-国際通貨・金融問題-

 

第2節 国際通貨・金融問題

 

1.国際通貨情勢の推移

 

  73年1月のイタリアの二重相場制移行およびスイス・フランのフロートに始まった新たな通貨危機は2度目のドルの切下げ(10%)を余儀なくし,スミソニアン体制はここにあえなく崩れ去つた。各国は通貨危機収拾の道を模索し,3月11日にEC蔵相理事会がドイツ,フランスを含むEC 6カ国の共同フロート,およびドイツ・マルクの3%切上げ等の措置を決定し,一方米 国が為替市場安定化のための市場介入を宣言することにより米欧間に合意が成立し,3月16日の14カ国蔵相会議を経て,主要通貨の総フロートの時期の幕開けとなつた。

 3月19日に市場が再開された後,ドルはやや持直し為替市場も小康を保つていたが,5月初旬から自由金価格が上昇をはじめ,反面,主要国通貨に対するドル価値は下落しはじめた。さらに5月30日にインフレ対策として西ドイツが発表した公定歩合の1%引上げはマルクの相場を相対的に上昇させることとなり,マルクはEC共同フロートの下限から一挙に上限に達し天井に張りつくことになつた。6月末マルク投機はいよいよ激しくなり,ついに6 月29日西ドイツ政府は,EC共同フロートを維持し,国内のインフレを抑制させるために,マルクの5・5%切上げ(対SDR平価)の道を選んだ。

 その後も為替市場は安定しなかつたが,7月10日米国が主要国との間のスワップ網を拡大して小規模ながら市場介入に踏み切つたこともあり,ドルは 漸く堅調に推移するようになつた。ドル強調の背景にはさらに,(イ)2度のドル切下げがもたらした米国の輸出競争力強化の効果がようやくあらわれ,(ロ)米国の金利持直しを好感してドルの還流が認められ,(ハ)特に米国の4~6月の国際収支が大幅に改善したことなどの事情があつた。

 9月にはオランダ・ギルダーの5%切上げを契機に欧州為替市場に波乱が起こり,特に仏フランが激しい投機攻勢を受けたが,その後ドル相場の回復が目立ち,通貨情勢の落ち着きが期待された。

 しかし10月17日のOPEC加盟湾岸6カ国の原油公示価格の引上げ,続いてOAPEC諸国の石油供給削減が実施されたことで先進主要国の経済は深刻な影響を受けることとなり,これが通貨情勢にも反映し,為替市場は再度動揺した。既に9月に9億ドル近い貿易収支黒字を記録していた米国の国際収支は10月以降も順調に好転しドル相場は一層回復したが,これに反比例してマルクを除く欧州諸通貨と円は,エネルギー危機に弱い経済体質,石油価格高騰による巨額の国際収支負担が予想されることなどの悪材料から下落しはじめた。重圧を支えきれなくなつたフランスは,74年1月19日EC共同フロートから離脱することを決定し,ECの経済統合に大きな打撃を与えた。これにより主要通貨は全てバラバラにフロートすることになったが,ドイツ・マルクだけはフラン脱退後もベネルックス通貨等と共同フロートしている。

 

2.国際通貨制度改革

 

 ブレトン・ウッヅ体制に代わる新しい通貨制度を論議するため,72年7月に設立されたIMF 20カ国委員会蔵相会議(C-20)は73年も引続き作業を 続け,新しい通貨制度の大綱を盛った報告書(国際通貨制度改革第一次案) を9月24日からナイロビで開かれた第28回IMF総会に提出した。そして同総会で今後の通貨制度改革をこの報告書に沿って進めることが了承され,C-20は74年7月末を目標に,新通貨制度について残された問題点をつめる作業を続けることになった。

 この改革案はある意味では高度に政治的な産物であった。つまり大幅な国際収支赤字とドル流出に苦慮していた米国はより合理的な国際収支の調整過程の確立を強く求め,他方,基軸通貨ドルヘの信認の欠如がもたらす国際通貨不安に悩み,さらに過剰ドルの処理問題を抱えていた欧州諸国は資産決済制度の確立を主張していた。

