日欧関係と対比した場合,日米関係の歴史は,遥かに日の浅いものであり,しかも日米両国は,約30年前,激しい戦火を交えた間柄であります。それにもかかわらず,日米両国の間には双方の営々たる努力の積み重ねにより,現在,極めて幅広く,かつ層の厚い相互理解と協力の関係が発展しつつあります。その理由として,安全保障の結び付きや緊密な経済関係を挙げることはできましよう。しかしそれだけが,日米関係を今日の域にまで育んだ理由ではありません。日米両国が,共有する価値観の自覚の上に立つて,共通の目標を追求していること,これこそが正に今日の揺るぎない日米関係の基礎をなしているのであります。
これに対して,戦後の我が国の西欧との接触は,往々にして米国を仲介とし,いわば米国を主として西欧を従とする形で行われて来ました。他方西欧側の対日アプローチも,日本をほんとうの友人,真のパートナーと見ず,何か異質のものとして扱つてきたように見受けられます。
しかし今や日欧関係が米国を媒介とした間接的な関係で事足りるという時代は過ぎ去りました。今や,日欧が共通の利害,価値観を共有しているとの自覚に立って,共通の目標に向かつて,真の連帯と協調に根ざした関係の発展を図るべき時が来ているのであります。
それでは,日欧が共に求むべき共通の目標,共同して努力を傾けるべき共通の関心とは,具体的に如何なるものでありましようか。
(平和と繁栄のための協力)
私は,まず,我々が,平和と繁栄の確保について共通の利害を有していることを指摘したいと思います。日本と西欧との間には,日米安保条約又は北大西洋条約機構に比すべき安全保障の取極めはありません。しかし相互間に条約はなくとも,平和と繁栄の確保について,日欧間に幅広い共通の利害があることは何人も否定できません。今日の世界において,平和も繁栄も不可分のものであり,これを確保することは,もはや国単位では考えられない状態に達しております。NATOの連帯は,世界の平和と安全の維持に貢献しております。同様に,アジアという複雑で流動的な地域において,唯一の先進民主主義工業国としての我が国の存在が政治的安定要因となつており,アジアの安定と繁栄に寄与している事実に対して,皆様の注意を喚起したいと思います。
我が国は,国際協調を基本とする自由と民主主義に立脚した社会の建設を目指して,戦後30余年にわたり営々と努力して参りました。今や,我が国は,他の先進民主主義工業諸国とともに世界の安定と繁栄に積極的に協力する意思と能力を併せもつ国家にまで成長したのであります。
過去の歴史をみれば,経済的な大国は,常に同時に軍事的な大国でもありました。しかしながら,我が国は,諸国民の公正と信義に信頼してその安全と生存を保持しようという理想を掲げ,軍事大国への道は選ばないことを決意したのであります。核兵器をつくる経済的,技術的能力を持ちながらも,かかる兵器を持つことをあえて拒否し,その持てる力を,内にあつては国民一人一人がよりよい生活を送るための環境づくりに向け,外にあつては開発途上の国々による自立と繁栄の基礎を確立するための努力に対する協力に向けることをもつて国の基本方針としているのであります。
これは,史上類例を見ない実験への挑戦であります。そして,このような日本の選択は,従来の通念からいえば,一見非現実的にみえるかも知れません。しかし,戦後の我が国が置かれた条件の下では,それは,決して非現実的ではなく,きわめて自然な帰結なのであります。
今日の西欧が,政治的,経済的,文化的に同質の国々から成る一体性を形成しているのに対し,日本は,社会体制の異なる国々と境を接し,経済的,社会的な発展の形態及び段階の異なる多数の開発途上国と隣人関係にあります。このような我が国の立場上,地理的遠近や,制度,理念の如何にかかわらず,いずれの国とも友好関係を維持しなければならないのであります。
また西欧や北米が,相対的に自給度の高い経済圏であるのに対して,我が国は,人口稠密で何ら見るべき資源に恵まれない国であり,海外諸国との交流によつて国の存立を図つていく以外の方途はないことは自明でありましよう。
しかし,同時に,私が強調したいのは,我が国の在り方が,このような国際環境の下で止むをえず生じた事態ではなく,それが日本国民の自主的な決定であつて,世界のために積極的な意味のある選択であることであります。我が国は,軍事大国への途を排し,平和国家として平和的建設の面でアジアひいては世界全体の安定と繁栄に貢献することこそ「世界のために役立つ日本」のあり方であるとの信念に立つて,このような選択を行つているのであります。
(世界経済への協力)
次に,世界の経済問題についても,日欧の協力が不可欠であります。われわれは,戦後長きにわたり互いに相手を経済面における競争相手として捉え過ぎてきた観があります。しかし今日,日,欧,米を含めてわれわれすべてが解決を迫られている世界的課題を考えれば,日欧が兄弟垣に相せめぐことは到底許されないことではないかと思うのであります。
一方では資源有限時代において人類の生存と繁栄を確保しなければならないという問題があります。他方では世界経済の相互依存関係がますます高まりつつあるという現実があります。このような状況の下で,われわれが協力して果たさなければならない役割は増大の一途を辿つているのであります。世界不況からの脱却は,当面の急務であります。更により基本的には,開放的な国際経済体制の維持発展,開発途上国に対する経済協力の推進,原材料及びエネルギー資源の安定的供給の確保等は,世界のために,われわれが共同して指導的役割を果たさなければならない課題なのであります。今週ボンで開催された主要国首脳会議は,正にそのような課題に対処しようとするわれわれの共同の努力に他なりません。
