-国際経済など多数国間問題解決への努力-
第2節 国際経済など多数国間問題解決への努力
<1978年の世界経済>
世界経済は先進国経済における内需の拡大,国際収支調整の進展などの面で改善がみられ,全体としてかなりの明るさをとり戻すに至つている。しかし,高水準の失業,根強いインフレ圧力など克服すべき問題も依然として残されている。世界経済の原動力となるべき先進国の経済をみると,欧米間の経済回復の破行性には改善のあとが見られたが,78年の経済協力開発機構(OECD)加盟国全体の実質経済成長率は77年(3.7%)とほぼ同程度になると見込まれている。
物価は,全体として,鎮静化の傾向が見られたものの依然高水準であり,一部の国,特に米国ではその騰勢が強まつた。
雇用面では,西欧諸国では依然高水準の失業が継続し,これに中進国の追い上げなどもからんだセクター上の困難も加わつて,多くの国において根強い保護主義的圧力がみられた。
世界的な国際収支不均衡問題には,78年大きな変化がみられた。すなわち,産油国の経常収支黒字は,大幅に縮小し,また一旦縮小した非産油開発途上国の赤字は,再び拡大した。一方先進国全体の経常収支は改善をみせ,78年には黒字に転じると見込まれる。このような中で米国の大幅赤字,わが国の大幅黒字,西独の黒字基調といつた国際収支不均衡も78年後半以降改善傾向を示しつつある。
こうした国際収支の不均衡,特に米国の大幅赤字を背景に国際通貨情勢は77年秋以降動揺をみせ,経済の先行きに対する不安定要因となるとともに,各国の経済情勢改善努力の阻害要因となつた。米国政府は78年11月1日に至り総合的なドル防衛策を発表し,その後通貨情勢は比較的安定的に推移してきた。また欧州においては,国際通貨情勢の動揺から域内経済を守るとの気運が高まり,7月の欧州理事会において新欧州通貨制度(EMS)の基本構想が合意され,79年3月13日に同制度は発足する。
76年に数量ベースで前年比10.6%増の回復を示した世界貿易は,77年には4.1%増にとどまり,78年についても前年水準を若干上回る程度にとどまつたものと思われる。
78年石油需要は,全般的な世界経済の回復の遅れを反映し,緩慢な伸びにとどまつたものとみられる。他方,供給面については,非OPEC地域における増産が進んだ。このような石油の需給情勢を反映して,77年半ば頃から石油市場は供給過剰気味に推移し,また石油価格も事実上据え置かれていたが,78年末のOPECアブダビ総会において79年については段階的に値上げし,年間平均は10%の増加を決定した。しかしイラン情勢に端を発する石油需給のタイト化により,年間の価格上昇は10%をはるかに上回ることになると思われ,エネルギー情勢が世界経済に与える影響が懸念される。
<国際協力の推進>
78年は,国際経済の直面する諸問題が相互に深く関連していること,及びこれらの問題を解決するためには各国が具体的措置を伴つた相互支援的政策をとる必要があることが極めて明確に認識された年であつた。そして,そのような認識の下で,各国は世界経済の安定的発展のための国際協調を推進し,わが国もこれに積極的に参加した。相互支援的政策については,78年6月のOECD閣僚理事会における「協調的行動」の合意などを経て,7月にボンで開催された第4回主要国首脳会議(サミット)において明確に表現された。ボン・サミットの宣言において各国は,世界経済が直面する5つの主要課題,すなわち,インフレなき経済成長,エネルギー,通貨,貿易,開発途上国との関係につき,これらの問題を相互関連性において取りあげ,参加各国がこれらの課題に対して相当具体的な政策を掲げ,相互に支援し合う形でそれを推進することに合意した。世界経済が引き続き厳しい情勢下にあるおり,このような具体的な形で主要国の協力が合意されたことは,ボン・サミットの大きな特徴である。わが国は,ボン・サミットに終始積極的姿勢で臨み,各国間の協調と連帯を強調した。会議でのわが国に対する大きな関心は,経済成長と経常収支の動向であつたが,この点に関し,わが国の情勢と,わが国がとつている各種施策につき詳しく説明し,各国の理解と協力が得られた。
成長,雇用,インフレに関し,ボン・サミットでは,各国が各々の国内経済情勢に見合つた経済政策,インフレ対策をとることが合意され,各国ともその実施のための努力を継続した。
貿易面では国際貿易を拡大する決意を再確認し,開放的な国際貿易体制の維持強化に合意した。これに関連し,東京ラウンド交渉のこれまでの進展を評価・支持した。東京ラウンドは78年中に最終妥結を見るには至らなかつたが,その後も鋭意努力が続けられた。貿易に関しては更に経済協力開発機構(OECD)において,自由貿易体制の維持を目的として「貿易制限自粛宣言」(貿易プレッジ)が78年についても更新された。
