-わが外交の基本的課題-

第2章 わが外交の基本的課題

本章では,第1章において概観したわが国をとりまく国際環境の下におけるわが外交の基本的課題について述べることとする。

1. 相互依存性の深まりをもつて時代の一特徴とする今日の国際社会は,戦後最大の世界的不況,各国における深刻な失業問題,インフレ,通商上の摩擦の増大,国際通貨の不安定など一連の速やかな対応が迫られている課題に加え,資源・エネルギー問題,南北問題,海洋問題その他短期的にのみならず中・長期的にも国際社会の平和と繁栄に深い係りを有するであろうような数多くの困難な経済上の諸問題に直面している。

他方,国際政治面においては,米ソ両大国その他各国の努力もあり,国際の平和と安定そのものを根底から揺るがすような事態は回避されている。しかしながら,中東,アフリカ,朝鮮半島などにおける緊張の継続は,欧州における東西両陣営の軍事的対時とともに,現在もなお国際政治における不安定要因として無視しえないものがある。

これらの問題は,そのいずれをとつても一国が単独で処理しうるものではなく,国際的な相互理解に基づく協調と協力がこれらの問題の解決にとつて不可欠の前提であるとの認識は,国際的に高まつているといえよう。

2. このような国際環境の下で,世界における有力な安定勢力の一員であるわが国に対する国際社会の期待は,近年ますます増大している。このような状況の下にあつて,わが国としては,国際社会における相互依存関係の深まりという事実を直視し,わが外交の目標であるわが国の平和と繁栄の確保は世界の平和と繁栄なくしてはありえないという事実を深く認識し,国際社会がわが国に寄せる期待に従来にも増して一層積極的に応えていかなければならない。

3. わが国がこのような国際社会の期待に積極的に応え,「世界に役立つ日本」となるための行動の基本的方向は,次のようなものでなくてはならない。

(1) 第1に,平和に徹し,いかなる国とも敵対的関係をつくらず,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの方針を今後とも堅持すること,及びこのような平和国家としての立場から,日米友好協力関係を基軸としつつ,国際関係の安定化に寄与すること。ただし,国際情勢の現実を直視し,油断をしない心構えとそのための準備が必要であり,日米安保体制を堅持し,必要な防衛力を整備することは,この意味で必要なことである。

わが国は,国際紛争解決の手段としての武力の行使を放棄し,その持てる力を国の内外における平和的な建設と繁栄のために向けることを決意し,戦後一貫して平和国家の道を歩んできた。わが国としては,先に述べたような国際社会のわが国に対する期待の顕著な高まりに積極的に応えるため,経済面,政治面,文化面など広範な分野において,わが国の国力にふさわしい貢献を行つていかねばならない。

特に世界各地において各種の対立や紛争が存続し,これが国際社会の真の平和と安定の実現を妨げていることにかんがみ,わが国としても,対立・紛争の平和的解決を促進し,恒久的な国際平和の実現を図るための国際的努力に積極的に寄与していく必要がある。また,国際関係の安定化に資するような軍縮,核拡散防止などの軍備管理措置の促進もまた重要であり,わが国としては,平和国家としての立場から,この分野における国際協力にも積極的に貢献していかなければならない。

(2) 第2に,先進民主主義国の一員として,世界の繁栄に積極的に貢献すること。

現在の国際社会は,世界経済を如何にして戦後最大の不況と混乱から脱却せしめ,これを安定的発展の軌道に乗せるかという大きな課題に直面するに至つている。しかも戦後の世界経済発展の基盤となつてきた自由かつ開放的な貿易体制は,このような国際的課題に対処する上で果たして有効でありうるのかという疑問を呈する向きもあることは率直に認めなければならない。

しかし,わが国は,1930年代の歴史の教訓にかんがみ,自由かつ開放的な貿易体制の維持及び発展こそは,今後の世界の繁栄とわが国自身の発展に係る基本的な要請であると確信している。わが国としては,以上の確信に立つて,世界経済の景気回復と安定成長の実現のため,わが国の経常収支の黒字縮小の方策など,内外両面にわたる施策に積極的に取り組むとともに,東京ラウンドなどを通じ自由かつ開放的な貿易体制の維持及び発展,ならびに国際通貨の安定のため,積極的かつ建設的な国際的役割を果たしていかなければならない。このような内外にわたる努力を重ねることによつてのみ,保護主義の台頭をはじめとするわが国をとりまく国際環境の一層の悪化を防ぐことが可能となるであろう。

南北問題もまた,国際社会の平和と安定に係る重大な問題である。特に,世界経済が混迷し,開発途上国がその影響をとりわけ強く受けている今日こそ,東南アジア諸国を含む開発途上諸国の民生の安定と経済の発展を確保し,これら諸国と先進民主主義諸国との間に建設的な協力関係を維持発展させていくことが不可欠である。

以上に述べたような国際的努力を行うに当たつては,米国,西欧及びわが国が,その有する経済力によつて,世界経済の安定と繁栄に対して枢要かつ不可欠な役割を担つていることにかんがみ,今後とも日米欧の協力を軸とした国際協力を推進する必要があり,わが国としても,そのため積極的かつ建設的な役割を果たしていかなければならない。

(3) 第3に,政治体制の如何を問わず,国の大小を問わず,地理的遠近の如何を問わず,広く世界の国々との間に交流を深め,意思の疎通を図り,もつて相互信頼関係を築くこと。

日米安保体制を含む米国との友好協力関係は,わが国外交の基軸であり,両国間の緊密な友好協力関係を維持発展させることは,今後ともわが外交の基本的課題である。また,米国と並び民主主義,自由主義の価値観を共有し,政治信条を同じくする西欧諸国その他の先進民主主義諸国との間に培われた友好協力関係を,確固たる相互信頼に基づき,より一層緊密なものとするべく努力していくことも,わが外交に課せられた重要な課題である。更に,平和と繁栄を分かち合う隣人関係にあるアジア諸国との協力を深め,心と心のふれ合う相互信頼関係を築き上げることは,わが国外交の基本的な課題である。また,わが国と体制を異にする諸国との対話を促進し,安定的な関係を維持することも重要である。わけてもわが国の隣国でもある中国及びソ連と友好関係の維持・増進を図り,両国との間に安定的な関係を確保するべく努めることは,わが国の平和と安全にも係る重要な課題である。わが国としては,いずれの国とも友好関係を保つという基本的立場を明確にしつつ,中ソ両国との関係の一層の前進を図つていかなければならない。

更に,わが国は,自国の安全と繁栄を世界のすべての国との友好関係の維持・増進に大きく依存していることを常に謙虚に想起しつつ,友好協力と対話を基本とする多角的外交を中近東,中南米,アフリカの国々との間に積極的に展開していかなければならない。

目次へ