(1973年3月1日ジュネーヴにおいて)
1 本年度の会期における最初の演説をするに当たり,まず日本代表団を代表して各国代表団に心からの挨拶を行ないだい。とくに私は新しく任につかれたカナダのW・H・バートン大使及び伊のニコロディ・ベルナルド大使を歓迎いたしたい。私は,又引続き特段の貢献を行なわれるイルッカ・バスティネン国連事務総長の特別代表及びその他の国連事務局各位に感謝の意を表したい。
2 CCDが本年の会期中に審議する各種の問題についてのわが代表団の見解を表明する前に,まず,私は各国の間でなされた努力が,本委員会における今後の審議に密接に関連あると思われる国際緊張の緩和のために,いかに重要であるかを少しく強調いたしたい。
第一次SALTの結果,米ソ両国間に対弾道ミサイルシステムの制限に関する条約及び戦略攻撃兵器の制限に関する一定の措置についての暫定協定の成立を見たが,かかる成果を基礎として米ソ両国は,昨年11月21目より当地において再開された第二次SALTの第一回会合において,まず前記条約に従い常設協議委員会の設立についての了解に関する覚書に合意し,幸先良くスタートしたことを,私はまず歓迎いたしたい。われわれは,第二次SALTの当面の目標として,第一次SALTにおいて成立した戦略攻撃兵器の制限に関する暫定協定の規定の対象をさらに包括的なものとし,かつ右協定の有効期限をさらに永久的なものとすべきであると考えるが,特に私は,第二次SALTにおいては戦略兵器の質的改善を阻止するために充分な配慮がなされるよう強く希望したい。
次に,米ソ間の第二次SALT交渉と並んで,昨年以来欧州において行なわれている諸国間の話合いについても注目されるべきであろう。昨年11月21日よりヘルシンキにおいて欧州の安全と協力に関する会議の準備会議が,又本年1月31日よりウイーンにおいて相互均衡兵力削減のための予備交渉が開始されている。これら2つの会議が対象とする諸問題は極めて広汎かつ複雑であり,その交渉が今後果たして成巧裡に進展するか否かについて現時点で確固たる予測を下すことは困難であるが,私は,東西両欧州の諸国民の努力により,この平和への雄大な試みが具体的な成果を着実に収めるよう心から祈りたいと思う。
3 本委員会の当面の作業において,最優先の順位を与えられるべき問題は,核軍縮であると考えられるが,核軍縮の各種諸問題のうち,特に緊急にその解決が促進されなければならない問題は,包括的核実験禁止の実現であろう。このことは昨年総会決議2934B(XXVII)が,「軍縮委員会の地下核兵器実験の禁止条約の検証に関連する専門家の見解や技術的進展を考慮して,かかる条約についての審議に最優先順位を与えるよう要請し,且つ,本問題について軍縮委員会で行なった審議の成果についての特別報告書を第28回総会に提出するよう」要請していることから見ても明らかであると思う。包括的核実験禁止を早急に実現するためには,まず米ソ両国がそのための具体的な措置を早急に実施することが,必要であると考えるが,その具体的なステップとして,私が昨年3月28日の本委員会において提案した如く,米ソ両国が現地査察をめぐる立場の相異によって包括的核実験禁止を直ちに実施し得ない場合には,それに至る中間的措置として現在の地震学的方法により探知識別可能な一定規模以上の地下核爆発の禁止よりはじめて,漸次禁止されるべき規模の範囲を拡大し,最終的に包括的核実験禁止を達成せんとするアプローチをこの際充分検討するよう要請したい。周知の如く,上記日本の提案との関連において,かつ本問題に関連ある一昨年の国連総会決議2828C(XXVI)のラインを推進するためにカナダ,スウェーデン及び日本の地震専門家が昨年6月東京で非公式会議を開催し,地下核実験の探知識別の問題に関し今後一層の協力を進めることにつき,合意した。特にその際これら専門家の間で意見の一致をみた地震学的データー交換等の分野におけるこれら3国間の国際協力は既に実施されているが,今後ともかかる協力を通じて得た成果を適宜本委員会に報告する所存である。なお,地下核実験の禁止を検証する主たる科学的手段としては,地震学的検証手段があることはいうまでもないが,このほかにもたとえば人工衛星の如きその他の手段も存在すると考えられる。1963年の部分核停条約の成立当時と比較するならば今日における地下核実験の探知識別のための、各種科学技術は格段と進歩しているものと推察される。他方,包括的核実験禁止実現のための各国より提案された諸提案も枚挙のいとまもない。
