-国会における内閣総理大臣及び外務大臣の演説-
第 3 部
資 料 編
I 資 料
1. 国会における内閣総理大臣及び外務大臣の演説
(1977年1月31日)
内外情勢の大いなる変化の裡に第80回国会が再開されるに当たり,新政府の施策に関する基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解を求め,特に,議員諸君の御協力を得たいと存じます。
私は,このたび内閣総理大臣の大任を拝受いたしまして,国政の重責を思い,決意を新たにして,国家と国民に対する使命を果たし,日本国の進路に誤りなきよう全力を傾注してまいりたいと存じます。
(変化する時代)
3年前,私は大蔵大臣として,この壇上から,わが国経済社会の舵取りを大きく,かつ,明確に転換すべきときにきていると申し上げました。
そして次の年,昭和50年1月には,経済企画庁長官として,国も,企業も,家庭も,「高度成長の夢よ再び」という考え方から脱却し,経済社会についての考え方を根本から転換すべきときにきていると申し上げました。
そのときは,いわゆる石油危機を契機として,わが国経済が異常なインフレの火の手に包まれ,日本社会の大混乱という緊急事態でありました。
しかし,私がそう申し上げたのは,その緊急事態に対応するという,ただ単にそれだけの理由からではなかつたのであります。
「資源有限時代」を迎え,一体わが国の将来はこのままでいいのだろうかと,心から憂えたからであります。
戦後30年余り,世界は平和と科学技術に支えられて,めざましい経済の成長と繁栄を成し遂げました。その結果,「作りましよう,使いましよう,捨てましよう」のいわゆる大量消費社会が出現したのであります。
この間に,人類は貴重な資源を使い荒らし,遠くない将来に,一部の資源がこの地球上から無くなろうとしています。しかも,21世紀の初頭には,世界人口は現在の2倍に達すると予想され,更に更に膨大な資源が求められることは明らかであります。
これは大変なことです。人類始まつて以来の変化の時代の到来です。
人類は,まさに「資源有限時代」の到来を意識せざるを得なくなったのであります。
このような大いなる変化の時代には,国々の姿勢にも変化が出てまいります。石油危機はその象徴的な出来事と理解すべきです。200海里経済水域問題など海洋をめぐる複雑な動きも出てまいりました。
資源小国のわが日本国は,資源を世界中から順調に入手できなければ,一刻も生きていけない立場にあります。
もうこれからの日本社会には,従来のような高度成長は期待できないし,また,期待すべきでもないのです。しかし,成長はその高きを以て尊しといたしません。成長の質こそが大事であります。
要は,われわれが時代の認識に徹してその対応ができるか否かであり,その対応を誤ることがなければ,より静かで,より落ち着いた社会を実現することができると信じます。今日この時点でのわれわれの選択は,日本民族の将来にかかわる重大な意味をもつております。
(「協調と連帯」の基本姿勢)
ひるがえつて人類の歴史をながめるとき,われわれは,物質文明の発達が無限の欲望をつくり出してきたという事実をみるのであります。しかし既に申し上げているように資源は有限であります。無限の欲望と有限の資源というこの相反する命題の解決こそ,現代のわれわれに問われている根源的な課題といわなければなりません。
このことは,物の面だけのことにとどまりません。人間の生き方,更には現代文明の在り方が問われるようになるということであります。
高度成長に慣れ親しみ,繁栄に酔つて,「物さえあれば,金さえあれば,自分さえよければ」という風潮に支配される社会は,過去のものとしなければなりません。
人間はひとりで生きていくわけにはまいりません。一人一人の人間が,その生まれながらの才能を伸ばしに伸ばす,その伸ばした才能を互いに分かち合い,補い合う,その仕組みとしての社会と国家,その社会と国家が良くなるその中で,一人一人の人間は完成されていくのだと思います。
助け合い,補い合い,責任の分かち合い,すなわち「協調と連帯」こそは,これからの社会に求められる行動原理でなければならないと思います。
国際社会でも同じです。今日世界はますます相互依存の度を強めています。一国の力だけで生存することは不可能になっています。互いに譲り合い,補い合い,それを通じて各各の国がその国益を実現することを基本としなければなりません。
私は「資源有限時代」の認識にたち,「協調と連帯」の基本理念にたつて,世界の中での「日本丸」の運営に当たり,その枠組みの中で,当面する問題の処理に当たつてまいりたいと存じます。
(経済)
今年は内外ともに経済の年であると考えます。
昨年の経済は全体としてみるときは,ほぼ順調な歩みだつたと思います。しかしながら上半期の景気急上昇の後,夏以降そのテンポは緩み,業種,地域による格差や企業倒産多発などの現象がみられます。
このような状態が続きますと,雇用に不安を生じ,企業意欲を失わさせ,社会の活力を弱めることにもなりかねないことを考えるとき,景気回復への早期てこ入れを必要とするものと考えます。
こうした考えの下で,政府は景気対策の一環として昭和51年度補正予算を提出することにいたしました。
また,52年度予算においても需要喚起の効果もあり,国民生活の充実向上と経済社会の基盤整備に役立つ公共事業などに重点をおくと同時に,雇用安定のための施策を充実することにいたしました。
これにより52年度わが国経済には6.7パーセント前後の成長が期待されますが,この目標は先進工業国の中でも最も高い水準であり,国際社会におけるわが国経済への期待にも応えるものと考えます。
予算の編成に先立つて,私は各党をはじめ各界の人々の御意見を承りました。独占禁止法改正案や大企業と中小企業との事業活動調整のための法案については,それらの経緯をふまえ,各方面と協議を進め,速やかに結論を得たいと思います。
更にまた,大幅減税を行うよう強く求められました。私も真剣に検討しました。しかし,資源の有限性とこれをめぐる国際環境を考えれば,これまでのような大幅な消費拡大よりもむしろ国民生活の質的向上へと考え方を切り替えるべきであり,この際は,中小所得者の負担軽減を中心とした減税を行うにとどめました。
景気問題と並んで私が重視しているのは,物価問題であります。物価は安定化の基調でありますが,その傾向を一層確実なものにするため,各般の施策を講ずることにより,消費者物価の年度中上昇率が7パーセント台になるよう最善を尽くす所存であります。
何よりも恐ろしいのはインフレであります。インフレは断じて起こしてはならないのであります。
国民経済,国民生活から考えて最も大事なことは,資源エネルギーの確保と科学技術の振興の問題であります。これらの問題は,資源小国であるわが国にとつて,国の存立と発展にかかわるものであり,まさしく,安全保障的な重要性をもつものであります。政府は,原子力を含むエネルギーの安定供給確保,省エネルギー対策など総合的な資源エネルギー対策のほか,宇宙海洋開発をはじめとする各分野の科学技術の振興対策を強力に推進してまいります。
特に国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。
(外交)
世界は,今二つの大きな変動の波に洗われております。一つは,先進工業国が軒並み苦しんでいる深刻な景気停滞であり,もう一つは,開発途上諸国の経済自立への苦悩であります。
この二つは分かち難く結びついております。いうまでもなく,今日の相互依存の世界では,南北間の調和的発展なくしては世界の政治的安定もなく,先進工業国の繁栄もあり得ません。他方,先進工業国の成長と安定なくしては,開発途上諸国が期待しているような民生の向上も発展も不可能であります。
このような状況の下において,日本外交が当面取り組むべき緊急の課題として,私は,わが国,米国,西欧などの主要な先進工業国間の協力強化を挙げたいと思います。
今日の世界において,先進国自身の景気回復も,南北関係の改善も,一国の努力の範囲を越えた問題となつていることは明らかであり,事態解決の責任と能力を分かち合う主要な先進工業国間の協力なしには,前進を図り難いからであります。私が主要先進国の首脳会議の開催を主張しているのは,まさにそういつた時代の要請に応えんがためであります。
開発途上諸国との経済協力の強化も新しい国際環境の中で,日本外交が真剣に取り組まなければならない主要な課題であります。
このため,政府開発援助の水準を主要先進国並みへ引き上げるよう努力するとともに,一次産品問題の解決などにも積極的に取り組みたいと考えます。
わが国の外交にとつて,基本的な重要性をもつのは,戦後日本の繁栄と安全を支えてきた日米両国の友好協力関係であります。政治,経済,安全保障,いずれの面をとつてみても,日米関係は,わが国にとつて際立つた重要性をもつております。
幸い日米両国は,過去の様々な不協和音の試練を乗り越え,かつてないほど安定した,いわば成熟したパートナーの関係にあります。このような関係の下で,日米両国が不断の協議によって意志疎通を図ることは,極めて重要であると考えます。
主要先進国の首脳会議に先立つて,カーター米大統領と会談を行うことを私が重視しているのもそのためであります。今般カーター大統領に代わり,モンデール副大統領がわが国を訪問されておりますが,私自身,できるだけ早い時期に訪米し,変化する国際情勢に対処するお互いの新しい責任と相互信頼を確かめ合うつもりであります。
日米安全保障条約を引き続き堅持するとの政府の基本方針には,いささかの変更もありません。同時にわが国自身も,防衛力の基盤整備に努めなければならないことは当然のことであります。
東南アジア諸国の平和と繁栄は,同じアジアの友邦であるわが国にとつて最も大きい関心事であります。このような見地から,ASEANにみられるような自主的発展を目指す様様な努力に対し,人的交流,国造りへの積極的寄与などを通じ,協力してまいる所存であります。
日中共同声明を基礎として着実に発展している中国との善隣関係を揺るぎないものにすることは,アジアにおける平和な国際環境をつくる上からも,特に大きな意味をもつております。日中平和友好条約に関しましては,できるだけ早期に締結を図ろうとする熱意において両国は一致しており,政府は双方にとつて満足のいく形でその実現を目指し,一層の努力を払つてまいります。
日ソ両国の友好関係も,わが国の外交にとつて極めて重要であります。日ソ両国の関係は,経済,貿易,文化,人的交流の面で順調な歩みをたどつてまいりました。政府は,経済協力や文化交流などの分野で更に着実な前進を積み重ね,日ソ関係の強化発展に努めるとともに,北方領土の祖国復帰を実現して平和条約を締結するとのわが国の基本的立場を貫くために,一層の努力を傾ける所存であります。
朝鮮半島の情勢は,わが国を含む東アジアの平和と安定に深いかかわりをもつております。さしあたり,同地域の均衡状態を支えている国際的な枠組みを崩すことなしに南北間の緊張が緩和され,ひいては平和的な統一への途につながることを期待するものであります。
四面海に囲まれたわが国にとつて,漁業資源や海底鉱物資源の開発利用の問題をめぐる最近の国際的動向は,極めて切実な関心事であります。
国連海洋法会議は,なお最終的な結論を出しておりませんが,経済水域を200海里に広げる方向は,次第に動かないものとなりつつあります。政府はこの大勢を注視しながら,冷静に長期的国益をふまえ,国際協調の精神に沿つて最善の解決を図る所存であります。
懸案の領海12海里問題につきましては,新しい海洋秩序への国際社会全体の急速な歩みを考慮し,沿岸漁業者りかねてからの切実な要望に応えるため,所要の立法措置を講じます。
今日の国際社会の際立つた特徴の一つは,紛争解決の手段として軍事力を使うことが,超大国を含め,すべての国々にとつて許されないこととなつてきたことであります。紛争を未然に防止すること,万一,不幸にして紛争が生じたときにも,できるだけその拡大を阻止することが,今日の外交の重要な任務となつております。このような見地から不断に発生する「小さな誤解」や「小さな摩擦」を賢明に処理すること,すなわちコミュニケーション・ギャップの解消が,外交活動の中で果たす役割は極めて大きいと考えられます。
