(昭和48年1月27日)
第71回国会の冒頭にあたり,わが国をめぐる国際情勢を概観し,わが国外交の基本方針につき所信の一端を申し述べたいと思います。
ここ一両年の間に,米中の接近が実現し,米ソ間においては,戦略兵器の制限に関する合意に加えて貿易協定等の締結が行なわれ,宇宙その他若干の分野においては,具体的な協力も進められております。欧州においては,東西両独の和解が成立し,欧州安全保障協力会議,相互均衡兵力削減交渉など,平和維持のための新たな動きがみられます。
ヴィエトナムにおいては,当事者の忍耐強い努力の結果,遂に停戦が実現し,第二次大戦後初めてアジアから戦争の劫火が消えることになりました。また,これまで典型的な冷戦状態にあつた朝鮮半島においても,南北の間に自主的な統一をめざした真剣な対話が進められております。さきに達成をみた日中国交の正常化も,アジアにおける対話の道を大きく開いたものであるといえましよう。
このように,体制の垣根をこえていろいろな形の緊張緩和への動きが見られる反面,アジアには,民族的,宗教的,政治的要因に基づく紛争の種が各地に根強く残存しております。ヴィエトナム停戦後においてもインドシナ半島に真の安定が確立されるためには,なお幾多の曲折と相当の歳月を要するものと考えられます。また,世界各地には経済その他諸々の困難をかかえて,国内に緊張が高まっているところもあります。中近東の情勢は今なお不安定であり,中ソ間の対立も依然として緩和の兆しを見せておりません。
しかしながら,このような不安定要因が随所に存在しているにもかかわらず,世界全体の趨勢は,平和を求めて対決から対話に向い,他動的な低迷から自主的な選択を指向する方向に移りつつあるものとみることができます。
一方,わが国は,戦後,幸いにして国際的な紛争の圏外にあって,自らの国力を培い,今や国際社会の平和と繁栄を支える主要な柱の一つとして,応分の役割と責任を果す立場になりました。
政府としては,このような認識に立って,急速に拡大した外交的基盤を固めつつ,新たな構想と決意をもって,責任ある外交を進めてまいる考えてあります。
>このため,わたくしは,次の諸点に外交政策の重点を指向してまいりたいと思います。すなわち,
まず,日米友好関係を基軸とし,日中並びに日ソ関係についてはそれぞれその発展への努力を重ねつつ,アジアにおける緊張緩和への動きを促進し,平和を強固ならしめるために積極的な外交を展開すること,
次いで,国際経済の秩序ある発展に寄与し,かつ各国との経済関係を円滑にするため,対外,対内の諸施策を精力的に進めること,
第3に,開発途上国への援助を拡大すること
第4に,文化外交の推進に一層力をいたすこと
がこれであります。
以下わが国が実施すべき具体的施策について申し述べます。
まず,アジア太平洋諸国との関係について申し上げます。
日中国交正常化後の日中関係は,順調に進められております。政府間においてはもとより,民間の交流も活発に行なわれ,相互の制度,慣行および考え方についての理解が深められつつあります。政府は,近く大使の相互交換を実現し,実効ある実務諸協定と平和友好条約の交渉を順を追って進めてまいる所存であります。
朝鮮半島については,われわれは南北間の自主的な対話により,半島における緊張緩和が一層促進され,南北間の関係が平和的な統一に向かってかつて改善されてゆくことを希望するものであります。われわれは,韓国が今後とも経済の自立と民生の安定を達成することを期待しつつ,同国との協力関係を維持してゆく方針であります。他方,北朝鮮との接触については,きめ細かい配慮を行ないつつ,これを漸進的に拡げてまいる考えてあります。
わが国は,ヴィエトナム和平交渉の妥結により,インドシナ地域に永続的平和への道が開けたことを歓迎し,この地域の真の安定が確保されることを心から念願するものであります。そのためわが国は,アジアの諸国はもとより,関係各国とともに同地域の復興開発計画を含む諸般の方途を探求し,進んでその実現に向かつて努力してまいる所存であります。
インドシナ地域の難民,戦争犠牲者の救済等の問題は,緊急を要する問題でありますので,迅速に援助の手を差しのべることができるよう,既に必要な予算的措置を講じております。
