―法律問題-外交官等保護条約の採択―

 

第7節 法律問題-外交官等保護条約の採択

 

 第28回国連総会における第六委員会(法律委員会)は,国連国際法委員会報告書,国連商取引法委員会報告書,外交官等保護条約案,侵略の定義特別委員会報告書,武力紛争下の人権尊重に関する事務総長報告書等の審議を行なつたが,最も時間をかけて審議された外交官等保護条約について解説する。

 

1.経  緯

 

 近年外交官等に対する誘拐・殺人等の犯罪が増加してきたことを背景として,第26回国連総会は決議2780(XXVI)により,事務総長が各国政府に外交官等の保護に関する見解を求めるとともに,国連国際法委員会がこれら見解に照らして外交官等に対する犯罪防止に関する条約案を早急に作成すること等を要請した。

 72年国際法委員会第24会期は,これを受けて外交官等国際的に保護される者に対する犯罪の防止と処罰に関する条約草案を作成し,第27回総会に提出した。同総会はこれを審議し,次期総会で条約の最終的作成を目指した審議を行なうことを決定した。(決議2926(XXVII))

 第28回総会は,本件条約案の採択を目指し直ちに逐条審議を開始した。

 

2.条約案の内容

 

 この条約の目的は,テロリズムの防止と処罰のための国際協力を実現する観点から,元首,首相,外交官等に対する犯罪を防止し,これを処罰することにある。一般国際法上,国家の元首,首相,外交官等は,国際社会における国家間の交流のための機関であり,国際の平和と安全を確保するための国際協力を実行するメカニズムとして国際的に特別の地位を認められている。したがつてこれらの者に対する犯罪は,このようなメカニズムを侵害し,正常な国際関係の運行を妨げるものとして,国際法益を侵害する行為であり,現行国際法上各国は,このような者を特別に保護する義務を負うていると考えられる。

 このような観点から,条約草案は,とくに国際的に保護される者(元首,首相,外交官等)に対して行なわれた犯罪の容疑者が,どこに行つても安全の地を見出しえない状態をつくりだすことを目指し,犯罪行為地の如何を問わずこのような犯罪に対し,各国が国内法でこれに重刑罰を以つて処すること,各締約国はこれらの罪に対し,裁判権を設定すること,また,容疑者所在地国は,要求に応じ他国に容疑者を引渡すのでなげれぼ訴追のため事件を自国の権限ある当局に付託する義務を負うこと等を規定するとともに,そのために必要な各国間の協力義務を定めた。

 

3.審議の概要

 

 第28回総会では,上記の様な条約の基本的考え方に反対は見られなかつたが,多くの修正案及び新提案が続出し,審議は極めて難航,長期化した。争点の中心となつたもののうち特に重要なものとしては,(イ)条約の対象となる 犯罪をいかに規定するか,(ロ)裁判権設定に関し,完全な形での世界主義をとるか否か,(ハ)庇護を求める者(注)および民族解放運動等に従事する者を条約の適用から除外するか否かであつた。

 (イ)については,「国際的に保護される者」に対する殺人・誘拐等の重要犯罪を対象とするとの原則的考え方で妥協が成立した。(ロ)については,ハイジャック防止に関するハーグ条約やモントリオール条約の規定にならい,一定の関係国(犯罪行為地国,容疑者の国籍国,被害者の本国および容疑者所在地国であつて,これら3関係国に容疑者を引渡さない国)のみが裁判権を設定するとの趣旨で条文が採択された。(ハ)については,ラ米諸国提案の庇護権に関するセーフ・ガード規定(本条約は,その採択時に有効な庇護権に関する諸条約の締約国間のみにおける適用には影響を及ぼさないとの趣旨)が条約に挿入され,またアフリカ諸国提案の民族自決運動等に対するセーフ・ガードが,結局総会決議の中でうたわれることとなつた。

 

4.わが国の態度

 

 わが国は,外交官等に対する誘拐・殺人等の行為は,単に外交官等の身体及び自由を侵害するのみならず外交メカニズムないし国家間の基本的交流の円滑化という国際法益をも危機におとしめるものと考え,このような考えに基づいて作成された国際法委員会草案を,妥当なものとして基本的に支持するとともに,今総会においては,できるだけ多くの国が参加しうる条約が採択されるよう積極的に審議に参加した。特にわが国は,15カ国からなる起草委員会のメンバーとなり,積極的に審議に貢献するとともに西側諸国,アジア諸国と密接に協議,連携を保つことにより,わが国が当初希望していたラインでの条約案文作成に努力し,相当な成果を収めた。

 

5.署名のための開放

 

 本条約は長期の議論の末12月14日「外交官を含む国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」として全会一致で採択され,同日署名のため開放された。

 

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(注) 外交使節団の館邸に逃げ込んだ犯罪人を使節が,館邸の不可侵権を利用して庇護(外交的庇護)する権利を庇護権という。中南米には政治犯罪人に外交的庇護を認める慣行及び条約があるが,一般には,庇護権は否定され,接受国の要請があれば,外交使節は犯罪人を引渡さなければならないとされている。  戻る