-総 説-
第2章 国際経済関係
第1節 総 説
(イ) 先進国経済は,石油危機以降,インフレ,不況,国際収支不均衡などの諸問題の解決という困難な課題に直面してきたが,77年においては,米国経済が比較的順調な拡大基調を持続した一方,欧州では総じて停滞色を強め,全体としてその回復テンポは不十分なものにとどまつた。OECD見通しによれば,77年のOECD加盟国全体の実質成長率は3.5%と76年の5.2%を下回る見込みである。この間,西欧の失業問題は一層深刻化し,また,米国の大幅な国際収支赤字,日本,西独の黒字など国際収支面の不均衡が拡大しており,また失業,特定セクター上の困難を背景に保護貿易主義的圧力の高まりがみられた。
このような情勢に対して,各国が引き続き保護主義の圧力に抗し,失業,国際収支不均衡,インフレなどの諸困難を克服し,世界経済の均衡のとれた持続的成長を達成するために忍耐強い努力を行うことの必要性が強く認識された。
(ロ) 米国の景気は個人消費,住宅投資,民間設備投資など最終需要の堅調さに支えられて順調な拡大を続け,雇用面でも就業者数が着実に増加するなど改善の方向にある。
西欧では,76年来の安定政策の効果浸透に加え輸出の伸びも総じて鈍化したため,生産が低迷し,また近年顕著となつた婦人及び若年労働力の大幅増加という一つの構造的要因もあつて,多くの国で失業者数が戦後最高を記録するなど,失業問題は深刻で,社会・政治問題化している。
物価面では,77年前半には米国の異常寒波,一部諸国における公共料金の引上げなどの要因もあつて上昇率を高めたが,年央以降は西欧における安定政策の効果,国際商品市況の落ち着きなどを背景に総じて騰勢は鈍化した。
(ハ) OPEC諸国の大幅黒字,先進工業国および非産油開発途上国の赤字という世界的な国際収支不均衡は依然継続したが,先進工業国の国際収支状況にはかなりの変化がみられた。すなわち,英国,フランス,イタリアなどこれまでの「赤字国」においては,米国との間の景気回復テンポの相違,安定政策の効果,北海油田の操業本格化(英国)などを反映して,経常収支赤字幅は目立つて縮小したものの,米国の経常収支は過去最高の大幅赤字となつた。この背景としては,上記の他の主要国との景気局面の相違などもあるが、石油輸入の急増が特に注目された。
他方西独は黒字を続け,わが国の黒字も大幅に増大した。この結果,わが国や西独の黒字に対する批判が高まるとともに,これら「黒字国」が一層の景気拡大を図ることが強く要請された。また,以上のような国際収支動向を反映して,国際通貨情勢は波乱含みに推移し,特に,9月末以降ドルは円,マルク,スイス・フランなどをはじめとする主要通貨に対し大幅に下落し,EC共同フロート内にも緊張が高まつた。
(イ) 77年の非産油開発途上国の経済は,総じて順調に推移し,実質成長率は5.1%(IMF推計)と76年を上回つたものと見込まれている。特にアジア地域は農業生産が豊作に恵まれたこともあり,比較的高い成長率を持続した。年後半に入り,先進国の景気停滞,一次産品市況の下落などにより,輸出の伸びがやや鈍化しているものの,非産油開発途上国全体の貿易収支は76年に引き続き改善をみた(OECD推計76年235億ドルの赤字,77年185億ドルの赤字)。
(ロ) 産油国においては,原油生産が先進諸国の需要低迷を反映して伸び悩んだこともあり,全体としては成長は鈍化している(IMF推計実質成長率76年12.0%,77年6.2%)。77年の経常収支黒字は400億ドル(OECD推計)と依然大幅ながら76年(422.5億ドル)に比較し若干の縮小をみた。
(イ) 主要国首脳会議は77年5月7,8の両日,日本,米国,フランス,西独,英国,イタリア,カナダの首脳,及び,欧州共同体委員長がロンドンの英国首相官邸に参集して行われた。今次会議は,ランブイエ会議,プエルト・リコ会議に次ぐ第3回目の主要国首脳会議であるが,過去2回の会議を経て会議の運営の仕方が定着していたこともあり,参加各国首脳は極めて率直にかつ核心に触れた討議を行つた。
会議は(a)一般経済情勢,なかんずく,世界景気の回復,(b)貿易,(c)エネルギー,(d)南北問題などを議題に進められ「ダウニング街首脳会議宣言」を発表して成功のうちに終了した。
