―公海の漁業に関する諸問題―
第6節 公海の漁業に関する諸問題
72年のわが国の漁業総生産は史上初めて1,000万トンの大台に乗りこれまでの最高値を記録した。この記録更新は主として近年着実に生産増を続け,現在総生産の4割以上を占めている遠洋漁業によりもたらされたものである。しかしながら今後引続きわが国漁業生産の増加が期待できるかという点については,わが国漁業を取りまく国際情勢からみて悲観的といわざるを得ない。その理由の一つは沿岸国の一方的管轄権拡張の主張に係る問題であり,また,さけ・ます等遡河性魚種の問題である。さらに環境保全運動の一貫として展開されつつある捕鯨禁止運動もわが国捕鯨業の将来をますます厳しくしている。
第三次海洋法会議を前に71年以来これまで6回にわたり開催された準備会議における審議の経過からも明らかなように,各国の主張は大勢として沿岸国の管轄権の拡大,公海漁業自由の原則の制限の方向にある。また,さけ・ます等遡河性魚種の取り扱いについても産卵河川所有国の排他的管理権を主張する米国,カナダ,ソ連等に対し,さけ・ますは公海資源であり,河川所有国のみに特別の権限を認めることには反対との立場を取つているわが国等現状では少数勢力となつている。
さらに現行の地域漁業機関ではこのような情勢を背景に沿岸国の主張がますます強くなつており,いずれの場合も遠洋漁業国としてのわが国は極めて苦しい立場に置かれている。
一方,72年ストックホルムで開催された国連人間環境会議以降ますます勢いを増している捕鯨禁止運動は次第に各国に対し影響を与えつつあり,73年国際捕鯨委員会年次会議では,遂に商業捕鯨10年間モラトリアム賛成国が過半数を占めるに至り,わが国捕鯨等は,存亡の危機を迎えているといつても過言ではない。
以上のように,わが国漁業は極めて厳しい情勢下にあるが,今後とも資源の絶滅を来すことのないよう資源を適正水準に保存しつつ他方動物蛋白確保の観点等からその合理的な利用を図るとの基本的立場を堅持し,各国の理解を深めるよう努力するとともに,開発途上国に対する漁業協力等を積極的に推進することにより相互理解に基づく共存共栄を図つて行かねばならないと思われる。
(1) 国際捕鯨委員会第24回会合
48年発効した「国際捕鯨取締条約」(加盟国は現在,アルゼンティン,オーストラリア,ブラジル,カナダ,デンマーク,フランス,アイスランド,日本,メキシコ,ノールウエー,パナマ,南ア,ソ連,米国,英国の15カ国)に基づき設置された国際捕鯨委員会の第24回会議は73年6月ロンドンで開催された。
前年の第23回会議で科学的根拠なしとして否決されたにもかかわらず,米国は今回会議において再び商業捕鯨の10年間モラトリアムを提案した。同提案は科学的根拠なしとして再度否決されたが全面モラトリアムに賛成した国が第23回会議の4カ国から8カ国と倍増したことからも明らかなようにIWCにおいて捕鯨禁止派は次第に勢力を増しており,今回会議で採択された個々の鯨種に関する規制措置の多くは下記のとおりわが国を初めとする捕鯨国にとって極めて厳しいものであつた。
(イ) 72~73年漁期の南氷洋母船式捕鯨によるながす鯨,いわし鯨,およびミンク鯨の捕獲頭数をそれぞれ1,450頭,4,500頭および5,000頭とする。
(ロ) 76年6月末日までに南氷洋におけるながす鯨捕獲を停止する。
(ハ) 南半球のまつこう鯨捕獲頭数を全体で雄8,000頭,雌5,000頭とし,さらにそれぞれを南半球を3分割した3海区に配分し各水域の捕獲枠とする。
(ニ) 74年漁期の北太平洋におげるながす鯨,いわし鯨およびまつこう鯨の捕獲頭数をそれぞれ550頭,3,000頭および10,000頭(雄6,000頭,雌4,000頭)とする。
(2) 国別割当会議
上記のとおり委員会決定をみた捕獲頭数を出漁国間に割当てるための政府間会議は委員会会議に引続きロンドンで開催され,それぞれ南氷洋捕鯨規制取極(日ソノールウェー)北太平洋捕鯨規制協定(日ソ)を作成した。両協定による割当は以下のとおり。(単位頭)