エネルギー面における国際協力は,国際エネルギー機関(IEA)を中心に進められた。IEAでは77年の閣僚理事会で輸入石油依存度低減目標を決定し,78年はこれに沿つて具体的な改善策などにつき,勧告を行つた。また原子力と並んで,今後一層重要となるとみられる石炭利用についても,総合的な検討が精力的に進められている。イラン情勢に端を発する石油需給のタイト化の中で,79年3月初めに開かれたIEA理事会で加盟国が石油需要を約5%削減することに合意したことは特筆される。
78年は,南北問題で注目すべき幾つかの進展がみられ,南北対話の基調が維持された。この問題については,2.において詳述する。
<わが国の国際協力>
世界経済を安定的拡大の軌道に乗せるための国際的協調の中で,わが国は,その世界経済に占める地位にふさわしい責任と役割を果すべく努力を継続した。
自由世界第2位の経済力を有するわが国の積極的役割に対する各国の期待はますます高まつており,特にわが国の経済成長,経常収支動向などに強い関心が寄せられてきている。このような状況下,わが国としては,雇用の改善と対外均衡の回復という政策目標を掲げ,これを達成すべく78年9月には総合経済対策を決定し,引き続き内需の拡大に努めるとともに一層の市場開放や,各種の措置による輸入促進を図ることとした。このような諸努力の結果,78年度7%という成長見通しは対外経常余剰の大幅な落ち込みにより達成が困難となつたものの,内需拡大は当初見通しを上回り,またわが国の経常収支不均衡は着実に改善傾向を示してきた。以上のような努力に加え,わが国は更に,自由貿易体制の維持強化という基本方針にのつとつて東京ラウンドに積極的に取組んできた。国際経済の先行きに依然として厳しさが予想される中にあつて,わが国として重要なことは,国際協力の推進により,わが国の経済体質を一層国際化していくことであり,そうすることは,国際協調の観点のみならずわが国自身の国益のためにも必要なことといえよう。
78年の南北対話においては,77年7月に閉幕した国際経済協力会議(CIEC)以降の南北対話のあり方をめぐつて,開発途上国側は,国連貿易開発会議(UNCTAD)を中心として新国際経済秩序の樹立を要求するとの基本的立場をとつた。他方先進国側は,開発途上国との相互依存の認識を深めつつも,先進国経済の停滞が続いている中で,開発途上国の発展段階の多様化の拡大傾向,特に貿易シェアを広げつつあるいわゆる中進国に対する対応ぶりをいかにして進めるかを模索するとの一般的態度が看取された。
78年の南北問題における主要な出来事は,南北問題の主要な懸案であつた一次産品総合計画,なかんずく,共通基金設立問題,及び開発途上国の債務累積問題の2点につき大きな前進がみられたことであつた。
一次産品総合計画(1976年の第4回国連貿易開発会議で採択されたもので,一次産品価格,貿易の安定と開発途上国の輸出所得改善を総合的なアプローチにより図ろうとするもの)については,同計画の要となる共通基金設立につき数回の交渉会議を経た後,78年11月の交渉会議で南北双方の歩み寄りがみられ,79年3月の交渉会議では,その基本的要素につき合意が得られた。これは,近年のUNCTADにおける南北対話の大きな成果として評価される。右合意によれば,共通基金は価格安定及び研究・開発,生産促進などを目的とし,国際商品協定などに融資する基金(新機関)として,緩衝在庫融資勘定である第1の窓は4億ドル,緩衝在庫以外の措置への融資勘定である第2の窓は3億5千万ドルの資金規模を有するものとされている。また各商品協定からは緩衝在庫に必要な最大資金需要の1/3が共通基金に預託され,その見返りとして各商品協定は,その最大資金需要量を共通基金から借入れられることとなっている。なお,協定作成のための交渉会議が,79年中に開催される予定である。
同計画のもう一つの柱としての個別産品協議も,各品目について行われ,特に天然ゴムに関しては,2回の交渉会議の結果として,緩衝在庫を中心とした価格安定化をめざす協定の枠組が,79年4月に合意された点が注目されよう。
また長年にわたる南北問題の主要懸案事項であつた累積債務問題についても,78年中に一応の決着がみられた。78年3月の国連貿易開発理事会閣僚会議において,貧困国の債務・開発問題の解決に資するため,既存の2国間政府開発援助(借款)の条件調整,あるいは,それと同等の措置を債権国がとるべく努力することに合意した。
このように76年の第4回国連貿易開発会議のフォローアップ案件について上述の如き成果を挙げ得たことは,南北対話を現実的な姿勢で,より建設的なものにしたいとする政治的配慮が南北双方に働いたものとして注目される。