(ロ) 過去3回の首脳会議をそれぞれ特徴づけているのは,それぞれの開催時点における世界経済の情勢分析と,それを踏まえた世界経済のかじ取りの方向とである。75年11月のランブイエ会議においては,石油ショック後の世界経済を回復させるための景気刺激に重点が置かれ,また,76年6月のプエルト・リコ会議においては,上昇基調にあつた世界経済を背景にインフレの再燃の回避に重点が置かれた。今次会議においては,世界経済の回復が全体として依然十分ではない中で,参加国の多くは失業問題に悩んでおり,また,一部の国においてはインフレ再燃の危険も見られたことから,引き続きインフレを抑制しつつ雇用を拡大することが最も緊急な任務であるとされた。
(ハ) このように,ロンドン会議では,失業問題が前面に押し出され,特に欧州諸国より若年層の失業問題への懸念が表明されたこと,また,インフレは失業を減少せしめるものではなく,かえつて失業の主要な原因の一つであることが強調されたことは注目される。
このようにして合意されたインフレを抑制しつつ雇用を拡大するとの任務を各国が遂行するためとるべき施策としては,先進諸国間の二極分化傾向を認識した上で,各国がそれぞれの経済情勢にみあつて拡大的成長策ないしは安定化政策をとることが共通の目標とされた。
(ニ) 貿易面においては,保護貿易主義を拒否し,開放的な国際貿易制度を強化すべきことが首脳間で再確認されたことが大きな成果であつた。
この関連において,現在ガットの場で進められている多角的貿易交渉東京ラウンドを精力的に推進し,関税,非関税障壁,農産物貿易などの重要な諸分野において実質的進展の達成を図ることで各首脳間の意見が一致した。
(ホ)エネルギー分野においては,石油への依存度を低下させるためエネルギーの節約,代替エネルギーの開発,在来型エネルギーの利用促進などにつき首脳間で意見の一致をみた。
また,原子力平和利用問題については,核拡散の危険を減少せしめつつ核エネルギー利用を推進することが約束された。
(ヘ) 南北問題については,「世界経済が持続的かつ衡平な基礎の下に成長することができるのは,開発途上国もそのような成長を分かち合う場合のみである。」との基本認識が示され,さらに,積極的内容の行動目標が具体的に定められた。すなわち,まず,南北間の建設的な対話を継続することが重要であり,国際経済協力会議(CIEC)を成功のうちに完了せしめるため全力を投入することにつき意見の一致が見られた。さらに,援助その他の実物資源の移転の増大,援助の効率化,開発途上国の国際金融資金へのアクセス改善,先進国市場へのアクセス改善,一次産品価格安定化のための交渉及び共通基金創設のための交渉における建設的結果の確保,世銀等国際援助機関への支援など南北間の諸懸案について積極的な対処策が打ち出された。
(イ) ジスカール・デスタン仏大統領の提唱に基づき75年12月に開始された国際経済協力会議(参加国27カ国)は,76年2月より11月まで,エネルギー,一次産品,開発及び金融の4委員会に分かれて討議を行い,当初同年12月に締めくくりの閣僚会議を開催して終了する予定であつたが,その後先進国側及び開発途上国側の双方が受諾しうる結論に達することが困難であるとの判断などにより,閣僚会議の開催を77年の適当な時期まで延期することとされた。
(ロ) 77年に入つてからは,先進国側共同議長と開発途上国側共同議長の間で閣僚会議開催にむけての接触が鋭意行われた結果,コンタクト・グループ(4月29日~5月14日)及び高級官吏会合(5月26・27日)をそれぞれ開催して5月30日より6月1日までの予定で国際経済協力会議を締めくくるための閣僚会議を開催することが決定された。しかしながら,コンタクト・グループと高級官吏会合を経た段階でも未だ多くの問題が残され,閣僚会議は先行き不安の状態で開催されることとなつた。
