-海外移住の動向-

 

第4節 海外移住の動向

 

1.移住の状況

 

 近年のわが国の海外移住は質量両面で大きな変化をみせている。

 まず,移住者送出数の面からみると,政府から渡航費支給をうけて移住した者の数は,60年の8,386名を頂点として,その後は漸減してきた。

 この傾向は,わが国経済の高度成長に伴い労働力の需要が急激に増加したこと,国民生活の向上,国内の人口移動の問題から生ずる人口過疎県から過密県への流れ,これに対する過疎防止対策などの諸要因によるものであるといわれている。しかし最近は,この下降傾向も止まり,おおむね年間500~700名程度と一定している。73年度から,移住者の渡航方法については移住船の就航が廃止され,航空機輸送に代つた。

 また,形態別にみると,従来の家族ぐるみの農業移住は徐々に減少し,単身青年による技術移住の割合が増加している。

 

2. 新しい海外移住施策

 

 71年9月17日,海外移住審議会は内閣総理大臣に対し,「今後の海外移住政策のあり方」について答申,新しい海外移住行政の方向を示した。

 外務省はこの答申の趣旨を尊重し,できるかぎりこれを移住行政の上に反映させる考であり,73年度には主として次の諸点に関する施策を進めた。

(1) わが国民の海外発展として海外移住

海外移住の意義は,自己の発意と責任の下に,海外で自己の能力を発揮しようとする者に対し,新たな可能性を与え,また,幸福追求の道を開くことにある。しかし,移住が相手国の発展にも寄与するという面もあるので,このような観点から,国としてこれに援助を与え,移住を推進している。

現在南米には約80万人,米国,カナダを加えると140万人という日系人杜会が形成されており,移住先国で,各々の生業を通じ,経済的にも,技術的にも活躍している。

このように移住者が,日系人杜会を基盤として移住先国の進歩に寄与することは,同時に国際協力の重要な一翼をになうことでもある。したがつて従来のように,移住という狭い概念にとらわれることなく,広い視野に立つて移住を進める必要がある。このため移住啓発の意味をかねて海外知識の普及にも力をそそいだ。

また,移住事業の推進に当つては,地域住民に対して大きな影響力を有する都道府県の役割を重視し,その自主的活動を奨励するとともに,国もその活動に対し積極的に参加した。

(2)現地援護の強化

戦後の移住者の中には,まだ自立安定の域に達し得ない者もあり,移住者の自主性を損わぬよう配慮しながら,現地に適応するために必要な指導,援助を積極的に推進した。その際,相手国の地域開発に寄与するという観点から,経済技術協力的要素を含んだ援護事業の充実に効めた。また将来,現地杜会において,指導的役割を果し得るような日系人や移住者子弟の育成を図つた。わが国の経済技術協力が日系人の多数居住する地域を対象とする場合,日系人を活用することにより,その成果はいつそう高まるものと考えられる。そこで,日系人や移住者子弟の能力を向上させるため「本邦における諸研修制度」の充実に努めた。

(3) 海外移住事業団の事業体制の整備

最近の海外移住をとりまく諸情勢に対応するため,73年10月1日から,従来の各都道府県事務所を12支部に統合し,移住業務を能率的,かつ重点的に遂行しうるようにした。

 

3. 中南米への移住

 

(1) 新規移住者の概要

73年度から移住者の送出は航空機輸送となつたため,渡航費支給基準を変更した。渡航費の支給は南米諸国向けの移住者のうち,渡航費負担能力の乏しい者を対象とし,その支給対象者の年間所得を基準として,雇用,自営,単身,家族等の形態別によつて支給額を決定している。

73年度における移住者送出は,74年1月末現在269名であり,さらに3月末までに約180名が送出される予定である。

73年度(74年1月末現在)の南米向移住者269名の渡航先別,業種別数ならびにその比率は次のとおりである。

   (i)  渡航先別     移住者数(人)  比 率

      ブラジル       236       88%  

      アルゼンティン     23       8.3   

      パラグァイ       8       3  

      ボリヴィア       2      0.7    

      計         269      100

   (ii) 種  別    移住者数(人)   比 率    

      農  業       88      33%   

      技  術       105      39    

      近親呼寄       74      28    

       計         269      100

なお,52年末の海外移住の再開以降,60年頃までは農業移住者が圧倒的に多かつたが,近年は技術移住者が農業移住者を追い越す傾向にある。

(2) 既移住者援護のための受入国との交渉

(イ) 日本ボリヴィア移住協定の移住者送出期間延長について

本協定は,5年間に1,000家族または6,000人の移住者受入れを認めるもので,72年度末までの移住者総数は862家族5,003人であつた。そこで,この受入れ枠の残りについて,さらに送出期間を3年間延長するよう交渉した結果(56年本協定締結後既に4回延長している),合意に達したので,73年7月10日,ラパスで藤本大使とグティエレス外相の間で,送出期間延長に関する書簡を交換した。

