-通商問題-
第3節 通 商 問 題
(1) 新国際ラウンド
73年におけるガットの活動の中で,特筆すべきことは,9月12日から14日まで東京で開かれた閣僚会議において,新たにガットの枠内で包括的な多角的貿易交渉を開始する為の宣言,すなわち「東京宣言」が採択され,新国際ラウンドが発足したことである。
(イ) 交渉開始の契機
新国際ラウンドが開始されるに至つた直接の契機は,72年2月にわが国,米国およびECが73年にガットの枠内で多角的かつ包括的な交渉を開始し,これを積極的に支持する旨の共同宣言を発出したことである。新国際ラウンドの開始は多数のガット締約国の支持をうけ,さらに72年11月のガット第28回総会では73年に交渉を行なうとの意思がガットの大勢として確認された。また同総会では73年9月に閣僚会議を開き,新国際ラウンド交渉を開始すること,その準備のために交渉準備委員会を設置することが合意された。
その後73年2月のガット理事会において,9月の閣僚会議を東京で開催することがロング・ガット事務局長から報告された。わが国は,従来,国際貿易における保護主義,地域主義の抬頭を抑え,自由貿易体制の維持,強化をはかるためには,新たな貿易交渉を行なうことが必要であるとの認識から,新国際ラウンドを推進してきた。閣僚会議の東京開催はこのようなわが国の積極的姿勢を諸外国に示すこととなるとも考えられたので会議の招致国となつたものである。
なお,5月大平外務大臣がオルトリEC委員長と会談した際の共同声明の中で新国際ラウンドを成功に導くことの重要性が確認され,また,7月ワシントンにおける田中総理大臣とニクソン米大統領の会談の際発出された共同声明の中で,新国際ラウンドを開始する閣僚会議が9月に東京で開催されることにつき両首脳の満足の意が声明された。
(ロ) 交渉準備委員会
交渉準備委員会は73年1月,5月および7月の3回にわたって開催された。同委員会はこれまで数年間にわたりガットにおいて行なわれてきた交渉のための準備作業の結果をとりまとめた報告書を作成するとともに,新国際ラウンド交渉の原則,交渉内容,手続等を定めたいわゆる「東京宣言」の草案を作成した。
(ハ) わが国の基本的方針の決定
わが国は閣僚会議の開始に先立ち,8月31日の閣議において新国際ラウンドに臨むわが国の基本的方針を決定した。この基本的方針はわが国としては本件交渉は将来の世界経済およびわが国経済の発展にとつて極めて重要であると考えており,関係国と協調しつつ本件交渉に積極的に参加し貢献することとし,この立場から,わが国の基本的利益の確保に配慮しながら,ガットの目的と原則に従つた全般的な相互主義,関税の実質的引下げ,非関税措置の軽減撤廃,無差別原則による多角的セーフガードの検討,開発途上国の追加的利益の確保等に留意しつつ,対処することを骨子としている。
(ニ) 東京閣僚会議
閣僚会議は,大平外務大臣を議長として開催され,ガット非加盟国を含む102カ国およびECの代表が出席し,オブザーヴアーとして,OECD,UNCTADの国際機関が参加,出席者数は600余名にのぼつた。わが国からは大平外務大臣をはじめとして愛知大蔵大臣,桜内農林大臣,中曾根通商産業大臣,小坂経済企画庁長官,北原在ジュネーヴ国際機関代表部大使ほかが出席した。会議の冒頭田中総理大臣は開会の挨拶において世界経済が現在直面している諸問題を克服し,さらに拡大発展させるためには各国が新しい連帯感にたつたすそ野の広い協力,協調関係をうちたてることが必要であること,新国際ラウンドは世界の平和と諸国民の繁栄の垣久的基礎となる貿易フレームを建設することを目的とすべきこと等を述べた。総理挨拶の後シュルツ米財務長官,ジスカール・デスタン仏蔵相,ソームズEC副委員長をはじめ約60カ国の閣僚レベルの代表が,新国際ラウンドに臨む自国の立場,東京宣言草案に対する考え方について演説した。わが国からは小坂経済企画庁長官が閣議決定の方針に沿つて,新国際ラウンドに臨むわが国の基本的な姿勢を明らかにした。各国の意見表明の傍ら,閣僚会議においては,交渉準備委員会が作成した東京宣言草案のうち各国の意見の喰い違いが残されていた点について調整がはかられ9月14日「東京宣言」が満場一致をもつて採択された。
東京宣言の骨子は次のとおりである。
1 包括的多角的貿易交渉の開始を宣言する。交渉は参加を希望するべての政府にオープンとする。
2 交渉は次のことを目的とする。
世界貿易の拡大と一層の自由化および世界の諸国民の生活水準と福祉の改善。
開発途上国の国際貿易にとっての追加的利益の確保。
3 この目的達成のため交渉は次のことを行なう。
a 関税交渉
b 非関税措置の軽減,撤廃および国際的規律の導入
c 一般的な貿易障害の軽減・撤廃方式の補助的手段としてのセクター・アプローチの検討
d 多角的セーフガード問題
e 交渉の一般的目的と原則の枠内における農業問題の特殊性を考慮した交渉アプローチの検討
f 熱帯産品の優先的取扱い
