-軍縮問題-

 

第3節 軍縮問題

 

(1) 73年2月20日から4月26日まで,次いで6月12日から8月30日までジュネーヴにおいて開催された審および夏の軍縮委員会両会期では,すべての核実験の禁止および化学兵器の禁止の2つの問題に討議の重点がおかれたが,条約案の採択など具体的成果は得られなかつた。

 しかし,7月10日から4日間,わが国の提案による核実験禁止のための非公式専門家会議が開催され,検証問題をめぐる技術的問題点がほぼ煮詰められた。また8月21日にわが国が提出した化学兵器禁止のための国際取決めの骨子についての作業文書によつて,この問題についての具体的交渉の素地が用意された。これらのことが73年の軍縮委員会の数少ない成果であつた。

 なお,73年8月5日は,63年の部分核禁条約署名の10周年にあたるため,これを記念して,8月7日に特別会合が開催された。

(2) 9月18日から開催された第28回国連総会でも,上に述べた2つの問題が討議されたが,核実験禁止については,オーストラリア,ニュー・ジーランド,ペルーなどの南太平洋諸国が73年夏のフランスの大気圏内核実験を重要視して態度を硬化したことが注目された。また,化学兵器禁止については,軍縮委員会における交渉に具体的糸口を提供したわが国の努力を歓迎する旨 の発言が少なくなかつた。

 国連総会は,このほか,世界軍縮会議の開催についてのアド・ホック委員会を設置し,また,インド洋平和地帯宣言の実施のためのアド・ホック委員 会に審議の続行を要請した。わが国は,両委員会のメンバーとして,それぞれの問題の審議に貢献することを期待されている。

 総会は,さらに,ナパーム弾など無差別効果のある非人道的な兵器の禁止についても討議し,この問題を74年初めに予定されていたジュネーヴ外交会議に付託することとした。なお,本総会では,ソ連から安保理常任理事国を主たる対象として,それぞれの軍事費を10パーセント削減し,これを開発途上国の発展のために転用すべしとする提案がなされ,そのための特別委員会が設置された。

 73年における軍縮問題の各案件中,わが国との関係で特に注目されるものは次の通りである。

 

1.核実験禁止問題

 

(1) 63年の部分的核実験禁止条約によつて宇宙空間,大気圏内および水中における核実験がすべて禁止されることとなつたので,本件については地下核実験の禁止だけが残された問題となつている。

(2) 73年の軍縮委員会でも例年どおり春および夏の両会期においてこの問題が審議されたが,地下実験の禁止には現地査察による検証が不可欠であるとする米国と,検証は国内手段で十分とするソ連との間に歩み寄りがみられず,問題の解決は将来に持越された。

以上のような状況にあつて,わが国は,4月10日の軍縮委員会で検証問題についての非公式専門家会議を開催すべきことを提案したところ,各国の同意が得られ,これが7月10日から4日間開催されることとなつた。軍縮委員会の夏の会期における一つの成果は,この専門家会議の開催であつたが,この会議の結果,地震学的手段による検証の精度の一般的可能性とその限界についての技術的問題点がほぼ煮詰められたと言われている。

このほか,軍縮委員会では,6月22日の国際司法裁判所による暫定措置の裁定にもかかわらず,フランスが大気圏内実験を行う徴候を示していたこと,これに加えて中国が6月27日に大気圏内実験を行つたことを契機として,7月3日わが国をはじめカナダ,スウェーデン,オランダなど8カ国が抗議のデマルシュを行つた。また,73年が部分核禁条約の署名10周年にあたつていたため,8月7日の会合がその記念会合として開催されたが,わが国を始め各国とも包括的核実験禁止のための核大国の一層の努力を要望した。

なお,わが国は,さきの中国の核実験に対し厳重に抗議するとともに,7月21日のフランスの南太平洋における核実験に対しても抗議の声明を行つた。(わが国の国会においては,7月3日と9日にそれぞれ衆参両議院が核実験非難の決議を採択した。)

(3) 73年秋の第28回国連総会では,直ちにすべての実験を停止すべしとするメキシコなどの決議案と,すべての実験停止はもちろんのこととして,特に大気圏内実験停止の緊要性にも言及したわが国やカナダなど提出の決議案が審議された。これらの決議案は,第一委員会の審議を経て12月6日の本会議で,前者は賛成89,反対5,棄権33(わが国を含む)で,また後者は賛成65,反対7,棄権57で決議3078AB(XXVШ)として採択された。

 

2.化学兵器禁止問題

 

(1) 25年のジュネーヴ議定書によつて,窒息性ガス,毒性ガスまたはこれらに類するガスの戦争における使用が禁止されているので,本問題は,平時における化学兵器の開発,生産,貯蔵の禁止を規定しようとするものである。

(2) 1973年の軍縮委員会でもこの問題が主要な問題の一つとして討議されたが,いかにして禁止違反を探知,識別するか,すなわち有効な検証手段の確保の問題を解決することが先決であるとする米国など西側諸国と,検証の必要を認めず,政治的決断をもつて問題の解決をはかろうとする東側諸国の見解が依然対立し,合意成立への実質的な進展は見られなかつた。

こうしたなかでわが国は,軍縮委員会夏会期後半において,従来から東側諸国が西側諸国に対し,72年春に東側が提出した,検証問題に言及しない条約案の対案の提出を要請していたことにも応えて,化学兵器禁止のための国際取決めの骨子についての作業文書を西側諸国としてはじめて提出した。この作業文書は,包括的禁止が最終目標であることを明確にするため,条約本文で包括的禁止を規定はするが,他方,現状において禁止が適当でないか困難である化学剤ないし活動範囲を補足文書を設けることにより禁止の対象から暫定的に除外するという方法を示唆したものであつた。これはわが国が従来から提案してきた検証手段の確保との関連で解決可能なところから一歩一歩着実に解決していくべきであるという考え方を基本にし,各国の意見をできる限りとり入れた,いわば最大公約数ともいうべきものであつた。これに対し,同会期では,時問的制約もあつて十分な審議は行われなかつたものの,各国は一様に実質的な審議の素地ができたとして,これを高く評価した。