(イ)南氷洋
(a) ながす鯨 日本867,ソ連583,ノールウェー0
(b) いわし鯨 日本2,632,ソ連1,768,ノールウェー100
(ロ) 北太平洋
(a) なかす鯨 日本246,ソ連304
(b) いわし鯨 日本2,017,ソ連983
(c) まつこう鯨 日本(雄)2,565,(雌)1,710 ソ連(雄)3,435,(雌)2,290
なお,南氷洋のミンク鯨,南半救のまつこう鯨については,日ソ両国が異議申し立て(後述)を行なつたため割当は行なわれなかつた。
(3) 異議申し立て
わが国は上記(1)の委員会決定中,(イ)のミンク鯨の捕獲頭数5,000頭,(ロ)のながす鯨捕獲の3年以内停止,(ハ)の南半球のまつこう鯨の海区別捕獲枠の設定の3点について検討した結果,これらには必らずしも科学的あるいは合理的根拠を認め難いこと,わが国にとつて重要な蛋白供給源であり,かつまた,多数の従業者をかかえている重要産業である捕鯨業を正当に評価していないことなどから,73年9月条約の規定に基づいて異議申し立てを行なつた。(同申し立てにより,同規制はわが国に対しては効力を生じない。)なおわが国の異議申し立てに呼応してソ連もミンク鯨の捕獲頭数およびまつこう鯨の海区別規制に異議を申し立てたため,日ソ両国は協議の上,ミンク鯨の捕獲頭数を日ソそれぞれ4,000頭とすること,まつこう鯨については,前年同様の捕獲枠とすることの2点を自主規制措置として実施した。
日,米,加およびソ連の間で57年採択され,その後修正延長された「北太平洋のおつとせいの保存に関する暫定条約」は,当事国による北太平洋のおつとせいの海上猟獲を禁止し,(その代償として,おつとせいの繁殖島を持つ米国およびソ連は陸上で猟獲したおつとせい獣皮の15%を繁殖島を持たぬ日本およびカナダにそれぞれ配分することとなつている。)同条約に基づき設置された北太平洋おつとせい委員会に,おつとせいの陸上猟獲との関連において海上猟獲が一定の状況下で許容されるか否かを研究し,74年10月13日までに当事国に勧告する任務を課している。
同委員会の第16回年次会議は73年3月東京で開催され,おつとせい資源の評価およびその管理のための意見交換が行なわれた。
74年3月オタワで開催された同委員会の第17回年次会議で,上記勧告が採択されるが,この勧告を受けて当事国は,75年10月14日に効力を失する上記暫定条約の取扱いについて協議することになつている。
50年発効した「北西大西洋の漁業に関する国際条約」(締約国は,現在ブ ルガリア,カナダ,デンマーク,フランス,西独,アイスランド,イタリア,日本,ノールウェー,ポーランド,ポルトガル,ルーマニア,スペイン,ソ連,英国,米国の16カ国)に基づき設置された北西大西洋漁業国際委員会は,北西大西洋の漁業資源の保存およびその合理的利用を目的として,同資源に関する各種調査研究およびその結果に基づき総漁獲量規制およびその国別割当等各種規制措置を締約国政府に提案することを任務としている。
73年1月ローマで開催された委員会第2回特別会議で米国が提案したことに端を発した漁獲努力量規制問題は,その後委員会年次会議(6月コペンハ ーゲン)および第3回特別会議(10月オタワ)で検討に付された。しかし,漁船の漁獲効率の標準化等技術的難点が多数指摘されたため合意に至らず,代わつて同規制案審議の過程で案出された二重クォータ・システムが米国の強力な推進もあつて採択された。二重クォータ・システムは,現行の魚種別クォータ規制に加え,各魚種のクォータの合計より小さくなるようにオーバーオール・クォータを設定し,オーバーオール・クォータの範囲内に総漁獲量を抑えることにより全体の漁獲量を削減しようとするものである。
北太平洋漁業国際委員会第20回定例年次会議は,73年11月5日から9日まで,わが国外務省で開催された。(これに先立ち,10月22日から2週間,同委員会の生物学調査小委員会,自発的抑止特別小委員会等の専門家会議が開催された。)