4 交渉の範囲は農工両分野にわたり関税,非関税措置その他貿易を阻害する措置をカバーする。
5 交渉は,最恵国待遇を含むガット規定,全般的な相互主義の原則に基づいて行う。
開発途上国には原則として相互主義を期待しない。
6 後発開発途上国への特別の配慮
7 新国際ラウンドと通貨交渉の関連性に留意すべきこと。
8 各交渉アイテムの平行的審議の必要性
9 ガット原則の再確認
10 交渉の進展を監督する貿易交渉委員会の設置
11 交渉は75年中に完了することを目途とする。
(ホ) 貿易交渉委員会
新国際ラウンドは東京閣僚会議でその開始が正式に宣言されたが,米国政府に新国際ラウンドの交渉権限を授権する通商改革法案が未だ米議会で審議中であること(最終的に成立するのは1974年半ば以降となるとみられている),EC等は米国政府が交渉権限を得るまでは,本格交渉に入り得ないとしたこともあり,東京閣僚会議以降も新国際ラウンドは実質的には準備作業の段階にあつた。貿易交渉委員会(TNC)第1回会合は,東京閣僚会議における合意に基き,10月24日から26日までジュネーヴで開催され,ロング・ガット事務局長を議長に選出し,本格交渉がはじまるまでの準備作業を進めるための下部機構について審議した。しかし農業問題を取り扱うグループの作業内容について,農業問題は排他的にひとつの機構で取り扱うべしと主張するECと,他のグループにおいても必要に応じ農産物をとりあげるようにしておくべきであるとの米国その他諸国との意見が対立し,成果がえられぬままTNC第1回会合は終了した。しかしその後,関係国間で意見調整がはかられた結果,2月 7日に開催されたTNCの第2回会合において,本格交渉が開始されるまでの準備作業を行なうため東京宣言の交渉ガイドラインにそって関税,非関税措置,セクター・アプローチ,セーフガード,農業,熱帯産品について各々グループが設置され,またこれらのグループのための作業計画が採択された。これにもとづき2月中旬より関税,非関税措置,農産物,熱帯産品の各グループの会合が順次開催されている。前述のようにガットにおいてはこれまで既に数年間にわたり,交渉のための準備作業が進められており,これら各グループは,本格交渉のための最終的な準備としてこれまで作成されてきた資料のアップデート化,分析等の作業を進めている。
(へ) 「東京ラウンド」の呼称
新国際ラウンドはケネディ・ラウンドに続くガット史上第7番目の多角的交渉で,その開始が東京での閣僚会議において決定されたことにちなみ,今後,「東京ラウンド」とも呼称することが,TNCの第1回会合で合意された。東京ラウンドにはガット非加盟国も参加することが認められており,TNCの第2回会合に参加した国は86カ国におよび,ケネディ・ラウンドに参加した46カ国をはるかに上回つている。
(2) 繊維国際取極
71年10月,日米繊維問題が結着したことから,ガットではすでに取極のある綿製品を含め全ての繊維の国際貿易問題を多国間で検討すべしとの要請が高まり,72年6月,繊維国際貿易に関する作業部会の設置が合意された。この作業部会は同年12月に繊維貿易の実情に関する報告書を作成し,さらにその後,繊維国際貿易問題の多角的解決策を探求する作業を行ない73年6月,経過報告書をガット理事会に提出した。上記報告書にこれを基礎に同年10月から繊維国際取極締結交渉を開始するよう勧告する旨が盛り込まれたため,7月末のガット理事会は年内成立を目途に新取極締結交渉を開始することを決定した。この決定に基づき同年10月から始められた交渉は12月20日実質的合意に達し,取極案が採択された。
わが国は従来から問題を有していた繊維貿易の分野において貿易自由化を志向した国際的ルールが合意されたことを評価し,74年3月15日ガット事務局に受諾を通報した。
本取極は,綿,毛,化合繊の全繊維製品を対象とするもので,その主な内容は次のとおりである。
(i) ガットに適合しない既存の輸入制限は期限内に撤廃し,または,取極で認められる二国間敢決におきかえる。
(ii) 市場攪乱が存在する場合には,一定のセーフガード措置が認められる。
(iii) 本取極に基づくセーフガード措置より制限的でない内容の二国間取極の締結が認められる。
(iv) 繊維委員会の下に国際的な監視機関が設置され,上記機関はセーフガードの運用,既存の輸入制限の撤廃等に関し検討を行なつたうえで当事国に対し勧告を発出する。
(v) 取極の有効期間は,74年1月1日から4年間。
なお,綿製品長期取極は本取極の発効に伴ない73年末で失効した。
(3) 地 域 統 合 問 題
ガットにおいては,一都諸国を対象とする特恵は,明示的例外を除き,これを禁止しているが,いわゆる地域的経済統合(自由貿易地域または関税同盟)については,世界貿易の拡大に寄与し得るとの観点から,一定のきびしい条件(第24条)の下に,最恵国待遇原則よりの例外を認めている。しかし,地域的経済統合の動きは,ECの結成を契機に,EFTA,EC とアフリカ・地中海諸国との連合協定,さらに,英国等のEC加盟,ECと残留EFTA7カ国との自由貿易地域の形式などガット成立当時予想もされなかった程度と規模で進展しており,ガット規定との法的整合性は必ずしも明確にされないまま,すでに多くの地域的経済統合が実現してきた。