今後とも一層多角的な国際交流を通じて相互理解を増進し,すすんで人類の連帯感を強化するための共通の努力を生み出すように努めてまいる考えであります。
(農林漁業)
「資源有限時代」を迎えて,不安定な世界の食糧需給,漁業専管水域200海里時代の到来などの問題に直面し,食糧問題を見直す必要性を痛感しております。
このような基本的認識の下に,農林漁業者が誇りと働きがいをもつて農林漁業にいそしめるよう,その体質の強化を進め,食糧自給力の向上を図ることを長期にわたる国政の基本方針として,生産基盤及び生活環境の整備,需要に即応した生産の増大,生産の担い手と後継者の確保など,農林水産施策の拡充に努める所存であります。
(中小企業)
中小企業は,農林漁業と並んでわが国経済の安定を支える柱であり,発展を図る活力の源であります。中小企業は,現在安定成長経済への移行の中で厳しい対応を迫られており,政府としては,各般の施策を通じてこの苦難を克服する中小企業の努力を助成することが必要であり,特に小規模企業に対し十分配慮してまいらなければならないと考えております。
(労使関係)
労使の理解と協調は,経済社会安定のかなめであります。
幸い,わが国の労使は,これまで一度ならず,経済危機に直面して,優れた適応力を発揮してまいりました。私はこのことを高く評価するものであります。今後とも労使が日本経済の現状をふまえ,「協調と連帯」の精神をもつて徹底した話合いを行い,良識ある対処をされるよう強く期待いたします。
(地方公共団体)
福祉政策や公共事業などを進めていくに際して,国と地方公共団体とは車の両輪の関係にあります。
政府は地方公共団体の行財政が適切に運営されるように,明年度予算でその財源確保などの措置を採りました。
地方公共団体におかれては,新しい転換の時代に対応して,自主的な責任でその行財政を合理化し,効率的な運営をされるよう期待します。
なお,祖国復帰以来5年を迎える沖縄については,経済,社会の推移や民生安定の実態を見守りつつ,必要な諸施策を推進してまいります。
(福祉)
真の福祉社会は,「福祉の心」に裏打ちされてこそ成り立ちます。従来のように経済成長に多くを望むことが困難となつた今日,真に社会の援助を必要とする恵まれない人々への心暖かい配慮は,格段の重要性をもつてまいります。私は,社会連帯の考え方の下に,福祉対策を着実に前進させていきたいと考えます。
急速に進行する人口老齢化の趨勢に応じて老齢者に対する年金や医療を充実させ,心身障害者など社会的に恵まれない人々に対してもキメの細かい対策を講ずるとともに,家庭,地域社会,企業などとも力を合わせて,これらの人々の社会参加,社会復帰を促進し,その生きがいを高めるよう配慮してまいります。
(住宅)
高度成長の過程で相対的に立ち遅れている住宅環境の改善は,国民生活の基盤として,強く推し進めなければなりません。
住宅の量的拡大もさることながら,今後はその質的向上に目標をおき,住宅金融の充実,公的住宅の供給の確保などに努力し,また地価の安定,宅地供給の促進等対策に困難を伴うものについても,一層真剣に取り組んでいきたいと思います。
(環境保全)
公害や自然破壊などの環境問題は,高度成長に伴つて急速に深刻化してまいりました。健全な産業活動なくして社会の安定はあり得ませんが,錯綜した様々な利害を冷静に調整し合うことで,多様な欲求の合理的接点は必ず得られるものと信じます。この見地にたつて,公害防止の充実強化を図り,開発などに当たつては環境汚染の未然防止に努めるとともに,豊かな国土を保全するため,水資源のかん養,治水,防災などの対策を進め,快適な人間環境を確保してまいりたいと考えます。
(婦人)
わが国社会の進歩と発展のためには,あらゆる分野において,婦人が積極的に参加し,貢献することが必要であります。このため私は,国連の国際婦人年世界会議の決定にも留意して,国内行動計画を策定いたしました。
私は,国民各層の方々とともに,婦人の地位と福祉の向上に一層努力してまいる考えであります。
(教育)
およそ国を興し,国を担うものは人であります。民族の繁栄も衰退も,かかつて人にあります。
資源小国のわが国が幾多の試練を乗り越えて,短期間のうちに今日の日本を築き得たのは,国民の教育水準と普及度の高さによるものであります。
人間こそはわが国の財産であり,教育は国政の基本であります。私は,教育を重視し,その基調を,個人の創意,自主性及び社会連帯感を大切にし,世界の平和と繁栄に貢献し得る,知,徳,体の均衡のとれた豊かな日本人の育成におきたいと思います。
このためには知識偏重の教育を改め,家庭,学校,社会のすべてを結ぶ総合的な教育の仕組みを創造していかなくてはなりません。
特に戦後の学校教育は,入試中心,就職中心の功利主義的な行き過ぎた傾向が目立つています。教育にとつて一番大切な,自由な個性,高い知性,豊かな情操,思いやりの心などを育てることを忘れがちであります。
新しい時代の要請に応えて,学校教育をはつらつとした創造的な人間の育成の場とするよう,教育界に人材を集め,教育課程をゆとりあるものに変え,入試の改善を図るなど,教育改革のための着実な一歩を進めたいと考えます。
また,芸術,文化,スポーツなどを振興し,次代を担う青少年をはじめ国民の一人一人が,自主的な選択によつて,生きがいのある充実した生活を創造し得るような環境づくりに努めてまいる所存であります。
(結び)
最後に,国の内外に迫る厳しい難局打開に当たつて,私は皆様にお願いしたいことがあります。いやしくも,国政に参加するすべての政治家,中央・地方の公務員,公共の仕事に従事する人々は,この際,公私を峻別し,身辺を清潔にし,公けに奉仕する喜びと責任を再確認していただきたいということであります。私自身,これを自粛自戒の言葉といたす所存であります。
政治の頽廃は,社会,民族の没落につながります。
ロッキード事件の徹底的究明は必ず実行いたします。その結果は,国会に報告いたします。また,このような不祥事が再発しないよう,腐敗防止のために必要な措置を講じます。
国民の皆様も,この激動期を乗り切るために,いたずらな物欲と,自己本位の欲望に流されがちの世相から訣別し,世代を超え,立場を超え,助け合う人間的連帯の中から,この日本の国土の上に,世界中の国々から信頼と敬意をかち得るように,真に安定した文明社会をつくり上げていこうではありませんか。
「資源有限時代」の激しい嵐の中で,「日本丸」を安全に航海させ得るかどうかは,一にかかつて国民一人一人の自覚と努力にあります。
日本民族が力を合わせ,手を取り合つて進む限り,変動期の激流がいかに激しく,障害がいかに大きくとも,克服し得ないはずはありません。
(1977年1月31日)
第30回国会の再開にあたり,最近の国際情勢を概観し,わが外交の基本方針について,所信を申し述べます。
最近の世界の流れを振り返りますと,インドシナ,中東など幾つかの地域における戦火は終息し,引き続き対立を内包する諸地域においても,紛争の発生を防ごうとする努力が続いております。また,東西間においても,米ソ関係を中心に関係改善のための努力が,種々の曲折を経ながらも継続されており,南北間においても,数多くの場において対話が続けられております。このような情勢の下で,わが国を含む先進民主主義諸国間においては,広く国際的諸問題につき,建設的な協力関係を強化し,もつて世界の平和と繁栄を図ろうとする努力が行われております。
このような最近の動きと同時に,国際関係においては,今日なお種々の不安定要因が根強く存在していることも事実であります。東西関係には依然として各種の対立要因が存続しており,また,世界の多くの地域には様々な不安定要因が見られます。南北関係,海洋問題更には通商,資源,環境などの諸問題も,依然として容易ならざる様相を呈しております。
現下の世界におきましては,政治あるいは経済にかかわるこれらの諸問題がすべて,相互に絡み合つて人々の生活環境に直接影響を及ぼしております。
私は,このような国際的諸問題を解決するためには,世界の国々が,自国の利益のみを追求することなく,幅広い視野に立つて,国際協調の努力を進めていくことが,何よりも要求されていると考えるものであります。また,私は,このような努力が,全人類の間に育まれつつある連帯感とあいまつて,問題解決の道を切り開いていくであろうと信ずるものであります。
戦後わが国は,平和憲法の下で,自由な,そして開かれた社会を堅持しながら,平和国家としての道を歩んでまいりました。わが国は,体制を異にする諸国も含め広く世界の国国との交流を深めることをもつて,自らの発展の基盤としております。これは,わが国が国際社会全体の平和と繁栄に尽くすことが,自らの国益を確保するゆえんにほかならないとの一貫した認識を有していたからであります。
私は,ここに改めてわが国が歩んでまいつた道と先達の御努力に思いを致し,今後とも,先に申し上げましたような困難な国際的諸問題解決のため,わが国にふさわしい役割を忍耐強く,着実に果たしていくことを外交の指針としてまいる決意であります。
このような基本的な立場に基づいて,次にわが外交の主要な分野について,所信を申し述べます。
まず,国際経済関係について申し述べます。
世界経済,特にその中で重要な責任と役割とを担う主要先進民主主義諸国の景気回復は,未だ十分とは申せません。更に,インフレ,国際収支の赤字などの経済困難から依然として脱却できない国も少なくありません。このような状況の下では,主要先進民主主義諸国のすべてが,世界的視野に立つてその経済運営にあたることが重要であることは申すまでもありません。特に,国際収支に比較的余裕があり,かつ,経済規模も大きい諸国に対しては,インフレの再燃に配慮しつつそれぞれの国の実情に見合つた形で,世界景気の浮揚に貢献していくことが強く期待されております。わが国としても,かかる国際的期待を考慮しつつ,世界経済の安定的発展のために寄与してまいる所存であります。
通商面では,最近各国の国内的諸困難を背景に一部に保護貿易主義的動きが見られます。わが国としては,自由貿易の原則に沿つて,相互の利益に配慮しつつ国際貿易の安定的拡大を推進するとの観点から,問題の解決を図る所存であります。特に,現在行われておりますガット東京ラウンドについては,これを成功に導くため今後とも積極的な努力を傾注してまいる決意であります。
世界経済の安定的発展のために不可欠なエネルギー及びその他の資源の安定供給の問題についても,今なお多くの不安定な要素が存在しております。資源に乏しいわが国としては,国際協力を通じて,資源問題の調和ある解決が図られるよう一層の努力を行う所存であります。特に,世界のエネルギー情勢の安定化のため,主要消費国との協調及び産油国との対話を進めてまいる所存であります。
南北問題の解決は,今や国際社会にとつて極めて重要な課題となつております。南北間では,第4回国連貿易開発会議及び国際経済協力会議などを通じて,国際経済における相互依存関係に対する認識が深まつております。同時に,この問題が広範囲にわたる根の深いものであり,相互の立場の相違を調整することの難しさも次第に明らかとなりました。しかし,今後とも南北双方がなお一層協力して問題の解決のために忍耐強く努力を続けることが,世界全体の平和と発展にとつて,極めて重要であります。
わが国としては,国際社会の責任ある一員として他の諸国と協力しつつ,援助,貿易,一次産品などの分野における具体的措置を真剣に検討し,国際的合意が得られたものについては着実に実施に移してまいりたいと思います。特に,開発途上国が重視している一次産品問題の解決に積極的に努力してまいる所存であります。更に,政府としては,政府開発援助を量,質ともに主要先進民主主義諸国の水準並まで引き上げることを当面の課題とし,特に2国間無償協力の拡充を積極的に図る考えであります。
次に,世界各国,各地域との関係について申し述べます。
太平洋をはさんだ隣国としての日米両国の友好協力関係は,わが国外交の基軸をなすものであります。日米安保体制を含む米国との協力関係が,わが国の平和と安全を確保し,わが国経済の繁栄を実現する上で,大きな役割を果たしてきたことは明らかであります。政府としては,先般発足したカーター新政権との間に,単に日米両国間の問題のみならず,アジアの諸問題を含め日米双方が共通の関心を有する国際的諸問題についても密接な連携を保ち,世界的視野にたつて,日米両国政府間に間断なき対話と揺るぎなき協調関係を維持してまいる所存であります。
