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南北問題は,世界の平和と安定を図るうえで,極めて緊急性をおびた基本的課題となつている。すなわち世界は,南北間の格差の拡大という長期的問題に加え,石油ショック以降,先進国,開発途上国を問わず,各国経済の相互依存性の認識が深まる中で,非産油開発途上国が受けた打撃を如何に調整しうるかという緊急の問題に直面している。特に開発途上国側は,マニラ宣言等において「新国際経済秩序」に則つた具体的措置の要求を政治的にも強めているだけに,南北問題は,極めて複雑かつさし迫つたものとなつてきている。 わが国は,その輸出入の50%以上を開発途上国に依存する等,他の主要先進国と比較して,貿易,投資等いろいろな面で開発途上国との関係がより深いだけに南北間において,相互依存に基づく公正かつ衡平な関係を維持,発展させ,もつて国際社会の安定と発展を目指すことを基本的姿勢としている。 |
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ここで,南北問題の基本的な背景となる開発途上国の現状等を,76年を中心として略述することとしたい。 |
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開発途上国の国内総生産の伸び率は,76年に若干の改善を見せたものの,71年から76年までの平均は5.7%に留まり,国連の第2次国際開発戦略にある目標の6%に及ばなかつた。それのみならず,開発途上国間においても大きな格差が見られるようになつている。すなわち産油国の伸び率7.5%に対し,非産油開発途上国は,5.3%,特に後発開発途上国は3.3%と極めて低い成長率に甘んじている。 ここにみられるように,開発途上国の中でも低所得グループほど成長率が低いという長期的趨勢は,南北間の格差が一層拡大していくことに加え,南側諸国の中でも発展の格差が拡大するという,新たな構造的問題が生じていることを示している。 |
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非産油開発途上国の経常収支赤字幅は,75年に380億ドルとピークに達したあと,76年には,一次産品価格が持ち直したこともあり,280億ドル前後に縮小したものと見込まれるが,非産油開発途上国の国際収支改善問題は依然として当面の緊急的課題となつている。この280億ドルの赤字幅の約半分は,市中の商業金融借入れにより埋め合せをしているため,非産油開発途上国全体としての債務ポジションは悪化の一途を辿つている。この結果,債務累積問題は深刻化し,1976年末の非産油開発途上国の債務残高は約1,200億ドルと推定され,また76年1年間に支払われた元本,利子の合計は約130億ドル(経常収入の約10%)と見積られるに至つている。 開発途上国の開発資金の源泉たりうる輸出所得に占める燃料を含む一次産品輸出所得の割合は,80%強(1974年)と極めて重要な地位を占めているが,燃料を別にすればその一次産品価格指数は,73年から74年にかけてのブームを頂点とし,75年には暴落し,76年に入つて,上昇傾向にあるものの,74年当時の水準に回復しないまま推移している。 |
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以上のごとく開発途上国の経済は,複雑かつ困難な状況で推移しており,かかる背景の下に76年5月にナイロビにおいて開催された第4回国連貿易開発会議では,一次産品,貿易,援助,工業化,技術移転等現下の南北問題全般にわたり幅広い討議が行われ,国際協力の諸方策が打ち出された。開発途上国は,この会議において一次産品価格の安定及び実質的な輸出所得の増大を図ることを目的とした「一次産品総合計画」,なかんずくその中核である「共通基金」(個別商品協定の枠内の国際緩衝在庫等に対して融資する中央基金)の設立を強く主張した。同計画は,このような開発途上国側の主張をある程度受け入れて採択され,共通基金及び個別商品に関して協議及び交渉を行つていくこととなつた。一次産品問題は,南北問題における最重要課題の1つとなつているが,76年には,国際社会が「一次産品総合計画」という1つの具体的処方箋にのつとり,その解決に向つて動き出したといえる。しかしながらその構想は,先進国と開発途上国との間で大きく相違しており,例えば共通基金の交渉に当つては多大の困難が予想される。 また,もう1つの当面の重要課題である累積債務問題については,国際経済協力会議に受け継がれて具体的方策の探究が続けられたが,この問題に関しても,累積債務の一括自動救済という開発途上国の主張には,資源移転の自動化という思想を含むだけに多くの困難が内包されているといえる。 |
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南北問題は,75年9月の第7回国連特別総会によりレールがしかれ国際経済協力会議に引き継がれている「対話と協調」の精神に基づき,以前見られた原則論についての対決を避け,具体的解決策を探究していくという段階に入つたと考えられる。しかしながら,具体的方策の検討に当つて開発途上国側は,「新国際経済秩序」の樹立の原則を,いわば旗印として主張していることからみて,現在の南北対話が行き詰つた場合には再び原則論的対立が表面化する危険性を基調的にはらみながら推移しているといいうる。「新国際経済秩序」の樹立の要求は,世界の所得配分の平準化を目的としており,具体的にはより大規模かつ自動的な資源移転,開発途上国に対する特別に有利な措置,開発途上国の発言権の増大等を内容としている。したがつて,先進国側としては,開発途上国側のこのような要求をそのままで受け入れることは必ずしもできないが,世界経済における諸国間の相互依存性に対する認識が深まる中で,対決ではなく対話によつて南北問題を解決する方策を探究する努力を積み重ねており,この精神は,サンファンの主要国首脳会議においても確認されている。 |
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わが国は,南北問題に対する前述の基本姿勢に基づき,76年においても南北問題の解決に向けて,各国と協調し,積極的な協力を行つた。 |
(イ) まず貿易面についてみれば,一次産品及び製品につき,関税の引下げ,自由化品目の拡大,商品協定への参加,開発途上国側の輸出拡大のためのマーケティング等の面への協力,輸出市場安定化のための国際的協力への参加,一般特恵制度の改善などにより,開発途上諸国の輸出収益の安定化及び増大などに寄与してきている。
例えば,わが国の一般特恵制度の導入実績をみると,特恵対象受益国からの特恵対象品目輸入額は約34億5,100万ドルと,特恵実施前に比し約9倍に伸びており,受益国からの総輸入額も約5倍の伸び率を示している。この結果,わが国総輸入額に占める対受益国輸入額シェアーは,特恵実施前は36.5%であつたのが76年度末には54.9%に上昇した。
(ロ) 政府開発援助の量について,近年わが国の実績は停滞しており,76年においては政府開発援助総額で前年の約3,410億円から3.7%減少し約3,280億円となつたほか,対GNP比率においても前年の0.23%から0.20%にまで下降した。この主要な原因としては,賠償・準賠償の終了,2国間借款の落込み等諸要因が挙げられようが,わが国の南北問題に対する基本姿勢にてらせば極めて不満足な状況といえよう。
77年度予算においては,わが国の政府開発援助が停滞している事情を踏まえ,積極的な拡充に努め,政府開発援助事業予算として合計約5,500億円(前年度比約22%増)が計上されている。
わが国は,政府開発援助の対GNP比0.7%の目標を受諾しており,この目標達成のため最大限の努力を行うこととしている。このため,当面の緊急課題として,主要先進国の平均水準並み(75年の対GNP比0.36%)に到達するべく努力することとしている。政府は,国際経済協力会議においても,今後5年間に援助の倍増以上の拡大に努力する旨表明している。
(ハ) また,わが国は,76年においても国連貿易開発会議,国際経済協力会議等において,先進諸国とも協調し,一次産品共通基金,債務問題等開発途上国側が重視する諸問題の討議に積極的に取り組んできている。