-国連を通ずる平和と繁栄の探究-
第4節 国連を通ずる平和と繁栄の探究
国連には最近新たな発展がみられる。
国連は創立当初,世界平和維持機構としての期待を担つて出発した。にもかかわらず安保理における五常任理事国の足並の乱れから,憲章が本来予定していた紛争の強力的処理のメカニズムは未だ一度も活用されるに至つていない。他方,カシミール,コンゴー,サイプラス,二度にわたる中東等の個別的な問題処理の積重ねを通じて,憲章には明文の規定をもたない新しいタイプの平和維持機能を発達させてきている。すなわち,当事国の同意を得て設立され,主として中小国を構成国とする停戦監視団,平和維持軍等を当該紛争地域に派遣することにより,紛争の再発,拡大を防止しようとするいわゆる国連の「平和維持活動」と呼ばれるものであり,これが国際社会の現実の中で今日的意義を高めつつあるといえる。
国連のもうひとつの大きな目的は,すべての国民の福祉増大のための国際協力の促進である。今や国連および国連と関係を持つ諸々の国際機関を通じる国際協力の分野は,経済社会開発,人問環境の改善,宇宙・海洋・原子力の開発・利用等広範多岐にわたつている。このように国連の取扱う問題が人類のほとんど全活動に及ぶようになつたため,平和強化の機能はその重要性を高めている。国連に持ちこまれた多岐多様の問題は,審議を通じて国際社会の最大公約数的な決議として結実する。決議は,安保理の決定を除き勧告的性格のものではあるが,各国による積極的な履行が期待されている。
各国間の利害の平和的手段による調整の過程を通じて,紛争は未然に防止される。国連が一度発生してしまつた紛争の火消し的役割においては不十分な機能しか果しえない現状において,紛争を未然に防止する重要性はそれだけ大きく,間接的ではあるが平和の強化に実質的寄与を行つている。国際協力の促進機能が,今日国連の重要な機能として重要性を高めているゆえんである。
国際社会における構造変革を反映して,国連の諸活動を支える諸勢力のあり方にも大きな変化が見られる。かつて国連で大きな影響力を有した米およびこれに対抗できるソ連の影響力は,相対的に弱まつてきており,これと対照的に,時にAAグループ,時に非同盟,また時には77グループとして行動するいわゆる第3世界の抬頭が目覚しい。そのほか,拡大欧州共同体,北欧,ASEAN等がグループとして行動する場合がでてきており,国連政治における勢力パターンは複雑化しつつある。さらに,それらの離合集散は問題ごとに異なるなど流動的でもある。国連の場に登場した中国の動きも,このような複雑化,流動化に一層拍車をかけている。
わが国は,自らの生存と繁栄を海外からの原料・資源に依存している。そうしたわが国にとつて国際の平和と安全がいかに不可欠であるかは,今次中東戦争とその後の国際情勢の推移が雄弁に物語るところである。このような国情に加え,平和主義と国際協調主義に徹することを憲法で宣明したわが国にとつて,国際平和と安全の維持を主な任務とする国連に期待するところは 大きい。確かに現状では国連が平和維持のため直接的に果している役割には制約があるが,間接的に世界平和に貢献するところが小さくないことは上述のとおりである。さらに基本的には,今日においても世界平和の維持強化が核保有国を中心とする大国のパワーポリティックスに依存する面が大きいとしても,国連の存在がそれら大国の選択の範囲を広げ,結果的には平和に貢献しているとの側面も見逃せない。いずれにせよ,わが国としては,唯一の世界的平和維持機構である国連の機能を盛り立てて行くことこそ国益に合致するところであろう。他方,戦後目覚しい経済成長を挺子として国際社会における地位を築いてきたわが国に対し,国連内においてもその国力に見合つた貢献を要望する声が高まつてきている。