 この通貨改革案は両者の均衡点に作られた改革案であり,ここまで国際的な合意が作られたという事実それ自体が大きな意義を持つものであつた。改革案の大要は次のとおりである。

(1) 国際収支の調整

赤字国,黒字国双方が行う国際収支調整措置を効果的なものとするために,客観的指標の利用を含め,IMFにおける緊密な国際協調を実現する必要がある。

(2) 圧  力

大幅かつ長期にわたる国際収支の不均衡のある場合には,赤字国および黒字国の双方に罰則的な金利,更には貿易または経常勘定面での制限まで含めた圧力を課す可能性が各国より提案されている。

(3) 為替平価制度

競争的切下げや平価の過小評価を避けた,安定的なしかし調整可能な平価制度を基礎とする。黒字国も赤字国も適切な平価変更を迅速に行うべきである。平価の変更はIMFの承認事項とする。変動幅は上下2-2.5%が望ましく,変動相場制度は特別の場合に限り認められる。

(4) 複数通貨介入

複数通貨介入制度の採用については今後為替レート政策,介入,決済義務等の諸問題を中心に検討していく。

(5) 攪乱的資本移動

各国は金融政策の協調,平価の迅速な変更,ワイダーマージン,変動相場制度,二重為替市場制度等を適宜利用することによつて,攪乱的資本移動を制限することに協力する。

(6) 交 換 性

平価を維持するすべての国は交換請求のあつた自国通貨を準備資産で決済する。しかし交換性の義務をどこまでにとどめるかなどの点については合意ができていない。

(7) 主要準備資産

SDRが重要な準備資産となり金の役割は縮小される。

(8) コンソリデーション

条件についての合意が得られればコンソリデーション(ドルなどの過剰外貨の凍結)の取極めがなされよう。

(9) SDRと開発援助

開発途上国へのSDRの配分の仕分を含めSDRリンクの問題はさらに検討される。

ナイロビ総会ではこの改革案に沿つて通貨制度改革をさらに推進するために,国際収支調整の客観的指標や資本移動など4つの問題点についてそれぞれ作業グループで検討が進められることになつた。

73年末の石油危機がもたらした国際通貨金融情勢の変化は,通貨改革作業にも必然的に影響を及ぼすことになつた。不安定な国際収支見通しのもとで各国が固定相場に復帰することは以前より困難となり,また,米欧の通貨情勢がナイロビ総会当時とは大きく変つてきたために,多くの重要な問題(国際収支の調整,過剰ドルのコンソリデーション,資産決済など)をめぐる各国の思惑も大きく変化した。

74年1月にローマで開かれたC-20会議でも,SDRの価値などの問題については当初の予定どおり7月末までに合意することが確認されたものの,他の重要な諸点の解決については大きな進展はみられなかつた。今後新しい通貨制度が成立するまでにはなお長期間の迂余曲折が予想さる。

わが国はこれまで一貫して長期にわたり安定的な通貨秩序を早期に作るべきであると主張してきている。当面石油問題という新たな情勢の展開に伴い,国際金融情勢も従来とは異つた動きを示すものと思われるが,今後とも各国と協調しつつ国際通貨秩序の安定を目指して,多角的な場での作業に積極的に参加していくことになろう。

 

3.石油価格高騰下の国際通貨・金融情勢

 

 73年10月および2月と,2回にわたつて行われた大幅な石油価格引上げは,国際通貨・金融制度を根本的に左右するほど大きな意味を持つものであつた。高価格の原油を輸入する国々は,米国,カナダ,ドイツなど少数を除き巨額の経常収支悪化を余儀なくされ,特に非産油開発途上国の経済は危機的状況を招く可能性さえある。石油輸入諸国では輸入額増加による国際収支面への直接的な影響ばかりでなく,石油製品の値上がりによる国内コスト・インフレーションの悪化と,需要面でのデフレーションの進行が懸念されている。国内でスタグフレーションをかかえ,国際収支面での赤字要因を背負わなければならないこれら国々の今後の経済政策運営は決して容易なものではない。

