-わが外交の基本的課題-

第2章 わが外交の基本的課題

第1章においてわが国をとりまく国際環境を概観したが,本章ではそのような国際環境の下におけるわが外交の基本的課題について述べることとする。

1. わが国は,資源に乏しく,国土も狭く,国の存立を国際環境に大きく依存している国柄であつて,あくまでも国際協調を図る以外にその生存を確保する途はない。しかも,国際社会における相互依存性の深まりに伴い,わが国の国民生活は,今日あらゆる面で国際社会との結びつきを一層深めていく傾向にある。

これと同時に,わが国の経済力の向上に伴いわが国の国際的な地位も一段と高まつてきている。これは,国民の英知と努力の結晶であるが,わが国が戦後一貫して平和に徹する国としての道を歩み,一方において,平和憲法の下における必要最小限の自衛力の整備と米国との安全保障体制の堅持とによつて自らの安全を確保するとともに,他方において諸外国との交流と協調の増進に努めてきた成果でもある。

しかも,このようなわが国の国際的な地位の向上に伴い,世界の平和と繁栄のため,とりわけ世界経済の安定的拡大のためにわが国が積極的な責任と役割を果たすことに対する国際的な期待も一段と強まつてきている。

2. 他方,国際社会の動きに目を転ずれば,1970年代には米中接近から国交正常化への動き,日中国交正常化と日中関係の進展,ヴィエトナム戦争の終結とその後のインドシナ半島の動き,これに対応してのASEAN諸国の動き,中東,アフリカ情勢の動揺などがみられ,経済面においては,石油危機を契機とする世界的な経済困難,それに伴う保護主義の圧力の増大,開発途上国の経済困難の増大などがみられ今日に至つている。更に最近においては,インドシナにおける抗争と対立の激化,インドシナ難民問題の深刻化,エネルギーをめぐる国際情勢の深刻化などがみられる。来るべき1980年代を展望すると,わが国をとりまく国際環境は,今後一層厳しく,かつ複雑なものになると覚悟せざるを得ないものと思われる。

しかも,今日の国際社会においては,政治,経済などの諸分野が密接に絡み合い,相互依存と相互補完の度合いが深まりつつあり,従つて,国際間の対立と抗争を戒め,国際的な相互理解に基づく協調と協力に俟たなければ,国際社会の抱える諸問題に有効に対処しえなくなつてきている。

3. このような時に臨んで,わが国としては,その持てる経済力と政治的影響力を振り絞つて,世界の平和と繁栄のために進んで積極的な貢献をしていくことが必要である。このような世界的視野に立つた積極外交を強力に推進することによつてのみ,これからの厳しい国際環境の中でわが国の真の平和と繁栄を確保する道が開けてくるであろう。

以上のような認識に立つて,わが国が国際社会の期待に応えつつ,国の安全と国民生活の繁栄のために必要な良好な国際環境を確保していくために,わが国が取り組むべき外交の基本的課題は次のように要約できよう。

(1) 第1に,わが国は,アジア及び世界の平和と安定のため,不安定化傾向を阻止し,安定化傾向を助長する方向で,わが国にふさわしい外交的・政治的責任と役割を積極的に果たしていかなければならない。

かかる観点から,わが国としては,朝鮮半島における緊張緩和のための国際環境づくりのために,米国をはじめとする関係国とともに引き続き努力する必要がある。インドシナについても,ASEAN諸国などと協調しつつ,この地域に平和を回復し,ASEAN諸国とインドシナ諸国の間に共存共栄関係が樹立されるよう積極的な努力を払つていかなければならない。また,アジア・太平洋地域における不安定要因となつているインドシナ難民問題については,財政的支援の一層の拡大,難民定住の受入れの強化などを含め,この問題の解決のための国際的な努力に積極的な貢献をしていく必要がある。更に,わが国としては,中近東地域の安定,特に公正かつ永続的な包括的和平の達成を願い,域内諸国の民生の安定に資するよう,わが国独自の立場から応分の貢献を行つていかなければならない。