本年1月,牛場ストラウス共同声明の形に結実した日米間の経済協議も,また本年3月,牛場大臣とハーフェルカンプ副委員長との間で合意された日・EC共同声明も,同じ観点から,日,欧,米が,日米,日欧という2国間だけの問題としてでなく,世界経済の安定的拡大のために,それぞれに,また,共同して何をなすべきか,また,なしうるかという見地から取り組んだ点に,大きい意味があつたと考えます。
これらの共同声明が,世界貿易の問題の解決を,保護主義による縮小均衡ではなく,自由主義による拡大均衡に見出そうとする考え方で貫かれていることは,重要であります。この考え方こそ,世界経済全体の一層の繁栄を追求するに当たつての指導理念でなければなりません。
保護主義が世界の繁栄のためにいかに危険であるかを理解するには,1930年代の悲劇的な世界情勢の推移を想い起すだけで十分でありましよう。御列席の皆様の大部分の方にとつては,それは自らの体験ではなく歴史上の事実にすぎないかもしれません。しかし,当時ロンドンにあつた青年時代の私には,この出来事はいまだに脳裏に焼きついている強い印象を与えたのであります。
当時世界の上に垂れこめていた不況の暗雲の下で,主要国は,それぞれ自国のおかれた苦境から何とか脱出しようとして,次々と自由貿易という開かれた経済体制を捨て,保護主義という閉ざされた経済体制へと転換していきました。
この結果,世界の経済情勢は,みるみる悪化しました。1929年から1933年までの間に,世界貿易は実に4割,主要工業国全体としての工業総生産は3割も減少しました。この経済混乱が社会不安と極端な国家主義を招き,ひいては第2次世界大戦への素地をつくつたのであります。
われわれは,歴史の教訓に学び,結局は自分自身を滅ぼすことになる保護主義に再び走らぬことを誓いあうことが今日きわめて重要であると考えるのであります。
我が国自身,国際協力によつて世界経済の現在の困難を克服するために,積極的に努力を行つております。我が国は,種々のむずかしい制約にもかかわらず,その3分の1を公債に依存するという思い切つた手段により超積極予算を組みました。我が国の実質成長目標は,先進国の中でも一段と高いものであります。こうした内需拡大を中心として景気振興を図る経済運営を行うことにより,我が国としては,世界経済の拡大に寄与することを目指しているのであります。また我が国は,関税の前倒し引下げ,数量制限品目の一部自由化ないし輸入枠拡大,為替管理の自由化,輸入金融の拡大等の具体的措置を通じて輸入の拡大に努めております。
このような措置により,今や日本市場は,米,欧と比肩すべき開放された市場になつており,対日輸出機会は大いに拡大されております。現に,本年1~6月の我が国統計によれば,EC諸国からの我が国への輸出は,前年同期比36パーセント強の伸びを見せ,我が国からの輸出の伸び19パーセントを遥かに上まわるに至つたのであります。いずれにしても日欧間の貿易が,それぞれの総貿易の中で僅かに数パーセントを占めるに過ぎない現状において,今後ともこのような傾向が伸長し,日欧間貿易が大幅に拡大する余地は十分にあると考えます。西欧諸国の側においても,我が国に対する輸出促進のための努力を倍加されることを強く期待したいと思います。
このような日欧貿易関係の健全な発展を図るという観点から,私は,是非とも西欧諸国に理解願いたいことがあります。我が国は,戦後国際経済社会に復帰するに際して,西欧から対等のパートナーとしての地位を認められませんでした。その後種々の改善は見られたものの,未だに一部にはその残滓が残つております。このような差別的取扱いの存続が,日欧関係そのものの建設的な発展に対しても心理的な影をおとしてきたことは否定できません。私は,西欧諸国が,日欧関係の真の安定した発展を図るとの立場から,この問題に真剣な考慮を払うことを強く望みます。
(日欧相互理解の必要)
私は,日欧関係における日欧共通の目標は何かということについて,政治経済両面にわたつて,私の考えを述べて参りました。
しかしながら,このような日欧関係の強化のどの一つをとつても,問題の技術的な解決を超えて,その背後に日欧間における相手方に対するより深い相互理解の実現という問題が横たわつていることが忘れられてはなりません。
もちろん,日欧間の相互理解の水準を欧米間の相互理解のレベルにまで引き上げることは,決して容易に達成できることではありません。このためには,たゆみない不断の努力の積み重ねにより日欧間のパイプを太くし,日欧関係の円滑な発展を確保することであります。われわれは,そのためのあらゆる努力を払わなければなりません。
このような相互理解増進のための第一歩は,実際は,きわめて手近かなところにあるのではないでしょうか。例えば,日欧それぞれの地域研究の推進,日欧双方における各界・各レベルの間の人物交流の促進,特に次代を担う青少年,教育関係者の相互受入れ等について,この際,日欧双方の関係者が協力して実施を図ることが重要な意義をもつものと信じます。その意味で,最近日・EC双方の議会関係者の間で合意を見た議員交流計画も,相互理解増進の具体的措置として高く評価したいと思います。
