-資   料-

第 3 部

資 料 編

I 資   料

1. 国会における内閣総理大臣及び外務大臣の演説

(1) 第84回国会における福田内閣総理大臣施政方針演説

(1978年1月21日)

新しい年を迎え,第84回国会が再開されるに当たり,施政の基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解と御協力を得たいと存じます。

(協調と連帯)

ちようど1年前,私はこの壇上から,世界は今,歴史始まつて以来の転換期に直面していることを強調し,この難局に処するための行動原理は,協調と連帯にあると申し述べました。この1年の国の内外の動きを見て,いよいよその感を深くするのであります。

今日,世界の各国が当面している資源・エネルギー問題,南北問題,海洋問題,更に通商上の摩擦の増大,国際通貨の不安定,失業問題などは,そのいずれをとつても,一国が単独で処理し得るものはなく,国際的な協調と連帯なくしては解決できない課題ばかりであります。

各国は相互に助け合い,譲り合い,補い合つて,これらの課題を解決し,世界全体の平和と繁栄を維持する中で,それぞれの国益を実現する外に道はありません。協調と連帯こそいよいよ国際社会の行動原理でなければならず,そのことは,次第に広く理解されつつあるものと確信いたします。

思えば,戦後30余年,国民の営々たる努力によつて,わが国は目覚ましい経済発展を成し遂げましたが,その反面,物心両面にわたつて社会に若干のゆがみを招いたことも否めません。今や,人類は貴重な資源を過度に消費することは許されません。またその中で,個人や集団がエゴを突き合わせていては,生きていけないことも明らかであります。

この際,我々は更に一歩を進め,衆知を集め,活力を動員して,より健全で公正な社会を建設しなければなりません。

我々がその決意を固めて行動する限り,当面する困難は,すべて新しい飛躍への好機であり,次の発展の礎石に転化し得べき魅力ある課題となるのであります。

石油危機は,未開発の無限のエネルギーを開発し,人類共有の資産を活用して,子孫とこれを分かち合うために,新しい知恵を発揮すべき機会であります。

更に今日,国際経済社会の軋櫟は,諸国民の自制と努力によつて,協調と連帯に基づく建設的な新しい秩序を確立するための契機となるのであります。

私は,これらの課題を正面から受け止め,その解決に取り組むことが,21世紀へ向かう我々の使命であると信じ,この使命の達成のために国民の皆様の合意を求めたいと存じます。

(世界経済の動向)

当面私が最も心配しているのは,世界経済の動向であります。4年前の石油危機で世界は揺り動かされました。今なお,その衝撃から完全には立ち直つておりません。

石油を産出しない開発途上国の困窮は,言葉では言い尽くせないものがあります。そして,その開発途上国の発展に協力すべき立場にある先進工業国も,その多くがこの打撃から抜け出すことができない状況であります。

しかも,長期にわたるこのような混乱の中から,国家的なエゴイズム,すなわち保護主義への転換,偏狭なナショナリズムの抬頭という危険な兆しも現れております。

今日のこの状況を,1930年代,昭和初期の様相になぞらえる人があります。私も,確かにそのような一面があることを痛感いたします。

1929年,米国の恐慌に端を発した不況は全世界に波及しました。世界各国はこの不況から脱出するのに,保護主義,ナショナリズムをもつてしたのであります。その結果,不況は更に深まり,やがて社会不安につながつていきました。深刻な不況と社会不安からの脱出のあえぎは,ついに第2次世界大戦へと発展いたしました。

不幸な歴史は繰り返してはなりません。1930年代の過ちは断じて繰り返してはならないのであります。

今日の厳しい国際環境の中で,各国が自国中心に考えれば,それぞれ不平や不満があることもあるいは当然なことでありましよう。

しかしながら,偏狭なナショナリズムは,一波万波を呼んで,世界的混乱を招くことは必至であります。

昨年5月,主要先進国7カ国の首脳は,一堂に会して,そのような過ちを繰り返さないことを誓い合い,世界経済安定のための協力を約しました。その後の世界経済は,必ずしも思わしい結果となつていませんが,各国は今もその誓いに従って努力を重ねております。

政府は,米国,ECなど主要先進諸国との話合いを精力的に進めております。特に,日米経済関係について申し上げれば,これは,日米2国間の経済問題というより,世界第1の経済大国である米国と,第2の立場にあるわが国とが,相携えて世界経済にどのように対応するかという問題であります。

米国には経常収支赤字過大の問題があり,わが国には黒字過剰の問題があります。そのいずれもが,世界経済安定の立場から反省を求められているのであります。

このような背景の下に,このほど,日米両国の間で話合いが行われ,米国はドル価値の安定に,日本は経常収支黒字の是正にそれぞれ努力することとなつたことは,極めて重要な意味を持つものであります。

政府は,ECなど主要先進諸国との通商上の調整問題についても,国際協調を旨として,懸案の解決に努めてまいります。

わが国が,国際的観点から見て何よりも解決を急がなければならない問題は,黒字過剰問題であります。この見地から,内需主導型の経済運営により輸入を拡大するとともに,東京ラウンド交渉への積極的取組み,関税の前倒し引下げ,残存輸入制限品目の割当枠の拡大,部分自由化など一連の措置を強力に推進し,市場の開放に努めます。

自由貿易体制の発展は,世界の繁栄とわが国自身の発展にかかわる基本的な要請であり,そのためにこそ,わが国は忍ぶべきは忍び,進んでこれらの措置を採らなければならないのであります。

もとより政府は,これらの措置により,農業を始めとする国内産業に不安,動揺を与えることがないよう慎重に配慮しつつ,賢明な選択を行つてまいる所存であります。

南北問題については,政府開発援助を今後5年間に倍増以上に拡大し,物心両面にわたる協力の強化に努力いたします。

(経済運営の課題と方針-景気の回復)

このような国際情勢の中で,昨年のわが国経済は,総体として,民間需要の盛り上がりに乏しく,生産活動は一進一退という状況でありました。このため,政府は,昨年9月に総合経済対策を決定し,公共投資の大幅な追加などによつて景気の着実な回復と経常収支の黒字の縮小を図るべく,最大限の努力を払いました。

しかしながら,その後の急激な円高もあつて思うような効果を上げることができず,国民生活安定の基盤として最も重視されるべき雇用情勢についても,目立つた改善がみられませんでした。

その反面,最近,物価は極めて安定してきております。私は,今こそ思い切つた景気浮揚策を採るべきであり,またそれができると考え,本年の政策の目標を景気回復に集中する考えであります。

本年の国内経済を展望しますと,輸出に景気回復の牽引力を期待することはできません。また,生産設備が過剰となつているなどの現況からみて,設備投資に大きな役割を期待することも困難な情勢にあります。このような環境の中で,景気を浮揚する手段は,これを財政に求める外ないのであります。

そこで私は,4月から始まる53年度予算を待たず,年初早々からこの考え方を実行すべきものと考えました。

私は53年度予算に先立ち,52年度2次補正予算を提案し,いわゆる15ヵ月予算の構想の下に,当面切れ目のない財政運営を行つてまいる方針であります。

また53年度予算においても,公共事業などの規模を超大型のものとし,積極的な財政運営を行うこととしております。

もとより,積極財政,これによる内需振興だけで今日の困難な事態の乗り切りができるとは思いません。今後における産業構造の転換を展望しつつ,いわゆる構造不況業種への対策,円高によつて打撃を受けている中小企業対策,雇用安定対策などを,きめ細かく,かつ,強力に推し進めなければなりません。

政府は,財政を中心に国家資金を総動員し,また有効と考えられるすべての施策を実施し,総力を挙げて景気回復に取り組む決意を固めました。

国民の皆様も,地方公共団体も,企業も,政府の決意と相呼応して,事態の打開のため積極的に協力されるよう,強く要請いたします。

(社会開発)

しかしながら,ここで特に申し上げたいことは,今回の財政措置は,当面の経済対策にとどまらず,物心両面にわたるわが国の歴史的な社会開発を目指している点であります。

わが国は戦後,驚異的発展を成し遂げ,産業は整備され,国民生活も向上いたしましたが,生活をめぐる環境は相対的に立ち遅れています。今回,景気回復の手段として公共投資をその中心に選びましたが,それが景気波及力で最も優れているというだけでなく,この際,社会資本の立遅れを取りもどす好機であると考えたからであります。

わけても,住宅は国民の心のよりどころであり,健全な家庭の支えであります。政府はこの住宅の建設に特に重点を置くことにいたしました。また,現在及び将来にわたる国民生活の基礎となる道路,鉄道,通信,港湾,河川,農業基盤,林野,防災などに大幅な投資の拡大を行います。更に,上下水道,公園,学校,病院,保健福祉,社会教育,体育施設など,地域の生活環境の充実には特に注意を払いました。

こうしたことによつて,婦人,青少年を含め,広く地域住民の創造的な参加と連帯を求め,環境を保全し,地域的特性を生かしつつ,歴史と伝統文化に根ざした豊かな居住圏を生み出してまいりたいと思います。震災その他の災害についても,積極的に対策を推進いたします。

私はまた,国家100年の計に立つて,人造りを重視し,教育,学術,文化,スポーツなどの振興に格段の努力を払います。

また,高齢化社会の到来に備えつつ,国民生活のより一層の安定を図るため,社会保障の充実を始めとする広範な対策を整備してまいります。

更に,将来にわたつて,わが国経済社会の発展を維持するため,科学技術の振興,原子力を始めとする新エネルギーの開発,省エネルギーの推進,海洋開発などに努めます。

また,国民生活の安全保障にかかわる食糧を安定的に確保するため,総合的な自給力の向上を図ることを基本として農林水産業の体質の強化に努めてまいります。

復帰後5年を経た沖縄についても,現地の状況を踏まえつつ,その振興開発を進めます。

(物価の安定)

政府は,このような積極的な財政措置を講じますが,これによつて,経済社会の秩序に混乱をきたすとは考えません。物価が着実な安定基調にあるからであります。

物価の安定こそは,雇用の安定と並んで国民生活安定の基盤であり,社会秩序の要であります。積極財政運営の過程においては,通貨の動向,国債の消化,物資の需給などに細心の配慮をいたし,物価の動向にいささかの不安もないよう,最大の努力をいたします。

(新しい年代への対応)

さて,政府はこのようにして,53年度の経済成長の目標を7パーセント程度に置き,その実現に全力を傾けてまいります。これによつて,日本経済の5年越しの長いトンネルも,漸く出口がはつきりいたします。そしてトンネルを抜け出たその先には,私がかねがね主張している安定成長社会への道が開かれるのであります。新しい時代は,もと来た道-成長至上主義の社会では断じてありません。成長の高さよりも,その質を尊ぶ社会,活力を秘めながらも静かで均衡のとれた社会であります。それは国の流れの大きな変化であり,転換であります。