今日,わが国を含む先進民主主義諸国間には,緊密かつ多様な相互協力関係が存在しており,国際社会の平和及び発展に大きな貢献を行っております。
政府としては,西欧諸国との関係を重視し,貿易上の問題を含め,これら諸国との相互理解を深め,協調の道を広げてまいる所存であります。
カナダ,豪州及びニュー・ジーランドとの間には,アジア・太平洋地域の安定した発展のための相互の協力関係の重要性について,共通の認識が深まりつつあります。カナダとの間には,昨年日加文化協定及び経済協力大綱がそれぞれ署名され,両国関係の今後の一層の発展が期待されます。また,豪州との間では,昨年6月に友好協力基本条約が署名され,更に,本年1月第4回日豪閣僚委員会が開かれ,日豪関係を一層緊密化する必要性が改めて確認されました。
アジア地域は,わが国が平和と繁栄を分かち合う最も重要な地域であります。
わが国と伝統的に友好と協力の関係にあるASEAN諸国は,国としての強靱性と自主性の向上及び域内の連帯の強化に引き続き努めております。わが国としては,今後とも人的交流の拡大,国造りへの積極的寄与などを通じ,これらASEAN諸国及びビルマとの友好協力関係を一層強化したいと考えております。他方インドシナ諸国については,昨年7月にヴィエトナムの統一が達成され,またわが国は,昨年8月民主カンボディアとの外交関係を回復いたしました。政府としては,今後ともインドシナ3国との間に着実に関係を発展させてまいりたいと考えております。
中国との関係は,全般的に着実に進展しております。政府としては,今後とも日中共同声明を基礎として,両国間の善隣友好関係を一層確固たるものにするよう努力してまいる決意であります。日中平和友好条約交渉については,両国とも,その早期妥結の熱意において一致しております。政府としては,本条約が,両国国民に真に納得のいく姿で早期に締結されるよう,最善の努力を払つてまいる考えであります。
朝鮮半島の平和と安定は,わが国のみならず,東アジアの安定と発展に深いかかわり合いを有しておりますが,不幸にも,南北間には依然として対立と緊張が見られます。
わが国としては,南北間の均衡とそのための国際的枠組の存在が,朝鮮半島の平和の維持に貢献してきたことを十分認識するとともに,同半島の緊張の緩和のための国際環境づくりに関係諸国とともに積極的に協力してまいる所存であります。また,南北間の緊張の緩和の進展が同半島に永続的な平和と安定をもたらし,ひいては民族の念願である統一へ向かう道であるとの見地より,南北双方の当事者が,相互不信を克服し,1972年の共同声明の精神に基づき,実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。
韓国との関係については,両国間の相互理解を更に深め,友好協力関係を一層幅広いものとするため,今後とも努力を払つてまいります。特に,政府としては,貴重な独自のエネルギー源を確保する観点から,既に3年前に署名された日韓大陸棚協定の締結のための国会の承認が,是非とも今国会で得られますよう強く強く希望いたします。
北朝鮮との関係については,貿易,人物,文化などの分野における交流を漸次積み重ね,もって相互関係をめぐる雰囲気の改善に資することといたしたいと考える次第であります。
また,インド亜大陸における平和と安定に対しては,わが国としても深い関心を有している次第であり,同地域の諸国との友好協力関係を一層強化し,この地域の安定と発展に寄与したいと考えます。
隣国たるソ連との友好関係を発展させることは,わが外交の一貫した方針であります。1956年に国交が回復されて以来,両国関係は,経済,貿易,文化などの面で順調に進展してまいりました。しかしながら,両国間には,領土問題が未解決のため,未だ平和条約は締結されておりません。政府としては,わが国固有の領土である北方4島の一括返還を実現して平和条約を締結するため,今後ともソ連との間に粘り強い交渉を続けてまいる所存であります。
一方,経済協力と貿易の発展に努め,漁業問題についての話合いを積極的に進めてまいる所存であります。
わが国と東欧諸国との間においては,経済的及び人的交流において近年ますます関係が深まつております。わが国としては,今後ともこれら諸国との友好関係の強化に努める所存であります。
中東におきましては,昨年10月以降,関係諸国の努力によりレバノン紛争が収拾に向かい,一応の平静が取り戻されるという歓迎すべき出来事がありました。このことは,中東和平交渉に対しても,新たな契機となることが期待されるのであります。わが国は,従来より,中東紛争の全面的解決のためには,国連安全保障理事会決議242が早急かつ全面的に実施されるとともに,パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されなければならないと考えております。このため,わが国としては,国連における努力にできる限り協力を行うとともに,関係諸国がジュネーヴ和平会議の再開などを通ずる話合いを促進することにより,公正かつ永続的な中東和平の実現に一歩でも近づくことを強く希望するものであります。
また,政府としては,今後とも,中東諸国との多面的な交流と協力の一層の拡大を通じて,友好関係の増進に努めつつ,中東地域の発展に寄与する所存であります。
アフリカ諸国との間では,今後とも友好親善と互恵の精神に基づく協力関係を一層強化してまいります。
南部アフリカ問題については,わが国は,人種差別反対及び民族自決支援の立場から,この問題につき,平和的かつ速やかな解決が達成されることを切望するものであります。特に,南ローデシア問題については,ジュネーヴ会議が成功し,少数者の権利にも留意した多数支配の原則が速やかに実現することを希望しております。
わが国と中南米諸国とは,伝統的な友好の絆で結ばれております。特に,近年,中南米諸国は,経済社会開発を意欲的に進めており,これに伴い,わが国との各種の協力関係に対する期待もますます高まりつつあります。このような状況を背景として,わが国と中南米諸国との関係は,通商,経済協力,人的交流などの面で一層強まつまいりました。わが国としては,中南米諸国の重要性にかんがみ,今後とも,これら諸国との間で幅広い分野にわたつて交流と協力をさらに推進することに努めてまいる所存であります。
わが国は,国際連合に加盟して以来これまで,その活動に積極的な貢献をしてまいりましたが,今後とも他の加盟諸国と協力して,その活動に建設的に参加してまいる所存であります。
わが国は,昨年6月,核兵器の不拡散に関する条約の締約国となり,核兵器を製造,取得しないとのわが国の立場を鮮明にいたしました。
政府としては,今後とも非核兵器国家としての立場から,核軍備の削減,核兵器の拡散防止及び包括的核実験禁止など具体的かつ実効的な核軍縮の実現に努力する一方,原子力の平和利用を推進し,この分野における国際協力に貢献してまいる所存であります。
わが国は,海洋国家として限られた海洋の漁業資源や海底の鉱物資源を確保するため,また,わが国の生命線ともいうべき海運,貿易が将来にわたり円滑に行われるよう,新たな海洋秩序の形成に深い関心をもつものであります。政府は,このような海洋に関する国益全般の展望に立つて,国連海洋法会議の早期妥結のため今後とも一層の努力を傾ける所存であります。特に国民生活に直接の関係をもつわが国漁業の問題については,沿岸漁業者の切実な要望に応えるため,今般領海12海里問題に関し,所要の立法措置を採る方針が決定されましたが,なお今後とも200海里時代における遠洋,沿岸の漁業利益をともに守るため,国際協調の基礎の上に最善を尽くす所存であります。
各国間の相互依存関係が深まりつつある今日,広く国際的な相互理解を増進することは,ますます重要になつてまいりました。言語,習慣,文化的伝統などそれぞれの社会の基盤について,相互の理解を深めることこそ,真の平和を築き上げるうえで最も重要な手段の一つであります。このような観点から,政府としては,今後とも,海外広報活動を強化するとともに,国際交流基金などを通ずる各般の文化交流事業を一層積極的に推進してまいる所存であります。
以上,わが国の外交につき所信の一端を申し上げました。
国民各位の御理解と御支援を切にお願いいたします。
(1977年7月30日)
第81回国会が開かれるに当たり,所信の一端を申し述べます。
私は,今回の参議院議員通常選挙で示された国民の期待と願望を正しく,また,謙虚に受けとめ,国政の進路に誤りなきを期すべく,ここに心を新たにして,更に真剣な努力をける決意であります。
内外の諸情勢はなお厳しいものがあります。政府はこれに柔軟に対処し,機敏に行動し,国民の皆さんの期待と信頼に応えるよう全力を傾けてまいります。
(経済)
当面する最大の課題は,経済運営の問題であります。
最近のわが国の経済情勢をみると,政府投資が増加し,輸出も,その伸び率がやや鈍化しているとはいえ,引き続き高水準で推移しており,景気は緩やかな回復基調にあります。しかしながら,設備投資などの民間需要の盛り上がりが乏しく,また,地域,業種による格差の問題も生じております。
政府は,公共事業の執行の促進,金利の大幅引下げなど一連の景気対策のほか,中小企業対策,構造対策に全力を傾注しているところであります。
これら諸対策の効果は逐次現れてくるものと考えますが,引き続き事態の推移に即応して機動的な政策運営を行い,景気の回復を一層確実なものとし,もつて内外の情勢に対処する所存であります。
物価の安定は,国民生活安定の基盤であり,社会的公正を確保するための不可欠の要件であります。
最近の物価の動向をみると,卸売物価は,為替相場が円高となつたこともあって,主要先進国の中では西独と並んで最も落ち着いた推移を示しており,消費者物価も,なお水準は高いものの,安定化の基調は次第に確かなものとなりつつあります。
政府は,引き続き生活必需物資などの価格安定対策を強化し,消費者物価の年度中の上昇率を7パーセント台に抑制したいと考えます。
政府は,更に各般の雇用安定対策を推進し,また恵まれない人々に対する福祉対策を充実して,国民生活の安定を図るため万全を期する所存であります。
(行財政改革)
経済社会情勢の変動と行政需要の変化に対応して,行政の簡素化,合理化などの改革を行うことは,政府が当面する重要課題であります。政府は,行政改革を積極的に推進する方針の下に,目下その基本構想について検討を進めております。
財政の健全化もまた緊急課題の一つであります。歳入面における見直し,歳出面における効率化の徹底など財政の健全化を強く推進しなければならないと考えております。
(資源)
資源・エネルギー問題は,わが国経済及び国民生活の基盤にかかわる極めて深刻な基本問題であります。
政府は,周到な環境並びに安全対策を徹底しつつ,電源開発の促進,原子力をはじめ,石油代替エネルギーの開発の積極的推進などに努めるとともに,省エネルギー対策の拡充を図つてまいりますが,今後なおエネルギーの大半を石油に依存せざるを得ない実情にかんがみ,産油国などとの協調,大陸棚石油開発,備蓄などの諸対策を積極的に進めてまいります。
また,最近,米の生産過剰,需要の高い農産物の生産停滞,200海里時代の到来による漁業への影響など食糧をめぐる内外の情勢はまことに厳しいものがあります。
政府は,総合的な食糧自給力向上のため,生産基盤の整備,需要に即応した生産の増大,生産の担い手と後継者の確保など農林漁業の体質強化に努めるとともに,米の需給均衡化のための施策の強化に努めます。
また,200海里時代の急速な到来に当面し,その影響を受ける北洋漁業関係者及び離職者などに対しては,所要の救済措置を講ずるとともに,水産資源の開発,増養殖の推進に努めるなど適切に対応してまいります。
(外交)
