―海をめぐる国際協力―
第9節 海をめぐる国際協力
四方を海にかこまれ,海洋に依存することの大きいわが国は,海の法秩序めぐる国際的な動きには深い関心をもつているが,今日の科学技術の飛躍的な進歩による海洋の利用の量的,質的変化,南北問題の海洋への反映等の要因は,従来の「海洋自由」の原則に基づく海洋法秩序に大きな変化をもらしつつある。これらの動きを綜合するものとして,第三次海洋法会議の開催が第28回国連総会で決定され,手続問題に関する第1回会期が73年12月ニューヨークで開催された。第2回会期は本年6月20日より8月29日までヴェネズエラのカラカスで開催され,最初の一週間を議事手続に関する最終的な取極にあてた後,実質問題の検討を行なうこととなつている。同会期で結論が出ない場合にはさらに75年ウィーンに持越す予定である。
第三次海洋法会議開催に到るまでの経過は各国の利害が複雑多岐にわたることもあつて,決して平坦なものではなく,国連海底平和利用委員会における6年の長きにわたる準備作業にかかわらず条約案文の作成にこぎつげることができなかつた。
海洋法会議での一般的な法制度の検討と関連して,海洋汚染防止のための国際協力も個別に推進されており,72年11月の海洋投棄規制条約(73年6月わが方署名)IMCOフォラムにおける73年海洋汚染防止条約の採択等が特記される。
国連海底平和利用委員会(注)は次の3つの小委員会に分かれて問題の検討を行つた。
(1) 第 一 小 委
国家管轄権の外にある,いわゆる深海海底の資源開発の問題を取り扱う。過去71年末までには,米国,わが国を始めとする条約案がほぼ出揃い,これを基礎に条約案の作成に努めてきた。その結果,深海海底が「人類の共同財産」であること,その財産の開発を規制するため「国際機関を設立するとの原則については,ほぼ合意が成立した。しかし,資源開発を国際機関に独占させるべきとする開発途上国の主張と,国際機関からライセンスを受けた私企業にまかせるべきであるとの先進国の主張が真向から対立し,統一テキストを作成することができず,各グループの主張を反映するいくつかの条文案を並記するテキストを採択するにとどまつた。しかし上記の2つの主張を折衷する案も提出されている。もう一つの重要問題である深海海底の範囲の問題は,大陸棚あるいはエコノミック・ゾーンの範囲と表裏の問題としてとりあげられているが,一般に国家管轄権を大幅に拡張しようとする趨勢の中では,深海海底の資源としては国家管轄権の下に含まれてしまうであろう石油・天然ガスは除外され,当面マンガン団塊のみになると予想される。
(2) 第 二 小 委
(イ) 領 海 の 幅
既に50を超える国が12カイリを採用しており,伝統的に3カイリの立場に立つてきた米,英,日といつた海洋国も,掃米領海の幅を12カイリとすることを支持しうる旨を表明している。したがつてブラジル等領海200カイリ主張国および中国のように一定の幅にとらわれることなく,合理的範囲で沿岸国が適当な幅を決定しうるとする少数の例外を除けば,一応多数の国が12カイリを妥当としているといえる。しかし,(イ)多数の開発途上国は,後記(ロ)の排他的エコノミック・ゾーンが同時に認められることが、領海12カイリの合意成立に対する不可欠の条件であるとして,パッケージ解決を強く主張する一方,(ロ)米ソをはじめとする先進諸国は海峡における自由通航権の承認が領海12カイリ成立の絶対条件としているのでこれらの条件につき合理的な解決が見出されることが必要であるとの立場である。
(ロ) 排他的エコノミック・ゾーン
72年夏にケニアにより最初に提案され,またたくまに多数の開発途上国の支持を集めており,第三次海洋法会議の最大テーマの一つとなることは必至である。73年5月,アフリカ統一機構(O.A.U)の元首会議で,アフリカ諸国は最大限200カイリの排他的エコノミック・ゾーンの確立を柱とする海洋法政策(アディス・アベバ宣言)を採択,一方,中南米カリブ海諸国も,すでに1昨年6月,外相会議で内容的にはエコノミック・ゾーンと類似の200カイリの「パトリモニアル海=固有海域」 構想を打出しており(サント・ドミンゴ宣言),こうした事情を背景に74年3月末にはケニアのナイロビで,いわゆる「グループ・オブ77」の閣僚級会議を開催して開発途上国の大同団結ののろしをあげることになつていたが,主として開発途上沿岸国と内陸国,地理的不利国の対立がとけず,原則宣言を採択するまでにいたらなかつた。