重要なことは,この変化と転換に,国家はもとより,地方公共団体も,企業も,家庭も,正しい対応の姿勢を示すことであります。日本の未来は正にその対応ができるかできないか,そのいかんにかかつていると言つても過言ではありません。

政府が行政改革に着手したのも,このような認識に基づくものであります。今後とも綱紀を正し,行政の合理化,効率化を着実に進めるよう努めてまいります。財政の健全化についても,引き続き努力してまいります。

(法秩序の維持)

こうした転換の時代に当たつて,とりわけ国民の生命,自由,財産を守り,社会的正義を貫くために欠かすことのできない要件は,法秩序の維持であります。

政府は,法秩序の厳正な維持に努め,暴力によつてこれを破壊しようとする者に対しては,断固たる態度で対処し,国民生活の安全を守る決意であります。

(外交)

ところで,昨今の国際関係の多元化,多極化の趨勢と,わが国自身の国際的地位の急速な向上という事態を背景として,わが国の外交は,世界のすべての地域にわたり,また政治のみならず経済,社会,文化などの各分野に及ぶ広範多岐な努力を求められております。

わが国の近隣諸国である米国,中国,ソ連,韓国,更にその他のアジア諸国との関係が,わが国外交にとつて極めて重要であることは申すまでもありませんが,更に,わが国が世界のすべての国と友好,互恵の関係を維持していかなければならない国柄であることを考えれば,ヨーロッパ,大洋州,中近東,中南米,アフリカの国々との間に友好と協力の関係を強化するための措置を講じていることも,また現下のわが国外交の急務であります。

昨年夏,私が東南アジア諸国を歴訪して,これら諸国民との間に相互理解に基づく真の「心と心の触れ合う」信頼関係の構築に努めましたのも,このような外交努力の現れに外なりません。

また,このたびの中近東諸国に対する外務大臣の公式訪問も,この地域が現下の国際政治の焦点であり,かつ,わが国民生活にとつて重要な鍵を握る地域であることにかんがみ,中近東諸国とわが国との関係を強化するための努力の一環をなすものでありました。

改めて申すまでもなく,このような広範なわが国外交活動の中軸となつているのは,米国との関係であります。

日米関係は,わが国にとつて,他のいかなる国との関係にもまして重要であり,日米安全保障条約を基軸として確保されている両国間の緊密な友好協力関係を維持し発展させることは,引き続きわが外交の基本的政策であります。

今日のわが国の安定と繁栄が,国民全体の英知と努力により達成されたものであることは申すまでもありません。同時にその背景として,戦後今日に至るまでの米国との密接な協力関係が,大きな役割を果たしてきたこともまた明らかであります。

日米両国の提携と協力を強化し,更に発展させることが,両国相互間の関係においてのみならず,広く世界全体の平和と繁栄を確保するために,ますます重要となっているとの確信に立つて,これを更に揺るぎないものとしたいと考えます。

日中両国の関係は,国交正常化後5年を経て,着実かつ順調に発展しております。わが国としては,日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であるとの認識に立つて,両国間の友好関係を,更に強固で永続的なものとするよう努力してまいる所存であります。また,このことがアジアの平和と安定にとつて,極めて重要であると考えるのであります。

このような観点に立つて,日中平和友好条約に関しては,双方にとつて満足のいく形で,できるだけ速やかにこれが締結されるよう,真剣に努力してまいりましたが,交渉の機は漸く熟しつつあるものと判断されますので,更に一段の努力を重ねる決意であります。

昭和31年の国交回復以来,日ソ関係は,経済,文化,貿易,人的交流などの広範な分野において,着実に発展してまいりました。しかしながら,日ソ間に真の相互信頼に基づく安定的な関係を築くためには,日ソ間の最大の懸案である北方領土の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であります。

政府は,このような見地から,先般,外務大臣をソ連に派遣し,平和条約締結交渉を行わせました。遺憾ながら,今回の交渉においても,領土問題に対するソ連の態度は固く,問題解決への前進は見られませんでしたが,政府といたしましては,今後とも,一層粘り強く交渉を継続してまいる所存であります。

(防衛問題)

国の防衛は,国家存立の基本であり,政府の果たすべき最大の責務であると言わなければなりません。

政府は,日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用を確保し,必要な防衛力の整備に力を注いでまいる所存であります。

しかしながら,防衛の根本は,国民自らの祖国を守る気概であり,国民的合意であります。

近年,防衛問題に対する国民の理解と関心が高まりつつあることは,誠に喜ばしいことでありますが,防衛問題が国民全体の問題として,広く各方面において建設的に論議されることを期待して止みません。

なお,この際付言いたしますと,昨年7月の領海法及び漁業水域に関する暫定措置法の施行に伴い,わが国漁船の保護,領海警備などの業務が飛躍的に増大しましたが,政府は,これらの水域における保安体制についても整備増強に努め,万全を期する所存であります。

(基本理念)

以上,当面する内外の諸課題と,政府の施政の基本方針について述べましたが,これらを踏まえ,私の政治に対する基本理念を要約して申し述べます。

第1は,平和に徹する信念を貫き通すことであります。

国際紛争の解決は,これを武力に求めないという日本国民の決意は,戦後30余年にして,漸く全世界の認識と理解とを深めつつあります。

わが国のように国力の大きな国が,軍事大国への道を選ばず,ひたすら平和国家への道を歩み続けることは,世界の歴史の上でも類例を見ない試みであり,世界平和のために計り知れない意義を持つものと信じます。私はこの際,特に,心を新たにして,この信念を貫き通す決意であります。

第2は,国際社会におけるわが国の責任を果たすことであります。

相互依存関係の深まる国際社会の中にあつて,わが国の立場は,ますます重きを加え,その国際的役割に対する世界の期待も急速に増大しております。

我々は,世界の平和と繁栄のために,積極的にその責任を遂行し,国際社会で名誉ある地位を確立しなければならないと考えます。

第3は,人造りに力を尽くすことであります。

当面,国民の関心,政治の焦点は,景気,経済に集中していますが,国造りは国政の要であり,そのことは,片時も忘れられてはならないところであります。

国造りの根本は人であります。無気力と放縦に流れる社会には安定も向上もあり得ません。わが国が当面する内外の困難を乗り越え,新しい時代に向かつて力強く前進を続けるためには,人々が大いに自己をみがく,豊かな創造力を培う,そしてその成果を踏まえて,社会公共に奉仕する,またそれを歓びとし,誇りとする-そのような国民的気風を養わなければならないと存じます。

私は,日本国民の一人一人,中でも次代を担う青少年が,自信と誇りをもって,21世紀に飛躍できるような日本社会の基盤を固めたいのであります。

以上は,わが国が直面している内外情勢の変化に対処するために,進んで選択すべき道であります。この道を進むに当たつては,犠牲と苦痛が伴うこともありましよう。しかし,国民の皆様の御理解と御協力がある限り,必ずや明るい展望を切り拓くことができると信じます。

政府は,その責務を果たすために,最善を尽くします。

国民の皆様の御理解と御協力を切望いたします。

目次へ

(2) 第84回国会における園田外務大臣の外交演説

      (1978年1月21日)

第84回国会が再開されるに当たり,わが外交の基本方針につき所信を申し述べます。

相互依存関係をますます深めつつある今日の国際社会において,外交は,国民生活に接に結びついております。しかも,今日のわが国は,「協調と連帯」の理念に基づき,国際社会の平和と繁栄のために積極的な貢献を行つていくことが強く期待されております。

私は,この認識の下に,国民各位の御理解と御支持を得つつ,「世界に役立つ日本」にふさわしい外交を展開してまいりたいと考えます。

今日わが国をとりまく国際環境は,まことに厳しいといわねばなりません。

1970年代前半に起きた石油危機を契機とする世界経済の混乱は,多くの国に失業,インフレなどの深刻な社会問題を発生せしめ,ひいては,保護主義的な風潮を生んでおります。かかる状態を放置し,自由貿易体制の崩壊を招くような事態となれば,国の生存を国際環境に大きく依存するわが国は,はかりしれない打撃を蒙ることとなります。

200海里時代の到来も,わが国にとり深刻な事態であり,また,わが国をとりまくエネルギー情勢も楽観を許しません。

政治情勢も,近年における産油国の発言力の顕著な増大という特徴もあつて,多極化の傾向が一層進み,国際政治の動向は複雑かつ予測しがたいものとなつております。確かに,米ソ両大国をはじめとする各国の努力もあり,国際社会の平和と安定を揺るがすような事態は回避されておりますが,朝鮮半島,中東,アフリカなどにおける緊張の継続は,国際政治の不安定要因になっているのであります。

このような情勢を前にして,わが国外交の前途は,正に多難といわざるをえません。

しかも,わが国は,今や自由世界第2位の経済力を有するに至っており,その動向の国際社会に与える影響も大なるものがあり,その経済力にふさわしい役割を国際社会において積極的に果たすことが強く期待されております。わが国がこのような期待に積極的に応えて行動しない限り,国際世論がわが国に背を向けるような事態がないとはいいきれない状況であると申しても過言ではないでありましよう。

私は,今こそ,わが国が「世界に役立つ日本」となるために行動を起こすべき時であると信じます。

これは,決して,容易なことではありません。苦痛を伴う発想の転換を必要とするところも多々ありましよう。しかし,資源も乏しく,国土も狭く,国民の英知と努力のみに頼つて国の存立を図らざるをえないわが国にとつて,国際社会との協調は,その外交の絶対の前提であり,そのためには,時に勇気をもつて前進することが必要であります。

私は,今こそその時であると考えます。

わが国が「世界に役立つ日本」となるための行動の基本的方向は,次のようなものでなくてはならないと考えます。

第1に,平和に徹し,いかなる国とも敵対的関係をつくらないことであり,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことであります。

ただし,このことは,国際情勢の現実を直視し,油断をしない心構えとそのための準備を伴つたものでなくてはなりません。日米安保体制を堅持し,必要な防衛力を整備することは,この意味で必要なことであります。

第2に,先進民主主義国として,世界の繁栄に積極的に貢献することであります。

このためには,自由貿易体制を守るべく自らの国内市場の一層の開放を含むあらゆる努力を行うこと,開発途上国の安定と繁栄に積極的に寄与すること,更には,国際社会の重要な一員としての立場から,国際社会の協調と発展のために進んで役割を果たすことが不可欠であります。

第3には,政治体制の如何を問わず,国の大小を問わず,また,地理的遠近の如何を問わず,ひろく世界の国々との間に交流を深め,意思の疎通を図り,もつて相互信頼関係を築くことであります。

以上の方向に向かつて行動するにあたり,私がとくに強調したいことは,世界の平和と繁栄なくしてはわが国の平和と繁栄もありえないという事実を深く認識し,国際協調の精神に徹することであります。