きたる8月初旬マレイシアの首都クアラ・ルンプールにおいて,東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議が開催される機会に,私は招かれて同地に赴き,参加各国首脳と親しく話合いを行い,更に引き続きASEAN5カ国及びビルマを訪問する予定であります。今回の訪問は,わが国がこれら諸国との物心両面にわたる真の友人としての協力関係を確立する上で重要な意義を有するものであります。
政府としては,更にインドシナ諸国との相互理解の増進にも努め,広く東南アジア全域に平和と繁栄を分かち合う関係を樹立することに寄与してまいる所存であります。
同じアジアの一部であるインド亜大陸の国々との関係も重要であります。最近の外務大臣によるバングラデシュ,インド及びネパールの3国訪問は,わが国とこれらの国々との相互理解と友好協力の促進にとつて大きな意義を有するものであると考えます。
私は,本年3月,米国を訪問し,カーター大統領との間で,わが国外交の基軸である日米友好協力関係維持増進を確認し合いました。今後とも「世界の中の日米協力」の立場から,国際社会の期待に積極的に応えるよう,共に協力してまいる決意であります。
日中両国の関係は,日中共同声明を基礎として順調な発展をみせております。政府は,両国が共同声明を誠実に遵守することこそ相互の関係を律する基本であるとの立場を堅持しつつ,両国の善隣友好関係を長い将来にわたつて揺るぎないものとしたいと存じます。日中平和友好条約に関しては,双方にとつて満足のいくような形で,できるだけ速やかにこれを締結するため,一層の努力を払つてまいります。
日ソ両国の友好関係もまた重要でありますが,北方領土問題を解決して平和条約を締結することこそ,両国関係を真に安定した基礎の上に発展させる不可欠の前提であります。政府は,この基本的立場を実現するため,対ソ折衝を強力に推進するとともに,経済,文化,貿易,人的交流など広範な分野においても,その着実な前進を通じて,日ソ関係の発展に努める所存であります。
(結び)
すでに新しい世紀が指呼の間に迫ろうとしております。そして今,人類はまさに有史以来の資源有限時代を迎えようとしております。人口梱密で,国土は狭く,天然資源に乏しいわが国の歩むべき道は,細くかつ,険しいといわなければなりません。
しかしながら,資質に富み,活動的で勤勉なわが民族が力を合わせて事に当たるとき,歴史が幾度か実証しているように,いかなる困難も乗り越えられない筈はないと私は信じます。
私は,国民の英知を集め,その連帯と参加の下に,21世紀に向けて真に安定した力強い文明社会を築き上げるため,全力を捧げます。
皆さんの御理解と御協力を要望してやみません。
(1977年10月3日)
第82回国会が開かれるに当たり,所信の一端を申し述べます。
最初に,御報告申し上げたいことがあります。それは,今回の日航機ハイジャック事件についてであります。
政府は,犯人たちの不法な要求に屈することが,法秩序に重大な影響を与えることを深く憂慮し,あらゆる手段を尽くして解決に努めましたが,事態の推移にかんがみ,140余名の人質の生命を守るために,やむを得ず,原則的にその要求に応ずることを決定いたしました。
これは,緊急異常な事態に対処するための異例の措置でありましたが,法治国家として,このような措置をとらざるを得なかつたことは誠に断腸の思いであります。
政府は,代表団をダッカに派遣し,すべての人質を同地において解放させ,事件処理を進めるため,なし得る限りの努力を傾けてきました。しかしながら,不測の事態の発生もあり,所期の目的を完全には達成し得なかつたことは,遺憾の極みであります。政府は,残された人質を1日も早く救出するため,引き続き粘り強く努力いたします。
政府は,今回のような非人道的暴力に対し,国内的な諸対策を強化するとともに,国際的な協力を一層推進し,この種の事件の再発防止に万全を期する考えであります。
国民各位の御理解をお願い申し上げます。
次に,最近の東南アジア諸国歴訪について,御報告したいと存じます。
私は,かねてから,わが国にとつて地理的にも近く,歴史的にも密接な関係のある東南アジア諸国との関係を強化することを,外交の主要な柱の一つとして重視してまいりました。殊に,従来ともすれば,経済関係にかたよりがちであつたこの地域との関係を,真の相互理解に基づいた対等な協力者としての関係,心と心の触れ合う真の友人としての関係に築き直すことが重要であることを痛感するのであります。
私が去る8月,東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳の招請に応じてクアラ・ルンプールにおいてこれら首脳と会談し,引き続きASEAN諸国及びビルマを歴訪いたしましたのは,このような認識に立ち,これら諸国との間に揺るぎない友好協力の関係を打ちたてることを目指したものであります。
私はこの歴訪の間,これらの諸国が自助の精神に基づき,自立と繁栄を達成するために積み重ねてきた努力の成果を見聞し,深い感銘を受けました。
私は,歴訪最後の訪問地であつたマニラにおいて,わが国が軍事大国への道を歩まず,また,力強い連帯を目指すASEAN諸国の努力に対しては,積極的に協力し,更にインドシナ諸国との間に相互理解に基づく平和的な関係を築き上げ,東南アジア全域にわたる平和と繁栄に寄与するという基本姿勢を明らかにいたしました。この私の考え方は,各国の十分な理解を得られたものと信じます。
私はこの歴訪によつて友好と協力という新しい苗木を植えることができたと信じます。この苗木を大切にはぐくみ,育て上げることが,これからの大きな課題であります。政府はこのため,国民全体の幅広い御協力の下,更に,更に努力してまいりたいと考えます。
(総合経済対策)
さて,今日,わが国社会が当面する最大の問題は,景気,雇用,物価-つまり,経済運営の問題であります。
最近のわが国経済は,緩やかな拡大基調にはあるものの,設備投資など民間活動の盛り上がりが乏しく,雇用情勢の改善も遅れ,業種間の格差がみられます。国際収支面におきいても,かなりの黒字基調を示し,国際社会の一員として対外調整を図るための努力が必要と考えられる状勢にあります。
私は,組閣以来,公共事業などの施行促進,金利の大幅引下げなど一連の景気対策を推進してきましたが,このような情勢の推移にかんがみ,先般,更に,総合的な経済対策を決定いたしました。
今回の対策では,需要拡大効果が大きく,かつ,国民生活充実の基礎となる公共事業費などを増額し,また,住宅に対する国民の期待に応えるため,住宅金融公庫の貸付枠を10万戸追加いたします。これらにより,事業規模にして総額およそ2兆円に達する公共投資などの追加を行い,国内需要の拡大を図ることといたします。
金融面では,日本銀行が,この春の2度にわたる公定歩合引下げに引き続き,今回更に0.75パーセントの引下げを行い,わが国の金利水準は,戦後最低のものとなりました。これにより,民間経済の活力を強め,企業経営と雇用の改善に資するものと考えます。
更に,各般の民間需要の喚起策を実施するとともに,いわゆる構造不況業種については,生産・価格調整の実施,過剰設備対策事業転換対策など関係業界の努力に対し,政府としても所要の措置を講じます。
また,厳しい情勢下にある中小企業については,その経営の安定を図るため,不況業種を中心として融資制度の充実とその積極的活用を図り,倒産防止対策,下請企業対策に努めるほか,小規模企業対策の推進など手厚い対策を講じます。
経済対策の中でも特に重視しているものは,雇用の問題であります。
政府は,若年労働者にその能力を発揮せしめ,中高年齢層に対し,再就職の機会を与え,いやしくも雇用不安を生ずることがないよう雇用安定資金制度を積極的に活用し,職業訓練を機動的に実施します。とりわけ構造的な問題を抱えた不況業種の離職者に対し,周到な対策を講じます。
一方,対外経済政策の面では,多角的貿易交渉(東京ラウンド)に積極的に取り組んでまいります。同時に輸入促進の諸施策を講じ,経済協力の強化に努め,対外収支の調整に努力いたします。
物価の安定は国民生活と福祉充実の基盤であります。
卸売物価は,主要先進国の中で西独と並んで最も落ち着いた推移を示しております。消費者物価も安定化の基調を強めつつありますが,今回の対策によつて,仮にも物価の安定が損なわれないよう,生活必需物資などの価格安定対策を推進し,消費者物価の本年度中の上昇率を7パーセント台に抑制するよう引き続き努力いたします。
以上のような総合対策を実施することによって,本年度においては,実質6.7パーセント程度の成長が達成される見通しであり,国際収支面では,経常収支の黒字幅が縮小の方向に向かうものと期待されます。また,これによって,世界経済の持続的成長と健全な発展に貢献することもできると考えます。
しかしながら,本年度の日本経済がこのような成果を上げたとしても,問題がすべて解決するわけではありません。
「資源有限時代」を迎え,世界は今,その冷厳な現実の前に,否応なく,大きな転換を迫られております。
石油危機は,その象徴的な出来事でありましたが,特に資源に恵まれないわが国においては,その打撃は深刻でありました。幸いにして国民のたゆまない努力によつて多くの困難を乗り越え,各国に比べ,めざましい立直りの成果を上げてまいりました。しかし,新しい時代への対応は未だしという状況であります。
政府,地方公共団体はもとより,企業,家庭,その他あらゆる分野で,この環境の変化への対応を迫られております。
この変化への対応の努力は,既に国民の各分野で進められております。特に不況産業や中小企業の努力は,血のにじむようなものであり,いかに深刻なものであるかは,私もよく承知しております。この困難と苦悩に満ちた新しい時代への対応をやり遂げ得るか否か,まさに日本の将来はそこにかかつていると思うのであります。
今回の総合対策は,このような困難と苦悩を和らげるとともに,新しい対応に国民各分野が自信と勇気をもつて取り組んでいただくためのものであります。
この対策では,現下の財政金融事情の下で可能な限りの政策手段を動員し,かつ,その規模も思い切つたものといたしました。この対策が十分な効果を上げ,日本経済が安定成長時代への基盤を固めるためには,国民各位の真剣な御努力に俟つところが極めて大きいのであります。
政府は,国民各位の御協力と相呼応して,今後とも,引き続き,全力を尽くして経済運営の責任を果たしていく決意であります。
(行財政改革)
新しい時代への転換期に当たつて,政府自らも率先して各機関における冗費節約と能率的な行政の遂行に努め,環境の変化に対応して,中央,地方を通じ,行財政の積極的な改革を行うことは,当然であります。
政府は,先般,行政改革のための基本方針及び行政機構の整理合理化,行政事務の簡素化などを内容とする要綱を決定いたしました。今後,その具体化を進め,関係法律案を逐次国会に提出する考えであります。
財政の健全化も緊急課題であります。歳入面における見直し,歳出面における効率化の徹底など,財政の健全化を強く推進する決意であります。
政府は,国会に対し,既に申しあげました総合経済対策を実施するために必要な公共事業関係費などの追加をはじめ,人事院勧告の実施に伴う国家公務員の給与改善費などを含む補正予算及び関連法案を提出いたします。また,健康保険法,国鉄運賃法などの一部改正法案,日韓大陸棚協定の実施に伴う資源開発特別措置法案などは,前国会で継続審査となっております。速やかな御審議をお願いいたします。
(資源・エネルギー)
わが国にとつて,資源・エネルギー及び食糧の確保は,永い将来にわたってわが国経済及び国民生活の基盤にかかわる極めて重要な基本問題であります。これらの問題は,危機が現実のものとなつてから対処するのでは手遅れとなります。長期的視点から基本対策を確立し,国民の合意の下に,早急にその実施に努めてまいらなければならないと考えるのであります。
政府は,このような観点から,エネルギー問題については,省エネルギー対策を推し進める一方,輸入石油に替わるエネルギーの開発利用,石油輸入の安定,備蓄の強化などの施策を促進し,また,周到な環境,安全対策を徹底しながら,発電所や備蓄施設などエネルギー関係施設の整備を促進してまいる所存であります。
その際石油代替エネルギーの最も重要な柱として,原子力の開発利用を促進することが,一つの大きな目標であります。政府は,核不拡散と原子力平和利用の両立を図ることを大前提とし,安全確保に万全を期しつつ,核燃料サイクルの確立など原子力政策を推し進めてまいります。