かかる状況に照らし,地下核実験の探知識別のために利用し得る既存の検証技術の種類及びその能力や,あるいは又,今日の新しい検証技術から見て,これまで各国から提出された地下核実験の検証に関する各種の提案の技術的妥当性及びその限界等を本委員会は早急に検討する必要があろう。この点に関し,私は昨年,総会決議2934B(XXVII)が包括的核実験禁止実現のため,「軍縮委員会の地下核実験禁止条約の検証に関連する専門家の見解や技術的進展を考慮して」と述べていることを特に指摘したいと思う。このため,既にわが国が昨年以来提唱しているように,早急に本委員会がかかる諸問題を集中的に討議するための非公式専門家会議を開催する必要があると考える。
更に又,上記昨年総会決議2934B(XXVII)は,包括的核実験禁止問題について「軍縮委員会で行なった審議の成果についての特別報告書を第28回総会に提出するよう」要請しているが,私は本年度の軍縮委員会における本問題の審議が満足すべき進展を遂げ,その結果を独立の特別報告書として次回国連総会に提出し得るよう強く希望したいと思う。
なお,包括的核実験禁止問題に関連して,わが代表団は,中国及びフランス両国政肝が依然として1963年の部分核停条約にも未だ参加せず,アジア及び太平洋地域におてい大気圏内核実験を行なってきた事実に注目せざるを得ない。このためこれまで多数の諸国よりこれら両国に対して抗議が提出されているが,国連第27回総会においては太平洋及び世界のその他の地域におけるすべての大気圏内の核実験を停止する問題が討議され,決議2934A(XXVII)が採択された。この決議はフランス及び中国の大気圏内核実験により直接の被害を蒙る恐れのある太平洋沿岸諸国が中心となつて推進されたものであるが・かかるアジア地域諸国間の自主的な運動に対しては本委員会の全メンバー諸国が今後とも積極的な支援を提供するよう希望したい。
4 包括的核実験禁止の実施は,核軍備競争の停止のために重要な効果を持つものと考えられるが,それだけでは,直ちに現存の核軍備の凍結,削減に結びつくものではないと考えられる。従って,本委員会が核軍縮の推進に重要な貢献を果すためには,包括的核実験禁止の実現と並んで,更にその他の核軍縮措置の実現についても,近い将来において本委員会が取組んで行く必要があると思われる。
このような核軍縮措置にとって,私は,まず兵器用濃縮ウランの生産停止とその平和目的への転用の実現の重要性を強調したいと思う。この措置の実現は,しかしながら,核兵器の原料そのものを直接管理制限せんとするものであり,且つ本委員会におけるこれまでの討論から推察してもその実現は決して容易ではないであろう。従って,私は,この措置の最終的な実現は,綿密に計画された段階的ステップに従って達成される必要があると考える。そのような段階的ステップの第一のものとして,核兵器国が自国内にある平和目的の原子力施設をすべて国際的な査察のために早急に開放するよう呼びかけたい。かかる措置は,既に平和目的に使用されている施設が再び軍事目的に転用されることを,防止するためであり,米英両国は,すでにかかる査察を受け入れることに原則として同意しているが,ソ連も同様な措置を早急に受諾すべきである。もし米,英,ソ三国により,このような措置が実施されたならば,かかる措置の対象となる施設を漸次拡大することにより,これら3国の兵器用濃縮ウランの生産施設の縮小が可能となり得よう。
他方,このような措置と並んで核兵器国は既に蓄積している兵器用濃縮ウランを漸次平和目的に転用すべきであるが,その方法として一昨年以来,わが国が提案しているように,各核兵器国がそれぞれの兵器用濃縮ウランを国際的管理の下にそれを平和目的の濃縮ウランに希釈して,合理的な価格により,非核兵器国に提供するよう要請したい。かかる措置は,近い将来予測される平和用濃縮ウランの供給不足を緩和する一助ともなり,本委員会が早急に検討すべき課題であると考える。
5 次に私は核軍縮と並んで軍縮委員会における当面の重要な作業の一つである化学兵器禁止問題について言及いたしたい。
先ず,化学剤の禁止対象の範囲に関しては,すでに昨年度の本委員会の会合において多数の諸国が明らかにした如く,化学兵器に用いられ得る化学剤の種類が余りにも多岐にわたり,かつ,その大部分は多くの平和目的にも使用されている現状にかんがみ,兵器目的に使用可能なあらゆる化学剤を,これら剤の平和利用を妨げることなく一挙に禁止することが果して技術的に可能か否かは疑わしいと考える。したがってこれに関しては,昨年の専門家非公式会議において,わが国が提案したように,先ず超毒性の化学剤から禁止して漸次その範囲を拡大して行くことが望ましいと考えている。そのためには,わが国が示唆した毒性基準(LD500.5mg/kg(SC.),LD.o0.62mg/kg(i.p.))以上の毒性を有する化学剤に限定することが適切であろう。
これまでわれわれの討議から見て,戦争化学剤のみを完全に一定義することは技術的に殆んど不可能であると考えられるが,わが国の示唆した毒性基準の範囲に含まれる剤には平和利用のものが少なく,戦争用のものが圧倒的に多いため先ず妥当な基準を提供しているものと考える。