このような日欧間交流強化を具体的に推進する見地から,私はここに「青年日本研修計画」を創設することを発表したいと思います。この計画によつて,欧州の青年が毎年50名程度日本を訪れ,現代の日本を政治,産業,社会,文化等の各面にわたり,実地に勉強する機会が与えられることになります。
これら青年の選考の方法として現代の日欧関係に関する論文コンテストを行い,日欧双方の関係者から成る委員会が審査にあたることは如何かと考えます。この「青年日本研修計画」が,極めて小さな形でではありますが,今日緊急に必要とされている日欧関係強化の努力に対する呼び水となることを期待いたします。
(結語)
今日,西欧が直面し,闘つている諸問題は,先進民主主義体制が共通して直面している試練ともいうべきものであります。これらの問題は,我が国にとつても無縁のものではないばかりか,我が国自身,自らの問題として,その解決に取り組んでいるものであります。
今日われわれ民主主義体制は,種々の異質の価値体系からの挑戦に直面しております。このような状況の下で,われわれが洋の東西を問わず,自由と民主主義という基本的理念の尊さに対する自覚を新たにし,これを守り抜こうという決意を固める時,そこには地理的隔絶も,人種,文化,伝統の相違も乗り超えた真の連帯と協力への可能性が生れてくるのであります。
われわれは,「同舟の客」であります。日本は,強固で繁栄する西欧を必要としております。同様に,西欧にとつても,安定し健全な日本が必要な存在であるはずであります。
世界の安定と繁栄のための日欧の協力こそ,日欧双方のためだけではなく,人類全体のために明るい未来を保証する大きな可能性を秘めていることを私は確信するのであります。
御静聴ありがとうございました。
(6) 園田外務大臣のミネソタ大学国際平和貢献賞受賞記念講演
(1978年9月22日,ミネソタ大学)
マグラス・ミネソタ大学学長,御列席の皆様
本日は,私にとつて生涯忘れえぬ日でございます。私が尊敬する世界的政治家の一人である故ヒューバート・H・ハンフリー上院議員の母校であり,私の敬愛する友人であるモンデール副大統領の母校でもある,そしてまた,長い伝統と高い水準をもつて知られるこのミネソタ大学から,栄誉あるミネソタ大学国際平和貢献賞を授与されましたことは,身に余る光栄であり,この感激は生涯忘れえぬものであるからであります。
常に将来を展望し,古い考え方にとらわれず新しい発想に基づき,未知をおそれずに新しい問題に挑戦された故ハンフリー上院議員の勇気ある行動に対して,私は強い共感と敬意を今なお抱き続けております。
御列席の皆様
私は,故ハンフリー上院議員よりの一通の手紙を大切に保管しております。この手紙の行間に同議員の深い母校愛と人類社会に奉仕する人材を養成することに対する強い熱情を読みとり,強い感銘を受けました。と同時に,この手紙のサインは同議員の亡くなる直前の絶筆であつたと思い,胸をうたれたのであります。
私は,あらためて,万余の湖に守られて眠られる故ヒューバート・H・ハンフリー上院議員の御冥福を皆様とともに,心からお祈りしたいと思います。
御列席の皆様
私はこの機会にわが国のアジア政策の基本的方向についての私の考えを述べさせていただきたいと考えます。
アジアは簡単に一言で表現されますが,アジアは歴史,宗教,文化,伝統を異にする多くの国が近接して存在する地域であり,また,政治体制を異にする多くの国々が共存している地域であります。その意味で,アジアは一つではなく,むしろ,国の多様性こそがアジアの特徴であります。他方,アジアの国の多くは戦後誕生した新しい諸国であり,また,そのほとんどは開発途上にあります。それ故に,アジアの大多数の国にとつて国造りが当面の最大の課題であります。こうした事情を背景にして,今や,アジア諸国の間に,この地域に平和を維持し,その中で相協力してともに国造りの道を歩もうとする気運が芽生えつつあります。私は,このような気運の芽生えに大いに勇気づけられております。私は,これからの時代の国と国との関係は互いに各々の相違点を理解し,これを尊重し,相手の繁栄の中に自らの繁栄を見出すという考え方によつて導かれねばならないと考えております。このような認識の下に,私は,アジアの平和と繁栄の維持,増進のために積極的に貢献することは,アジアにおける唯一の先進工業国としてのわが国の責任であると考え,わが国の経済力と政治的影響力をアジアの平和と繁栄に役立てることを外交政策における最も重要な課題としております。
日中平和友好条約の締結も正にこのような考え方に立つたものであります。わが国が日中平和友好条約を締結した所以は,日中関係の長い歴史を回顧し,その反省の上に立って将来を展望した結果,日中両国がその友好関係を長期的に安定したものとして,共存共栄を図ることが日中両国のためのみならず,アジア,ひいては世界の平和と安定のために必要であると判断したからであります。したがつて,この条約は日中間に政治的あるいは経済的に排他的な関係をつくることを目的としたものでないことはいうまでもありません。むしろ,わが国としては,より多くの国が中国との交流を拡大することを期待するものであります。同時に,わが国が中国と平和友好条約を締結することにより,わが国が中国と結んでソ連に対抗するといつた考えも全くありません。ソ連はわが国にとつて重要な隣国であり,ソ連の友好関係を維持し,増進することは,わが国外交の重要な課題であります。
