-諸外国との相互理解の促進と文化交流-

 

第5節 諸外国との相互理解の促進 と文化交流

 

1.幅広い外交の要請

 

 今日,われわれは,国の内外を問わず,政治,経済の諸分野で測り知れない変動を経験しつつある。このような変動に耐えて諸国民との間をその心情の基底で結びつける相互理解のきづなを太く強いものにすることはますます重要かつ不可欠の課題となつてきた。国際関係の網が益々多方面に亘り深くわれわれを包むに従い,われわれは,単に自国の物質的利害に密接に関係する面のみに関心を払つていれば済むということは許されなくなつている。われわれ日本人は,今日,自らが属する文明の性格とその成立の歴史に基本的な認識を持ち,他国民とのかかわり合いを持つときに,それがいかなる分野においてであるにせよ必然的に異質な文明の間の遭遇となり,またそれに伴う摩擦や緊張が起りうることを十分意識する必要がある。

 その意味で経済にしても,科学技術にしても,これらの一面的な支配は,人間性の破壊をもたらし,ひいては諸外国との関係でもこの一面的原理を導入するときは,結局円滑さを欠くことになる。

 戦後の日本外交の課題は,経済基盤の確立と国際社会への復帰であつたが,現在これら課題は,その歴史的役割を終え,今やわが国の外交は各面の 属性を備えた日本文明のあるがままの姿を世界に伝え,また,世界からも同様な情報を摂取して,国民間の相互理解や交流を確保するという大きな要請に直面している。この要請に応えずしては,政治や経済の死活的利益も確保し得ない時代が来ているのであり,このことを眼中に置かない外交の展開は,もはやわが国をとりまく国際環境の許すところではなくなつたことを認識する必要があろう。今日,わが国の外交に要請されるものは,例えば経済資源のみに偏した一面的外交の展開ではなく,より幅の広いゆとりのある外交の推進である。特にアジア地域等で,わが国の対外活動が経済的局面に偏するとの批判も聞かれる現在,われわれはさらに視野を広げて,各国民との間に最も基本的な心のつながりを培う交流を一層活発に進めていかねばならない。

 これが国際文化交流に課された課題である。

 

2.国際文化交流の促進

 

 文化交流は,基本的に2つの側面をもつているといえる。その第1は,諸国民にする自国文化の紹介および普及を通じ,自国の思考生活様式,芸術諸制度全般に関する理解を得ることである。われわれは,諸外国と円滑な関係維持していくために,古来の伝統文化に根ざし,独特の現代文化と生活様式を展開しているわが国の正しい姿を広く海外に伝えなければならない。

 しかし同時にこのような自国文化の普及努力において大切なことは,これが意識的,無意識的に自国文化の一方的なおしつけ宣伝という結果を生まないように留意すべきことで,日本の伝統文化,古典芸能を諸外国に理解してもらうにあたつて,独善的態度は慎まねばならない。また例えばもう1つの問題として,わが国の特色である西洋文明と伝統文化の渾然一体化の歴史的経験をどう外国に伝えるかという問題がある。このような和魂洋才の歴史も,あくまで日本文明の特殊な風土と歴史の中で形成されたもので,他の開発途上諸国において経験されなかつたこのような日本の特殊性はそのままの形で全般に通用するものではない。

 文化交流は文化宣教ではなく,自国文化を理解してもらうとともに他国文化をも尊重かつ理解し,ひいては広般かつ円滑な関係を創造するものであり,相手国の民族的心情を斟酌せず,自国文化の絶対的価値を振りかざして,これを一方的に押しつける態度は,文化侵略ないし文化帝国主義として反発を招くことになる。事実昨年12月,インドネシアで行われたアジア地域文化政策政府間会議でもこのような文化侵略を警戒すべきであるとの意見が述べられている。

 この点は,近年重要な分野として注目されている開発途上国に対する文化協力,教育協力に関しても同様である。各国はそれぞれに自国の尊厳と自国文化に対するプライドを持つているが,特に開発途上国の中には,近年欧米文明の影響の排除ないし脱欧米文明を強く唱える国が多い。先進国で開発された工業技術や産業は,依然としてこれらの地域の国民の生活向上を図る上に不可欠の要素であることは否定できないが,技術や産業を支える人間の真の力は,民族の歴史を培つてきた文化的伝統によつて育まれるものである。

 これら開発途上国がみずからの伝統の上に新しい国造りを進める手助けとしてこれら諸国からの留学生研修員の受入れ,または教員の交流,教材援助公演,展示の交流等を通じた教育文化交流の果す役割は大きく,これら質量面での一層の向上が今後の課題である。

 文化交流の第二の側面は,われわれが外国の文化に対する積極的な理解と認識を持つことである。他国の文化を知り,相互理解の促進を図ることは,国家間の関係における無用なまさつを避け得る大きな力となるばかりでなく,他国文化の接触と吸収により,自国の文化を練り上げ,さらに高い水準に到達させることをも期待することが出来よう。

 わが国は古来,仏教,儒教等の精神面のみならず制度,学術,芸術面においてもアジア文明の深い影響を受けてきたが,明治以来は,世界の潮流である欧米先進文明の摂取に急で,ややもすればその他の地域の文化に対してはこれを尊重し,吸収して行こうとの態度で臨むことが少なかつた。しかし,今日のように多数の国々と密接な友好関係を維持すべき国際環境にあたつては,アジア諸国を含む開発途上国の文化にこれまで以上の深い理解を持たなければならなくなつている。本年1月に表面化した東南アジア諸国での対日批判も,その基本的原因の一つは,わが国およびわが国国民全てのこれら諸国に対する幅広い理解の不足にあつた。単一民族の中で育ち,基本的に他国民や異質文化を理解することが不得手な日本国民にとつて,海外進出の近年の増加を考えると,単に経済的尺度で他国を測るのみでなく文化交流のさまざまの形を通じて諸外国の本来対等な文化的価値を正当に理解し評価することは極めて重要な課題である。

 

3.国際交流基金等を通ずる交流の拡大

 

  72年10月の国際交流基金の設立は,文化交流を,以前のような偶発的,随伴的なものでなく,国際社会の要請に応える積極的かつ組織的なものにしようとする政府の決意の表れである。同基金は,設立後,1年数カ月の経験を経て,内外から好意的反応と大きな期待を寄せられており,その事業規模は,年々着実に増大している。しかしながら財政規模の点では欧米先進諸国に比べれば,必ずしも十分と云えず,73年末現在の150億円の基金総額も,将来はさらに増加して時代の要請に応えて行くことが望まれるところである。同基金は,人物の交流,海外における日本研究の援助,および日本語の普及,各種文化的催物の実施および援助,資料の作成および配布等の事業を中心に活動しているが,そのいずれをとつても,諸国民との間の相互理解促進のためには重要な事業である。

 また,これまで,留学生の交換,青少年交流等,国家の将来を背負う若い人達の交流も行われているが,これら分野の活動も,今後一層拡大される必要があろう。

 

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