今回の会議では,さけ・ますおよびおひようの資源保存問題を中心に討議が行なわれた。
(1) さけ・ます
委員会は,公海水域で混交している北米系とアジア系のさけ・ます資源 について検討した結果,締約国政府に対し,混交水域におげるさけ・ます資源の保存に十分配慮し,適当な保存措置の実施に特別の関心を払う必要があることを勧告する旨の昨年と同じ決議を採択した。 (北太平洋の公海漁業に関する国際条約により,西経175度以東は禁漁水域となつている。)
(2) おひよう
東部べーリング海のおひよう資源の保存措置について,日,米,加三国 別委員部は合意に達しなかつたため,なんらの勧告も出されなかつた。なお,INPFC会議後の協議の結果,三国別委員部は,本年3月,同資源の保存措置に関し合意に達した。
(3) この会議における前記(1)及び(2)以外の主な討議事項は次のとおりであつた。
(イ) 「北太平洋の公海漁業に関する国際条約」に基づいて日本が漁獲を抑止している西経175度以東の水域におけるさけ・ます,べーリング海を除く水域における北米系のおひようおよびカナダ沿岸の一部水域におけるカナダ系のにしんの各々について,これらの魚種がその漁獲の自発的抑止のため必要とされている条件を引き続き備えているかどうかの検討。
(ロ) 東部べーリング海のたらばがにおよびずわいがにの資源状態の研究。
(ハ) 北東太平洋のおひよう以外の底魚の資源状態の研究。
(4) 委員会の財政運営事項。
「南東大西洋の生物資源の保存に関する条約」は69年ローマで開催された全 権代表会議で採択され,その後日本,南ア,スペイン,ソ連の受諾,批准により71年発効した。同条約に基づき設置された南東大西洋漁業国際委員会は南東大西洋の漁業資源の評価およびその管理措置を加盟国に勧告することを任務としているが,同委員会の第2回会合は73年12月マドリッドで開催され, トロール漁業における網目規制および共同取締制度の実施が合意された。
(現在,加盟国は,日本,南ア,ソ連,ポルトガル,ポーランド,スペイ ン,フランス,ブルガリア,ベルギーの9カ国)
69年発効した「大西洋のまぐろ類の保存に関する国際条約」に基づき設置 された大西洋まぐろ類保存国際委員会は,現在,日本,米国,カナダ,フラ ンス,スペイン,南ア,ガーナ,ブラジル,ポルトガル,モロッコ,韓国,象牙海岸,セネガルの13カ国により運営されている。
同委員会はこれまで大西洋のまぐろ類資源の評価およびその管理措置の検討を行なつて来たが,72年12月の理事会第2回会議において初の規制措置とてきはだの体重規制を採択した。
73年12月パリで開催された同委員会第3回通常会議では大西洋のまぐろ資源の評価および共同取締制度の内容について意見交換が行なわれたが,具体 的な規制措置は合意に至らなかつた。
50年発効した「全米熱帯まぐろ類委員会の設置に関するアメリカ合衆国とコスタ・リカ共和国との間の条約」(加盟国は,現在,米国,コスタ・リカ,カナダ,パナマ,メキシコ,日本,フランス,ニカラグァ)に基づき設置された全米熱帯まぐろ類委員会は,東太平洋のまぐろ資源の保存のために,同資源に関する調査研究を行ない,その結果に基づき必要な規制措置を締約国に勧告する等の任務を負つている。
現在同委員会では,各国が一斉に操業を開始し,自由競争を行ない,捕獲枠を消化した時点で委員会が自由漁期の中止を各国に通報するいわゆるオリンピック方式を主体とするきはだの総漁獲量規制を実施しているが,近年メキシコ等は,沿岸国の優先的権利の主張に基づく特別配分枠を主張し,委員会における規制措置の採択がしばしば難行している。73年は11月および12月の2度にわたり委員会会議をワシントンで開催したが,特別な優遇措置を要求するメキシコと東部太平洋で強大なまぐろ施網漁船勢力を有する米国とが対立し意見の一致が得られなかつた。このため,74年1月に米墨間で非公式協議を行ない,その結果をもとにして規制措置を決定することになつた。