排他的エコノミック・ゾーンの主張は要するに,最大限200カイリの水域内の一切の漁業および海底鉱物資源を沿岸国の所有物として認めようという,「資源領海」もいうべき新しい制度の要求である(注1)。これに対しソ連,英国,日本といつた伝統的遠洋漁業国や,内陸国とか非常に短い海岸線しか持たない「地理的不利国」は,このような主張は一部の沿岸国のみを一方的に利するものであつて,世界のすべての国の利益の公正なバランスを実現するものではない,また海運の自由に干渉すべきではないとして批判的である(注2)。
(ハ) 漁 業
これまでに提出されている主な漁業関係の条約案は3案あり,(a)は前記(ロ)の排他的エコノミック・ゾーン(最大限200カイリ)の考え方に基づくインド,ケニア,カナダ等6カ国を共同提案国とする排他的漁業水域案である。(b)は領海に隣接する公海水域での漁業水域設定権を認めず,一定の限度内で沿岸国の優先的権利のみを認めようとする日本やソ連の提案で,(c)は(a)と(b)の中間にあり,領海外に原則として沿岸国の漁業水域設定権を認めるが,他国の利益もある程度制度的に保障しようと する米,豪州,ニュー・ジーランド等の提案である。数からいえば(a)と(c)の提案が大勢を占めつつあるとみられる。わが国の直接の利害関係からいま一つ注目されるのは,アメリカ,カナダ,ソ連,アイルランド等,サケ・マス魚種の産卵河川の保有国が,サケ・マス魚種の河川への回帰性を理由に,同魚種の保存,管理の権限を産卵河川国のみに留保し,事実上サケ・マスの「公海漁獲禁止」を狙つた提案を行なつていることである。これに対して,日本,デンマーク等が,同魚種の保存,管理問題はすでに地域的な漁業委員会を通じ関係国の間で解決がなされており,産卵河川国のみに特別な権限を認めることは適当でない等の理由で反対している。
(ニ) 大 陸 棚
大陸棚の定義(大陸棚の外縁の決定)については,次のような各種の立法論が交錯している。第一は前記のエコノミック・ゾーン提案に基づき,最大限200カイリの海底(資源)を,深さとか海底地形に関係なく沿岸国に帰属させる案である。次に,エコノミック・ゾーンとは趣旨を異にするが,今会期,日本が提案した,海底に関する限りは一定の距離基準によつて「沿岸海底地域」(大陸棚)を決める考え方がある。これら2つの提案は,現行大陸棚条約の下での「200メートルプラス・開発可能限度」という水深を基準とした従来の大陸棚の概念を距離を基準とする新しい概念で置き替えるものといえよう。第二は,水深と距離の2つの基 準を併用する考え方で,水深500メートルないし距岸100カイリ(ソ連),200メートルないし40カイリ(オランダ,シンガポール等および内陸国グループといった提案がなされている。第三は,距離と海底の地形概念の組合せで,広い大陸棚を有する国(アルゼンティン,豪,カナダ,イギリス等)の主張で,距岸200カイリの外にまで地質的に大陸棚が拡がつている場合,その全体(いわゆる「陸地の自然の延長」とみなされる全部)に対し,現行国際法上,既得権が確立しているとして,大陸棚に関する権利の存続を確保しようとする提案である。なお,広い大陸棚説に対し,内陸国等め地理的に不利な国の利益を考慮し,国際社会全体の利益とのバランスを図る趣旨から大陸棚鉱物資源開発に関する国際的なレベニューシェアリングの提案もあり(オランダ,米国,オーストリア等)これが米・蘭等現実に海底資源開発を活発に行なつている国から提 案されていること,さらに大陸棚の拡大により必ずしも利益を得ない国がかなりの数を占めることからみて今後のなり行きが注目される。
(ホ) 航行(海峡および群島理論)
国際海峡については,船舶および航空機について公海に準ずる「自由通航権」を求める米,ソの主張と,スペイン,マレイシア,インドネシア等海峡沿岸国の領海におけると同じ「無害通航権」の主張が依然鋭く対立したままである。アフリカ諸国がO.A.U宣言で後者の支持を明確にしたことから,米,ソ等がかなり困難な立場に立たされてきたことが指摘される。