もとより,わが国外交の基軸は,日米安保体制を含む米国との緊密な友好協力関係である。日米間の相互信頼関係を一層深めるよう不断に努力するとともに,安定的な経済関係の維持発展に努め,かつ世界的な視野にたつた米国との協力関係を一層発展させていくことは,今後ともわが外交にとり至大の重要性をもつことは言うまでもない。また,西欧諸国並びにカナダ,豪州及びニュー・ジーランドとの緊密かつ幅広い協力関係を増進させることも,ますます重要となつてきている。更に,韓国及びASEAN諸国,ビルマなどの東南アジア諸国との間の幅広い友好協力関係を増進し,また,南西アジア諸国との交流と相互理解を深めることについても,一層の努力を払つていきたい。他方,わが国と体制を異にする諸国との対話を促進し,安定的な関係を維持することも重要である。わけてもわが国の隣国として,国際社会の中で重要な役割を果たしている中国及びソ連との友好関係を一層増進することも大切である。更に,わが国としては,中近東・アフリカ及び中南米の国々との間に友好協力と対話を基調とする外交を積極的に展開していかなければならない。

以上に加え,国際関係の安定化に資するような軍縮,核拡散防止などの軍備管理措置の促進もまた重要であり,わが国としては,平和国家としての立場から,この分野における国際努力にも積極的に貢献していかなければならない。

(2) 第2に,わが国は,世界経済を安定的拡大の方向に進めていくための国際的な努力に積極的に貢献していかなければならない。特にわが国の場合,経済面における努力は,わが国のなしうる国際社会に対する貢献の最も大きなものであり,その意味で政治面における努力と密接不可分の関係にあると言えよう。

わが国としては,世界経済の調和ある発展に積極的に貢献しうるような形でのわが国経済の運営を図つて行くことが必要である。このような方向での努力としては,対外均衡の維持に留意しつつ,内需の拡大を中心とした経済の運営に引き続き努めるとともに,わが国の市場の一層の開放,流通機構の整備に努めること,更には,世界経済の構造的変化に一層適応しうるよう,経済体質の改善を促進することが必要であろう。

同時にわが国としては,世界経済の安定と繁栄に対し枢要かつ不可欠の役割を担つている米国及び西欧諸国と協調して,引き続き保護主義を排し,開放的貿易体制の維持のため努力していかなければならない。この関連で,東京ラウンド交渉の結果を可及的速やかに実施するための国内的措置を進めることが肝要である。

(3) 第3に,わが国は,最近におけるエネルギー情勢の悪化にもかんがみ,エネルギー問題の解決のための国際的な努力に対し,国際エネルギー機関(IEA)の場をはじめとして他の関係諸国とともに従来にも増して積極的な貢献をしていかなければならない。

わが国としては,一方においてエネルギーの節約に努めるとともに,他方において日米間のエネルギー及びこれに関連する分野における研究開発のための協力をはじめとして,代替エネルギー,新エネルギーの開発などエネルギー問題の長期的課題に向けての国際協力に積極的に参画していくことが必要である。特に,重要な代替エネルギーの一つである原子力平和利用の促進については,核拡散につながらない形で国際的に行われる必要があり,このための国際的努力に積極的に貢献していきたい。

(4) 第4に,わが国は,南北問題の解決のための国際的な努力を成功に導くために積極的な役割を果たしていかなければならない。

開発途上国と密接な関係を有するわが国としては,南北間の調和,協調を旨として,積極的なイニシアチブをとつていく必要があろう。わが国は,これまでも開発途上国の経済社会開発への自助努力を支援するため,政府開発援助及び開発途上国に対する貿易上の優遇措置の拡充に努めてきた。今後とも政府開発援助の質,量両面における一層の改善,及び一次産品問題に対する対策を含め,開発途上国の輸出促進・所得安定などを図る諸措置の拡充に努めていく必要があり,更に,開発途上国の人造り,農業開発のための協力を強化していく必要がある。

4. 外交は,国と国,人と人との相互信頼の上に成り立つものである。上記四つの課題を果たすためにも,外交の前提として,わが国民と諸外国の国民の間の相互理解の増進に絶えず努めていかなければならない。このような認識の下に,わが国としては,諸外国との文化交流の促進,諸外国の正しい対日理解の増進のために特段の努力を払つていかなければならない。

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