多数国間外交の場としての国連に目を向けると,次の諸点が指摘できる。第1は,伝統的二国間外交との対比における多数国間外交の補完性と多数国間外交において国連が占める重要性である。国家レベルで処理されるべき問題の中には,二国間乃至限定された数の当事者間で処理することが適当な問題とともに,これと並んですべての国の共通関心事であり,かつすべての国の協力なしには意味ある処理を期待できない問題も少くなく,社会生活の国際化に伴ない,このような問題は漸増の傾向にある。第2に情報収集の場として,また,自国の意見,主張を広く知らせ,理解を求める場としての重要性である。国連が世界のほとんどすべての国を網羅し,ありとあらゆる問題の討議の場を提供していることは,この面で大きな意義を持つ。第3に見過すことができないのは,各国要人の接触の場としての重要性である。この意味で特記に値するのは,毎年の総会冒頭における一般討議演説である。ほぼ時を同じくして各国首脳が一堂に会する結果,これらの首脳と比較的容易に面会することが可能である。このようにして国家間の理解促進に,また国際協調に国連が果している役割は大きい。
これ迄述べてきたような考え方から,わが国は,積極的に国連外交を推進して行くことを外交の基本方針の一つの柱としている。これを国連中心主義と呼ぶこともある。これまでわが国が行つてきた努力の方向は,以下の三つに要約できる。
第1は軍縮達成への努力である。わが国にとつて,国連を通じての国際平和と安全の強化が大きな関心事であることは既述のとおりであるが,その平和を緊張緩和によつて積極的に強化発展させて行く上で軍縮は重要な意義をもつ。わが国はそうした観点からジュネーヴにおける軍縮委員会,国連総会における軍縮問題討議に一貫して積極的な態度で臨んできている。第2は経済社会開発への努力である。単に開発途上国の人々の生活水準を向上させ,南北格差を解消するというに止まらず,国家間の相互依存性の認識に立ち,世界的視野から最も効率的な経済社会開発を考えることにより,各国のエゴイズムに由来する紛争の原因を除去し,全人類の福祉の向上をはかるという視点から考慮されるべきものであろう。第3に,これらの具体的努力を可能にして行く基盤の問題としての機構面,財政面の強化である。わが国は,国連が今後とも時代の要請に応えてその役割を有効に果して行くためには,国連創設以来若干の点を除いて改正されたことのない憲章の再検討が必要であり,また慢性的赤字状態にある国連財政を早急に建直すことが国連強化のために不可欠であると考えており,機会あるごとに,この主張を繰返してきている。財政面におけるわが国の寄与は,国連分担金では米,ソに次ぐ第3位 (7.15%)であるが,各種基金,プロジェクト等に対する自発的拠出については総額の2.6%で第9位(72年)に止まつており,一層の努力が要請されている。
最後に,個別問題の処理に当つて,わが国は次のような考慮を払つている。その1は各種問題に取組む姿勢である。わが国は常に真摯な態度で,あらゆる問題の討議に参加し,できるだけ多くの機会をとらえて発言することにより,当該問題に関するわが国の考え方につき諸外国の理解を求めるよう努力している。同様の考え方から安保理,経杜理等の主要機関,専門機関,実質的審議の行なわれる各種委員会等の作業にできうる限りわが国の参加が確保されるよう努力している。その2はアジアの一員としての立場の堅持と西側先進諸国との協調である。わが国にとつて,アジアがどのような意味をもつかは改めて論ずるまでもない。わが国は,選挙母体として,また主要問題についての第1次的意見交換の地域グループとしてはアジア・グループに属し,個別問題の処理に当つては,できる限り他のアジア・グループ諸国の立場に同情と理解を示し,共通の立場をとるよう努めている。他方,わが国は,経済的発展段階を同じくすることもあつて,西側先進諸国と利害および基本的考え方をともにする場合が多い。アジア諸国と西側先進諸国が意見を異にする場合に,わが国としてはより調和のとれた国際秩序をつくるために,双方の対決ではなく,国際的共同努力こそが必要であるとの考え方から,先進国と開発途上国としてのアジア諸国が妥当な歩みよりができるよう,可能な限りの調整を行う役割を果す努力を行つている。国連における勢力パターンは複雑,かつ流動的となつてきており,わが国としても基本的には上記立場によりながら国益を踏まえて弾力的姿勢で臨むなど,きめの細かい対処が必要である。その3は国連諸機関の事務局との協力の重視である。国際会議において,会議の進め方等につき大きな役割を果す事務局の存在は見落とせない。重要案件の処理に当つて,わが国の国益が損なわれないためにも,事務局との日常の接触が必要になつてくる。また,憲章に忠実な公正,かつ有能な国際職員により事務局を強化することは,国連強化に不可欠であり,わが国としても,邦人職員の派遣を今後一層質量両面で強化する努力を払わなければならない。