中ソ対立の下で,そのいずれの一方にも組みせず,また,中ソ対立を外交上いかなる意味でも利用しないというのがわが国の一貫した方針であります。わが国としては,今後,以上のような考え方に立つて,アジアの平和と繁栄に一層積極的に貢献する決意であります。
御列席の皆様
東南アジアは,わが国がその平和と繁栄のために積極的な役割を果すべき重要な地域であります。このような認識に立つて,昨年8月福田総理大臣はASEAN諸国の首脳会議に出席し,併せて,東南アジア諸国を歴訪し,これらの国々との間の心と心のかよう相互信頼関係の構築に努めました。その後をうけて私は,本年6月にタイ国においてASEAN5カ国の外相と一堂に会し,ASEANを取りまくアジア情勢,世界経済の動向等の共通の関心事につき幅広い意見交換を行いました。わが国とASEAN諸国との友好協力関係は,今や,かつてないほど緊密なものとなつております。わが国としては,ASEAN諸国及びビルマの開発,発展に資金面,技術面のみならず,貿易面においても積極的に協力するとともに,文化交流,青年交流等を推進し,幅広い友好関係を築くべく今後とも努力してゆく方針であります。それと同時に,ヴィエトナム,カンボディア等とも積極的に要人の交流を図り,相互理解を深めることにも努力しております。このようにして,深まりつつあるASEAN諸国との間の友好協力関係と,インドシナ諸国との間の相互理解を基礎に,東南アジア全域にわたる平和と繁栄の形成に積極的に貢献してゆくことがわが国外交の当面の目標とするところであります。
朝鮮半島の平和と安定もわが国の大きな関心を有するところであります。朝鮮半島においては,幸いにして,武力紛争の再開は回避されております。しかし,わが国としては,さらに一歩を進めて,朝鮮半島の真の平和と安定をもたらすことが必要であると考えており,そのための国際環境の形成についてわが国としても努力を続けてゆく方針であります。
以上,私は,わが国のアジア政策の基本的方向について御説明いたしました。ここで私が強調したいことは,わが国と米国との間の緊密な友好協力関係と,アジア・太平洋地域における米国の存在とが,わが国が以上述べたようなアジア政策を具体的に推進することを可能にしている重要な前提であるということであります。
まず第一に,日米安保体制を含む緊密な日米友好協力関係は,わが国の平和と安全の基礎をなしております。
第二に,米国のアジア・太平洋地域における存在,特にその戦争抑止力は,この地域の平和と安定にとつて不可欠であります。
第三に,アジア諸国の発展と繁栄は,米国の協力なくしては十全を期することはできないのであります。
御列席の皆様
私は,今回ミネソタ大学から,わが国とアジア諸国との関係と米国との関係について高い評価が与えられたことに特に勇気づけられております。何故ならば正に,アジア諸国との関係と米国との関係こそは,わが国の外交の重要な2本柱であり,この2本の柱の上に立つて,アジアにおいて政治的役割を積極的に果してゆくことはわが国がその最も重要な使命と考えているところであるからであります。
わが国外交に対する貴大学の深い御理解に心から感謝いたします。
(1978年9月25日,ニュー・ヨーク)
議長
私は,まずリエバノ議長閣下が第33回国連総会議長に選出されたことに対し,日本政府を代表して祝意を表明いたします。閣下の優れた指導のもとに,今次総会は必らずや実り多いものとなるでありましよう。
私は,また,前議長モイソフ閣下が第32回総会及び軍縮特別総会を成功に導かれたことに対し,深甚なる敬意を表します。
同時に私は,ワルトハイム事務総長閣下が国際連合の目的の実現のために,献身的な努力を払つておられることに心からの敬意を表します。
議長
私は,この機会に,南太平洋の友邦ソロモン諸島が国際連合に加盟したことに対し,心から歓迎の意を表します。わが国は今後,国連の内外においてソロモン諸島との協力を深めていくことを期待しております。
議長
今日の国際社会は,永続的な平和と繁栄の確保に向つて力強い歩みを進めることができるか,あるいは,混乱と不安定への途をたどるかの分れ道にたつていると申しても過言ではありません。
世界経済はここ数年来,不況,インフレ等の困難な問題に直面しており,保護主義の台頭が,自由貿易体制をおびやかそうとしております。
とりわけ,開発途上国は,このような世界経済の低迷の影響を強く受けて,経済社会開発を進める上での大きな困難に直面しております。
中東,アフリカをはじめとするいくつかの地域においては,厳しい対立と緊張が続いております。
その間にあつて世界における軍備の蓄積は増大の一途をたどつており,核軍縮をはじめとする各種の軍縮措置のための交渉は遅々として進展をみせておりません。
また,難民問題やハイジャック行為といつた国境を越えた人道上,社会上の問題も発生しております。
資源・エネルギー問題の前途も楽観を許しません。
議長
これらの問題は,いずれも人類の将来に決定的な影響を与える重要な問題であり,その解決は,全人類に与えられた共通の課題であります。
私は,世界の各国が,今こそ,協調と連帯の精神をもつてこれらの問題の解決に取組み,各国がひとしく平和と繁栄を分ちあえるような国際社会の新しい秩序の創造のために,力強い歩みを進めるべきときであると考えます。こうして21世紀に向つて人類の将来に明るい展望をもたらすことは,20世紀に生きるわれわれの責任であると考えます。