更に21世紀への長期展望に立つて,太陽エネルギーや核融合の研究・開発など,ビッグ・サイエンスの諸計画を進め,この分野での国際協力の道を開きたいと念願しております。
食糧問題に関しては,長期的にみて不安定な世界の食糧需給の下で,わが国農業は,米が過剰基調を強める一方,増産の必要な農産物の生産停滞がみられるなど需要構造の変化への対応を迫られております。
政府は,このような情勢にかんがみ,食糧の総合的な自給力の向上を図ることを長期にわたる基本方針とし,国内資源に依存する食生活への積極的誘導を図りながら,需要に即応した農業生産の再編成を進めるため,米から麦,大豆,飼料作物などへの転換促進など総合対策を強力に推進してまいる所存であります。
また,200海里時代の急速な到来を迎え,その影響を受けることとなつた北洋漁業関係者及び離職者などに対しては,引き続き,所要の救済措置を講ずるとともに,沿岸沖合漁業の振興,水産資源の開発,水産物の有効利用の促進に努めるなど適切に対応してまいります。
(国際関係)
今日の世界が直面している最大の課題は,南北問題,産油国非産油国間の問題など複雑さを加えつつある国際環境の下で,4年前の石油危機の打撃から未だ回復しきつていない世界経済を,どのようにして建て直し,安定と繁栄に導くかにあります。
世界経済の現状は,先進工業国であると発展途上国であるとを問わず,楽観を許さない状況にあります。この状況を打開しないと,経済的混乱は,やがて政治的混乱に発展し,世界の安定と平和そのものを脅かす事態となることが憂慮されるのであります。世界経済の安定は,最大の急務といわなければなりません。
世界各国は,今こそ,過去の苦い経験から生まれた国際協力の知恵を生かし,破局的な事態を回避するために,力を合わせなければならないときであります。特に,世界経済の要の地位にある日本,北米,西欧の3地域が,すべての問題について,従前にも増して密接な協調と協力の体制を維持することが重要であります。同時に,このような協力を通じて達成される世界経済の安定と発展の基礎の上に,南北間の対話を進め,両者の調和的発展を実現するように努力いたします。
米国との関係は,わが国外交の基軸であります。私は,カーター大統領と随時緊密な連絡を保ちつつ,「世界の中の日米協力」を推進してまいりました。今や,日米両国は,どのような問題も,率直に話し合い,共通の目的意識に基づいて友好的に処理し得るという「成熟した関係」にあります。懸案であつた核燃料再処理問題についても両国間で協議を重ね,先般円満な解決をみることができました。政府としては,このような成熟した日米友好関係を基軸として,今後とも両国が共通の関心を有する世界の諸問題につき緊密な協力を保ち,世界の平和と繁栄のため貢献する決意であります。
国交正常化5周年を迎えた日中両国の関係は,順調な発展をみせております。政府としては,日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であることに思いをいたし,永きに亘る日中善隣友好関係の確立に努める決意であります。日中平和友好条約に関しては,双方にとつて満足のいく形で,できるだけ速やかに,これを締結する政府の決意にはいささかの変更もありません。
ソ連との関係も,経済,貿易,文化,人的交流など各分野において,順調に発展してまいりました。政府は,両国関係を真に安定させるため,北方領土の祖国復帰を実現し,平和条約を締結することを目指し,粘り強く努力してまいります。また,両国間の漁業に関する長期協定の早期締結に努めるとともに,日ソ間の多面的関係の発展にも努めていく考えであります。
(結び)
私が内閣総理大臣に就任して以来,9ヵ月余りになります。この間,私は山積する内外の諸懸案の処理に精一杯取り組んでまいりました。
また私は,積極的に各国の指導者達との対話を進めてまいりました。そして,それらを通じ,世界の平和と繁栄についてのわが国への期待がいかに大きいかを痛感しております。
これからのわが国が目指すべきものは,生き甲斐ある日本社会の建設と世界人類への貢献ということでなければならないと思います。この2つの課題を同時に解決しながら,国の歩みを進めて行きたいと念願いたしています。
そして,その進むべき道については,国民各位との幅広い接触と対話の中で合意を求めながら,前進してまいりたいと思います。
既に高度成長の時代は去りました。転換期の激流に棹さす日本の前途は,なお多難であります。しかし,この新しい局面こそ,消極退嬰の姿勢を投げ捨て,斬新な構想の下に,新しい創造と取り組むべきときであります。数多くの人材に恵まれた日本の活力と英知は無限であります。
政府は,日本丸の針路を誤らしめないよう全力を尽くします。
国民各位の御理解と御協力を願つてやみません。
(1977年10月3日)
第82回国会の開会に当たり,最近の国際情勢を概観し,わが国外交の基本方針について,所信の一端を申し述べます。
国際社会は,目下,戦後最大の深刻な経済困難を経験しております。このような困難を克服し,新たな繁栄を目指す各国の努力にもかかわらず,最近の世界経済の回復のテンポは,依然緩やかなものに留まつております。インフレ,失業,国際収支の赤字などの問題は,今なお多くの国において深刻であります。通商面においては,失業その他各国の国内的諸困難を背景に,保護貿易主義的な考えや動きが強いことも否定できません。
このような状況の下で,先進民主主義諸国は,5月のロンドン主要国首脳会議及び6月のOECD閣僚理事会の場で,世界経済の諸困難に共同して対処する決意を表明し,このため,各国の事情に応じ,それぞれ拡大的成長政策ないし安定化政策をとることにより,世界経済の健全な発展に寄与することを国際的目標といたしました。
政府が過般,対外経済政策を含む「総合経済対策」を決定し,対外均衡に配慮しつつ,国内経済の拡大を目指しましたのも,このような国際社会の一員としての連帯感に基づいた努力の現われであります。
また,開放的な国際貿易制度の維持及び強化を図るため,ロンドン主要国首脳会議における合意を受けて,現在,東京ラウンド交渉が積極的に進められております。わが国といたしましては,交渉が成功裡にかつ早急に完結するよう,最大限の努力を払つてまいります。
資源・エネルギー問題は,「資源有限時代」の下において,国内資源に恵まれないわが国経済にとつて極めて重要であり,わが国としては,この分野における外交努力を強力に推進することが肝要であります。
原子力の平和利用,とりわけ使用済核燃料の再処理を含む核燃料サイクルの確立は,長期的エネルギー政策の観点から,わが国が全力を挙げて取り組むべき重要課題であり,東海村再処理施設の運転に関し,先般日米間に了解が成立いたしましたことは,喜ばしい次第であります。わが国といたしましては,今後,原子力開発の一層の推進を図るとともに,東海施設の運転によつて得られる知識と経験を活用して,核不拡散と原子力平和利用の両立を図るための国際的な努力,とりわけ,この10月から開始される国際核燃料サイクル評価計画に積極的に参加してまいりたいと考えております。
急速な200海里時代の到来を迎え,わが国漁業をめぐる国際情勢は,まことに厳しいものがあります。このような情勢に対応し,わが国といたしましては,積極的な国内的施策を講じるとともに,沿岸諸国との交渉や漁業振興を図る開発途上諸国に対する漁業協力などを通じ,漁業の継続及び新しい漁場の開発のため積極的に努力してまいる所存であります。
私は,南西アジア諸国,ASEAN諸国,ビルマ及びメキシコヘの訪問,国連総会への出席などを通じまして,開発途上諸国の経済社会開発に対する意欲と努力に深く感銘を受けるとともに,これら諸国の開発努力に積極的に協力していく必要性を痛感いたしました。政府といたしましては,すでに国際的に繰返し表明いたしておりますように,今後5年間に政府開発援助を倍増以上にするため,計画的に援助の拡充を図つてまいる決意であります。
過去1年余にわたり対話が続けられてまいりました国際経済協力会議は,共通基金,政府開発援助,特別計画などの分野において前進をみました。わが国は,国際社会の責任ある一員として,南北間ですでに合意をみた諸点は,これを誠実に実施に移すとともに,未解決の諸問題についても,その解決のために一層の努力を傾けてまいります。
私は,今般,第32回国際連合総会に日本政府首席代表として出席し,平和に徹するわが国の基本的外交姿勢を強調するとともに,アジアの平和と安定のため努力する決意を披瀝し,あわせて軍縮,南北問題などについてのわが国の立場を強く主張してまいりました。また,同総会出席の機会に,各国の外交責任者との間に,共通の関心を有する諸問題について率直かつ有意義な意見交換を行いえた次第であります。
国際連合は,今や加盟国149カ国を擁するに至り,普遍的な国際機関としての重要性がますます高まりつつあり,国際連合成立当時の32年前とは,まつたく事態を異にしております。わが国といたしましては,このような現実を踏まえ,国連憲章の再検討問題を含む国連の機構及び機能に対する検討,国連の主要なフォーラムにおけるアジア・グループの地位及び機会の向上と増大の必要性を主張してまいりました。わが国といたしましては,国連における外交努力を今後とも積極的に推進してまいる所存であります。
明年5月には,国際連合史上初の試みとして軍縮特別総会が開催される予定であります。非核三原則を堅持し,平和外交を追求するわが国は,同会議を成果あらしめるため,包括的核実験禁止をはじめとする核軍縮問題,通常兵器の国際移転問題などにつき,わが国の立場を強く主張する所存であります。
また,第3次国連海洋法会議については,本年夏第6会期が開催され,海洋をめぐる国際秩序のあり方につき審議が続けられました。海洋の問題については,各国の利害が錯綜しており,合意は決して容易なものではありませんが,わが国といたしましては,海洋国家として,この会議の場を通じ新しい公正な海洋法秩序が早急に成立するよう,努力してまいる所存であります。
次に,世界各地域との関係について申し上げます。
日米間の友好協力関係は,わが外交の基軸であり,日米安保体制を含む同国との関係の維持増進に努めることは,政府の一貫した方針であります。
日米両国の首脳間におきましては,3月の首脳会談を含め,常に緊密な連絡を保持することに努めております。このような日米間の間断なき対話と協議を通じて,日米間の懸案事項について早期に合理的な解決が得られるよう努めるとともに,広く世界が直面する諸問題の解決について「世界の中の日米協力」を推進するべく努力している次第であります。
朝鮮半島に関するわが国の基本的立場は,第80回国会の外交演説において述べましたとおり,同半島の緊張の緩和のための国際環境づくりに関係諸国とともに積極的に協力するとともに,南北双方の当事者が,相互不信を克服し,1972年の共同声明の精神に基づき,実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。
在韓米地上軍の撤退の問題に関しましては,今後とも朝鮮半島における平和と安定を損なわないような形でとり進められることを希望いたします。
韓国との関係につきましては,両国間の相互理解を更に深め,友好協力関係を一層幅広いものとするため,努力を払つてまいります。特に,政府は,貴重な独自のエネルギー源を確保する観点からも日韓大陸棚協定が速やかに実施に移され,大陸棚の開発に着手できるよう,関連の特別措置法案が是非とも今国会で成立するよう強く希望いたします。
北朝鮮との関係につきましては,今後とも貿易,人物,文化などの分野における交流を漸次積み重ね,相互理解の増進に資することとしたいと考えます。
国交正常化5周年を迎えた日中関係は,順調に進展しております。わが国といたしましては,日中共同声明に基づき,両国間の善隣友好関係の一層の発展を図ってまいるとともに,日中平和友好条約を双方にとつて満足のいくような形でできるだけ速やかに締結するよう努力する所存であります。