わが国民の平和への強い願い,その英知と勤勉は,すでに世界の敬意を集めております。これに加え,わが国の国際協調の姿勢に対する認識が広まれば,わが国が「世界に役立つ日本」としての地位を不動のものとすることができましよう。そうすることによつて多難なわが外交の前途にも道が開けてくると,私は,確信いたします。

次に,このような方向での外交努力の具体的な進め方について,所信を申し述べます。

まず,国際経済について申し述べます。

わが国にとり,当面の急務は,戦後最大の試練に直面している世界経済の回復と繁栄に貢献することであります。

わが国は,昨年来数次にわたる景気対策を講じてまいりました。これは,わが国内経済のためのみならず,世界経済全体の回復に貢献することを目的としたものであります。今般,政府が,53年度経済成長率に関して先進諸国中,最も高い目標を決定しましたのもこのような意図に基づいております。また,先に政府が,東京ラウンドヘの積極的な取組み,関税の前倒し引下げなどの対外経済政策を決定しましたのも,国際協力推進の観点からであります。

このようなわが国の努力は,米国,ECをはじめとする関係諸国からも高く評価されております。特に米国につきましては,昨年末の牛場国務大臣の訪米と先のストラウス通商交渉特別代表の訪日をもつて,昨秋以来の日米両政府間の協議は,決着を見るに至りました。このように,世界的な意味合いを有する日米両国の経済関係の基盤を強化しえたことは誠に欣快に存じます。他方,ECとの間にも閣僚レベルの往来を含め従来にも増して緊密な関係が保たれております。

政府は,今後とも,主要先進民主主義諸国と協力しつつ,保護主義の抑制と自由貿易の発展を図り,世界経済が安定的に拡大するよう積極的に寄与してまいる所存であります。

南北問題は,国際社会の平和と安定にも係る重大な問題であります。世界経済が混迷し,開発途上国がその影響をとりわけ強く受けている今日こそ,開発途上国の経済困難を打開し更にはその経済社会開発を推進すべく,積極的に協力する必要があります。政府としては,今後とも経済協力を積極的に推進すべく努力する所存であり,政府開発援助に関しては,今後5年間に2倍以上に拡大すべく,質・量ともに充実を図ってまいる決意であります。また,共通基金を含む一次産品問題及び債務累積問題などの解決にも積極的に取り組んでまいります。

なお,国内資源に恵まれないわが国が,国内経済の健全な運営を確保し,もつて国際社会の繁栄に貢献するためにも,原子力を含む資源・エネルギーの安定供給を確保すべく,外交上の努力を重ねる必要があると考えます。

次に世界各地域との関係について申し述べます。

日米安保体制を含む米国との友好協力関係は,わが外交の基軸であります。また,わが国と米国との間の深い相互信頼に基づいた協力関係は,世界の平和と繁栄に至大の重要性をもつに至つております。わが国としては,米国との間にあらゆる分野において率直な意思の疎通を図りつつ,両国間の成熟したパートナーシップの一層の強化を図るとともに,それを基礎に国際社会全体の平和と繁栄に大きく貢献すべく引き続き努力する決意であります。

米国と並び,西欧諸国も国際関係の安定化に重要な役割を果たしております。わが国としては,西欧諸国並びにカナダ,豪州及びニュー・ジーランドをも含めた先進民主主義諸国との友好協力関係の促進に一層努力してまいります。

アジア諸国とわが国は,平和と繁栄を分かち合う隣人関係にあります。これら諸国との協力を深め,心の触れ合う相互信頼関係を築き上げることは,わが外交の重要な課題であります。

わが国は,昨年8月の福田総理のASEAN諸国及びビルマ歴訪によつて飛躍的に拡大,強化されたこれらの諸国との友好協力関係を基礎として,これら諸国の経済発展と強靱性の強化のための自主的な努力に対し,積極的に支援を進めてまいる所存であります。

わが国はまた,インドシナ諸国との間にも相互理解に基づく新たな協力関係の醸成を図り,もつて東南アジア全域にわたる新しい協調的かつ建設的な秩序の形成に貢献してまいります。

わが国と韓国との関係につきましては,これを一層幅広いものとするため,努力を重ねてまいる所存であります。とくに政府としては,すでに国会の御承認を得た日韓大陸棚協定が速やかに実施に移され,大陸棚の開発に着手できますよう,関連の特別措置法案が是非とも今国会で早期に成立することを強く希望してやみません。

北朝鮮との関係につきましては,今後とも貿易,人物,文化などの分野における交流を漸次積み重ねることにより,何よりもまず相互理解の増進を図ることが肝要と考えます。

また,わが国といたしましては,朝鮮半島に1日も早く緊張の緩和がもたらされるよう,そのための国際環境づくりに積極的に協力するとともに,南北双方の当事者が,実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。

政府は,インド亜大陸諸国との友好協力関係を一層強化し,この地域の安定と発展に寄与してまいります。

体制の異なる国々との間の友好関係の増進もまた,私の最も重視するところであります。

日中両国関係のあり方がアジアの平和と安定に対して有する重要性にかんがみますれば,国交正常化後5年を経た今日,両国の関係が順調に進展していることは,誠に喜ばしいことであります。政府といたしましては,日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であるとの認識に立つて,両国間の善隣友好関係の一層の発展を図る考えであります。

懸案の日中平和友好条約につきましては,双方にとつて満足のいく形で,できるだけ速やかにこれが締結されるよう,真剣に努力してまいりましたが,交渉の機は漸く熟しつつあるものと判断されますので,更に一段の努力を重ねる決意であります。

日ソ関係は,1956年の国交回復以来,貿易経済関係などを中心に着実に発展しております。また漁業面では,両国間の協力協定のための交渉を進める所存であり,更に科学技術及び文化の面においても相互の交流を推進するべく努力する考えであります。

しかしながら,日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させるためには,北方4島の一括返還を実現し,平和条約を締結することが不可欠であります。私は,そのため今月8日から11日までソ連を公式訪問し,ソ連政府首脳との間に平和条約交渉を行い,わが国の立場を明確に伝えるとともに,率直な意見交換を行つてまいりました。領土問題についてのわが国とソ連との立場にはなお隔たりがありますが,私は,国民の総意を背景に,ソ連との率直な話合いを積み重ね,戦後長きにわたり日ソ間に残された領土問題を解決し,平和条約を締結するため,一層の努力を行つてまいる所存であります。

東欧諸国との関係は順調に発展してきておりますが,今後とも相互理解と友好関係を深めていく所存であります。

わが国と中東諸国との関係は,近年とみに深まつてきております。私は,今般,イラン,クウェイト,アラブ首長国連邦及びサウディ・アラビアを親善訪問し,政府首脳と親しく意見交換を行いましたが,明日に向かつて躍動しつつあるこれらの諸国の指導者が,穏健かつ現実的な政策の下に,国造りに日夜腐心されている姿を目の当たりに見,深い感銘を覚えました。わが国との友好協力を心底から希望している中東諸国との今後の関係発展は,単に経済技術の分野に留まらず,文化,教育,人的交流その他各般の分野にわたらなければならないことを痛感した次第であります。政府は,今後とも頻繁かつ継続的な交流と対話によつて,心の通い合う関係を築き上げていくための努力を続ける所存であります。

中東和平問題に関しましては,サダト・エジプト大統領の歴史的なイスラエル訪問を契機に新たな局面を迎えており,関係諸国の精力的な和平努力を通じ,公正かつ永続的な和平が1日も早く実現することを希求してやみません。

アフリカ諸国との間では,今後とも友好親善関係を一層深めてまいります。南部アフリカ問題につきましては,わが国は,人種差別政策の速やかな撤廃を希望いたします。

中南米諸国とわが国との関係の緊密化も,近年,顕著なものがあります。本年は,日本人のブラジル移住70周年でもあり,また6月には皇太子同妃両殿下がブラジル,パラグァイ両国を訪問せられることになつております。

わが国としては,我々の先達が辛苦と努力をもつて築き上げました中南米諸国との友好関係を更に強化発展すべく努力してまいりたいと存じます。

国際連合に対する協力は,国際協力を旨とするわが国外交の柱の一つであり,わが国としては,今後,国連の諸活動に関し,一層積極的役割を果たしてまいる所存であります。

本年5月に開かれる国連軍縮特別総会におきまして,わが国は,何よりも核軍縮の分野で具体的進展が見られ,かつ,通常兵器の国際移転問題につき,なんらかの国際的努力が開始されることを強く希望するものであります。

なお,新しい海洋秩序確立のための国際的努力も,わが国にとつて重要な意味を有するものであり,政府は,海洋法会議の早期妥結のため一層の努力を払う所存であります。

今日の如く相互依存関係が深まつている国際社会にあつては,世界各国の諸国民との間の相互理解の増進を図ることが,ますます必要となつております。政府は,海外における広報活動の一層の強化を図るとともに,国際交流基金を中心とする諸外国との間の文化交流を一層促進してまいる所存であります。

以上,当面のわが重要外交施策につき,所信を申し述べました。

私は,かねてより,外交の基盤は国内にあると信じ,外交とは常に国民の理解と支持を得たものでなければならないと考えておりました。国民から遊離した外交によつては,真の国益を確保することはできません。私は,このような考え方にたつて,外交を進めてまいる考えであります。ここに国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。

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(3) 第85回国会における福田内閣総理大臣所信表明演説

      (1978年9月20日)

第85回国会が開かれるに当たり,所信の一端を申し述べます。

(日中条約の締結)

日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約は,去る8月12日,北京において署名調印されました。

日中両国の関係は,歴史的に幾多の変遷を辿つてまいりましたが,このたび,互恵平等の精神に基づいた両国間の長期的な友好親善関係の基礎固めができたことは,極めて意義深いことと存じます。

日中両国が高い立場に立つて,双方の満足のいく結果を得たことは,御同慶に堪えません。国民の皆様と喜びを共にしたいと思います。

日中条約が調印に至るまでの間,国民各界各層から多くの関心が寄せられ,様々な立場から御支援,御協力を賜わりましたことに対し,心から敬意と謝意を表したいと思います。

政府は,この条約の締結によつて,日中両国の関係を更に安定した基盤の上に置き,両国の長い将来にわたる平和友好関係を強固にするのみならず,アジア,ひいては世界の平和と安定に寄与すべく,最善の努力を払う決意であります。

ここに,国会の速やかな御承認をお願いする次第であります。

(新しい外交の展望)

今日,国際社会の相互依存関係が急速に深まり,また,我が国の国力が充実するに従つて,我が国の外交もまた,単に世界の動きに受身で対応し,これを処理するということだけでは済まされない新しい時代に入つてまいりました。