(ロ) ブラジル国営開拓地の地権交付について

ブラジル北部および東北部の多くの国営開拓地入植者については,ブラジル人を含め,入植後15年以上経過したにもかかわらず地権(土地の所有権)が譲渡されていなかつた。わが国は在ブラジル日本国大使館を通じ日本人移住者に対する早期交付を要請,さらに,68年以降は,日・伯移住混合委員会の主要議題として,毎年とり上げてきた。この結果,73年10月および74年1月に邦人入植の8移住地のうち次の5移住地の入植者に対し,地権譲渡証書が交付された。

パラ州グアマ移住地,バイーア州ウナ移住地,同イツベラ移住地(以上邦人入植者の約6~7割に地権が交付された)ペルナンブーコ州リオ・ボニート移住地,リオ・グランデ・ド・ノルテ州ピウン移住地(以 上邦人入植者全員に地権が交付された)。

(ハ) 在パラグァイ,アルトパラナ移住地への不法侵入について

海外移住事業団所有の83,580町歩に上るアルトパラナ移住地の内,主として末分譲地(58,900町歩)の一部に,73年10月頃からパラグァイ農民の不法侵入が目立つようになつた。 同年11月8日,現地駐在領事はイタプア県知事に対し,善処を要請したところ,先方は直ちに,現地調査を行い,また,不法侵入者に警告を与える等の措置をとつた。この結果,不法侵入者は87戸計約500町歩であること,ならびに,不法侵入者のうち首謀者はパ国農村福祉院発行の わが国移住地内に属する土地への入植許可証を所持していたことが判明した。しかし,県知事は権限上これ以上の措置を取ることができないとして,内務本省,または農村福祉院に要請されたい旨,現地駐在領事に回答があつた。このため在パラグァイ日本国大使館は移住協定に基づき, 日・パ移住混合委員会の開催を求め,同月28日の委員会で,わが方提案(不法侵入者は土地代金を支払うか,あるいは立ち退くこと)についてパラグァイ側委員の同意を得,本混合委決議は,パラグァイ政府に回付された(なお12月6日,再度パラグァイ当局による現地調査が行われた)。

(3) 既移住者への援護の強化

52年度以降,73年3月末までの中南米への渡航費支給移住者の総数は,約6万2千名に上つているが,まだ定着,安定の域に達していない者も少なくない。

外務省はこのような移住者を積極的に援護する方針のもとに,海外移住事業団を通じ,73年度においても,次のように援護事業を拡充強化した。

(イ) 融資援護体制の強化

73年末現在の移住者に対する海外移住事業団の融資累計額は,約72億円,融資残高は約20億円であつた。73年度はさらに新規貸付8億5千万円を計上しており,年度内回収予想額2億7千万円を差引いても,年度末における融資残高は5億8千万円余り増加し,25億円余りに達する見込である。

(ロ) 医療衛生対策

73年度は,ブラジルのサンパウロ支部およびポリヴィアのサンタクルス支部に,救急車を購入配置し,ブラジルのグアタパラ移住地の診療所を増築した。また,各診療所の医薬,診療器具の整備を行つた。

(ハ) 教育対策

73年度は,パラグァイのイグアス移住地およびボリヴィアの沖縄第3移住地に,スクールバス各1台を配置した。また,パラグァイのアルトパラナ移住地に小学校を新設したほか,ボリヴィアのサンタクルスおよびパラグァイのアマンバイ地区に,寄宿舎を増設し,教材を整備した。

(ニ) 生活改善対策

73年度にはドミニカのサントドミンゴ支部の生活改善用巡回車を買替えたほか,ブラジルの第2トメアス移住地に公民館を新設した。

(ホ) 電化対策

73年には,第7年次事業として,パラグアイのイグァス移住地の電化に対し,2分の1の補助を行つた。

(ヘ) 治安対策

73年度には,パラグァイのイグアス,フラム,アルト・パラナの各移住地に,治安用オートバイを購入配置した。

(ト) 沖縄移住地総合対策

前年度に引続き道路整備のため,暗渠工事費を補助した。

(チ) 営農指導

前年度に引続き,事業団の直営試験農場の試験用器具機材を整備するとともに,試験結果を統計的に処理して,速かに移住者の指導に役立たせることに重点を置いた。

(リ) 営農の機械化

農業移住者の経済的安定は,生産物を有利に販売することにあり,営農の機械化による生産物のコストダウンが必要である。

このため海外移住事業団は,前年度に引続き,パラグァイのイグアス移住地にブルドーザー,ヘビープラウ各1台を,南部パラグァイ地区にブルドーザー,トラクター各1台のほか,ヘビープラウ2台を,また,ブラジルの第2トメアス移住地には,ホイルトラクター,タンク車1台をそれぞれ購入して無償貸与した。