(ハ) 閣僚会議の冒頭に一般演説を行つたEC,米国,日本,カナダなどの先進国側参加国は,国際経済協力会議が,産消国間及び南北間の相互理解を深めるのに役立つたのみならず,政府開発援助の増大及び一次産品分野における共通基金の原則に関する合意など具体的な成果を生んだと述べ,また先進国側参加国は追加的援助として総額10億ドルにのぼる「特別行動」を実施することに合意した旨紹介し,いずれも過去1年半にわたつた対話は有意義なものであつたと強調した。わが国は今後5年間に政府開発援助を倍増以上にする方針であるとの意向を表明した。更に,国際経済協力会議が終了した後もエネルギー対話は継続されることが望ましいとの希望を表明した。
これに対して開発途上国側は,先進各国の発言の中には日本が政府開発援助を倍増以上にするとの表明を行つたことなど注目しうる前進はあるものの,全体として開発途上国側の期待を下回るものであると反論した。更に累積債務問題,購買力保全,市場アクセスなどの新国際経済秩序の重要項目については未だ何ら満足できる回答が与えられていないとして,これら未解決の問題について閣僚による直接交渉を開始するよう要求した。
その結果,エネルギー及び金融,一次産品,開発の3つのグループに分かれて閣僚レベルでの実質交渉が行われ,エネルギー価格及び購買力問題,累積債務問題などの基本的対立点を一応たな上げにすることとしたほか,共通基金,政府開発援助,食糧・農業,資本市場アクセスなどの問題について実質的な進展をみるに至つた。
(ニ) エネルギー対話継続問題については,先進国側は従来より国際経済協力会議終了後もエネルギー対話の場が設けられることを希望していたが,開発途上国側はエネルギーに限定したフォーラムではなく技術移転一般を扱うフォーラムを国連の枠内に設けるべきであると主張した。結局,両者の間に合意をみるに至らず,最終報告書の中に先進国が希望を一方的に表明することにとどまつた。
閣僚会議において採択される文書の起草作業は難航した。先進国側が,過去1年半の対話に積極的な評価を与えるコミュニケ形式の文書を主張したのに対し,開発途上国側は,合意点及び未合意点をすべて客観的な形で併記すべきで評価についての判断は下すべきでないと強く主張した。結局,主要合意点及び主要未合意点の項目を列挙するとともに,先進国側の積極的評価及び開発途上国側の不満を両論併記した13項目からなる報告書「国際経済協力会議」(資料編掲載)が採択された。また,コンタクト・グループを経て作成されていた200ページ近い文書は多くの未合意点を残したまま,右報告書の別添とされた。
77年のOECD諸国の経済は,全般的に見て景気停滞が持続し,加盟国は国内の失業の増大,加盟国間の国際収支の不均衡,更には保護貿易主義の台頭などの諸困難に直面した。こうした情勢のもと,OECDでは,加盟国間の経済,貿易などの諸政策の国際協調の重要性が一層強く認識され,前記の諸困難に対し国際協力により対処すべく多くの努力が積み重ねられた。例えば,6月の第16回閣僚理事会では,西独,わが国など黒字国の景気刺激策及び赤字国の安定化政策などにつき,各国より意見が出され,その結果,先進国全体のより持続的な経済拡大を図るとの観点から,OECDにおいて,加盟各国の今後の経済政策の進展を見守る手続を強化する旨合意された。
また,同閣僚理事会では,保護主義圧力の増大にかんがみ,一方的な貿易及び経常収支の制限的措置を回避するためいわゆる「貿易制限自粛宣言」(「貿易プレッジ」と称される)が75年,76年に続き更新された。更に,77年においては不況の長期化,失業の増大を背景として,セクター上の困難にも大きな注意がはらわれ,特に,鉄鋼グループが設立され,従来よりの造船部会と合わせ,二大基幹産業をめぐる各国の貿易,産業政策などについて広範な観点から討議が行われた。
以上のごとく,OECDでは,先進国間の経済,貿易,産業の諸政策の協調に向けての努力が続けられるとともに,CIEC後の南北問題などについても,広範な観点から意見調整が進められた。
3月の経済政策委員会では,77年の経済見通しを中心に討議が行われ,西独,日本などいわゆる強い国が,景気刺激策を採る必要があることが多く指摘され,特に西独に対する景気拡大の要望が目立った。
6月の同委員会では,持続的な成長を目指し77年の経済動向及び78年の経済成長のあり方を中心に議論がなされたが,景気回復テンポの鈍化の可能性もあり前回同様黒字国がより拡大的な政策を採るべきであるとの要請が多く聞かれた。なお,これに先立ち,失業問題の深刻化にもかんがみ,OECDの労働組合諮問委員会(TUAC)との意見交換が行われた。