近年,アジアには,ASEAN諸国の動きにみられるように,地域協力による自助と自主性追求の意欲が顕著になりつつあります。政府としては,かかる地域協力の進展を高く評価するとともに,できる限りの支援と協力を惜しまない考えであります。
他方,一部のアジア諸国においては,わが国の経済的影響力が過大になることを危倶する声も聞かれ,摩擦が発生しているところもあります。政府としては,アジアの諸国民との心のつながりを強めつつ,長期的視野に立って相手側の立場と利益を考慮し,経済協力の推進と片貿易の是正に一層の努力をいたす所存であります。
インド亜大陸においては,関係諸国の間で平和回復への努力が行なわれ,状況は漸次鎮静に向いつつあります。わが国としても,これらの諸国の経済の自立に応分の協力をいたす考えてあります。
豪州およびニュー・ジーランドは,かねてよりアジア諸国との連帯強化を求めており,特に,わが国の関係をますます重視しております。カナダもまた,わが国をはじめアジア諸国との関係を強めつつあります。わが国としては,これら諸国との協力関係を拡充強化し,相携えてアジア太平洋地域の平和と繁栄に貢献したいと考えております。
次に,日米関係について申し述べます。
米国との間の緊密な友好協力関係は,わが国の外交の基軸であり,わが国が広く多角的な外交を積極的に推進する場合の基盤ともなるべきものであります。従ってわが国と米国との間においては,信頼と理解を一層深めるため,政治,経済はもとよりその他あらゆる分野にわたって,政府間のみならず,学界,経済界,言論界等の間に,幅広い接蝕を行ない,間断なき対話を続けてまいらなければなりません。
日米間における目下最大の懸案は,申すまでもなく大幅な貿易収支の不均衡の是正であります。われわれは,日本経済の健全な発展のためにも,また日米友好関係の維持,増進のためにも,対外経済面で思い切った施策を講じ,わが国の経済収支の多角的均衡をはかりつつ,対米収支を大幅に改善することが肝要であると存じます。
米国との「相互協力および安全保障条約」は,わが国の安全と繁栄を確保するために不可欠のものであり,アジアの平和の維持のために必要な条件の一つでもあります。またこれは,今や日米間の相互の信頼と協力の関係を具象する紐帯にもそっていると考えます。従って,政府としては,これを軽々しく改廃することなく,手堅く維持してまいることが重要であると考えております。しかし,同時に,在日米軍基地のあり方については,都市化の進展等もあり,米国側との話し合いを通じ,その整理・統合を積極的に進めていることは御承知のとおりであります。
日ソ両国の関係は,年とともに着実な進展をみせております。政府としては,今後ともその発展に鋭意努力する考えてあります。特に,シベリアの資源開発に関する諸計画は,これらが両国相互の長期的な利益に合致するような形で実現することを期待しつつ,検討を進めてまいる所存であります。
他方,懸案の北方領土問題は,遺憾ながら未だ解決するに至っておりません。政府としては,この問題を解決して日ソ平和条約を締結すべく,引続き忍耐強く交渉を継続してゆく所存であります。
ヨーロッパにおいては,本年一月より拡大欧州共同体が発足し,欧州は世界の政治と経済にますます重要な立場を占めるに至っております。わが国と欧州との貿易関係もとみに活発化してまいりました。政府としては,共同体を中心とする西欧諸国との関係を一層緊密化するよう,積極的な外交を多角的に推進してゆく考えであります。
また,東欧諸国との関係も一層の発展を図ってまいりたいと思います。
中南米,中近東およびアフリカ諸国との関係は,わが国の経済規模の拡大に伴って貿易,資源開発,経済協力等を中心に,今後ますます深まってゆくものと思われます。政府としては,これらの諸国との間に経済面のみならず,広く政治,文化の面においても友好関係を増進してゆく所存であります。