 石油価格高騰下の今後の世界経済の中で留意しなければならないこととして次の2点があげられよう。

 第1は世界的にどのような国際収支バターンを実現すべきかの問題である。現在の石油価格水準を前提として74年には先進諸国全体で約400億ドル強,非産油開発途上国全体で約250~260億ドル程度の支払超過が生ずるとの見方が一般にある。このような巨額の支払に対し各国がどのような手段でどの程度対処するかという,従来の国際収支目標の概念では考えられなかつたような複雑で困難な問題がここに生じることになる。

 第2は,以上の反面で産油国に集中する多額の石油収入の問題である。産油国の多くは人口も少く石油収入を国内投資または輸入で消化する余地が少いため,この膨大な外貨の大部分は蓄積され,国際投資に振り向けられることになろう。74年だけで約650億ドルにのぼると予想されるこのいわゆるオイル・ダラーの不安定性を除去し,いかに建設的な役割を与えるかが今後の国際経済の大きな課題である。

 現在ほど国際協調が要請されている時はない。石油輸入額増大に伴う経常収支の悪化を,競争的な為替切下げや輸入制限政策で切抜けようとすることは極力避けるべきである。また全ての国が国内でデフレ政策を強行することも結局は世界的な不況の累積という結果をもたらすだけであろう。

 また石油価格高騰により大きな経済的打撃を受けることになるであろう開発途上国についても特別な考慮が国際的に払われなければならない。

 今後の国際金融情勢はこうして各国の国際収支ポジションの不均衡や未だ行方のはつきり定まらないオイル・ダラーをめぐつて当分流動し続けるであろう。これらの問題に対して,わが国としてもこれまで以上に各国に国際協調を訴え,世界全体の視野に立つてその解決をはかることに努めていかねばならない。

 

4.欧州共同体およびコメコンにおける通貨統合計画

 

(1) 欧 州 共 同 体

(イ) 73年2~3月の通貨危機に対処するため,ECは3月19日共同フロート(域内6カ国通貨間の変動幅は2.25%に維持するが,域外通貨に対してはフロートする)に移行した。共同フロートは6月のマルク,9月のギルダーの切上げのさいも主としてドイツの経済的負担において何とか持ちこたえたが,10月に発生した石油危機に伴う国際収支面の不安をおそれたフランスは74年1月19日共同フロートから離脱した。この結果,英・独・仏・伊のEC主要4カ国のうちドイツ以外は全て単独フロートになり,EC共同フロートは事実上形骸化した。一方,EC通貨統合そのものは既定の方針であり,時間はかかつても徐々にその方向への努力がなされると思われる。

(ロ) 72年10月のバリ首脳会議の決定に沿つて73年4月に設立された欧州通貨協力基金は未だ自己の固有財産がなく,各国中銀間の決済取次ぎをするbook-keeperとしての役割に止まつている。EC委員会の基金強化案はドイツ等の反対により採択されず,73年12月に短期通貨援助取決めのファシリティが若干増枠されたに過ぎない。

(ハ) 74年3月のEC蔵相理事会は通貨評議会等に対し金価格引上げの検討開始を指令した。この考え方は石油価格高騰によるEC各国国際収支悪化に対応するためのものと思われるが,国際通貨改革とのからみ等もあり今後の動向が注目される。

(2) コ メ コ ン

(イ) コメコンは71年7月末のブカレストにおける第25回総会で採択された統合計画によると,(i)加盟国は71~72年に振替ルーブルの各国通貨への交換性(オブラチモスチ)および各国通貨相互間の交換性の実現の問題を研究し,また73年に上記交換性実現の条件および手続きを共同で研究する,(ii)加盟国は振替ルーブルの実際的振替性(ペレハジモスチ)ならびに交換比率および金含有率の実現性について73年末までに研究することとされた。

(ロ) しかし,73年6月5日~8日プラハで開催された第27回総会に関するコミュニケは,金融問題につき,「加盟諸国間の通貨・金融関係をさらに改善するための措置,協力の法的基礎の改善およびコメコン諸機関の活動の改善に関する諸措置がコメコン加盟諸国および諸機関によつて実施された」と抽象的な表現にとどめている。

 

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