(ヌ) その他

ブラジルのグアタパラ移住地整備のため,ドラグライン,クローラトラクター各1台を購入,無償貸与したほか,パラグァイの南部地区に建設される稚蚕共同飼育場に対し,建設費の2分の1を補助した。

(4) 移住地現地調査

外務省は,73年度に専門家の協力を得て,次の調査を行つた。

(イ) 移住者輸送状況調査

73年度から移住者は航空機により渡航することになつたので,今後の移住者輸送の円滑化を図るため,ブラジル,アルゼンティン両国で通関,宿泊設備,受入れなどの調査を行つた。

(ロ) 移住地の婦人問題調査

移住者の経済的早期安定には,婦人の占める役割は大きい。しかし,婦人の実態が十分に把握されていなかつたためブラジル,アルゼンティンに専門家を派遣し,婦人の実態を調査させた。

(ハ) 戦前移住地の実態調査

海外移住地における老人問題は重要な課題の一つであるので,ブラジルの戦前移住地の現状と老人の実態を調査した。

(ニ) 技術移住調査

主としてブラジル,カナダにおける技術移住者の求人,受入の動向と労働事情を把握するため,実態調査を行つた。

(ホ) 香料作物調査

移住地における香料作物の経済的栽培の可能性を検討するため,ブラジル,パラグァイ,アルゼンティン,ボリヴィアの移住地とその周辺地域の調査を行つた。

(5) 移住者子弟の教育および研修

(イ) 国庫補助県費留学生事業

都道府県(以下「県」という)は,59年頃から県独自の事業として,県出身の移住者の子弟を,県内の大学,その他教育機関で,約1年間勉学させる,いわゆる「県費留学生事業」を実施している。外務省は県側の強い要望に応え,71年度から,10県,10名につき,旅費,学費,生活費および国内研修旅費の国庫補助(半額)を行つている。

(ロ) 海外移住事業団の技術研修生受入れ事業

海外移住事業団は,71年度から,移住者子弟に,その属する地域杜会の発展に積極的に貢献させるため,これを本邦に招き,最新の技術および知識を修得させる研修制度を設けた。研修期間は1年半で,73年度の研修生15名が,現在全国各地の大学や,試験場などで各専門分野に分れ研修中である。

(ハ) 日本海外移住家族会連合会の研修生受入れ事業

日本海外移住家族会連合会は,移住者子弟中,地域杜会の発展に貢献する人材を養成する目的で,71年度から「移住者家族子弟研修制度」を発足させた。研修期間は2年で,73年度には10名を受入れている。

 

4. 北米,豪州への移住

 

(1) カナダヘの移住

カナダ政府統計によれば,72年の日本人移住者数は684人で前年の815人に比較すると131人の減少となつている。減少の原因は,わが国の労働不足の激化等にあると思われる。

カナダ移住は渡航後に就職先を探す,いわゆるオープン・プレイスメント方式移住であり,語学力が就職決定の重要な要素となる。このため海外移住事業団では希望者に語学講習を主とする渡航前訓練を行つている。

カナダ政府は72年12月以降,観光査証等で入国した者が,カナダ滞在中に移住者の資格を取得することを許可しない趣旨の法改正を行つた。わが国からの移住者はほとんど移住査証を取得して渡航しているためこの法改正の影響を受ける者は少ない。

(2) 米国への移住

米国への移住者数は,近年年間3千~4千人の規模で推移しており,目立つた変化はみられない。

移住者の大半は米国市民や永住者の縁故者や配偶者で,それ以外は技術者や研究者またはその家族となつている。一部の研究者等の中には滞在資格の変更により移住する者もいる。

(3) 豪州への移住

豪州への移住者は年間40~50人の規模であるが,66年以降豪州政府は欧州人以外の移住希望者についても所定の資格条件を具備した者は移住を認める旨言明しているので,今後の推移を見守ることとしている。

(4) 派米農業研修生

66年以降,日米両国政府の後援により年間200人を越えない範囲で農業研修生が農業研修生派米協会から米国に派遣され,2年間の農業研修を受けている。

米国側引受団体は4Hクラブ財団である。

 

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