わが国としても,アジアにおける先進工業国としての責任を十分自覚し,このような新しい秩序の創造のためにできる限りの協力を致したいと思います。
議長
わが国がなしうる国際協力の第一はその経済力を国際社会の安定と繁栄のために積極的に活用することであります。先の軍縮総会において詳しく申し述べましたとおり,わが国は平和に徹し,軍事大国にならないことをその基本政策としております。それ故にこそ,私は,わが国が,その持てる経済力を国際社会の安定と繁栄のために役立てることがなおさら必要であると考えております。
そのため,わが国は,世界経済の安定的な拡大を確保するための国際的な努力にすすんで協力するとともに,開発途上国の発展と民生向上に積極的に寄与するために,全力をあげております。
第一に,わが国は,現在先進国の中で最も高い実質経済成長目標を設定し,その実現のために,内需の拡大を中心とする積極的な景気拡大策を講じております。これは,わが国への輸入の促進を通じて世界経済の安定的な拡大にも貢献するものであります。
さらに,わが国は,保護主義の抬頭をおさえ,自由貿易体制を維持,強化するため,東京ラウンド貿易交渉を成功裡に妥結せしめるべく,関係国とも協調して,一層の努力を払う方針であります。
特に,開発途上国との間の貿易拡大の問題については,まず,わが国のこれら諸国からの輸入が年々増大しており,1977年には約400億ドルに達し,わが国総輸入の56パーセントを占めた事実を指摘したいのであります。
わが国は,年々,一般特恵制度の改善を実施し,例えば,昨年度には,特恵供与枠を約1.8倍に拡大致しました。東京ラウンド貿易交渉の枠内においても,貿易障壁の一層の軽減に努力しております。
一次産品問題,就中,共通基金の問題は,現下の南北問題の中心課題の一つであります。先般ボンで開催された主要国首脳会議において,福田総理は,特に,この問題の重要性を強調致しました。その結果,「共通基金についての交渉を成功裡に妥結せしめるよう積極的に推進する」ことが合意されたのであります。私は,共通基金が早期に設立される必要があると考えており,11月に予定されている再開交渉会議においては,その妥結のために最大限の努力を重ねたいと考えております。
なお,わが国は国際商品協定に積極的に参加しており,たとえば,昨年末,新国際砂糖協定に,署名致しました。また,第5次錫協定緩衝在庫に対し,すでに70億円を限度としての出資を約束しております。
開発途上諸国に対する協力においては,以上申し述べた貿易面での措置とならんで,開発援助の量的拡大と質的改善が重要であります。
援助量の拡大について,わが国は,今般,政府開発援助を3年間で倍増することを目標としてその積極的な拡充を図ることを決定致しました。
同時に,援助の質の面においても,無償援助の拡大や借款条件の緩和に努力することとしておりますほか,わが国の供与する開発資金が最も有効に使用されるよう,これを全世界にアンタイするとの基本原則を決定し,実施に移しております。
又わが国の政府開発援助の3分の1以上が第2世銀及び各地域の開発銀行を含む国際機関を通ずる援助でありますが,今後共かかる方式による援助を積極的に推進していく方針であります。
さらに貧困開発途上国の債務の問題については,本年3月国連貿易開発理事会において成立した決議に従い,原則として,わが国に対し債務を有する後発開発途上国及び石油危機で最も影響を受けた国に対し,毎年の債務の支払い負担を実質的に免除又は軽減する措置として,新規の無償資金協力を供与する方針を決定致しました。
以上申し述べたように,わが国は,貿易環境の改善と開発資金の供与によつて,開発途上国の開発,発展に積極的に寄与することを重視し,そのため,最大限の努力を払うこととしているのであります。
明年5月には,マニラにおいて第5回国連貿易開発会議が開催されます。さらに,1980年には国連経済特別総会が予定されており,それまでの間,南北問題を総合的に扱う全体委員会がすでにその活動を開始しております。わが国は,これらの場を通じて公正な国際経済秩序がダイナミックに構築されていくようあらゆる努力を重ねることを決意しております。
議長
現在,世界のいくつかの地域において,緊張と対立が続き,時に武力紛争の発生すらみていることは,国際社会にとつて極めて深刻な問題であります。これらの緊張と対立は,いずれも,世界の平和と安定そのものに直接影響を及ぼす可能性を秘めております。同時に,これらの地域において開発と発展に役立てるべき資金と技術が軍備の拡張という非生産的目的に振り向けられていることも極めて遺憾な事態であります。私は,これらの地域における緊張の緩和と対立の解消のために,全ての関係国が自制ある態度をもつて,一層の努力を払うことを強く期待するものであります。
このような立場から,まず,私は,中東における対立と緊張の継続に深い憂慮の念を表明いたします。中東問題をめぐる情勢は,現在極めて複雑かつ流動的であります。そのなかにあつて,中東和平の実現を目指したいくつかの劇的なイニシアティヴがとられております。わが国としては,特にキャンプ・デービッドにおける3国首脳会談を実現せしめた関係者の勇断を高く評価するとともに,これが,公正かつ永続的な中東和平の実現につながることを強く希望するものであります。
