第2章 わが外交の基本的課題

 

 以上第1章において,わが国をとりまく国際環境を概観した。本章では,このような国際情勢の下におけるわが外交の基本的課題について述べることとする。

1.

 現在国際社会全体が直面している課題としては,まず第1に,世界経済を如何にして安定的発展の軌道にのせるかという問題を挙げるべきである。世界経済は,数年来,資源・エネルギー問題,失業,インフレ,通貨・金融問題等,相互に関連しあい,しかも国の大小,貧富,体制の如何を問わず,世界各国をまき込まずにはおかない幾多の難題に当面している。世界各国は,このような状況の下で国家間の経済的相互依存関係が今やかつてないほど深まつているということを強く認識するに至つている。今後,各国は,かかる認識に立脚しつつ,世界的な視野をもつて諸問題解決のための国際協力を推進していく必要がある。

 特に,このように今後世界経済の安定的発展を図つていくうえで最も重要な課題のひとつは,世界各国特に先進諸国が「資源の有限性」という新たな制約の性格を十分に認識したうえで,これに対応した経済のあり方を探ることである。資源多消費型の経済からの転換は決して容易なことではない。しかし,従来の型での経済発展を続けることが極めて困難であることが明らかになりつつある以上,世界各国が資源の有効かつ適正な利用を図り,また,そのための国際協力を強めることは,今や不可欠の要請となつている。更に新しい技術の開発あるいは代替資源の有効利用等により,各種資源の枯渇を先に引きのばすことは可能であり,この面においても今後いつそう国際的協力を強化することが必要である。

 このような国際環境の下で,先進民主主義諸国間,先進諸国と開発途上諸国との間の経済上の諸問題を律する国際的枠組のあり方が大きな問題となつている。この問題を考えるに当たつては,第2次大戦後の世界経済の飛躍的拡大を支えた自由主義経済の諸原則に今後とも基本を置くことによつて,国際経済の活力の維持及びその安定的発展を図つていくべきである。同時に,先進諸国及び開発途上諸国は,それぞれの置かれている客観的条件及び南北間の相互依存性を十分認識しつつ,各国が直面する経済困難に有効に対処しうるような配慮を加える必要があろう。

 先進民主主義諸国間の協力を強化することは,以上のような国際的努力にとつて,また,国際社会の安定を実現していくうえで不可欠の要請となつている。確かに,石油危機以降先進民主主義諸国間の経済力の格差が顕在化し,また,これに伴い少なからぬ利害の対立が看取されるに至つているが,同時にこれら諸国においては,現代の国際社会が逢着している試練を解決する上で重大な責任を共に担つているとの認識も一層深まりつつある。今後これら諸国間の協力をさらに緊密かつ有効なものとするためには,協議のメカニズムを一層強化することが重要な課題となつていくものと思われる。

 南北間に調和ある経済関係を形成することは,先進民主主義諸国間の協力と並んでいまひとつの重要な国際的課題となつている。近年開発途上諸国は,「新国際経済秩序」の樹立を目指す主張と活動を強めているが,南北双方が,各々の立場を十分理解しつつ地道かつ忍耐強い努力を通じて合理的で衡平な関係を徐々に育んでいくことが肝要である。またこのような南北双方の努力は,多くの開発途上諸国が抱えている政治的・経済的不安定要因を緩和し,地域紛争の芽を除去することにも寄与するものである。

 このような国際的枠組の在り方を探求するに当たつて,産油国更には社会主義諸国の協力と協調が望まれるところである。

 第2に,世界各国が国際協力を通じて新しい時代の要請に応じた国際関係を形成していくためには,軍事力が行使される可能性をできる限り排除し,人類のエネルギーを建設的に活用しうる環境を醸成することが不可欠の要請である。その意味で,軍縮・核拡散防止を推進し,また,世界各地域の紛争を平和的に解決するための国際的努力が従来にも増して重要性を帯びるに至つている。

 最後に,体制の異なる諸国間に安定的な関係を形成することは,このような国際環境づくりの上で,従来にも増していつそう重要な課題となつている。特に欧州を中心とした東西間の対立は,経済面における相互依存関係の深まりにもかかわらず今後も存続し,国際関係に大きな影響を及ぼし続けるであろう。また東側諸国にとり,南北対話の将来に対して傍観者的態度をとり続けるようなことでは済まされないような環境が緩慢であるにせよ形成されつつあることから,ソ連及び東欧諸国の今後の南北問題に対する姿勢も注目される。

2.

 わが国は,戦後一貫して平和国家の道を歩んできた。わが国は,国際紛争解決の手段としての武力の行使を放棄し,その平和に徹する外交と経済的活動を通じて世界の安定と繁栄に貢献することを決意している。わが国の安全と繁栄は,国際社会の平和と発展の中でのみ達成されるのである。

 したがつて,わが国としては,1.に述べた現代の国際社会が直面している課題に対し,その解決が決して容易ではないことを十分認識しつつも,これに貢献することがとりもなおさず自らの外交理念を具体化する格好の機会である以上,国際社会のわが国に対する期待を十分理解し,わが国の国力に見合う形での貢献を積極的に行つていかなければならない。

 また,われわれは,このように国際的役割を十全に果すことによつてはじめて,わが国の国益をよりよく反映した国際関係の形成を期待することができるであろう。

 そのためにはまず,当面の世界経済の困難を克服し,これを安定成長の軌道に乗せるための国際的努力に貢献することが,わが国外交におけるもつとも重要な課題である。このような努力を行うに当たり,わが国としては,先進民主主義諸国間の協力関係の強化を重視し,また開発途上諸国の経済的発展のため,いつそうの協力を行わなければならないと考える。

 国際社会の平和と発展を確保するためには,このような国際経済分野での貢献に加え,政治面等より広範な分野において,わが国にふさわしい貢献を行つていくことが不可欠である。そのためにもわが国にとつては,安定的な東西関係が醸成されるとともに,アジア・太平洋地域の平和が引き続き確保されることが望ましく,このためわが国としては,自由主義諸国の一員として米国をはじめとする友邦諸国との友好協力関係を深めるとともに,中ソ等体制の異なる諸国との対話と交流をも着実に進めていかなければならない。

 また,わが国の近隣のみならず国際社会全体の平和と健全な発展を確保するためには,軍縮,核拡散防止,海洋,環境・公害問題等において着実かつ効果的な進展が図られる必要があることはいうまでもない。特に,わが国は,76年6月に核兵器不拡散条約(NPT)の締約国となつたが,国連等において軍縮,核拡散防止等のための国際的努力に積極的に貢献することは,引き続きわが外交の重要な課題である。

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