(3) 73年秋の国連総会でも,軍縮委員会が早急に化学兵器禁止のための具体的な交渉を行うべしとの発言とともに,わが国の前記作業文書に対する期待を表明する発言が少なくなかつた。

国連総会は,審議の結果非同盟諸国から提出された,化学兵器禁止の目的を再確認するとともに,禁止の効果的手段につき合意するよう高い優先度をもつて交渉することを軍縮委員会に要請する旨の決議案を12月6日の本会議で,賛成118(わが国を含む),反対0,棄権0,で採択した。(決 議3077(XXVIII))

 

3.世界軍縮会議開催問題

 

(1) この問題は,65年の国連総会以来しばらく棚上げにされていたが,71年の総会でソ連からあらためて提起されたのが直接の契機となつて,再び正式に論議されることとなつた。同年の総会は,各加盟国に対し,この問題についての意見を72年8月末日までに事務総長に提出すべきことを決定(決議2833(XXVI))し,その結果,わが国を含む34カ国から回答が寄せられた。米国を除く殆んどの国は,十分な準備が行われるという前提で世界軍縮会議の開催に原則的に賛成という態度であつた。72年の総会は,各国の見解を検討するための特別委員会を設置し,メンバーとなる35カ国の任命を総会議長(ポーランド)に委託することを決定した(決議2930 (XXVII))。

(2) 特別委員会の第1回会合は73年4月26日に開催されたが,開会前からメンバーの構成について種々問題が指摘されていたため,5大国ではソ連だけを含む31カ国(残る4議席は米英仏中に留保)が任命され参加したのみであつた。右の31カ国のなかにはわが国も含まれていたが,委員会は,上に述べた構成の問題が尾を引いて,直ちに非公式協議にきり変えられた。この非公式協議は,9月14日まで通算8回の会合をもつたが,そこでは主として,(イ)世界軍縮会議の開催について検討するためにはすべての核兵器国の参加が確保されること。(ロ)特別委員会の構成は公平な地理的配分によつて拡大されること,の諸点が指摘されたが,実質的討議を行うまでには至らなかつた。

(3) 1973年秋の第28回国連総会でも,ソ連など東側諸国は,従来どおり世界軍縮会議の早期開催を主張したが,米国および中国が依然否定的態度をとり,英国およびフランスも消極的態度を示したため,審議は盛りあがらず,結局,非同盟諸国によるアド・ホック委員会設置の決議3183(XXVIII)が全会一致で採択されるにとどまつた。このアド・ホック委員会は,従来の特別委員会がメンバー構成等の問題のため正式に機能しなかつたことに照らして,40の非核兵器国から構成され,核兵器国は委員会メンバーと同等の立場で外部から協力するというものである。

わが国は,特別委員会および秋の国連総会において,(イ)世界軍縮会議の開催のためには十分な準備が必要である,(ロ)同会議が開催される場合は核軍縮の問題が最優先にとりあげられる必要がある,(ハ)その意味でも準備の段階から核兵器国の参加が確保されるべきである,との立場を表明した。

 

4.インド洋平和地帯宣言問題

 

(1) この問題は,71年の第26回国連総会で,スリ・ランカなどの提案によりインド洋を「平和地帯」として宣言し,その実現のために関係国が協議に入るよう要請した決議2832(XXVI)が採択されたのが始まりである。翌年の第27回総会では,この問題を検討するために15カ国からなるアド・ホック委員会を設置することが決定された(決議2992(XXVII)。

(2) アド・ホック委員会は,73年2月27日以降通算11回の会合をもつたが,平和地帯と宣言されているインド洋の範囲がどこからどこまでか,この平和地帯から撤去されることとなる外国軍事基地とはどういうものを指すのか,と言つた定義の問題について,各国の意見がまちまちであつたため,実質的法議論を詳細に行うまでには至らなかつた。

わが国は,オーストラリアや中国とともに委員会のメンバーに選ばれたが,委員会では,

(イ) インド洋沿岸国などがインド洋に平和を打立てようと努力していることに深く同情する,

(ロ) 平和を打立てるためには,主要な軍事大国を含むすべての関係国の協力を得ることが必須である,

(ハ) 具体的な措置をとるにあたつては,十分かつ有効な査察と検証の手段を考えておく必要がある,

(ニ) いかなる場合にせよ,本問題が公海についての一般法体系に抵触するものであつてはならない,

という趣旨の見解を表明した。

(3) 73年秋の第28回国連総会では,スリ・ランカなどの諸国から,アド・ホック委員会に対し次回総会までに勧告を付して審議の結果を報告するよう要請があつた。さらに,事務総長に対し,インド洋における大国の軍事プレゼンスについての報告を,出来れば74年3月末日までに委員会に提出するよう求める旨の決議案が提出され,第一委員会における審議表決を経て12月6日の総会本会議で表決に付された。その結果,賛成95,反対0,棄権35(米英仏などの西欧諸国,ソ連などの共産圏諸国)をもつて,決議3080(XXVIII)として採択された。

わが国は,インド洋の安全と平和を願望している沿岸国などの熱意に同情して従来から本件についての諸決議に賛成して来た事情と,上記の決議文にもられている措置が着実で実際的なアプローチをとろうとする提案国の願望を反映しているものと考えて,同決議案に賛成投票した。

 

目次へ