中東和平の原則は不変であります。すなわち,安保理決議242及び338が完全に実施され,かつ,パレスチナ人の正当な権利,なかんずく民族自決権が,国連憲章に従つて承認され,尊重され,かつ実現されることが必要であります。
つぎに,南部アフリカにおいては,人種差別と少数支配が対立と緊張を生み続けている中で,平和的手段によるナミビアの独立に向つての国際的努力が引き続きなされていることは心強いことであります。この関連において去る9月20日,南アフリカ共和国政府が,このような国際的努力にもかかわらず,独自に選挙を実施するとの意図を明らかにしたことは極めて遺憾であります。わが国としては,南アフリカ共和国政府が国際的な共通の努力に再度参加することを心から望むものであり,事務総長の安全保障理事会に対する報告に従い,ナミビアに平和裡に独立をもたらすための国連の活動が早急に開始されることを強く希望するものであります。わが国は,このような国連の活動に積極的に参加する方針であります。独立までの期間において,わが国が行う協力は,国連の活動の中核をなす,公正かつ自由な選挙の監視への参加と,その活動を支える物資と機材の提供に向けたいと考えております。また,わが国としては,独立達成後のナミビアの国造りのためにも,できる限り協力していきたいと考えております。
南ローデシアにおいて,白人少数政権による抵抗がなお続けられていることは,極めて遺憾であります。わが国は,国際的に承認されたジンバブウェ政府が誕生するまでは,国連による経済制裁を完全に遵守し,問題の平和的解決のための国際的努力に協力する方針であります。
南アフリカにおける人種差別の継続は,強く非難されるべきものであり,わが国は,南アフリカ政府が,人種差別の撤廃に努力することを強く要求するものであります。それが実現しない限り,わが国は,今後とも,南アフリカとの間に外交関係をもつことなく,原子力開発に関する協力を拒否し,また,直接投資を禁止し続けるでありましよう。わが国が南アフリカに対して,一切の軍事協力を行つていないことは,平和国家としてのわが国の基本的な立場からも当然であります。
さらに,アジアにおいては,朝鮮半島において依然として対立と緊張が存在しております。わが国は,隣接する朝鮮半島の平和と安定に深い関心を有しており,南北両当事者間に1日も早く対話が再開され,この地域に,真の平和と安定が確立されることを強く期待し,そのための国際環境づくりに関係諸国とともに協力していきたいと考えております。
東南アジアの平和と安定も,わが国が深い関心を有する問題であります。その意味で,現在インドシナ半島で新たな対立と抗争が起つていることは誠に遺憾であります。わが国は,関係国の自制と努力によつて,同地域における平和と安定が回復され経済的社会的発展が進められることを強く期待しております。
議長
国家間の緊張,対立を平和的に解決するための努力と並んで重要なことは,軍縮のための国際的な努力であります。本年5月,国連史上はじめて開催された軍縮特別総会において,すべての加盟国の賛同を得て軍縮を進める上での指針を示す国際的合意がつくり出されたことは記憶に新しいところであります。我々は,この特別総会の合意を新たな出発点として,核軍縮を中心とした軍縮を一層促進するための具体的な努力を一層強化して行かねばなりません。核兵器保有国をはじめとする関係各国の格段の努力をのぞみます。
議長
国連においては,人権問題がいろいろな角度から取り上げられております。わが国は,全ての人に対して最少限,最も基本的な人間の尊厳が守られる形で基本的人権を保障するための努力を積極的に支持したいと考えます。私は,今年春,人権規約に署名を致しましたが,現在,その早期批准のため,これを国会に提出しております。
現在われわれは,国際社会全体として取組む必要のある深刻な人道上の問題に直面しております。難民問題やハイジャック問題がそれであります。
難民問題は,国家間に新たな緊張や対立を生むおそれがあると同時に,基本的には人道上の問題であります。わが国は,かかる見地から国連パレスチナ難民救済事業機関に対する拠出を毎年増大させております。また,アジアにおいては,インドシナ難民の救済のため,国連難民高等弁務官の特別の事業に対し,従来の拠出に加えて1,000万ドルの特別拠出を行うなどの努力を行つております。ビルマとバングラデシュとの国境に発生した難民問題に対しても,国連難民高等弁務官を通じ支援いたしました。
多数の罪のない乗客を苦しめる航空機のハイジャックも,人道上許すことのできない行為であります。ハイジャック防止のためにはあらゆる国が協力することが不可欠であります。そのため,わが国は,昨年の総会においてハイジャック防止のための国際協力に関する決議のコンセンサスづくりにイニシアティヴをとり,また,民間航空の安全に関する3条約にすべての国が加盟するよう他の関心国と協力しつつ,呼びかける努力を続けております。同じ観点から,わが国はさる7月ボンにおける主要国首脳会議において採択された「航空機のハイジャックに関する声明」の趣旨にすべての国が同調することを希望するものであります。
わが国としては,今後ともこのような国際社会の抱えている人道上あるいは社会的な問題の解決のための努力に,積極的に協力して行く方針であります。
議長