ASEAN諸国は,本年8月,ASEAN設立10周年を記念して第2回首脳会議を開催しましたが,総理は,ASEAN諸国首脳の招請に応じて,マレイシアのクアラ・ルンプールへ赴き,史上初めてこれら首脳と一堂に会して意見交換を行い,その後,ASEAN5カ国及びビルマを訪問いたしました。この結果,日本とASEANとの協力関係は大きく前進し,また6カ国との友好関係が一層強化されました。
わが国といたしましては,総理が最後の訪問地マニラでの演説で明らかにしたわが国の対東南アジア政策の3原則を柱に据え,これら諸国の連帯と強靱性強化の自主的努力に対して積極的に協力するとともに,再建と復興の努力を行っているインドシナ諸国との間にも相互理解に基づく関係の醸成を図り,もつて東南アジア全域にわたる平和と繁栄の達成に努めるとの政策を着実に実行する所存であります。
先般のバングラデシュ,インド及びネパールの3国訪問を通じ,私は,これら諸国の指導者が,わが国との間の友好協力関係増進について強い意欲を表明したことに深い感銘を受けました。政府といたしましては,今後ともこれら諸国を含む南西アジア諸国との友好協力関係を一層強化してまいりたいと考えております。
日ソ関係は,経済,貿易,文化,人的交流など各分野におきまして順調に発展してまいりました。特に漁業面では,ソ連200海里水域におけるわが国の操業に関する暫定協定は,国会の承認を得て発効いたしました。また,先般署名されたわが国200海里水域におけるソ連の操業に関する暫定協定につきましては,可及的速やかに国会の承認が得られますよう希望いたします。さらに,より安定的な日ソ間の漁業秩序を樹立するための長期漁業協定締結交渉が開始されました。政府といたしましては,本件協定交渉の早期妥結のため全力を挙げてまいる所存であります。
もとより,日ソ関係を真の相互信頼に基づく長期的かつ安定的な基礎の上に発展させるためには,領土問題を解決して平和条約を締結することが不可欠の要請であります。私は,できうる限り早期に訪ソして,平和条約締結のための継続交渉及び定期協議を行う所存であります。
先進民主主義国としてわが国と多くの共通点を有する西欧諸国,カナダ,豪州及びニュー・ジーランドとの友好協力関係は,わが国にとり,ますます重要なものとなつており,政府といたしましては,これら諸国との対話と協力の一層の強化を図つてまいる所存であります。
政府はまた,引き続きわが国と東欧諸国との交流促進に努め,相互理解と友好関係の強化を図つてまいります。
中東問題につきましては,現在,ジュネーヴ会議の早期再開を目指す真剣な努力が続けられております。中東和平の基礎は,安保理決議242及び338であり,国連憲章に基づくパレスチナ人の正当な権利,なかんずく民族自決権の実現であります。わが国といたしましては,早期和平を探求する関係諸国の努力が実を結び,この地域に1日も早く公正かつ永続的な和平の確立されることを念願するものであります。
南部アフリカ問題につきましては,わが国は,この地域において人種差別の撤廃,非植民地化及び多数支配が平和的手段を通じて可及的速やかに実現されることを強く希望するものであります。特に,南ローデシア問題及びナミビア問題につきましては,英,米,その他関係諸国による平和的解決のための国際的努力を評価するものであります。同時に,南部アフリカ問題解決に対する南アフリカ共和国政府の立場は,決定的な重要性を有しており,同国政府が問題の早急な解決に協力することを強く希望いたします。
中南米諸国は,意欲的な経済社会開発を推進しております。わが国といたしましては,幅広い分野におけるこれら諸国との密接な協力関係を更に推進してまいる所存であります。
最後に指摘いたしたい点は,わが国の国際的地位が近時急速に高まりつつあることに伴い,わが国に対する期待と,その国際的責任も,これに応じ重きを加えていることであります。またその範囲も,単に経済面にとどまらず,学術,文化も含むより広範な分野にひろがりつつあります。
政府といたしましては,今後,幅広い分野において積極的な貢献を行つてまいると同時に,わが国の真の姿について広く諸外国の正しい理解を求めるため,海外広報文化活動を一層強化してまいる所存であります。
国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。
(1978年1月21日)
新しい年を迎え,第84回国会が再開されるに当たり,施政の基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解と御協力を得たいと存じます。
(協調と連帯)
ちようど1年前,私はこの壇上から,世界は今,歴史始まつて以来の転換期に直面していることを強調し,この難局に処するための行動原理は,協調と連帯にあると申し述べました。この1年の国の内外の動きを見て,いよいよその感を深くするのであります。
今日,世界の各国が当面している資源・エネルギー問題,南北問題,海洋問題,更に通商上の摩擦の増大,国際通貨の不安定,失業問題などは,そのいずれをとっても,一国が単独で処理し得るものはなく,国際的な協調と連帯なくしては解決できない課題ばかりであります。
各国は相互に助け合い,譲り合い,補い合って,これらの課題を解決し,世界全体の平和と繁栄を維持する中で,それぞれの国益を実現する外に道はありません。協調と連帯こそいよいよ国際社会の行動原理でなければならず,そのことは,次第に広く理解されつつあるものと確信いたします。
思えば,戦後30余年,国民の営々たる努力によつて,わが国は目覚ましい経済発展を成し遂げましたが,その反面,物心両面にわたつて社会に若干のゆがみを招いたことも否めません。今や,人類は貴重な資源を過度に消費することは許されません。またその中で,個人や集団がエゴを突き合わせていては,生きていけないことも明らかであります。
この際,我々は更に一歩を進め,衆知を集め,活力を動員して,より健全で公正な社会を建設しなければなりません。
我々がその決意を固めて行動する限り,当面する困難は,すべて新しい飛躍への好機であり,次の発展の礎石に転化し得べき魅力ある課題となるのであります。
石油危機は,未開発の無限のエネルギーを開発し,人類共有の資産を活用して,子孫とこれを分かち合うために,新しい知恵を発揮すべき機会であります。
更に今日,国際経済社会の軋櫟は,諸国民の自制と努力によつて,協調と連帯に基づく建設的な新しい秩序を確立するための契機となるのであります。
私は,これらの課題を正面から受け止め,その解決に取り組むことが,21世紀へ向かう我々の使命であると信じ,この使命の達成のために国民の皆様の合意を求めたいと存じます。
(世界経済の動向)
当面私が最も心配しているのは,世界経済の動向であります。4年前の石油危機で世界は揺り動かされました。今なお,その衝撃から完全には立ち直つておりません。
石油を産出しない開発途上国の困窮は,言葉で言い尽くせないものがあります。そして,その開発途上国の発展に協力すべき立場にある先進工業国も,その多くがこの打撃から抜け出すことができない状況であります。
しかも,長期にわたるこのような混乱の中から,国家的なエゴイズム,すなわち保護主義への転換,偏狭なナショナリズムの拾頭という危険な兆しも現れております。
今日のこの状況を,1930年代,昭和初期の様相になぞらえる人があります。私も,確かにそのような一面があることを痛感いたします。
1929年,米国の恐慌に端を発した不況は全世界に波及しました。世界各国はこの不況から脱出するのに,保護主義,ナショナリズムをもつてしたのであります。その結果,不況は更に深まり,やがて社会不安につながっていきました。深刻な不況と社会不安からの脱出のあえぎは,ついに第2次世界大戦へと発展いたしました。
不幸な歴史は繰り返してはなりません。1930年代の過ちは断じて繰り返してはならないのであります。
今日の厳しい国際環境の中で,各国が自国中心に考えれば,それぞれ不平や不満があることもあるいは当然なことでありましよう。
しかしながら,偏狭なナショナリズムは,一波万波を呼んで,世界的混乱を招くことは必至であります。
昨年5月,主要先進国7カ国の首脳は,一堂に会して,そのような過ちを繰り返さないことを誓い合い,世界経済安定のための協力を約しました。その後の世界経済は,必ずしも思わしい結果となつていませんが,各国は今もその誓いに従つて努力を重ねております。
政府は,米国ECなど主要先進諸国との話合いを精力的に進めております。特に,日米経済関係について申し上げれば,これは,日米2国間の経済問題というより,世界第1の経済大国である米国と,第2の立場にあるわが国とが,相携えて世界経済にどのように対応するかという問題であります。
米国には経常収支赤字過大の問題があり,わが国には黒字過剰の問題があります。そのいずれもが,世界経済安定の立場から反省を求められているのであります。
このような背景の下に,このほど,日米両国の間で話合いが行われ,米国はドル価値の安定に,日本は経常収支黒字の是正にそれぞれ努力することとなつたことは,極めて重要な意味を持つものであります。
政府は,ECなど主要先進諸国との通商上の調整問題についても,国際協調を旨として,懸案の解決に努めてまいります。
わが国が,国際的観点から見て何よりも解決を急がなければならない問題は,黒字過剰問題であります。この見地から,内需主導型の経済運営により輸入を拡大するとともに,東京ラウンド交渉への積極的取組み,関税の前倒し引下げ,残存輸入制限品目の割当枠の拡大,部分自由化など一連の措置を強力に推進し,市場の開放に努めます。
自由貿易体制の発展は,世界の繁栄とわが国自身の発展にかかわる基本的な要請であり,そのためにこそ,わが国は忍ぶべきは忍び,進んでこれらの措置を採らなければならないのであります。
もとより政府は,これらの措置により,農業を始めとする国内産業に不安,動揺を与えることがないよう慎重に配慮しつつ,賢明な選択を行つてまいる所存であります。
南北問題については,政府開発援助を今後5年間に倍増以上に拡大し,物心両面にわたる協力の強化に努力いたします。
(経済運営の課題と方針-景気の回復)
このような国際情勢の中で,昨年のわが国経済は,総体として,民間需要の盛り上がりに乏しく,生産活動は一進一退という状況でありました。このため,政府は,昨年9月に総合経済対策を決定し,公共投資の大幅な追加などによつて景気の着実な回復と経常収支の黒字の縮小を図るべく,最大限の努力を払いました。
しかしながら,その後の急激な円高もあつて思うような効果を上げることができず,国民生活安定の基盤として最も重視されるべき雇用情勢についても,目立つた改善がみられませんでした。
その反面最近,物価は極めて安定してきております。私は,今こそ思い切った景気浮揚策を採るべきであり,またそれができると考え,本年の政策の目標を景気回復に集中する考えであります。
本年の国内経済を展望しますと,輸出に景気回復の牽引力を期待することはできません。また,生産設備が過剰となつているなどの現況からみて,設備投資に大きな役割を期待することも困難な情勢にあります。このような環境の中で,景気を浮揚する手段は,これを財政に求める外ないのであります。
そこで私は,4月から始まる53年度予算を待たず,年初早々からこの考え方を実行すべきものと考えました。
私は53年度予算に先立ち,52年度第2次補正予算を提案し,いわゆる15ヵ月予算の構想の下に,当面切れ目のない財政運営を行つてまいる方針であります。
また53年度予算においても,公共事業などの規模を超大型のものとし,積極的な財政運営を行うこととしております。
もとより,積極財政,これによる内需振興だけで今日の困難な事態の乗り切りができるとは思いません。今後における産業構造の転換を展望しつつ,いわゆる構造不況業種への対策,円高によつて打撃を受けている中小企業対策,雇用安定対策などを,きめ細かく,かつ,強力に推し進めなければなりません。
政府は,財政を中心に国家資金を総動員し,また有効と考えられるすべての施策を実施し,総力を挙げて景気回復に取り組む決意を固めました。
国民の皆様も,地方公共団体も,企業も,政府の決意と相呼応して,事態の打開のため積極的に協力されるよう,強く要請いたします。
(社会開発)