11月会合では,6月の閣僚理事会の合意に基づき提出された各国の78年の予備的な目標などを踏まえ,78年見通しを中心に討議がなされた。
その際,78年のOECD諸国の景気回復を確実ならしめるとの観点から,黒字国だけでなくインフレ再燃の危険が少ない赤字国も協調すべきであるとの指摘も見られたが,引き続き黒字国が率先して内需拡大などの強化を図るべきであるとの発言が多く,日本の経常収支の黒字問題について多くの議論が行われた。
なお,国際収支の不均衡が顕著であったことにもかんがみ,経済政策委員会第3作業部会では,国際金融,通貨問題などについて活発な意見交換が行われた。
74年5月の第13回閣僚理事会で採択された「貿易プレッジ」は,加盟国が73年秋以来の石油価格高騰に伴う困難に対処する目的で,貿易及びその他の経常収支上の一方的制限などの措置を新たにとることを向こう1年間回避することを宣言したものであり,75年,76年と2度更新された。77年の本プレッジ更改問題の討議に際しては,わが国を初め多くの国が本宣言が過去3年間に保護貿易主義的動向を抑止する上で果してきた役割を高く評価し,再度の延長を主張した。他方,国際収支の弱い国からは当初単純更新に対しては強い反対の意向が提示された。結局,77年6月の第16回閣僚理事会においては,経済政策,なかでも国際収支調整面での協力,協議制度の活用及びセクター問題解決のための協議,2国間取極により影響を受ける第3国との協議などへの言及を含んだ貿易委員会の報告とともに,本プレッジは延長された。
貿易委員会では,その他,東西貿易,対開発途上国貿易,輸出規制問題などにつき議論が行われた。
77年6月の閣僚理事会において,CIECの評価及び合意事項の歓迎,「より衡平かつ安定した国際経済制度」樹立のための一層の努力と対話継続の用意,長期的援助政策のあり方(「人間生活の基本的要請」 basichuman needs)などを内容とした「開発途上国との関係に関する宣言」が採択された。これはCIEC終了後の南北関係のあり方についての先進国の考え方を示したものである。
本宣言の趣旨に基づき,OECDでは新執行委員会,開発援助委員会(DAC-詳細は第2部第3章第4節2.参照),一次産品委員会などで活発な議論が行われた。
(a) 造 船
造船業の困難が世界的に一層深刻化し,造船不況克服に当たつての建造能力の削減などの問題につきOECDの場を中心に討議が行われた。また,76年の日欧貿易問題の主要な懸案事項であつた日本への受注の集中問題については,77年2月にわが国がとつた輸出船指導船価引上げなどの協調措置,その後の円高傾向などによるわが国への受注の集中の緩和,西欧側の助成措置の導入によりわが国に対する非難は多少とも和らいできた。
なお,わが国造船業への理解を深める意味もあり,77年11月,OECD造船部会第40回会合が東京で開催された。
(b) 鉄 鋼
世界の鉄鋼業が抱えている諸問題解明のため77年7月にOECDにおいて鉄鋼アドホック・グループが設立され,貿易,価格,長期的構造変化の面を中心に議論がなされた。その結果,上記諸側面の動向を監視すべく,情報収集制度が設立され,78年より機能することとなつた。
OECDの活動は以上の分野のほかにも多岐に渡り,農業委員会,労働力社会問題委員会,環境委員会,科学技術政策委員会,工業委員会,制限的商慣行委員会,教育委員会などの場で,国際協調への幅広い努力が行われている。特に,12月には欧米を中心として深刻化しつつある若年層の失業問題について閣僚級ハイレベル会議が開催された点が注目された。
なお,76年よりわが国の提案に基づき発足したOECD「インターフユーチャーズ・プロジェクト」(21世紀に向けてきわめて長期的な観点から今後の世界経済における先進工業社会の将来の進むべき姿を明らかにし,これをいかにして開発途上国の将来の繁栄と調和する形で進めうるかを研究し,とりうべき政策上の選択枝を提示することを目標としたプロジェクト)は,77年においても鋭意研究を続けた。その研究の一環として8月に研究チームが来日し,政府,民間関係者と非公式な意見交換を行つた。