最後に,人類の生存に不可欠なエネルギー源を如何に有効に利用し,また,将来永きにわたつて確保するかという極めて重要な問題があります。既存のエネルギー資源が有限であることを思えば,この問題は現在それらのエネルギー資源を保有している国にとつても解決を要する重要な課題であり,その意味で,世界の全ての国にとつて共通の課題であります。
かかる観点から,私は,核兵器の拡散防止と両立する形で,原子力エネルギーの平和利用を進めることが重要であると考えます。
また,既存のエネルギー源のより効率的な利用と再生可能なエネルギーを含む新規エネルギー源の開発を促進するための研究開発を国際協力のもとに進めることも必要であります。
わが国としては,これらの分野における国際的努力に積極的に協力する方針であり,開発途上国のエネルギー分野における開発努力に対しては,わが国としても出来る限り協力する考えであります。
議長
以上,私は,国際社会が歴史の岐路とも言うべき極めて困難な事態に直面している現在,21世紀に向つて人類の将来に明るい展望をもたらすため,われわれは,何をいかになすべきかについて,所信の一端を述べました。
各国の相互依存関係は,社会体制,国の大小,発展段階等の相違をこえて,加速度的に深まりつつあります。一国の平和は,世界の平和と不可分であり,一国の繁栄は,世界の繁栄の上にこそ築かれるのであります。従つて,今や一国だけの平和,一国だけの繁栄は,あり得ません。このような世界の中で各国に期待されるのは,世界の共存,共栄のために各国が何をいかになすべきかについて英知を結集することであります。大国であると,小国であるとを問わず,強い立場にある国であると,弱い立場にある国であるとを問わず,先進国であると,開発途上国であるとを問わず,それぞれの分に応じて,全地球的視野に立つた行動が期待されるのであります。
私は,世界のすべての国が,このような認識に立つて行動するならば,必ずやわれわれが現在直面している困難な問題も解決され,21世紀に向つて人類の将来に明るい展望が開けるものと確信致します。
わが国は,このような人類の共同の努力に対し積極的に寄与すべく全力を尽すことを誓うものであります。
(8) 第33回国連総会における原子力平和利用に関する小木曽代表演説
(1978年11月2日,ニュー・ヨーク)
議長
国際連合と国際原子力機関の間の緊密な協力関係に基づいて,国際原子力機関から本総会に提出された報告を審議するに際し,ここでわが国に発言の機会をあたえられましたことは,本代表の非常な喜びとするところであります。
議長
国際原子力機関憲章第2条は,原子力の平和利用の促進と軍事利用の抑制を同機関の目的として明示しております。このように,原子力の平和利用と核不拡散は,決して新しい問題ではなく,機関の設立の目的そのものであつたのであります。私は,国際原子力機関が,この目的のためにあたえられた任務を十分に果たしてきた事実を指摘するとともに,今後とも,原子力平和利用と核不拡散の両立のために中心的役割を荷つていくことを期待しております。原子力平和利用は,エネルギー源としての利用にとどまらず,アイソトープ又は放射線の利用等人類の福祉向上に寄与する極めて多くの分野に亘つております。その研究開発の結実は世界中の人々によつて広く享受されるべきであり,その意味で,国際原子力機関が,開発途上国に対して行つている技術援助は重要な意義をもつものであります。これが今後とも量的質的に充実したものとなつていくことを希望してやみません。
議長
わが国は,指定理事国として,また10%に近い分担金支出国として,創設以来,機関の政策決定及び運営に参画するとともに,一貫して機関の育成強化を主張し,その活動には積極的に協力してきました。このようなわが国として,この9月18日の第22回国際原子力機関総会におけるエクランド事務局長の演説を高く評価するものであり,その内容のほとんど全面に亘つて同事務局長の見解を支持するものであります。特に,エネルギー源としての原子力平和利用の重要性の点については,エクランド事務局長の指摘を待つまでもなく,強調されすぎることはありません。そのための国際協力のシステムの確立は,NPT等現在すでにあるシステムの補完及び充実とともに,現在の世界の直面するもつとも緊急の課題であります。
議長
ここで私は,わが国が昨年12月NPTに基づく国際原子力機関との保障措置協定を発効させ,かつこのほど,同機関事務局との協力の結果,その実施のための補助取極の作成を完了することができたことを報告できますことを欣快とするものであります。これによつてわが国は,わが国内のすべての核物質につき,査察を含む国際原子力機関の保障措置を受け入れるシステムを整え,もつて世界の範となるべく志しているものであります。他方,NPTを真に実効的なものとするためには,核兵器国と非核兵器国との間の不平等性は固定されるべきではなく,現在の不平等は,NPT6条の規定に従い核軍備競争の早期の停止及び核軍縮に関する効果的な措置につき誠実に交渉を行う核兵器国により,是正されなければなりません。このためわが国は,核兵器国が包括的核実験禁止協定を早期に締結すること,及び兵器用核分裂性物質の生産禁止(カットオフ)のための交渉を開始することを要求しているのであります。これに関連して,わが国は,米,英及び仏が行つた国際原子力機関に対するボランタリー・サブミッションは必ずしも十分ではないが,それなりに評価するものであり,ソ連も同様のステップをとることを強く希望するものであります。