長年にわたる外交諸懸案は一段落いたしました。我が国としては,更に進んで世界の平和,世界の繁栄のため,積極的な役割を果たすべきときが到来したのであります。

国際社会は,強くそのことを我が国に求めています。

(中東訪問)

過日,私が,我が国の総理大臣として,史上初めてイラン,カタル,アラブ首長国連邦及びサウディ・アラビアの四箇国を公式訪問いたしましたのは,正にこのような我が国の外交努力の一環であります。

中東和平は,現下世界政治の最大の焦点であります。この訪問において,中東における公正かつ永続的な和平の実現を切望する我が国の立場を明らかにするとともに,これらの国々の首脳と,国際的視野に立つて建設的な意見の交換を行うことができました。

同時に,文化的,歴史的に長い伝統を持つこれら諸国は,今日,世界の発展にとつて欠くことのできないエネルギー源の供給国であり,国際経済面においても重要な地位を占めております。これら諸国との間において,今後,経済・技術協力,文化交流などの面で相互の関係を一層促進することについて意見の一致を得,将来にわたる友好親善の礎が築かれました。

政府は,今回の訪問の成果を踏まえて,今後とも中東地域諸国との友好協力関係を拡大し,その安定と発展に資するべく努力を続けていく所存であります。

なお,今回のキャンプ・デービッド会談において,米国,エジプト,イスラエル3国間の今後の中東和平に向けての交渉の枠組みにつき進展が見られたことを高く評価するものであります。

(アジアの安定)

我が国の近隣であるアジア地域の安定と繁栄のために積極的役割を果たすことが,我が国外交の大きな柱の一つであることは,もとより申すまでもないところであります。

昨年夏,私は,ASEANなど東南アジア諸国を歴訪し,特に最後の訪問地であつたマニラで,東南アジアに臨む我が国の基本方針を明らかにいたしました。この基本方針は,そのまま我が国のアジアに対する姿勢であり,この姿勢の下,アジア諸国に対する平和的貢献は,着実に実りつつあります。

朝鮮半島の情勢は,我が国を含むアジアの平和と安定に深いかかわりを持つております。政府は,南北間の緊張が緩和され,平和的な統一への途につながることを期待するものであります。

韓国との間においては,4年半にわたる懸案であつた日韓大陸(だな)協定がようやく発効を見るに至りましたが,今後とも,両国間の友好関係を一層揺るぎないものにするための努力を重ねていく方針であります。

(日ソ関係)

ソ連との間に正しい相互理解に根ざした友好関係を増進することは,我が国外交の重要な課題の一つであります。私は,経済,文化,貿易,人的交流などの各分野において,今後とも,両国の幅広い交流を積極的に推進してまいります。しかしながら,その際,日ソの関係を真に安定した基礎の上に発展させるために,北方4島の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であり,政府は,このために粘り強く対ソ折衝を続ける決意であります。

(日欧関係)

同じ先進民主主義工業国として,共通の価値観を分かち合う日本と欧州諸国が,その協調関係を強めることは,世界の平和のために極めて重要であります。私は,先般主要国首脳会議のみぎり,ブラッセルに赴いて,欧州共同体本部を訪問いたしましたが,欧州各国の我が国に対する期待の大きさと同時に,我が国の国際的責任の重大さを改めて痛感いたしました。

私は,これを契機に,歴史的にも密接な関係にある日欧間の絆を一層強め,日欧の協力関係を更に緊密化するよう努力してまいります。

(日米関係)

以上申し述べてまいりました我が国の外交は,これを一言でいえば,いわば全方位平和外交とも申すべく,世界のすべての方向に向かつて,あらゆる地域,あらゆる国との間に平和友好の関係を求めることにほかなりません。そのような努力を通じて,我が国の平和を確保し得る国際環境を整備するとともに,進んで,世界のために積極的かつ重要な役割を果たすことができるのであります。

このような我が国の外交努力を可能にする基軸として,揺るぎない日米関係の存在が不可欠であることは,申すまでもないところであります。

日米安全保障体制の上に立つた米国との友好協力関係は,我が国の平和と安全を保障し,今日の繁栄を実現する上で大きな役割を果たしてまいりましたが,今や,両国の関係は,更に一歩を進め,両国が相携えて平和で友好的な国際社会の建設に寄与するという,世界のための日米協力,世界のための日米提携の関係にまで高められております。

私は,日米間の友好と信頼の関係を更に一層揺るぎないものとして確保するために,今後とも全力を傾けてまいります。

(国際経済の課題)

さて,現在国際社会が当面している最大の課題は,経済問題であります。

御承知のとおり,5年前の石油危機を契機として,国際経済全体が大きな変動を受けました。各国ともこれによつてもたらされた困難から脱出すべく懸命な努力を続けておりますが,先進工業諸国の景気回復の足取りは未だに重く,失業率も高く,各国内には,ややもすれば保護主義に傾こうとする動きが見られます。国際通貨情勢も極めて不安定であります。加えて,世界のエネルギー事情は,幾多の制約と困難の下にあります。更に南北問題の解決は,現下の大きな国際的課題となつております。

このような世界経済の当面している多くの困難を乗り切るために,去る七月,西独の首都ボンにおいて,主要国首脳会議が開かれました。この会議においては,参加各国が,互いに一つの運命共同体を形成しているとの明確な認識の下に,正に私がいう「協調と連帯」の精神に基づいて,世界経済を健全な軌道に乗せるための総合戦略について,率直な話合いを行いました。

その結果,参加各国は,自国の可能性をギリギリ追求することによつて,国際経済の安定と拡大に努力することを決意し,各国経済の実情に即した成長政策,インフレ対策,エネルギー政策など,各国が責任を持つて実行すべき具体策を盛り込んだ共同宣言が発せられたのであります。

私は,それぞれ困難な問題を抱えた各国首脳が,共通の目的を達成するために,自ら進んで具体的な政策を宣言に盛り込む決断をしたこと自体が,世界経済全体の先行きに対する信頼を高めるものとして,その意義を高く評価するものであります。

しかしながら,これらの具体策が,国際経済の安定となつて実を結ぶか否かは,かかつて今後の各国の取組み方いかんにあります。

政府は,我が国が国際経済の安定と発展のために果たすべき大きな責務にかんがみ,諸政策を機動的かつ積極的に推進し,東京ラウンド交渉の早期妥結に一層の努力を払うなど,ボン会議で合意した目標の達成に最善を尽くします。

我が国を始めとするこのような国際間の努力がその成果をあげるためには,基軸通貨であるドルの安定が何よりも必要であります。私は,ボンの首脳会議においても,この点について米国の適確な対応を促したのでありますが,米国政府が先般来一連のドル防衛策に乗り出したことを歓迎し,その効果を期待するとともに,更に一層の努力を望むものであります。政府は,今後とも,随時通貨当局間で意見の交換を行うなど,間断なき対話を通じて,国際通貨の安定に尽力する方針であります。

なお,来年の主要国首脳会議の東京開催について,各国から強い期待が寄せられております。このことは,国際社会での我が国の責任が,いよいよ重きを加えつつあることを示すものであります。

私は,我が国がその責任を自覚し,その役割を果たし,世界の期待に応えるよう全力を尽くす決意であります。

(総合経済対策の推進)

最近の我が国の経済情勢を見ますと,その基礎とも申すべき物価は,先進国の中でも極めて安定した推移を続けております。

次に,景気の側面でありますが,公共投資の大幅な拡大,在庫調整の進展などにより,国内需要はおおむね政府の経済見通しに沿つた回復を示しており,我が国経済の各方面にわたり,次第に明るさが広がりつつあります。

しかしながら,昨年来の急激な円高と輸出の自粛により,輸出数量に減少の傾向が現われております。このことは,国際社会から求められている経常収支の黒字幅の縮小の効果を持つものと期待される反面,中小企業を始め,国内産業に与える影響が懸念されるのであります。

また,業種間,地域間で景気,不景気の格差が見られ,雇用情勢にもいま一歩のもどかしさが感ぜられます。

政府は,このような情勢にかんがみ,円高などによる影響を国内需要の振興によつて補い,景気の着実な回復と雇用の改善を図ることといたしました。このため,住宅,保健,福祉等に関する施設の整備などに重点を置いた事業規模約2兆5,000億円に上る公共投資の追加を始め,構造不況業種対策,中小企業円高対策,特定不況地域対策,緊急輸入対策,円高差益還元対策などをも含む総合経済対策を決定いたしました。

このような措置により,政府経済見通しが想定する実質7パーセント程度の成長を達成するとともに,経常収支黒字幅の縮小を図り,物価の安定を維持し,財政の健全化にも留意しつつ,今後の適切な経済運営によつて,明年以降の明るい展望を切り拓いてまいります。

政府は,以上のような対策を実施するに際して,新たに必要となる予算措置については,今国会に所要の補正予算を提出いたします。

速やかな御審議をお願いする次第であります。

(我が国経済社会の向かうべき姿)

私は,この補正予算を手始めとし,国民の健康,教育,福祉,文化などに関する豊かな環境づくりによつて,我が国社会の新しい活力を掘り起こし,国民生活の充実を目指したいと考えます。そのためには,今後,国際環境の変化と資源・エネルギーの制約などに対応し,かつ,国民の要望と国際化時代の推移に見合うよう,我が国経済社会の体質改善を行つて,持続的な経済成長を達成しなければなりません。

政府は,既に第3次全国総合開発計画を策定し,その実施のための諸準備を着々進めております。定住圏構想を中心とする計画は,地方を振興し,過密,過疎に対処しながら,地域住民の参加と連帯の下に,健全で調和のとれた地域社会づくりに取り組み,歴史と伝統文化に根ざした豊かな定住圏を計画的に創造しようとするものであります。

政府は,このような考え方に配慮しつつ,速やかに中期経済計画の立案に着手し,今後の我が国経済社会の向かうべき姿を明らかにする方針であります。

(新しい技術革新へ)

我々は,21世紀への明るい展望を持つために,内外の英知を結集し,新たな技術革新の時代を招来しなければならないと思います。

資源有限という人類にとつての制約条件を,ただ手をこまねいて甘受することは許されません。積極的にこの問題に対処するためには,科学技術を振興し,資源の合理的利用を図るとともに,新しいエネルギーの開発を推進しなければなりません。

また,宇宙開発,海洋開発などビッグサイエンスの研究とともに,美しい国土を守る技術,省エネルギー技術,新交通技術,廃棄物の再資源化など国民生活に直結する技術の開発にも,多くの未開拓の分野が残されております。

私は,少なくとも21世紀初頭には,核融合エネルギーの実現を目指すべきだと思います。今後研究投資の拡大など総合的な対策を講じ,研究開発の飛躍的な促進を図る考えであります。

このためには,国際的協力が必要であります。特に日米間の協力については,さきの日米首脳会談でも合意を見たところであり,核融合及びその他の新エネルギー分野における日米の共同研究を活発に推進する方針であります。