上記3.に述べたわが国の国連に対する基本的な考え方は,73年における以下のような積極的な動きに現われている。
4月,国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の第29回総会を東京に招請したわが国(首席代表,大平外務大臣)は,アジアの開発途上地域の経済開発にとつて農業開発が重要な役割を果すとの観点から,ECAFE自身が効率的な農業開発に重点をおいた総合的見地に立つて新たな経済開発戦略を探究することの重要性を主張した。
9月に開幕した第28回国連総会で大平外務大臣は今後アジアにおいて国連がいかなる役割を果すべきかにつきわが国の考えを述べるとともに,国連が本来期待されている役割を果し,その時々生じてくる要請に有効に対応して行くための基盤強化として,年来のわが国の主張である国連憲章再検討の必要性を繰返した。また,あらゆる活動の基盤となる国連財政の建直しのため,わが国は率先して1千万ドルの拠出を行う旨述べた。この一般討論演説は,「国連協力と国連強化の姿勢を明らかにしたものであり,一般討論を単にきれいごとの弁舌や無益な議論に終らせないようにする演説の模範を示したもの」(注1)として大きな反響を呼んだ。大平大臣はまた,総会出席の機会に米,ソ,仏,英,西独を含む20カ国余の外相と会見した。なお,わが国は同じく国連の基盤強化のため,国連行財政コントロールの要となる行財政問題諮問委員会(ACABQ)に初めて立候補し,当選した。
軍縮問題については,ジュネーヴにおける軍縮委員会および国連総会におる軍縮議題討議のいずれにおいても比較的盛上りは少なかつた。その中で,軍縮委員会における化学兵器禁止問題に関し,わが国が国際取決めの骨子について作業文書を提出したことは,具体的な糸口を提供したものとして高く評価された。
10月に発生した第4次中東戦争に関連してわが国は,問題の究極的な解決を希求して,安保理決議242(注2)支持の立場を再確認するとともに,安保理決議340により停戦確保のため設立された国連緊急軍(第2次UNEF)の経費については,分担金に加えて事務総長の要請に応えて自発的拠出を行つた。また,国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に対する拠出の大幅増額を行つた。また,国連が現在行つているもう一つの平和維持活動であるサイプラス国連平和維持軍(UNFICYP)への拠出も増大した。
第28回総会における成果のうち,わが国との関係で特筆すべきことは,従来わが国が中心となつて推進してきた国連大学本部のわが国への設置,および天然資源探査のための回転基金の設立が本決まりとなつたことである。これらは,わが国の国連協力への具体的努力が,各国により評価され,結実したものといえよう。
最後に,同総会において政治的に大きな争点となつたのは,朝鮮問題およびカンボディア代表権問題である。朝鮮問題については,わが国は,南北間の対話と交流の促進をはかることにより朝鮮半島における平和と安全の維持をはかるべきであるとの基本的考え方で対処した。結局この問題について は,関心のある国々の間で歩みよりが成立し,対立する決議案が表決で争われることもなく,統一のための3原則をうたつた72年7月4目の南北共同声明を歓迎し,南北間の対話と交流の拡大を希望する等の趣旨を含む議長ステートメントの形で,コンセンサスに至つた。また,カンボディア代表権問題については,カンボディア問題の解決は,外部からの干渉なしに,当事者間の平和的話合いによつてなされるべきである,との東南アジア諸国の意見を支持し,この問題は次回総会まで審議延期されることになつた。
(注1) フィリピン代表部のプレス・リリースによるロムロ外相の言。 戻る
(注2) 67年の中東紛争の後,同年11月採択された本決議は中東紛争解決の基本的原則を規定したもので,(イ)イスラエル軍の占領地よりの撤退,(口)交戦状態の終了,主権,領土保全等の尊重と確認,のほか(ハ)国際水路航行の自由,(ニ)難民問題の解決,(ホ)非武装地帯設置をあげている。 戻る