次に禁止の対象となるべき活動の範囲に関しては,昨年までの軍縮委員会における討議及び昨年7月に行なわれた専門家非公式会議の討論過程において,生産・開発,貯蔵を含む一切の活動を包括的に禁止するには,何等かの形態による現地査察が不可欠であることが指摘されている。したがって,すべての国がある程度の現地査察を受け入れるならば包括的な化学兵器の禁止の達成は可能であり,わが国もこれを積極的に受け入れることに吝かではたい。
しかしながら,かかる現地査察が受け入れられないとするならば,一挙に一切の活動を包括的に禁止することは極めて困難であろう。したがって,かかる場合には英国及びブラジル等の諸国がすでに示唆している如く,例えば先ず特定の活動のみの禁止をとりあえず実施する段階的なアプローチの可能性についても慎重に検討せざるを得ないであろう。われわれは,このような解決の方法は問題を一挙には解決し得ないが,一歩一歩包括的禁止に到達するための最も実際的な方法であると考えている。
このような,とりあえず実施すべき措置としては,例えば,開発,生産のみを先ず禁止することも一案であろう。
他方,唯一の有効な検証手段たる現地査察の実施が,ソ連等の社会主義諸国によって受け入れられない現状においては,貯蔵を含む一切の活動を直ちに禁止することが,果して国際緊張の緩和に資する現実的措置であるか否かは問題であろう。したがって,貯蔵を含む一切の活動の禁止については,これらについての有効な検証手段が確保された暁に実現されることが望ましいであろう。
昨年春の軍縮委員会においてソ連はその他の社会主義国とともに軍縮委員会に化学兵器禁止条約案(CCD/361)を提出した。右条約案は既にわが国を始めとし,多数の国により指摘された如く適切な検証規定を欠いているため,今後のわれわれの討議の基礎とすることは不適当と考える。他方米国は,昨年の軍縮委員会においてかなりの作業文書を提出し,技術的諸間題点の解明に努力したことは評価されるべきであるが,遺憾ながら米国から具体的条約案の提出を含めた化学兵器禁止のための具体的対案が提示されなかった。私は本問題の審議の進展のために米国ができるだけ早期に具体的対案を提出するよう強く希望いたしたい。
6 最後に前述の如き個々の軍縮措置を推進していくうえでの基本的問題として,軍縮交渉のためのフォーラムが如何にあるべきかが問われなければならないと考える。すなわち軍縮交渉の進展のためには,すべての軍事大国が積極的に軍縮交渉に参加することが必要であることは,しばしば指摘されており,とくに最も緊要かつ重大な問題である核軍縮交渉を今後強力に推進していくためには,すべての核兵器国が真摯な態度で実質的軍縮交渉に積極的に参加することが不可欠の要素となっている。このため,わが国をはじめ多くの諸国がフランス及び中国が早急に軍縮委員会に参加するよう熱心に呼びかけてきたが,遺憾ながら両国からは,未だに軍縮委員会参加の意思表示さえ示されていない。われわれは今後とも両国の軍縮委員会参加の早期実現のため,あらゆる可能性を探究していくことが必要であろう。私はその意味で,地域的に限られた軍縮交渉のフォーラムではあるものの,インド洋ピースゾーン宣言に関する昨年の総会決議2992(XXVII)に基づいて設定されたadhoc委員会に中国が参加し,今後実質的な軍備管理問題を他の関係諸国とともに話し合っていく姿勢を示したことを高く評価いたしたい。
わが国は,アジア地域の一国として,アジアにおける唯一の核兵器国である中国のかかる動きに極めて重大な関心を有しており,今後中国が現在の国際社会において最も重要な軍縮交渉の場たる軍縮委員会にも積極的に参加するよう強く要望いたしたい。
日本代表団は,上述のとおり核軍縮交渉促進のために中国及びフランス政府の軍縮交渉への参加が必要であると考えるが,同時に,両国政府の参加を核軍縮交渉の進展の条件とし,この為に包括的核実験禁止の如く,本委員会が目下最優先的にその実現に努力すべき具体的な核軍縮措置の実現を遅らせるようなことがあってはならないと考える。核軍備において米ソ両国がその他の核兵器国に対して圧倒的な優位に立っている事実にかんがみ,核軍縮実現への単なる第一歩を意味するに過ぎない包括的核実験禁止の実現については先ず米ソが率先してその為の具体的措置をとるべきであり,かかる米ソの誠実な行動こそすべての核兵器国の軍縮交渉への参加を促進する重要なカギとなるものと信ずる。この点に関連し,ソ連のロシチン大使が去る2月20日の演説で述べたところは, わが代表団の見解とは異なるもののように理解されるが,われわれはソ連代表が出来得る限り早い機会にかかるわれわれの懸念を一そうするために,この点に関して更に詳細な説明を行なわれることを希望する。
7 以上が今回日本代表団が指摘したい諸点である。日本代表団は,必要ならば本委員会の審議の過程において適当な時機にこれらの詳細について明らかにする予定である。