科学技術の振興による新たな発展分野の創造は,21世紀に向かつての斬新な国民的目標となると同時に,それこそ,我が国が人類の進歩発展に進んで貢献する所以にほかならないと信じます。

(結語)

私は,本年春以来,様々な機会に世界の指導者と話合いを行いました。これらの機会を通じ,私は,今日が大いなる変化の時代であり,これに対応し,新しい時代の明るい展望を見出すべく,世界の国々が苦悩し,模索していることを強く感じました。

我が国とても例外ではありません。明治以来110年,我々日本民族は,「追いつき追い越せ」の目標の下,今日ようやく先進諸国と肩を並べるところにまでまいりました。

今や,国際社会に対する我が国の責任は極めて重く,1980年代へ移行するに際して,更に進んで先導的役割を果たすことを強く求められております。

世界は,今,正に転機に立つています。

このときに当たり,私は,改めて政治の責任の重大さに思いを致すものであります。

我々日本民族発展の方向を確立することこそ,政治の当面する最大の課題であると考えます。私は,これに全力をあげて取り組む決意であります。

もとより,現下の内外情勢に対する厳しい認識の下に,防衛体制の整備大規模災害への備え,資源・エネルギー,食糧の安定的確保,200海里時代に対応する水産業対策及び海上保安,社会・生活環境の整備,法と秩序の維持など,父祖から受け継いできた我が国土の安全と国民生活の安定を守る方策を力強く推進いたさなければなりません。

同時に,我が国の長期的発展を目指すためには,民族興隆の基盤である人づくりの原点に立ち戻つて,新しい積み重ねの努力を始めるべきであると考えます。

1世紀にわたる近代化の歩みの中で,我々日本民族は,いくたびか変動の時代を切り抜けてきました。それには,国際環境が我々に幸いしたという幸運もありましたが,基本的には,家庭で,学校で,社会で,教育が重視され,勤勉さ,豊かな創造力など,優れた資質の日本人が育てられてきたことによるものにほかなりません。

私は今,変化する時代に臨んで,我々日本民族の新しい活力の源泉を再びここにこそ求めるべきであると確信するのであります。

創造的な国民の資質と雄渾な気風は,いかなる変動にも耐え抜く国力となり,国の将来に明るい展望をもたらすものと確信いたします。

私は,そのような人づくり,国づくりに全力を傾倒する所存であります。

国民の皆様の御理解と,御協力とを切にお願いするものであります。

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(4)  第85回国会における園田外務大臣の外交演説

        (1978年9月20日)

第85回国会の開会に当たり,本年1月以降の主要外交問題について御報告いたします。

まず日中平和友好条約から御報告いたします。

1972年9月29日に国交正常化が実現して以来着実に進展してまいりました日中両国関係において,重要な懸案として残されていた日中平和友好条約につきましては,政府は,従来から日中双方が満足しうる形でできる限り速やかにその締結を図るとの基本方針の下に,最善の努力を尽くしてまいりました。しかるところ,機ようやく至り,本年7月21日から北京で行われました日中双方の交渉団による交渉の努力と経緯を踏まえて,福田総理の的確な決断の下に命を受けて,私は,8月8日より中国を訪問し,今後長期にわたる日中関係のあり方及び国際情勢について,中国の指導者と誠意をもつて率直に意見交換を行い,これを通じて同条約交渉を日中双方が満足する形で妥結すべく,全力を傾注いたしました。その結果,わが国の長期的国益に資するものと判断しうる形で交渉が妥結し,8月12日に日中平和友好条約に署名調印することができました。私は,同条約の調印を喜ぶとともに,この調印こそは,ひとえに,それぞれの立場からこの問題に御理解と御尽力をいただいた与野党の方々をはじめとする各界各層の先輩及び友人の方々の御苦労の賜物であることに想いを致し,心から感謝の意を表明いたします。

日中平和友好条約は,日中両国間の友好関係を長期的に安定したものとして確保するための基礎を築くものであるばかりでなく,かくして両国間の友好関係が長期にわたつて安定することは,そのこと自体,アジア及び世界の平和と安定に寄与するものと確信します。政府としては,この新しい日中関係を踏まえて,今後,アジア更には世界の平和と安定のために一層の貢献をしたいと考えます。

私は,ここに,この条約を1日も早く批准できますよう,できる限り速やかな御審議を賜わり,御承認いただけますようお願い申し上げる次第であります。

広くアジア諸国とわが国は,平和と繁栄を分かち合う隣人関係にあり,これらの国々との関係は,わが国外交の基盤であります。アジア諸国との相互理解と友好協力関係を増進し,この地域の平和と繁栄に寄与することは,わが国外交の基本的課題のひとつであります。政府は,このような考え方に立つて,アジア外交の強化に努めてまいりました。

特に東南アジアは,わが国がその平和と安定のために積極的な役割を果たすべき重要な地域であります。本年6月,私は,タイにおいてASEAN5カ国外相と会談いたしました。これは,昨年8月の福田総理のASEANとの首脳会議及び東南アジア歴訪の後をうけて,わが国とASEAN諸国との間の「心と心の触れ合う関係」を具体化することを目的とするものでありました。私は,この外相会談等を通じて,わが国とこれら諸国との間の友好協力と相互信頼の関係が一層深まつたと確信いたします。他方,インドシナ諸国との関係につきましては,政府は,ヴィエトナムとの間で債権債務問題を解決し,新たに経済協力を行うとともに,ヴィエトナム及びカンボディアの要人を招き緊密な意見交換を行う等の努力を行いました。その結果,インドシナ諸国との間の相互理解も着々と深まりつつあります。政府としては,このようにして深まりつつあるASEAN諸国及びビルマとの間の友好協力関係とインドシナ諸国との間の相互理解を基礎に,東南アジア全域にわたる平和と繁栄の形成に積極的に貢献していく方針であります。

わが国の重要な隣国である韓国との関係につきましては,私は,先般,関係閣僚とともに日韓定期閣僚会議に出席し,将来に向かつて,政治,経済,文化等幅広い分野において相互交流を拡大し,相互信頼の増進を図ることを基調とする「新しい協力関係」を築くべく,韓国政府首脳との間で,率直かつ忌憚のない意見交換を行つてまいりました。政府としては,今後とも,この方向で韓国との友好協力関係の維持・発展に努めてまいる方針であります。それと同時に,北朝鮮との関係につきましても,今後とも貿易,経済,文化,人的交流等の分野における関係を漸次積み重ねることにより,何よりもまず,相互理解の増進を図ることが肝要と考えます。

わが国としては,朝鮮半島に真の平和と安定をもたらすための国際環境の形成について従来にも増して積極的に協力してまいる方針であります。

更に,南西アジア諸国との間においても友好関係を一層強化すべく引き続き努力し,この地域の安定と発展に寄与してまいる考えであります。

米国との間の安保体制を含む緊密な友好協力関係は,わが国の平和と安全を確保し国民生活の繁栄を実現する上で,欠くことのできない重要な関係であり,わが国外交政策の基軸であります。また,わが国の経済力と政治的影響力が増大した結果,いまや日米間の緊密な友好協力関係は,アジア・太平洋地域の平和と安定のための不可欠の前提となつております。同時に,世界経済の安定的な拡大を確保することを含めて広く世界全体の平和と繁栄を確保するために日米両国が協力すべき分野はますます増しております。本年5月の日米首脳会談において,日米両国が世界の平和と繁栄のために如何に協力し,各々如何なる役割を果たすべきかについて具体的に話し合われたことは,この意味で誠に時宜に適うものでありました。政府としては,日米両国が共に担つているこのような責任を十分認識し,その遂行に引き続き努力する方針であります。

わが国の重要な隣国であるソ連との間の友好関係を維持し促進することが,わが国外交の重要な課題であることは申すまでもありません。

政府が従来から一貫して主張しておりますように,日ソ関係を真に安定した基礎の上に置くためには,全国民の一致した要望である北方4島の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であります。そして,その必要性は,今日ますます痛感されるところであります。私は,このような認識の下に,本年1月訪ソいたしまし々政府としては,今後ともこの問題の解決のために一層の努力を傾ける方針であります。

他方,日ソ両国の関係は,近年,貿易,経済,文化,人的交流等広い分野において着実に進展しておりますが,政府としては,今後とも漁業を含め,これらの実務面における協力を拡大し各種の交流を促進することにより,両国間の友好関係の増進を図るべく積極的に努力する方針であります。

中東諸国は,わが国にとつて相互依存関係にある重要な国々であります。私は,本年1月に中東諸国を訪問し,各国首脳と率直な意見交換を行いましたが,今般,福田総理がわが国の総理大臣として初めてイラン,カタル,アラブ首長国連邦及びサウディ・アラビアを公式訪問されたことは,中東諸国との相互理解を深め友好協力関係を一層確固たるものとしていく上で画期的な意義をもつものでありました。政府としては,今回の総理の中東訪問を新たな契機として,中東諸国との間に長期的な視野に立つた緊密な協力関係を確立するよう一層の努力を払う方針であります。また,政府としては,中東地域の平和と安定が世界の平和と繁栄のために不可欠であるとの認識のもとに,この地域の平和と安定のためにできる限りの協力を行っていく方針であります。

また,今般のキャンプ・デービッドにおける米国・エジプト・イスラエル3国首脳会談において,エジプトとイスラエルとの間で和平協定締結を目指すことで合意し,ジョルダン川西岸及びガザ地区の取扱い並びにパレスチナ問題につき交渉の枠組が合意されるに至りました。このことは,今後の中東和平へ向けての一層の前進につき希望をもたらすものであり,政府としてもこれを高く評価いたします。わが国としては,このような国際的な和平努力が実を結ぶことを強く期待するものであります。

先進民主主義国としてわが国と立場を共にする西欧諸国との協力関係は,近年ますますその重要性を増しております。わが国としては,これら諸国との関係を一層緊密なものとするための努力を払わなければなりません。その意味で,本年7月ボンで開かれた主要国首脳会議の機会に総理が欧州を訪問されたことは,極めて時宜を得たものであつたと考えます。政府としては,今後とも西欧諸国との間で,幅広い人的交流を通じて相互理解を深めつつ,緊密な協力関係を確立するよう努力してまいる方針であります。

同じアジア・太平洋地域に属し,かつ,わが国との交流が年々緊密となつている豪州,ニュー・ジーランド等の諸国及びカナダ,更には中南米,アフリカ,東欧の諸国との関係を増進することもまた,わが外交の重要な課題であります。政府は,これら諸国との友好協力関係を確固としたものとするよう努力を重ねる方針であります。