しかしながら,ここで特に申し上げたいことは,今回の財政措置は,当面の経済対策にとどまらず,物心両面にわたるわが国の歴史的な社会開発を目指している点であります。
わが国は戦後,驚異的発展を成し遂げ,産業は整備され,国民生活も向上いたしましたが,生活をめぐる環境は相対的に立ち遅れています。今回,景気回復の手段として公共投資をその中心に選びましたが,それが景気波及力で最も優れているというだけでなく,この際,社会資本の立遅れを取りもどす好機であると考えたからであります。
わけても,住宅は国民の心のよりどころであり,健全な家庭の支えであります。政府はこの住宅の建設に特に重点を置くことにいたしました。また,現在及び将来にわたる国民生活の基礎となる道路,鉄道,通信,港湾,河川,農業基盤,林野,防災などに大幅な投資の拡大を行います。更に,上下水道,公園,学校,病院,保健福祉,社会教育,体育施設など,地域の生活環境の充実には特に注意を払いました。
こうしたことによつて,婦人,青少年を含め,広く地域住民の創造的な参加と連帯を求め,環境を保全し,地域的特性を生かしつつ,歴史と伝統文化に根ざした豊かな居住圏を生み出してまいりたいと思います。震災その他の災害についても,積極的に対策を推進いたします。
私はまた,国家100年の計に立つて,人造りを重視し,教育,学術,文化,スポーツなどの振興に格段の努力を払います。
また,高齢化社会の到来に備えつつ,国民生活のより一層の安定を図るため,社会保障の充実を始めとする広範な対策を整備してまいります。
更に,将来にわたつて,わが国経済社会の発展を維持するため,科学技術の振興,原子力を始めとする新エネルギーの開発,省エネルギーの推進,海洋開発などに努めます。
また,国民生活の安全保障にかかわる食糧を安定的に確保するため,総合的な自給力の向上を図ることを基本として農林水産業の体質の強化に努めてまいります。
復帰後5年を経た沖縄についても,現地の状況を踏まえつつ,その振興開発を進めます。
(物価の安定)
政府は,このような積極的な財政措置を講じますが,これによつて,経済社会の秩序に混乱をきたすとは考えません。物価が着実な安定基調にあるからであります。
物価の安定こそは,雇用の安定と並んで国民生活安定の基盤であり,社会秩序の要であります。積極財政運営の過程においては,通貨の動向,国債の消化,物資の需給などに細心の配慮をいたし,物価の動向にいささかの不安もないよう,最大の努力をいたします。
(新しい時代への対応)
さて,政府はこのようにして,53年度の経済成長の目標を7パーセント程度に置き,その実現に全力を傾けてまいります。これによつて,日本経済の5年越しの長いトンネルも,漸く出口がはつきりいたします。そしてトンネルを抜け出たその先には,私がかねがね主張している安定成長社会への道が開かれるのであります。新しい時代は,もと来た道-成長至上主義の社会では断じてありません。成長の高さよりも,その質を尊ぶ社会,活力を秘めながらも静かで均衡のとれた社会であります。それは国の流れの大きな変化であり,転換であります。
重要なことは,この変化と転換に,国家はもとより,地方公共団体も,企業も,家庭も,正しい対応の姿勢を示すことであります。日本の未来は正にその対応ができるかできないか,そのいかんにかかつていると言つても過言ではありません。
政府が行政改革に着手したのも,このような認識に基づくものであります。今後とも綱紀を正し,行政の合理化,効率化を着実に進めるよう努めてまいります。財政の健全化についても,引き続き努力してまいります。
(法秩序の維持)
こうした転換の時代に当たつて,とりわけ国民の生命,自由,財産を守り,社会的正義を貫くために欠かすことのできない要件は,法秩序の維持であります。
政府は,法秩序の厳正な維持に努め,暴力によつてこれを破壊しようとする者に対しては,断固たる態度で対処し,国民生活の安全を守る決意であります。
(外交)
ところで,昨今の国際関係の多元化,多極化の趨勢と,わが国自身の国際的地位の急速な向上という事態を背景として,わが国の外交は,世界のすべての地域にわたり,また政治のみならず経済,社会,文化などの各分野に及ぶ広範多岐な努力を求められております。
わが国の近隣諸国である米国,中国,ソ連,韓国,更にその他のアジア諸国との関係が,わが国外交にとつて極めて重要であることは申すまでもありませんが,更に,わが国が世界のすべての国と友好,互恵の関係を維持していかなければならない国柄であることを考えれば,ヨーロッパ,大洋州,中近東,中南米,アフリカの国々との間に友好と協力の関係を強化するための措置を講じていることも,また現下のわが国外交の急務であります。
昨年夏,私が東南アジア諸国を歴訪して,これら諸国民との間に相互理解に基づく真の「心と心の触れ合う」信頼関係の構築に努めましたのも,このような外交努力の現れに外なりません。
また,このたびの中近東諸国に対する外務大臣の公式訪問も,この地域が現下の国際政治の焦点であり,かつ,わが国民生活にとつて重要な鍵を握る地域であることにかんがみ,中近東諸国とわが国との関係を強化するための努力の一環をなすものでありました。
改めて申すまでもなく,このような広範なわが国外交活動の中軸となつているのは,米国との関係であります。
日米関係は,わが国にとつて,他のいかなる国との関係にもまして重要であり,日米安全保障条約を基軸として確保されている両国間の緊密な友好協力関係を維持し発展させることは,引き続きわが外交の基本的政策であります。
今日のわが国の安定と繁栄が,国民全体の英知と努力により達成されたものであることは申すまでもありません。同時にその背景として,戦後今日に至るまでの米国との密接な協力関係が,大きな役割を果たしてきたこともまた明らかであります。
日米両国の提携と協力を強化し,更に発展させることが,両国相互間の関係においてのみならず,広く世界全体の平和と繁栄を確保するために,ますます重要となつているとの確信に立つて,これを更に揺るぎないものとしたいと考えます。
日中両国の関係は,国交正常化後5年を経て,着実かつ順調に発展しております。わが国としては,日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であるとの認識に立つて,両国間の友好関係を,更に強固で永続的なものとするよう努力してまいる所存であります。また,このことがアジアの平和と安定にとつて,極めて重要であると考えるのであります。
このような観点に一立つて,日中平和友好条約に関しては,双方にとつて満足のいく形で,できるだけ速やかにこれが締結されるよう,真剣に努力してまいりましたが,交渉の機は漸く熟しつつあるものと判断されますので,更に一段の努力を重ねる決意であります。
昭和31年の国交回復以来,日ソ関係は,経済,文化,貿易,人的交流などの広範な分野において,着実に発展してまいりました。しかしながら,日ソ間に真の相互信頼に基づく安定的な関係を築くためには,日ソ間の最大の懸案である北方領土の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であります。
政府は,このような見地から,先般,外務大臣をソ連に派遣し,平和条約締結交渉を行わせました。遺憾ながら,今回の交渉においても,領土問題に対するソ連の態度は固く,問題解決への前進は見られませんでしたが,政府といたしましては,今後とも,一層粘り強く交渉を継続してまいる所存であります。
(防衛問題)
国の防衛は,国家存立の基本であり,政府の果たすべき最大の責務であると言わなければなりません。
政府は,日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用を確保し,必要な防衛力の整備に力を注いでまいる所存であります。
しかしながら,防衛の根本は,国民自らの祖国を守る気概であり,国民的合意であります。
近年,防衛問題に対する国民の理解と関心が高まりつつあることは,誠に喜ばしいことでありますが,防衛問題が国民全体の問題として,広く各方面において建設的に論議されることを期待して止みません。
なお,この際付言いたしますと,昨年7月の領海法及び漁業水域に関する暫定措置法の施行に伴い,わが国漁船の保護,領海警備などの業務が飛躍的に増大しましたが,政府は,これらの水域における保安体制についても整備増強に努め,万全を期する所存であります。
(基本理念)
以上,当面する内外の諸課題と,政府の施政の基本方針について述べましたが,これらを踏まえ,私の政治に対する基本理念を要約して申し述べます。
第1は,平和に徹する信念を貫き通すことであります。
国際紛争の解決は,これを武力に求めないという日本国民の決意は,戦後30余年にして,漸く全世界の認識と理解とを深めつつあります。
わが国のように国力の大きな国が,軍事大国への道を選ばず,ひたすら平和国家への道を歩み続けることは,世界の歴史の上でも類例を見ない試みであり,世界平和のために計り知れない意義を持つものと信じます。私はこの際,特に,心を新たにして,この信念を貫き通す決意であります。
第2は,国際社会におけるわが国の責任を果たすことであります。
相互依存関係の深まる国際社会の中にあつて,わが国の立場は,ますます重きを加え,その国際的役割に対する世界の期待も急速に増大しております。
我々は,世界の平和と繁栄のために,積極的にその責任を遂行し,国際社会で名誉ある地位を確立しなければならないと考えます。
第3は,人造りに力を尽くすことであります。
当面,国民の関心,政治の焦点は,景気,経済に集中していますが,国造りは国政の要であり,そのことは,片時も忘れられてはならないところであります。
国造りの根本は人であります。無気力と放縦に流れる社会には安定も向上もあり得ません。わが国が当面する内外の困難を乗り越え,新しい時代に向かつて力強く前進を続けるためには,人々が大いに自己をみがく,豊かな創造力を培う,そしてその成果を踏まえて,社会公共に奉仕する,またそれを歓びとし,誇りとする-そのような国民的気風を養わなければならないと存じます。
私は,日本国民の一人一人,中でも次代を担う青少年が,自信と誇りをもつて,21世紀に飛躍できるような日本社会の基盤を固めたいのであります。
以上は,わが国が直面している内外情勢の変化に対処するために,進んで選択すべき道であります。この道を進むに当たつては,犠牲と苦痛が伴うこともありましよう。しかし,国民の皆様の御理解と御協力がある限り,必ずや明るい展望を切り拓くことができると信じます。
政府は,その責務を果たすために,最善を尽くします。
国民の皆様の御理解と御協力を切望いたします。
(1978年1月21日)
第84回国会が再開されるに当たり,わが外交の基本方針につき所信を申し述べます。
相互依存関係をますます深めつつある今日の国際社会において,外交は,国民生活に密接に結びついております。しかも,今日のわが国は,「協調と連帯」の理念に基づき,国際社会の平和と繁栄のために積極的な貢献を行つていくことが強く期待されております。
私は,この認識の下に,国民各位の御理解と御支持を得つつ,「世界に役立つ日本」にふさわしい外交を展開してまいりたいと考えます。
今日わが国をとりまく国際環境は,まことに厳しいといわねばなりません
1970年代前半に起きた石油危機を契機とする世界経済の混乱は,多くの国に失業,インフレなどの深刻な社会問題を発生せしめ,ひいては,保護主義的な風潮を生んでおります。かかる状態を放置し,自由貿易体制の崩壊を招くような事態となれば,国の生存を国際環境に大きく依存するわが国は,はかりしれない打撃を蒙ることとなります。
200海里時代の到来も,わが国にとり深刻な事態であり,また,わが国をとりまくエネルギー情勢も楽観を許しません。
政治情勢も,近年における産油国の発言力の顕著な増大という特徴もあって,多極化の傾向が一層進み,国際政治の動向は複雑かつ予測しがたいものとなつております。確かに,米ソ両大国をはじめとする各国の努力もあり,国際社会の平和と安定を揺るがすような事態は回避されておりますが,朝鮮半島,中東,アフリカなどにおける緊張の継続は,国際政治の不安定要因になつているのであります。
このような情勢を前にして,わが国外交の前途は,正に多難といわざるをえません。