なお78年後半から79年初めにかけては,79年5月の第5回国連貿易開発会議に対する取り組み方をめぐつて,南北がそれぞれの方針の調整など準備を行い,80年代の南北対話の方向づけの模索が行われた。特に開発途上国側は各地域グループでの検討を経て79年2月のアルーシア(タンザニア)での閣僚会議において「集団的自立のためのアルーシア計画及び交渉のための枠組」と題する文書を採択し,統一ポジションを形成した。右文書における途上国側の要求は極めて多岐にわたっており,途上国側として,第5回国連貿易開発会議に臨む優先項目を絞り切れなかつた事情が看取される。このことは,次第に顕在化してゆく開発途上国内での発展段階の多様化の現実を前に,77ヵ国グループとしての政治的一体化をいかにして確保してゆくかという,南北問題の今後の方向にも影響する根深い問題が内在しているものとみられる。
わが国は,78年においても引き続き南北問題の解決に各国と協調し積極的な協力を行つた。
(イ) 共通基金については,交渉会議に積極的に参加し,南北間の取りまとめのため柔軟な態度で対応し,交渉の成功に大きく寄与した。わが国のかかる合意達成に向けての主導的役割は,ASEANを初めとする途上国側より高く評価された。わが国としては,わが国の基本的国益が世界全体の政治的・経済的安定と発展を図ることによつて初めて増進されるとの認識に基づき南北問題に対し開発途上国の多様な開発上の需要に応えうる総合的な施策を講ずるとの基本姿勢の下に,今後とも積極的な態度で臨む方針をとつている。
(ロ) ガット東京ラウンド交渉においては,78年1月に鉱工業品及び農産物の関税及び非関税措置のイニシャル・オファーを提示したが,同年夏以降,各国のリクエストにも十分配慮して関税に関する改善オファーを提示し,その後順次2国間で合意に達している。78年4月より,ASEAN諸国からの特恵輸入を容易にするため累積原産地制度を認めることとした。
(ハ) 政府開発援助(ODA)の量については,78年において総額で77年の約3,825億円から約4,663億円へと21.9%の増加となつた。しかしながら対GNP比率においては77年の0.21%から0.23%へと上昇したものの,依然,DAC加盟諸国水準(77年平均0.31%)からは程遠い状態にある。これは,わが国の南北問題に対する基本姿勢に照せば極めて不満足な状況といえよう。わが国は,ODAの対GNP比0.7%の目標を受諾しており,この目的達成のため最大限の努力を行うこととしている。かかる政策意図の表われとして,わが国は,従来の「5年間ODA倍増」を一歩進め,78年5月の総理訪米および7月のボン・サミットの際3年間にODAを倍増する旨表明した。かかる背景において編成された79年度のODA事業予算は,総額7,217億円と前年度比13.6%増となつている。また,後発開発途上国(LLDC)及び石油危機により深刻な影響をうけた国(MSAC)に対しては,過去のODA債務救済のため同等措置としてアンタイの新規無償資金供与を実施中である。
(ニ) 地域開発金融機関に対する協力としては,アジア開発銀行において最大の出資国となっており,アフリカ開発基金に対しては79年には最大の出資国となる見込みである。また米州開銀に対しても域外最大の出資国となつている。
原子力発電の促進のための努力は,特に73年の石油危機以降,世界各国で進められているが,石油その他のエネルギー資源に乏しいわが国としては,特にこの開発を進めなければならない立場にある。
他方,かかる原子力平和利用には,これに伴う核拡散の危険をいかに防止するかという問題が常に並存するが,特に74年のインドの核実験以降,核拡散防止のための国際的規制を更に強化しなければならないという意識が強まつている。
わが国としては,かかる核拡散防止のための国際的努力には,世界の平和及びわが国の安全のためにも積極的に協力するが,わが国の原子力平和利用に対する不当な制約は排除するとの基本的方針に従つて活発な外交活動を行つている(このため,外務省は79年度より,原子力課を新設する)。
78年においては,77年より米国の提唱により開始された国際核燃料サイクル評価(INFCE)が,原子力平和利用と核拡散防止の両立を図る技術的方策を探求するため続けられたほか,年初に,わが国外交当局の最大限の努力により日加原子力協定改正交渉が妥結し,加産天然ウランの供給停止が解除されたこと,加とほぼ同様の内容の原子力協定の改正を意図する豪が,わが国はじめ各国とこのための交渉を開始したこと,3月には,米国において新・核拡散防止法が成立し,これによつて米国もわが国,ユーラトムはじめ各国との原子力協定を,上記の加・豪と同様に改正せねばならぬこととなり,このための協議が開始されたことなどが注目される。
また年初には,わが国はじめ原子力利用先進国が,原子力資材の輸出に当たつて核拡散防止を確保するための共通輸出政策を発表したほか,核物質防護(核ジャック防止)のための国際条約の採択会議も78年中数回開催された。わが国は,かかる核拡散防止のための国際的努力に積極的に参加した。
また年初には,わが国はじめ原子力利用先進国が,原子力資材の輸出に当たつて核拡散防止を確保するための共通輸出政策を発表したほか,核物質防護(核ジャック防止)のための国際条約の採択会議も78年中数回開催された。わが国は,かかる核拡散防止のための国際的努力に積極的に参加した。