さて,現在世界は,いくつかの重大な問題に直面しております。世界経済の問題,南北問題,資源・エネルギー問題,軍縮問題,海洋法秩序の問題等は,わが国の国益にも直接係わる問題であり,わが国としても,その解決のために努力することが必要であります。同時に,このような世界的な問題の解決にできる限りの努力をしていくことは,先進工業国としてのわが国の責任でもあります。

世界経済の問題につきましては,去る7月の主要国首脳会議において,各国が当面の主要経済問題について,積極的に政策目標を示し相互に相補いつつ世界経済の安定的拡大のため努力することに合意しました。このことは,世界経済の前途に対する信頼を強める上で大変有益でありました。しかし,主要国首脳会議の真の成果は,各国が「宣言」に掲げた政策目標をいかに達成するかにかかつています。政府としましても,世界経済の運営におけるわが国の役割の増大を十分認識し,目標の達成に万全の努力を払う方針であります。

自由貿易体制の維持・強化は,わが国にとつて基本的な要請であります。去る7月の主要国首脳会議で,東京ラウンド交渉を12月15日までに妥結させることにつき合意を見ましたので,わが国としましては,右期日までに成功裡に交渉をまとめるよう,関係国とも協調して努力していく決意であります。

国際通貨情勢の安定や世界経済のインフレなき拡大を確保するためには,関係国間の協力が必要であります。政府としては,一方で関係国の努力を引き続き求めていく方針でありますが,同時に,わが国としても大局的見地からその責任を果たすために格段の努力を行うことが必要と考えます。

以上のような種々の観点からも,9月2日に決定されました総合経済対策は,重要な意味を持つものであります。

南北問題は,わが国として,一層真剣に取り組むべき重要な課題であります。政府は,政府開発援助の3年間倍増を実現するとともに,11月に予定されている一次産品共通基金についての交渉を成功裡に終結させるよう,できる限りの努力を払う方針であります。また,開発途上国の債務累積につきましても,3月の国連貿易開発理事会での決議に基づき,所要の措置を執ることとしております。

21世紀を展望して,長期的課題としてのエネルギー問題の解決を図るために,新エネルギーの研究開発に積極的に取り組むことは,世界的に重要な課題であります。去る5月の日米首脳会談の際,福田総理が日米科学技術協力に一歩を進めるよう提案を行つたのも,正にこのような考え方に基づくものでありますが,この提案は,米国政府の賛同を得て,現在その具体化のための交渉が両国間で鋭意進められております。

軍縮の問題につきましては,本年5月,私は,国連軍縮特別総会に出席し,核軍縮を中心とした軍縮の促進を強く訴えました。政府としては,今後ともこの方向で努力を続けていく方針であります。

なお,政府は,本年6月,国際人権両規約を国会に提出いたしましたが,両規約の意義及び国際的な重要性にかんがみ,その締結について速やかに御承認を賜わるよう,重ねてお願い申し上げます。

前国会の外交演説において,私は,わが国の動向が国際社会に与える影響が大であるとの認識の下に,わが国としては積極的に国際社会の平和と繁栄に貢献する「世界に役立つ日本」となるよう努力することをその外交政策の基本的目標とすべきである旨強調しました。私は,こうした努力を通じて,わが国が世界の国々にとつてなくてはならない日本としての地位を確立した時に,はじめて,平和に徹することを国是とするわが国に真の平和と繁栄を確保する道が開けてくると確信しております。

このためには,なお一層の努力を払わなければなりません。国民各位の一層の御理解と御協力を切に願う次第であります。

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(5) 第87回国会における大平内閣総理大臣施政方針演説

       (1979年1月25日)

私は,さきに,国会において内閣の首班に選ばれ,組閣早々,来年度予算の編成を了し,ここに第87回国会を迎えました。この機会に,施政全般にわたつての私の所信を申し上げ,国民各位の御批判を仰ぎ,御理解を得たいと思います。

まず,私の時代認識と政治姿勢について申し上げます。

(文化の時代の到来)

戦後30余年,我が国は,経済的豊かさを求めて,脇目もふらず邁進し,顕著な成果をめてまいりました。それは,欧米諸国を手本とする明治以降100余年にわたる近代化の精華でもありました。今日,我々が享受している自由や平等,進歩や繁栄は,その間における国民のたゆまざる努力の結晶にほかなりません。

しかしながら,我々は,この過程で,自然と人間との調和,自由と責任の均衡,深く精神の内面に根ざした生きがい等に必ずしも十分な配慮を加えてきたとは申せません。今や,国民の間にこれらに対する反省がとみに高まつてまいりました。

この事実は,もとより急速な経済の成長のもたらした都市化や近代合理主義に基づく物質文明自体が限界にきたことを示すものであると思います。いわば,近代化の時代から近代を超える時代に,経済中心の時代から文化重視の時代に至つたものとみるべきであります。

我々が,今,目指している新しい社会は,不信と対立を克服し,理解と信頼を培いつつ,家庭や地域,国家や地球社会のすべてのレベルにわたつて,真の生きがいが追求される社会であります。各人の創造力が生かされ,勤労が正当に報われる一方,法秩序が尊重され,自ら守るべき責任と節度,他者に対する理解と思いやりが行き届いた社会であります。

私は,このような文化の重視,人間性の回復をあらゆる施策の基本理念に据え,家庭基盤の充実,田園都市構想の推進等を通じて,公正で品格のある日本型福祉社会の建設に力をいたす方針であります。

(地球社会の時代)

今日,我々が住む地球は,共同体として,いよいよその相互依存の度を高め,ますます敏感に反応し合うようになつてまいりました。この地球上に生起するどのような事件や問題も,またたく間に地球全体に鋭敏に影響し,地球全体を前提に考えなければ,その有効な対応が期待できなくなつております。対立と抗争を戒め,相互の理解と協力に俟たなければ,人類の生存は困難となつてまいりました。

しかしながら,世界の現状をみますと,国際政治は多元化の傾向を強め,その中で不安定要因も増しつつあります。

他方,戦後4半世紀にわたつて国際経済秩序を支えてきたGATT・IMF体制は,今や,大きい地殻的変動に見舞われており,世界は,そのために新しい対応策を模索しております。資源問題やナショナリズムによる緊張も異常な高まりをみせ,南北間の格差も一層拡大しつつあります。

地球をめぐる現実は,そのように極めて厳しいものがあります。世界に対する甘い認識や安易な対応は,もはや許されません。世界を一つの共同体としてとらえ,世界に対する我が国の役割と責任を踏まえて,内外にわたる施策を真剣に展開しなければなりません。

日本の平和と安全を確保することは,政治の最大の責務であり,そのためには,節度ある自衛力と,これを補完する日米安全保障条約とからなる安全保障体制を堅持することが必要であります。しかし,真の安全保障は,防衛力だけで足れりとするものではありません。世界の現実に対する冷厳な認識に立つて,内政全般の秩序正しい活力ある展開を図る一方,平和な国際環境を造り上げるための積極的な外交努力が不可欠であることは,申すまでもありません。

(信頼と合意の政治)

今日,国民の間には,民主政治の基本に関する合意が既に形成されるに至つております。

その一つは,議会制民主主義に基づく政治の運営であり,一つは,秩序と活力のある自由市場経済の維持であり,一つは,内政外交を通ずる総合的な安全保障の確保であります。すべての施策を行うに当たつては,これらの基本的な枠組みを踏み外すことがあつてはなりません。既成概念にとらわれた不毛な対立や,個人や集団の利害に固執する硬直した姿勢は民主社会においては,もはや許されるところではありません。私は,民主的ルールに従い,謙虚に真実を語り,率直に当面する困難を訴えてまいるつもりであります。そして国民に対する信頼の上に立つて,厳しい現実に対する有効な対応策につき,柔軟な姿勢をもつて,より広い国民的合意を形成していくことを政治の基本姿勢としてまいりたいと思います。

行政は国民のものであり,国民の活力の活発な展開を促すことが行政の任務であることに思いをいたせば,行政は簡素で効率的なものでなければなりません。しかるに,経済の成長に支えられ,中央,地方を通じて,政府に対する期待や行政の民間への介入は,年とともに増大し,行政事務の煩瑣化と財政の肥大化とがとみに進んできました。

政治の国民生活への過剰な介入や国民の政治への過度の期待は,この際改められなければなりません。

確かに,社会的公正の確保,構造改革の推進等,行政が新たな役割を担うべき領域は拡大しておりますが,一方,時代の要請に適さなくなつた制度や慣行は,不断に見直しを行い,行政機構や定員の抑制と合理化は,一層進めなければならないと思います。とりわけ,今日,家庭や企業は,厳しい現実に対する適応の努力を重ねております。政府も国民と苦しみを分かち合うところがなければなりません。

また,公務に従事するすべての者は,自らの行動に常に反省を加え,いささかも綱紀の弛緩を招くことのないよう自戒するところがなければなりません。政府は,公務に従事するすべての者に対して,強くその自覚を促してまいる所存であります。

最近,外国航空機の購入をめぐる疑惑が国民の間に大きな論議を呼び起こしております。このことは,政治の信頼にかかわる問題でもあり,政府は事態を解明するため最善の努力をいたす所存であります。

私は,以上の基本的考え方に立つて,我が国が当面する内外の諸問題につき,所見を申し述べることといたします。

(国際関係)

我が国外交の基軸は,日米友好関係の維持,強化にあることは,申すまでもありません。日米間の友好関係は,各種の試練に耐え,ますます揺るぎないものとなつております。日米両国は,相互理解を一層深めつつ,当面する経済上の問題についても,世界経済の安定的拡大に資するため,その解決に協力しなければなりません。私は,そのため,精力的に努力する所存であります。

また,私は,我が国の隣国として,国際社会の中で重要な役割を果たしている中国及びソ連との友好関係を一層推進してまいることも,我が国外交の最も重要な課題であると考えております。ソ連との間には,未解決の北方領土の問題がありますが,辛抱強くその解決を図り,平和条約の締結を目指してまいりたいと考えております。

昨年秋,日中平和友好条約が締結され,本年元旦,米中外交関係が樹立されました。

これら一連の外交的展開は,アジア・太平洋地域のみならず,世界の平和と安定に大きく寄与するものと期待しております。我が国としても,その方向に沿つて,日中間の平和友好関係を着実に発展させたいと考えております。

日韓関係は,年とともに緊密の度を加えております。私は,両国の信頼と友好の関係をより強固なものにするよう努力する一方,南北両当事者の対話が再開され,朝鮮半島における緊張が一層緩和の方向に向かうことを期待するものであります。

また,我が国は,今後ともASEAN諸国を始めとするアジア諸国の安定と発展のための自主的努力に積極的に寄与していく方針であります。特に,私は,インドシナにおける最近の事態を深く憂慮し,平和の回復を強く希望するものであります。我が国としては,国連その他の場を通じ,外交努力を行つてきておりますが,今後とも東南アジアの平和と安定のための努力を一層強めていく考えであります。