しかも,わが国は,今や自由世界第2位の経済力を有するに至つており,その動向の国際社会に与える影響も大なるものがあり,その経済力にふさわしい役割を国際社会において積極的に果たすことが強く期待されております。わが国がこのような期待に積極的に応えて行動しない限り,国際世論がわが国に背を向けるような事態がないとはいいきれない状況であると申しても過言ではないでありましよう。
私は,今こそ,わが国が「世界に役立つ日本」となるために行動を起こすべき時であると信じます。
これは,決して,容易なことではありません。苦痛を伴う発想の転換を必要とするところも多々ありましよう。しかし,資源も乏しく,国土も狭く,国民の英知と努力のみに頼って国の存立を図らざるをえないわが国にとつて,国際社会との協調は,その外交の絶対の前提であり,そのためには,時に勇気をもつて前進することが必要であります。
私は,今こそその時であると考えます。
わが国が「世界に役立つ日本」となるための行動の基本的方向は,次のようなものでなくてはならないと考えます。
第1に,平和に徹し,いかなる国とも敵対的関係をつくらないことであり,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことであります。
ただし,このことは,国際情勢の現実を直視し,油断をしない心構えとそのための準備を伴つたものでなくてはなりません。日米安保体制を堅持し,必要な防衛力を整備することは,この意味で必要なことであります。
第2に,先進民主主義国として,世界の繁栄に積極的に貢献することであります。
このためには,自由貿易体制を守るべく自らの国内市場の一層の開放を含むあらゆる努力を行うこと,開発途上国の安定と繁栄に積極的に寄与すること,更には,国際社会の重要な一員としての立場から,国際社会の協調と発展のために進んで役割を果たすことが不可欠であります。
第3には,政治体制の如何を問わず,国の大小を問わず,また,地理的遠近の如何を問わず,ひろく世界の国々との間に交流を深め,意思の疎通を図り,もつて相互信頼関係を築くことであります。
以上の方向に向かつて行動するにあたり,私がとくに強調したいことは,世界の平和と繁栄なくしてはわが国の平和と繁栄もありえないという事実を深く認識し,国際協調の精神に徹することであります。
わが国民の平和への強い願い,その英知と勤勉は,すでに世界の敬意を集めております。これに加え,わが国の国際協調の姿勢に対する認識が広まれば,わが国が「世界に役立つ日本」としての地位を不動のものとすることができましよう。そうすることによつて,多難なわが外交の前途にも道が開けてくると,私は,確信いたします。
次に,このような方向での外交努力の具体的な進め方について,所信を申し述べます。
まず,国際経済について申し述べます。
わが国にとり,当面の急務は,戦後最大の試練に直面している世界経済の回復と繁栄に貢献することであります。
わが国は,昨年来数次にわたる景気対策を講じてまいりました。これは,わが国内経済のためのみならず,世界経済全体の回復に貢献することを目的としたものであります。今般,政府が,53年度経済成長率に関して先進諸国中,最も高い目標を決定しましたのも,このような意図に基づいております。また,先に政府が,東京ラウンドヘの積極的な取組み,関税の前倒し引下げなどの対外経済政策を決定しましたのも,国際協力推進の観点からであります。
このようなわが国の努力は,米国,ECをはじめとする関係諸国からも高く評価されております。特に米国につきましては,昨年末の牛場国務大臣の訪米と先のストラウス通商交渉特別代表の訪日をもつて,昨秋以来の日米両政府間の協議は,決着を見るに至りました。このように,世界的な意味合いを有する日米両国の経済関係の基盤を強化しえたことは誠に欣快に存じます。他方,ECとの間にも閣僚レベルの往来を含め従来にも増して緊密な関係が保たれております。
政府は,今後とも,主要先進民主主義諸国と協力しつつ,保護主義の抑制と自由貿易の発展を図り,世界経済が安定的に拡大するよう積極的に寄与してまいる所存であります。
南北問題は,国際社会の平和と安定にも係る重大な問題であります。世界経済が混迷し,開発途上国がその影響をとりわけ強く受けている今日こそ,開発途上国の経済困難を打開し更にはその経済社会開発を推進すべく,積極的に協力する必要があります。政府としては,今後とも経済協力を積極的に推進すべく努力する所存であり,政府開発援助に関しては,今後5年間に2倍以上に拡大すべく,質・量ともに充実を図つてまいる決意であります。また,共通基金を含む一次産品問題及び債務累積問題などの解決にも積極的に取り組んでまいります。
なお,国内資源に恵まれないわが国が,国内経済の健全な運営を確保し,もって国際社会の繁栄に貢献するためにも,原子力を含む資源・エネルギーの安定供給を確保すべく,外交上の努力を重ねる必要があると考えます。
次に世界各地域との関係について申し述べます。
日米安保体制を含む米国との友好協力関係は,わが外交の基軸であります。また,わが国と米国との間の深い相互信頼に基づいた協力関係は,世界の平和と繁栄に至大の重要性をもつに至つております。わが国としては,米国との間にあらゆる分野において率直な意思の疎通を図りつつ,両国間の成熟したパートナーシップの一層の強化を図るとともに,それを基礎に国際社会全体の平和と繁栄に大きく貢献すべく引き続き努力する決意であります。
米国と並び,西欧諸国も,国際関係の安定化に重要な役割を果たしております。わが国としては,西欧諸国並びにカナダ,豪州及びニュー・ジーランドをも含めた先進民主主義諸国との友好協力関係の促進に一層努力してまいります。
アジア諸国とわが国は,平和と繁栄を分かち合う隣人関係にあります。これら諸国との協力を深め,心の触れ合う相互信頼関係を築き上げることは,わが外交の重要な課題であります。
わが国は,昨年8月の福田総理のASEAN諸国及びビルマ歴訪によって飛躍的に拡大,強化されたこれら諸国との友好協力関係を基礎として,これら諸国の経済発展と強靱性の強化のための自主的な努力に対し,積極的に支援を進めてまいる所存であります。
わが国はまた,インドシナ諸国との間にも相互理解に基づく新たな協力関係の醸成を図り,もって東南アジア全域にわたる新しい協調的かつ建設的な秩序の形成に貢献してまいります。
わが国と韓国との関係につきましては,これを一層幅広いものとするため,努力を重ねてまいる所存であります。とくに政府としては,すでに国会の御承認を得た日韓大陸棚協定が速やかに実施に移され,大陸棚の開発に着手できますよう,関連の特別措置法案が是非とも今国会で早期に成立することを強く希望してやみません。
北朝鮮との関係につきましては,今後とも,貿易,人物,文化などの分野における交流を漸次積み重ねることにより,何よりもまず相互理解の増進を図ることが肝要と考えます。
また,わが国といたしましては,朝鮮半島に1日も早く緊張の緩和がもたらされるよう,そのための国際環境づくりに積極的に協力するとともに,南北双方の当事者が,実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。
政府は,インド亜大陸諸国との友好協力関係を一層強化し,この地域の安定と発展に寄与してまいります。
体制の異なる国々との間の友好関係の増進もまた,私の最も重視するところであります。
日中両国関係のあり方がアジアの平和と安定に対して有する重要性にかんがみますれば,国交正常化後5年を経た今日,両国の関係が順調に進展していることは,誠に喜ばしいことであります。政府といたしましては,日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であるとの認識に立つて,両国間の善隣友好関係の一層の発展を図る考えであります。
懸案の日中平和友好条約につきましては,双方にとつて満足のいく形で,できるだけ速やかにこれが締結されるよう,真剣に努力してまいりましたが,交渉の機は漸く熟しつつあるものと判断されますので,更に一段の努力を重ねる決意であります。
日ソ関係は,1956年の国交回復以来,貿易経済関係などを中心に着実に発展しております。また漁業面では,両国間の協力協定のための交渉を進める所存であり,更に科学技術及び文化の面においても相互の交流を推進するべく努力する考えであります。
しかしながら,日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させるためには,北方4島の一括返還を実現し,平和条約を締結することが不可欠であります。私は,そのため今月8日から11日までソ連を公式訪問し,ソ連政府首脳との間に平和条約交渉を行い,わが国の立場を明確に伝えるとともに,率直な意見交換を行つてまいりました。領土問題についてのわが国とソ連との立場にはなお隔たりがありますが,私は,国民の総意を背景に,ソ連との率直な話合いを積み重ね,戦後長きにわたり日ソ間に残された領土問題を解決し,平和条約を締結するため,一層の努力を行つてまいる所存であります。
東欧諸国との関係は順調に発展してきておりますが,今後とも相互理解と友好関係を深めていく所存であります。
わが国と中東諸国との関係は,近年とみに深まってきております。私は,今般,イラン,クウェイト,アラブ首長国連邦及びサウディ・アラビアを親善訪問し,政府首脳と親しく意見交換を行いましたが,明日に向かって躍動しつつあるこれら諸国の指導者が,穏健かつ現実的な政策の下に,国造りに日夜腐心されている姿を目の当たりに見,深い感銘を覚えました。わが国との友好協力を心底から希望している中東諸国との今後の関係発展は,単に経済技術の分野に留まらず,文化,教育,人的交流その他各般の分野にわたらなければならないことを痛感した次第であります。政府は,今後とも頻繁かつ継続的な交流と対話によつて,心の通い合う関係を築き上げていくための努力を続ける所存であります。
中東和平問題に関しましては,サダト・エジプト大統領の歴史的なイスラエル訪問を契機に新たな局面を迎えており,関係諸国の精力的な和平努力を通じ,公正かつ永続的な和平が1日も早く実現することを希求してやみません。
アフリカ諸国との間では,今後とも友好親善関係を一層深めてまいります。南部アフリカ問題につきましては,わが国は,人種差別政策の速やかな撤廃を希望いたします。
中南米諸国とわが国との関係の緊密化も,近年,顕著なものがあります。本年は,日本人のブラジル移住70周年でもあり,また6月には皇太子同妃両殿下がブラジル,パラグアイ両国を訪問せられることになつております。
わが国としては,我々の先達が辛苦と努力をもつて築き上げました中南米諸国との友好関係を更に強化発展すべく努力してまいりたいと存じます。
国際連合に対する協力は,国際協力を旨とするわが国外交の柱の一つであり,わが国としては,今後,国連の諸活動に関し,一層積極的役割を果たしてまいる所存であります。
本年5月に開かれる国連軍縮特別総会におきまして,わが国は,何よりも核軍縮の分野で具体的進展が見られ,かつ,通常兵器の国際移転問題につき,なんらかの国際的努力が開始されることを強く希望するものであります。
なお,新しい海洋秩序確立のための国際的努力も,わが国にとつて重要な意味を有するものであり,政府は,海洋法会議の早期妥結のため一層の努力を払う所存であります。
今日の如く相互依存関係が深まつている国際社会にあっては,世界各国の諸国民との間の相互理解の増進を図ることが,ますます必要となつております。政府は,海外における広報活動の一層の強化を図るとともに,国際交流基金を中心とする諸外国との間の文化交流を一層促進してまいる所存であります。
以上,当面のわが重要外交施策につき,所信を申し述べました。
私は,かねてより,外交の基盤は国内にあると信じ,外交とは常に国民の理解と支持を得たものでなければならないと考えておりました。国民から遊離した外交によっては,真の国益を確保することはできません。私は,このような考え方にたつて,外交を進めてまいる考えであります。ここに国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。