また,群島理論については,インドネシア,比,フィジー,モーリシアスより,条約案が提示されたほか,英国が対案を提出し,今後これらを基礎に,具体的な検討が行なわれよう。
(3) 第 三 小 委
海洋汚染防止に関しては,領海外に沿岸国の管轄植(汚染防止ゾーンを設定する権利であつて,加,豪の他,ケニア,ペルー等開発途上国が強く主張している)を認めるべきかが問題となつている。今会期では先進海運国のうち日本・仏・ノルウェーが沿岸国の権脚に一定の制限をつけた汚染防止水域の設定を認める方向を打出したこともあり伝統的な旗国主義の枠内で汚染防止をはかろうとする米国,ソ連の強い反対にもかかわらず,なんらかの形での汚染防止水域の設定はほぼ大勢となりつつある。次に争点となつたのは,船脚に起因する海洋汚染防止に関するスタンダードの問題である。IMCOの設ける国際スタンダードのみを適用すべきであるとの日本,米国,ソ連,仏寺の先進海運国の立場に対し,IMCOは先進海運国のクラブであるとの不信感をもつ開発途上国および加,豪等は,地域的特性,経済的特性等の特別の事情がある場合に,各国は一方的に国家的スタンダードを設定,実施する権利を有する旨主張しており,両者の主張は完全に平行線をたどつている。
3.「1973年の船舶からの汚染防止のための国際条約」採択会議
IMCO(政府間海事協議機関)は従来主として船舶の安全航行の確保を目的とするものであり,このため従来から種々の条約,規則等を作成してきたが,他方,船舶による海洋汚染問題についても早くから多大の関心と注意を払つてきた。船舶による海洋汚染の原因としてはタンカー等から排出もしくは流出する油が最大のものであるところから,IMCOはこれまで主として船舶の油による海洋汚染の防止に努力を傾けてきた(注)。しかし,最近では海洋汚染防止のためには油のみならず,その他の有害物質の船舶からの排出もしくは流出をも規制する必要のあることが認識されるに至つている。このためIMCOで2年程前から73年末を目途に「1973年の船舶からの汚染防止のための国際条約」を採択する目的でその条約案の検討を進め,同年11月本条約が採択された。本条約の特色は次のとおりである。
(i) 油のみならずその他の有害物質をも規制の対象としている。
(ii) 7万トン以上の新造タンカーについて専用バラストタンクの設置,また,150トン以上のタンカーについて原則として油排出記録制御装置等の装備が義務づけられるなど船舶の構造規制が設けられた。
なお,国際条約違反の船舶の処罰等の管轄権の問題は来たる海洋法会議に委任されることになつた。
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(注) 国連海底平和利用委の経過概要については次のとおり。(イ)70年の第25回国連総会は,決議2750(XXV)Cにより,原則として73年に海洋法全般を検討する海洋法会議を開催することを決定し,その準備作業を従来から設置されていた海底平和利用委に行なわせることとした。また,これに伴つて同委員会のメンバー国は42から86に拡大された。(ロ)1971年の第26回国連総会は,中華人民共和国の国連参加に伴ない,同国を海底委のメンバーとすることの関連でメンバー国は86から91に拡大した。(ハ)72年海底委は春夏5週間の会合を行ない,夏会期末海洋法会議で取扱うべき事項のリスト(25項目より成る)を採択した。(ニ)73年海底委は春夏合計13週間の会合を行なつた。 戻る
(注1) 試算によれば,この結果現在は公海としていずれの国にも自由に開放されている海洋の30~50%がいずれかの沿岸国の資源管轄権の下に組入れられることになるといわれている。 戻る
(注2) 但し,先進国の中でも,カナダ,豪,ニュー・ジーランド,ノルウェーといつた国は,自国周辺が豊かな海洋資源に恵まれているという事情から,エコノミック・ゾーンないしパトリモニアル海の主張を支持している。 戻る
(注) その現われが,「1954年の油による海水の汚濁の防止のための国際条約」を62年,69年,71年にそれぞれ改正し,船舶の油排出基準の厳格化,油の排出規制区域め拡大,タシカーのタンクサイズの制限等を行つてきた。 戻る