更にまた,西欧諸国との調和のとれた協力関係は,世界の平和と繁栄にとつて極めて重要であり,この認識に立つて,日欧関係をより幅広く,一層強固なものに発展させていくための努力を続けてまいります。

中近東及びアフリカの諸国との友好と協力の関係,更には東欧諸国との交流と友好関係は,近年ますます拡大しております。今後とも,我が国は,これらの国々との関係増進に努めてまいる考えであります。

米国カナダ,豪州,ニュー・ジーランドなどの太平洋圏諸国との相互依存関係,中南米諸国との友好協力の関係は,ますます濃密なものになつております。私は,これら諸国との友好協力関係を一層揺るぎないものにするよう努力を重ねる方針であります。

(対外経済政策)

我が国は,世界経済の運営に重要な役割を果たしておりますが,今後とも率先して国際社会に受け容れられる経済運営に努め,世界の期待に応えてまいる必要があると考えます。我が国としては,引き続き内需の拡大を図り,より参入しやすい開かれた市場を諸外国に向けて提供できるよう努めるとともに,相手国にも喜ばれる輸出に心掛けて,対外的な経済均衡を図るよう努力しなければなりません。

本年,アジアにおいては初めての主要国首脳会議が我が国で開催される予定となつたことは,極めて意義深いものがあります。この会議は,世界経済の安定的拡大の諸方策につき,関係国の首脳が率直に話し合い,国際協力の実現を目指す場として極めて重要な意味を持っております。我が国は,主催国として万全の準備を整えるとともに,参加国全体の協力によつて,その成功を期してまいりたいと考えます。

また,完結に近づいた東京ラウンド交渉が実りある終結をみるよう努め,新しい貿易秩序の基礎固めに貢献するところがなげればなりません。

5月には,マニラにおいて第5回国連貿易開発会議の開催が予定されております。政府としては,一層積極的な姿勢で南北問題に取り組んでまいる所存であります。最近の南北問題の推移やアジア・太平洋地域との関係を考えるとき,我が国の経済協力は極めて重要であります。私は,政府援助を3年間で倍増し,援助額の国民総生産に占める比率の改善に努めるという規定の方針は,苦しい財政事情の中にあつても,これを貫いてまいる所存であります。

また,我が国の国際社会における立場を考えますと,先進国と発展途上国とを問わず,また,政府,民間を通じ,必要とされる資金,物資,知識,技術を可能な限り提供し,幅広く経済交流を進めていかなければなりません。特に,私は,留学生や研修生の受入れ,学者,技術者等の派遣を通じて,相手国のマン・パワーの開発に対する協力を重視してまいりたいと考えます。

昨年一ぱい変動の大きかった国際通貨情勢は,関係主要国の話合いと協力によって,このところ小康をみております。しかし,今後とも,より望ましい通貨秩序の形成を目指して,各国が,基礎的諸条件の改善と整備のため,それぞれの立場で協力することが必要であると考えております。

なお,ここで一言付言したいことは,新時代にふさわしい国際性豊かな人材の養成であります。このところ,日本人の国際性がとみに向上をみせていることは,喜ばしいところであります。また,これまで,我が国は,資金,物資の両面にわたつて,自由化を進めてまいりました。更に,文化の領域においても国際化を進めなければならない時代を迎えております。私は,この傾向を推し進め,国際性豊かな人材が各分野で幅広く活躍できるよう期待するとともに,政府としても,そのための協力を惜しまない所存であります。

(当面の経済運営)

当面の経済運営に当たつての課題は,物価の安定を保ちつつ,雇用の維持,拡大に努め,併せて世界経済に対する我が国の責任を果たすとともに,財政再建の契機をつかむことであります。

このため,雇用対策面では,中高年齢者,離職者等の雇用拡大に細心周到な配慮を加えるとともに,中小企業,構造不況業種等に対する対策をきめ細かく実施することといたしております。

また,これらの対策とともに,適切な内需の拡大を図るため,厳しい財政的制約にもかかわらず,可能な限りの財政支出を確保し,民間経済活動の展開と相俟つて,景気の回復基調が定着するよう,精一杯の努力をいたしました。このことは,同時に,国際的要請の強い国際収支の均衡にも資するものと考えております。

物価の安定は,不断に堅持すべき目標であります。最近までの物価動向は,円高の影響等から卸売物価消費者物価とも安定裡に推移してきましたが,今後はこれら諸条件の変化や諸物価の動向を十分注視しつつ,その安定基調の維持に万全を期してまいります。

財政再建の問題は,いよいよ緊切な課題となつてまいりました。今般の予算編成に当たりましても歳出内容の厳しい洗直しに取り組むとともに,社会保険診療報酬課税の特例を始めとする租税特別措置の主なる懸案事項について,その是正に努めました。しかし,財政の現状は,なお前年度を大幅に上回る公債に依存せざるを得ない状況であり,更に,その将来の展望を考えますと,その再建は,今こそ本格的に取り組まなければならない国民的課題であることは明らかであります。政府は,この問題につき,歳入,歳出を通じ,中央・地方にわたつて,積極的に検討を進めてまいる決意であります。財政があらゆる要求にそれなりに適応することができた高度成長期の夢は,もはやこれを捨て去らなければなりません。私は,そういう観点に立ち,一般消費税の導入など税負担の問題についても,国会の内外において論議が深まることを強く望んでおります。

(長期的展望)

当面の経済的課題の克服と並んで,我が国経済の中長期的発展の展望を示すことも,政府の重要な任務であると存じます。

政府は,この度,昭和60年度までを展望する新しい経済計画の基本構想をとりまとめました。国民の先行きに対する不透明感を払しょくし,均衡のとれた経済社会の発展に展望を開こうとしたものであります。政府は,この構想に基づく計画を速やかに作成し,それを指針として,今後の経済政策の具体的展開を図つてまいる考えであります。

今日,資源・エネルギーの確保は,我が国の命運を左右する重大な意味を持つております。私は,省エネルギーの一層の推進,石油の安定供給の確保,石油代替エネルギーの開発,日米科学技術協力などによる核融合を始めとする新エネルギーの研究開発等,一連のエネルギー政策を精力的に進めてまいりたいと思います。

また,国民食糧の総合的,安定的確保は,政治の基本であります。私は,そのため,国内で生産可能なものは極力国内で生産することとし,生産性の高い近代的な農家を中核的な担い手として,需給の動向や地域の実態に即して,農業の再編成を図つていく所存であります。また,国内で不足する食糧については,多角的,安定的な秩序ある輸入によつて,これを補うことといたします。

併せて,世界的な200海里時代の本格的な到来に対処して,漁業外交の積極的な展開と沖合沿岸漁業の振興に努めたいと思います。更に,森林資源の維持,培養を図つて,国土の保全と林業の発展に努めてまいる方針であります。

(活力ある日本型福祉社会の建設)

経済的・物質的豊かさとともに,我々は,暮しの中に豊かな人間性,参加と連帯に生きるふるさとを取り戻したいと思います。その実行に当たつて,私は,日本的な問題解決の手法を大切にしたいと思います。即ち,日本人の持つ自立自助の精神,思いやりのある人間関係,相互扶助の仕組みを守りながら,これに適正な公的福祉を組み合わせた公正で活力ある日本型福祉社会の建設に努めたいと思います。

そのため,私は,都市の持つ高い生産性,良質な情報と,民族の苗代ともいうべき田園の持つ豊かな自然,うるおいのある人間関係とを結合させ,健康でゆとりのある田園都市づくりの構想を進めてまいりたいと考えております。緑と自然に包まれ,安らぎに満ち,郷土愛とみずみずしい人間関係が脈打つ地域生活圏が全国的に展開され,大都市,地方都市,農山漁村のそれぞれの地域の自主性と個性を生かしつつ,均衡のとれた多彩な国土を形成しなければなりません。私は,そうした究極的理念に照らして,公共事業計画,住宅対策,福祉対策,文教政策,交通政策,農山漁村対策,大都市対策,防災対策等,諸々の政策を吟味し,その配列を考え,その推進に努めてまいります。また,沖縄の振興開発についてもその実情に応じて,施策の充実を図つてまいりたいと思います。

更に,家庭は,社会の最も大切な中核であり,充実した家庭は,日本型福祉社会の基礎であります。ゆとりと風格のある家庭を実現するためには,各家庭の自主的努力と相俟つて,政府として,住宅を始め家庭基盤の充実に資する諸施設の整備を始め,老人対策,母子対策等の施策の前進に努めたいと思います。また,本年は「国際児童年」に当たつておりますが,児童・青少年のための諸施策を一層充実するよう努めてまいります。

私は,教育の自発性と活力を尊重してまいりたいと存じます。多様化し,充実した教育の中から,個性を持つ,豊かな創造力と優れた国際感覚を身につけた若者が育ってくるものと信じております。そのため,教育に対する政治の側からの関与はできるだけ控えつつも,入試制度の改善,優れた教育者の確保,教育施設の整備等については,国公私立を問わず,政府の果たすべき役割は,責任を持つて遂行してまいりたいと思います。

また,すべての国民が自主的な選択により,生涯にわたつて常に自らを啓発し,それぞれその個性と能力を伸ばし,創造的な生活を享受できるよう,文化,教育,スポーツなどの諸条件の整備と充実を図つてまいります。

我々は,西欧型の近代化にはめざましい成果を収めましたが,その代償として,我が国に特有の精神文化のあり方を十分尊重してきたとはいえないように思います。私は,日本的なものを大切にし,それらを我々の生活の中に生き生きと位置付けたいと願うものであります。

元号問題についても,私は,これが日常生活の中に定着しているという事実を尊重して,今国会で,その法制化を果たしたいと願つております。

(結び-確かな未来を求めて)

現在,世界も日本も,新しい時代を迎えようとしております。旧来の発想や使い古された手法にとらわれていてはなりません。今,重要なことは,政治が,何とかして確かな未来への展望を国民の前に示し,国民とともに一歩一歩前進することであります。

壮大な文化の創造,個性ある地域社会の形成,科学技術の革新と産業構造の刷新,海洋や宇宙の開発,厳しい世界の現実に対応しての総合的な安全保障の確保等は,今,我我が挑戦すべき重要な課題であります。

私は,そうした課題に挑む次の世代の持つ可能性を最大限に引き出すことが,政治の責務であると確信します。

以上,私は,所信の一端を申し述べましたが,国民各位の良識と英知に支えられた御理解と御協力とを切にお願いするものであります。

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(6) 第87回国会における園田外務大臣の外交演説

      (1979年1月25日)

(はじめに)