本年は,世界の通貨,貿易体制がその枠組の再編成に向かつて一段と大きな前進を見る年であると期待されております。従来,わが国は,世界経済の枠組をとかく外から与えられたものとして受け止め勝ちでありました。しかし,わが国の経済は,今や世界経済の動向を左右できる程の力を具えるに至りました。従って,わが国は,より良き世界経済秩序建設のために積極的に貢献し,その中で自らの繁栄を享受するという姿勢に徹することが肝要であると考えます。特に,わが国経済が両3年中に国際的な均衡を達成することは,喫緊の重要事であります。過度にわたる貿易収支の黒字の累積は,わが国経済の構造自体にも由来するところがあるといわなければなりません。従って,これが是正のためにわが国の経済を福祉型の経済に転換する諸施策を果断に実施し,関税の軽減,非関税障壁,なかんずく輸入制限の整理と縮少,資本の自由化等を一段と推進することが肝要であると考えます。このように,まず自らなすべきことをなし,自らの姿勢を正しつつ,国際通貨改革,新国際ラウンド等の交渉に積極的に参加し,貢献してまいりたいと思います。
なお,石油を中心とするエネルギー資源の需要問題は,世界的な問題になりつつありますが,資源に恵まれないわが国にとっては,特に切実な課題であります。政府としては,資源保有国,消費国等との国際的協調をはじめ,諸般の措置につき長期的構想の下に,鋭意検討を進めてまいる所存であります。
わが国の経済協力は,あくまでも開発途上国の自助努力に根ざした経済的自立と均衡ある経済的,社会的発展に寄与することを主眼として推進すべきであると信じます。
わが国は,その方向に向って,かねてから開発援助の改善と拡大に努めてまいりましたが,政府開発援助のGNPに対する比率,援助の条件,贈与の比率等多くの点において,現状は決して満足すべき状態であるとはいえません。
政府としては,今後,政府開発援助の対GNP O.7パーセント目標の達成のため最善の努力を続けるとともに,0ECD開発援助委員会等の場における国際的要請を考慮しつつ,援助条件の改善とひも付援助の廃止などに努力してまいる所存であります。同時に,援助形態の多様化,開発途上国の社会開発部門への援助の拡大等の措置も図らなければなりません。さらに,アジア諸国はもとより,中南米,中近東,アフリカの諸地域に対しても,それぞれの地域的特殊性に見合った経済協力を進めてゆく一方,わが国の援助体制自体の整備も進めてまいる考えであります。
わが国は,戦後一貫して国連に対する協力を外交政策の主要な柱の一つとしてまいりました。この間に国連は,地球上のほとんどすべての国を網羅する普遍的な国際機構に成長いたしました。他方,その取扱う問題も経済社会の開発,人間環境の改善,宇宙・海洋の開発,利用等の分野にまで広がってまいりました。政府としては,今後多面的な外交を展開するに当り,その重要な場の一つとして,国連を一層積極的に盛り立て,これを活用してまいる所存であります。そのためにも,政府は,国連がその機構と機能の両面にわたり,この四半世紀の間に生じた国際社会の変化を十分反映できるよう強化される必要があると考え,その推進に当る所存であります。特に,核軍縮を中心とする軍縮促進のため,軍縮委員会等の場を通じて積極的に貢献してまいることは当面の要務であると考えます。
次に,文化外交の推進について申し上げます。
従来の外交は主として政治および経済の分野に重点がおかれてまいりましたが,今や,われわれは視野を拡げて各国との間に一段と文化交流を活発にし,特に,幅広い分野にわたる人的交流を進めなければなりません。かくしてわれわれは,諸国民との間に心のつながりを培うとともに,人類の知的,文化的資産の増大に一段と寄与することができるのであります。
かかる観点に立って,政府は昨年10月,「国際交流基金」を設立したのでありますが,基金の設立は各国から多大の好感と期待をもって迎えられ,わが国のイメージを改める契機になりつつあることは慶賀にたえません。政府としては,今後,この基金を拡充強化して人物交流,日本研究等を中心とする幅広い文化交流を進めてゆくことができるよう,引続き努力する所存であります。
以上わたくしは,国際社会の現状を概観するとともに,わが国外交が実施すべき諸施策につきいささか所信を申し述べました。
わが国存立の前提が何よりもまず,世界の平和と安定にあることに深く思いをいたし,われわれは,自らのもつ実力の評価とその行使にあやまりなきを期しつつ,静かな勇気をもって責任ある外交を展開し,国際協調の実をあげるとともに,国際的信用の向上に努めることが,わが国外交の要諦であると信ずるものであります。
国民各位の御理解と御支持をお願いいたします。