(イ) 拡大ECについて
72年3月に英国等のEC加盟条約とガット規定との整合性を審査するために作業部会が設置されたが,ECとEC域外国の意見が対立し,現在まだ結論をみていない。また,英国等の新加盟国がECの共通関税を採用することに伴なう譲許の修正・撤回を補償調整するための関税交渉が昨年3月よりECとEC域外国との間で進められている。
(ロ) ECと残留EFTA諸国との自由貿易協定について
ECに加盟しなかつたスイス等7EFTA諸国とECとの間に自由貿易地域を形成するための協定が締結されたが,これら7つの協定についてもそれぞれ協定とガット規定との整合性を審査するための作業部会が設置され検討されている。
(4) ガットヘの新規加入
73年にはハンガリーがガットに加入し,また,シンガボールが65年8月に遡りガットの正式加盟国となったので,ガットの締結国数は83となつた。またフィリピンが暫定加入を認められた。
ハンガリーについては,73年7月,同国の加入問題を検討してきた作業部会で加入議定書の作成が完了し,また譲許書が確定した。この加入議定書は締約国の3分の2の賛成を得,同年9月9日にハンガリーは締約国となつた。また,シンガポールは,これまでガットの暫定適用国であったが,ガット26条の規定に基づきマレイシアのガット上の地位を承継して65年8月9日に遡り締約国となった。
(5) 対日ガット35条援用問題
ガット締約国間におけるガット規定の不適用を定めたガット第35条の対日援用はわが国のガット加入の利益を損うものであり,わが国はその撤回のために努力を重ねてきた。
73年にはコンゴー,シエラ・レオーネ,ガボンの3カ国が,対日35条の援用を撤回し,現在の援用国は下記の13カ国である。
オーストリア,サイプラス,アイルランド,カメルーン,中央アフリカ,ケニア,モーリタニア,ナイジェリア,セネガル,南ア共和国,タンザニア,トーゴ,ハイティ。
わが国は現在小麦,砂糖,コーヒ,ココアおよびすずに関する国際商品協定に参加している。昭和48年においてこれら協定対象品目も他の一次産品と同様,その価格はいずれも記録的な上昇を示した。市況高騰の原因は当該産品の需給事情もさることながら,通貨変動,インフレの高進,石油供給削減による影響等一般的経済要因によるところも多い。このような状況にあつて価格および供給の安定を主な目的とする商品協定の機能が輸入国にとつて満足すべきものといえなかつた。また前記協定のうち小麦,コーヒーおよび砂糖の3協定は価格安定,供給保証の中核となる経済条項がないものとなり,ココア,すず協定も市場価格は上限価格を上回つている状況にある。各協定の主要な動きは次のとおりである。
(1) 小 麦
小麦は60年代を通じて構造的な過剰状況にある代表的商品であつたが, 72-73年にかけて貿易量は空前の記録に達し,過剰在庫は一掃され,その価格も未曾有の水準(60年代末の約5倍)に上昇している。この間,国際小麦協定に基づいて設立されている国際小麦理事会は,加盟国の協力によ つて小麦市況の実態,短期的需給の予測に努力し,その結果は各国の生産計画および輸入需要の確保に役立つている。現行の小麦協定は74年6月末に失効するが,その後の取扱いについては議定書によつて1年間延長する こととなつている。
(2) 砂 糖
73年末に失効する「68年の国際砂糖協定」を更新するための国連砂糖会議が5月および10月の2回,ジュネーヴで開催され,「73年の国際砂糖協定」(有効期間2年)が採択された。しかしこの協定は交渉会議で価格水準,供給保証,最低価格の保証等について輸出入国の意見が対立してまとまらなかつたため,いわゆる経済条項のない協定となつており,その主な任務は今後経済条項を含む新たな協定の内容を検討することにある。他方,砂糖市況は10月の国連砂糖会議の交渉が不成功に終わつてから暴騰状態となつており,今後の見通しも極めて困難な状況となつている。しかし,輸出国もこのような暴騰は歓迎しておらず,協定による砂糖貿易の規制は将来も必要と考えている。したがつて今後砂糖理事会における新協定検討の成行きが注目されている。
(3) コ コ ア
73年6月30日に「72年の国際ココア協定」が成立し,わが国は9月27日これを受諾した。しかしココア価格も協定の発効前から上限価格を上回つているため,協定のメカニズムは活動していない。したがつて国際ココア機関は組織,コントロール制度の確立に努めている。
(4) コーヒー
「68年の国際コーヒー協定」は9月30日に失効したが,この協定の経済条項の効力を停止した形の延長協定が成立した。わが国も延長協定に参加する手続をとつたが,延長協定の目的は前期小麦,砂糖と同じく経済条項を含む新たな協定を作成することにある。