第87回国会の再開にあたり,外交の基本方針につき所信の一端を申し述べます。

本年は1970年代の最後の年であり,1980年代に向う重要な転機の年であります。

70年代は,時代の流れを変えるようないくつかの重要な動きがあらわれて来た時期であります。

米中接近から国交正常化への動き,日中国交正常化と日中関係の進展,ヴィエトナム戦争の終結とその後のインドシナ半島の動き,これらに対応してのASEAN諸国の動き,中東,アフリカ情勢の動揺等がみられました。経済面でも,石油危機を契機とする世界的な経済困難,それに伴う保護主義の圧力の高まり,開発途上国の経済困難の増大等がみられ,しかも,そうした中で世界経済の安定的拡大のためにわが国が積極的な役割を果たすことに対する国際的な期待が強まりつつあります。

こうした情勢をふまえて1980年代を展望すると,わが国をとりまく国際環境は,今後一層厳しく,かつ複雑なものとなると覚悟せざるを得ません。

このような時に,わが国としては,そのもてる経済力と政治的影響を振り絞つて,世界の平和と繁栄のために進んで積極的な貢献をして行くことが必要であり,そうすることにのみ,これからの厳しい国際環境の中でわが国の真の平和と繁栄を確保する道があると考えます。

(外交の基本方針-政治)

私は,このような認識にたつて,これからの外交を進めてまいる決意であり,以下,その方針について申し述べます。

日米安保体制を基礎とした米国との友好協力関係は,わが国外交の基軸であり,わが国はもちろん,アジアひいては世界の平和と繁栄のために大きく貢献するに至つております。政府としては,このような日米間の友好協力関係を一層揺るぎないものとするために,各界の幅広い交流を強化し,日米間の相互信頼関係を一層深めるよう不断の努力を行うとともに,世界的な視野にたつた米国との協力関係を一層発展させて行く方針であります。

アジアの平和と繁栄に積極的に寄与することは,わが国外交の最も重要な課題の一つであります。

特に,東南アジアの平和と繁栄を確保することは,わが国にとつて,極めて重要な問題であります。政府としては,ASEAN諸国及びビルマとの間の幅広い友好協力関係の一層の増進に努めるとともに,インドシナ諸国との間にも相互理解の増進を図り,もつて東南アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に寄与してまいる方針であります。ASEAN諸国の強靱性強化のための努力は,特にこれを重視し,これに対する支援,協力を一層強化してまいります。また,最近,米国,EC,豪州等の諸国が,ASEANに対する協力について積極的な姿勢を示していることは歓迎すべきことであります。政府としては,今後,ASEAN諸国に対する支援について,これら諸国とも緊密に協力してまいる方針であります。

他方,カンボディアをめぐる最近の事態は,極めて遺憾であり,内政不干渉と民族自決の原則にのつとつて,一日も早く平和と安定が回復されることを強く希望いたします。この見地から政府としては,ASEAN諸国等と協力しつつ,この地域の平和と安定のためにできる限りの努力を続けてまいる決意であります。

また,インドシナ難民の増加は,アジア・太平洋地域の不安定要因となつております。政府としては,このような認識にたつて,財政的支援をはじめとする一連の措置に加えて,更にとるべき方策を検討し,この問題の解決のための国際的な努力にできる限りの協力を行つてまいる方針であります。

韓国については,その内外諸情勢の展開をも踏まえ,新たな見地から幅広い協力関係を発展させるべく努力する方針であります。北朝鮮との関係についても,今後とも経済,文化等の分野における交流を漸次積み重ね,相互理解の増進に努めてまいります。また,朝鮮半島に真の平和と安定をもたらすためには,まず南北対話の再開が必要であります。政府としては,そのための国際環境づくりに向つて関係国と協力しつつ努力してまいる方針であります。

南西アジア諸国及びインド洋の平和と安定もわが国の大きな関心を有するところであります。政府としては,今後とも南西アジア諸国の安定のための自主的な努力に対する協力を進めてまいる方針であります。

中国との関係については,日中平和友好条約を基礎として,相互理解の増進と友好関係の発展に努め,もつて,新たな段階を迎えた日中関係がアジアひいては世界の平和と安定に寄与するものとなるよう最大限の努力を払う方針であります。

中国と並んで重要な隣国であるソ連との間の友好関係を維持発展させることもわが国外交の基本課題であります。

日ソ関係を真に安定した基礎の上に置くためには,北方四島の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であります。この問題を解決するためには,日ソ間の実務的な協力関係を発展させつつ,ソ連との間で率直にして誠意ある対話を重ね相互理解と相互信頼を深めて行くことが必要であります。このために政府としては,ソ連首脳の来日を実現することを含め,あらゆるレベルでの対話を積み上げるべく努力してまいる方針であります。

世界の平和と繁栄に貢献することを目標とする外交を進めて行く上で,西欧諸国並びにカナダ,豪州及びニュー・ジーランドとの緊密な協力関係を維持することが近時ますます重要になつております。この見地から,政府としては,これら諸国との幅広い協力関係の増進に特に配慮し,このために積極的な努力を払つてまいる方針であります。

中近東諸国との間においては,長期的な相互補完関係を基礎として友好協力関係の強化に努めてまいります。最近のイランにおける情勢の推移については,わが国として重大な関心を持つております。また,エジプト・イスラエル両国をはじめとする関係諸国の努力により,中東における公正かつ永続的和平が一日も早く実現するよう切望しております。政府としては,中近東地域の平和と安定のためにできる限りの貢献を行つてまいる方針であります。

中南米の諸国との関係についても更にはアフリカの諸国との関係についても,政府首脳レベルの交流を含む各種レベルの交流を深め,相互協力の基盤を拡げつつ長期的な展望にたつた友好協力関係を増進するよう心を新たにして積極的な努力を展開してまいります。

東欧諸国との間においても,政府としては,相互理解の増進と友好関係の発展のため,更に一層の努力を払つてまいる方針であります。

以上のような国と国との関係に基礎をおいた外交とともに,軍縮,新しい海洋法秩序の確立等国際政治の課題やハイジャック,テロ等国境を超えた国際社会の共通の課題を解決するための国際的な努力に積極的な協力を行うこともわが国外交の重要な課題であります。政府としては,これらの分野においても,国連その他の場において一層積極的に協力を進めてまいる方針であります。

(経済外交)

以上,主として,国際政治の面におけるわが国外交の基本的な方針について申し述べました。

世界経済の問題も,世界の平和と繁栄を確保する上での重要な課題となつております。特に,わが国の場合,経済面における努力は,わが国のなしうる国際社会に対する貢献の最も大きなものであり,その意味で政治面における努力と密接不可分の関係にあります。

世界経済は,これまでの各国の努力の結果,最近明るさをとり戻してきた面もありますが,未だ本格的な拡大基調を回復するには至つておりません。そうした情況の下で,保護主義の圧力は根強いものとなつております。

南北問題の分野においても,解決を要する多くの問題があり,エネルギーをめぐる国際情勢にも厳しいものがあります。

世界経済の抱えるこれら問題の多くは長期的あるいは構造的な見地からの対応策を必要としております。このような対応策を見いだすことこそが,正に1980年代の世界経済の課題であり,こうした課題を解決するための国際的な努力に積極的に協力することこそ,世界の平和と繁栄の確保に寄与することを目指すわが国外交の進むべき道であります。このための努力は,しばしば国内的に多大の困難と苦痛を伴うものであります。しかし,わが国がこのような努力を行うことは,わが国自体の経済の持続的な繁栄を可能にする環境を作ることにつながるものであり,あえて進まねばならない道であります。

このような認識にたつて,わが国はこれまでも,世界経済の安定的拡大に資するために,各般の措置を講ずるとともに,諸外国からも同様の協力を得るべく努めてまいりました。しかしながら,世界経済の現状をみる時,世界各国とともにわが国が世界経済の安定的拡大のために,更に一層の努力を行うことが必要であります。

従つて,政府としては,妥結の方向に大きく前進した東京ラウンド交渉を,一日も早く成功裡に終結させるべく各国と協調して更に一層の努力を払う方針であり,また,ようやくあらわれつつある経常収支の黒字幅の縮小傾向を一層定着させるべく輸入の増大を中心として,更に努力する方針であります。

更に,昨年の石油価格引上げや最近のイラン情勢等をも踏まえ,資源・エネルギーの安定的供給の確保のために努力することが必要であり,同時に日米間の新エネルギー研究開発を目的とする科学技術協力をはじめとして,エネルギー問題の長期的課題の解決に向けての国際協力に積極的に参画してまいります。

本年は,わが国で主要国首脳会議が開催される予定であります。政府としては,以上述べたような方向の努力を積み重ねつつ,各国とともに,来るべき主要国首脳会議が世界経済の前途に一層の明るさをもたらす契機となるよう,最大限の努力を払つてまいる方針であります。

このような経済問題の中でも南北問題は,アジアの一員としてのわが国が特に重視すべき課題であります。南北間の著しい経済的な格差は,世界経済の安定的拡大にとつての障害であり,また政治的な不安定要因でもあります。

本年は第5回国連貿易開発会議が開催され,また,主要国首脳会議においても南北問題が重要な議題の一つとなる予定であります。政府としては,こうした機会を含めて,南北間の調和協調を図ることを旨として,南北問題の解決のための国際的な努力を成功に導くために積極的な役割を果たしてまいる決意であります。

このような見地にたつて,政府としては,今後政府開発援助の3年間倍増の確実な達成を図り,更に,援助額の国民総生産に占める比率の増大,援助の質の向上,執行方法の一層の改善に引き続き最大限の努力を払うとともに,共通基金の設立,一次産品所得の安定をはじめとする開発途上国の貿易環境の改善のための諸施策の実現に一層努力してまいる方針であります。

(文化面での協力)

以上,政治経済両面にわたるわが国外交の基本的な進め方について申し述べました。申すまでもなく外交は,国と国,人と人との相互信頼の上に成り立つものであります。従って,わが国民と諸外国の国民との間の相互理解の増進に努めることは外交の前提ともいうべき重要な課題であります。政府としては,このような認識の下に,文化面での諸外国との交流の促進,諸外国の正しい対日理解の増進のために特段の努力を払つてまいる方針であります。

(結び)

私は,平和に徹することを国是とするわが国の憲法の精神は人類の先覚者として誇りうるものであると自負する一人であります。私は,この誇り高き憲法の精神にのつとり,世界の平和と繁栄がなければわが国の平和と繁栄もないとの認識にたつて,国際社会をより平和でより豊かなものとするよう全力を傾けて行くことが,わが国の使命であると考えております。

このような道は決して安易なものではなく,むしろ試練にみちたものであります。しかし,資源も乏しく,国土も狭く,国の存立を国際環境に大きく依存し,国民の英知と努力のみによつて国の平和と繁栄を図らざるを得ないわが国にとつて進むべき道はこれ以外にはありません。

私はこのような考え方にたつて,これからの厳しい国際環境の中で一歩一歩着実に外交を進めてまいる決意であります。

国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。

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