議長
ここで私は昨年の総会で国際原子力機関の報告を審議した結果採択されました原子力の平和利用に関する2つの決議を想起したいのであります。この決議において,国連加盟国は,原子力の平和利用が,先進国であると開発途上国であるとを問わず,多くの国の経済的社会的発展のために重要なものであること,機関はこの原子力平和利用を核拡散を有効に防止しつつ促進する責務を負つていること,特に開発途上国のニーズには格別の考慮が払われるべきであり,そのためにも機関の活動は強化されるべきこと,原子力分野における先進国は,かかる任務を遂行する機関の努力を支援すべきこと等を明確に認識したのであります。
私は本日会合冒頭のエクランド事務局長の演説の中にも同じ認識が貫かれていることに注目したいと思います。
同局長は,エネルギー事情緩和のために先進工業国がとることのできるいくつかの施策に言及し,特に次のようにのべています。「先進工業国は現在の原子力発電計画を着実に遂行していかねばならない。原子力発電は伝統的な大規模発電手段に今すぐ代替しうる唯一の発電手段である。」
議長
言うまでもなく,原子力平和利用の普及に伴いいささかでも核拡散の危険が生じるようなことがあつてはならないのでありまして,このことは上記昨年の総会における決議の中にも明確にのべられているのであります。わが国は,国際原子力機関を中心とした保障措置の制度の拡充その他の必要な国際的措置には,上述のとおり,特別の関心を有するものであることをここで改めて明らかにしておきたいと思います。
原子力平和利用における国際協力促進をねらいとする国連主催国際会議開催に関する決議案A/33/L・6に関し,私はこの8月4日事務総長に提出されたわが国政府の見解をここで再確認しておきたいのであります。わが国政府は,原子力平和利用促進のための国際協力の重要性を認め,またこのような国際協力の一層の発展を目的としてIAEA及びINFCEのような適切な場で行われている検討に積極的に参加する一方,すべての関係国は右検討の完遂に努力を傾けるべきであり,従つて右検討の成果が得られる前に同一目的の国連主催国際会議を開催することは,国際的努力の無用の重複であると考えるものであります。従つてわが国政府は,このような会議を開催することには,その意図自体は非のうちどころのないものであるにしても,賛成できないのであります。
議長
エクランド事務局長はまた,機関の技術援助プログラムは機関の活動の礎石となつていることを繰返し強調しておられるのであります。国際原子力機関は,専門家の派遣,フェローシップの供与,技術者の訓練及び機器の提供等各種のプログラムを有し,これまでそれぞれについて見るべき実績をあげてきていることは,議長,よく御承知のとおりであります。ここで私は原子力平和利用が,そのエネルギーとしての利用のほか,人類福祉の向上に貢献する多くの分野をもつていることに改めて注目したいのであります。すなわち,放射線及びアイソトープの医療,農業,工業,生活科学等への利用は早くから原子力が人類の福祉向上に貢献してきた分野であり,技術援助等を通じてあらゆる開発段階の国々がその恩恵に浴するようにすることは,機関のもつとも重要な役割の一つであります。わが国は,この面での機関の諸活動に対し,専門家の派遣その他各種プログラムを通じて積極的に協力してまいりました。
議長
今世紀の最後の4半世紀における人類の最大の課題は開発途上国のレベル・アップの問題であります。原子力がこのレベル・アップに多くの寄与をなすべきことはもはや明らかであります。ここで開発途上国にとつて原子力とは何かといえば,エネルギー源としてこれを利用することも必要でありますが,他方アイソトープ利用等非エネルギー的原子力平和利用は開発途上国の現段階にはもつともフィットしたものであり,この分野での開発途上国側のニーズの大きさは想像以上のものであると言われております。
この8月わが国は,「アジア,太平洋,極東地域の国際原子力機関加盟国の間の原子力科学技術,特に放射線,アイソトープの利用に関する研究,開発及び訓練の推進,協力を目的とする地域協力協定(RCA)」に加盟いたしました。これによりわが国は,今後原子力分野におけるアジア先進国として,本協定に基づく各種プロジェクト,特にアジア諸国の実情と必要に即した地域プロジェクトに積極的に参加することにより,重点的に対アジア原子力研究開発,技術協力に対する貢献を行つていく計画であります。
議長
私は,国際原子力機関が,以上のような核エネルギー開発及び非エネルギー原子力利用の両面にわたる各種の活動を行うとともに安全のための規制及び保障措置の適用の面で中枢的役割を果してきたことに言及することを忘れてはならないと思うのであります。この後者の面での活動は,前者に勝るとも劣らない重要性をもつものであり,従つて技術援助等積極面での活動の拡大とともに,安全規制,保障措置といういわば消極面での活動の拡充が図られねばならないのは当然であることを強調しておきたいと思います。最後にこのような国際原子力機関の機能的,効率的運営を確保することが必要であることは言うまでもなく,このためには機関の実際の運営に当る執行機関としての理事会の機能の円滑な遂行が必要であり,この点に関し,最近において見られるいわゆる政治化傾向は,これは絶対に防がれなければならないと考えるものであることをのべて発言を終りたいと思います。