-国会における内閣総理大臣および外務大臣の演説-

 

 (2) 第70回国会における大平外務大臣の外交演説

 

(昭和47年10月28日)

 

最初に,最近実現をみたわが国と中華人民共和国との間の国交正常化についてご報告します。

中国は,わが国にとって最も重要な隣国のひとつであり,日中間には2千年にわたる長い交流と伝統的友好の歴史がありました。しかし,遺憾ながら日中関係は過去数10年にわたり不幸な経過をたどってまいりました。戦後においても,わが国をめぐる内外情勢を反映して長く不正常な状態を脱却するに至らなかったのであります。

今日,世界はいわゆる多極化の時代に入り,国際情勢にはかつてない流動化の様相が見られます。そして,全体の趨勢としては対決の時代から対話によって平和を指向する時代へと移行しつつあるものの,なお随所に不安定要因が根深く存在することも否定できません。特にアジアにおいて然りであります。わが国の外交はアジアの安定と繁栄に寄与することを基本方針としております。日中両国の国交を正常化し,両国の間に善隣友好の関係を樹立することは・アジアの安定と繁栄の基礎をかためるために最も重要なことであります。

田中内閣は,その組閣以来,昨年の国連における中国代表権問題の審議の帰結,ニクソン米国大統領の中国訪問などによって急速に高まってきた日中国交正常化への国民の願望にこたえなければならないと考えておりました。他方,この問題につき,中国側がとみに真剣かつ実際的な姿勢を示すようになったことに対し,いかに処するかについても思いをめぐらしてまいりました。また,日中国交正常化が,米国,ソ連をはじめアジア・太平洋地域の諸国とわが国との関係に対して,如何なる影饗を及ぼすことになるかについても十分検討を加えてまいりました。その結果,政府は今や日中国交正常化の実現をはかる機が熟したと判断し,この多年にわたる懸案の解決に取組む決意を固め,中国側の招請ここたえ,田中総理大臣は,9月下旬北京を訪問し,同国首脳と会談を行なったのであります。

日中両国間には,申すまでもなく,政治信条や社会制度の相違があります。また,戦後の世界政治におけるおのおのの立場や事情も異なっております。しかしながら,今回の日中首脳会談においては,友好的な雰囲気の中で相互に率直な意見を交換いたしました結果,かかる相違は相違として残しつつも,国交正常化を通じてアジアの平和に貢献しようという道標を追求することにおいては一致したのであります。かような基本的理解に立って,相互の理解と互譲の精神により鋭意交渉を重ねた結果,ついに国交正常化につき合意に達することができました。かくて日中関係の歴史は新たな段階を迎えることとなったのであります。

日中国交正常化はもとより政府のみの力によって成就したものではありません。この際,わたくしは,これまで長きにわたって日中の交流と国交の正常化に尽力をおしまれなかった与党,野党の関係者をはじめ,各界の先達に対し,深い敬意と感謝を表明いたします。また,今回の首脳会談にあたって国民の各層から政府に寄せられましたご理解とご支援に厚く感謝するものであります。

日中会談の成果は,9月29日に発表されました共同声明に示されており,また,これに尽きております。

ここにその主な点につきご説明申し上げます。

日中両国間の不正常な状態は,共同声明発出の日をもって終りを告げ,この日から両国の間に国交,すなわち,正式の外交関係が樹立されました。この外交関係が十分機能するためには双方の大使館を設置し,大使を交換することが必要であることは申すまでもありません。政府としては,そのための所要の準備をできるだけすみやかにととのえたい所存であります。

次に,台湾の地位に関してでありますが,サン・フランシスコ平和条約により台湾を放棄したわが国といたしましては,台湾の法的地位について独自の認定を行なう立場にないことは,従来から政府が繰り返し明らかにしているとおりであります。しかしながら,他方,カイロ宣言,ポツダム宣言の経緯に照らせば,台湾は,これらの両宣言が意図したところに従い中国に返還されるべきものであるというのが,ポツダム宣言を受諾した政府の変らざる見解であります。共同声明に明らかにされている「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との政府の立場は,このような見解を表わしたものであります。

中華人民共和国政府は,この共同声明において,賠償放棄を宣言いたしました。過去における中国大陸での戦争がもたらした惨禍がいかに大きなものであったかを考えるならば,わが国としては,ここに示された中国側の態度に深く感謝すべきものであると考えます。

日中国交正常化が,第三国に向ってなされたものではないことは申し上げるまでもありません。一衣帯水の間にあり歴史的にも深い関係にある日中両国が,正常な国交をもつことはいわば当り前のことであります。そしてこのことは,わが国が米国その他の諸国と緊密な友好関係をもつことと両立すべきであるし,また,両立させうると信ずるものであります。

また,共同声明は,今後の日中関係に適用されるべき諸原則を明示しております。すなわち,主権・領土保全の相互尊重,相互不可侵,内政不干渉,平等互恵および平和共存の五原則がそれであります。さらに,両国はこれらの原則および国連憲章の原則に従い,紛争の平和的解決と武力の不行使を相互に確認いたしました。共同声明においてその締結交渉を約しております平和友好条約は,このような指針をふまえつつ,将来の日中間の善隣友好関係を確固たるものとすることを目的とするものであります。

なお,日華平和条約について申し上げます。共同声明発出の際に明らかにいたしましたとおり,日中国交正常化の結果として,日華平和条約は,その存続を失い,終了したものと認められるというのが政府の見解であります。

日中国交正常化の結果,これまでわが国と密接な関係にあつた台湾との外交関係は遺憾ながら維持できなくなったのであります。しかしながら,政府としては,台湾とわが国との間に人の往来や経済,文化をはじめ各種の民間レベルでの交流を,今後ともできる限り継続していくことを希望しており,そのために必要な措置を講ずる用意があります。台湾に在留する邦人の生命財産の保護は,台湾における官民の配慮により,今日まで幸に事なきを得ておりますが,政府としても,これに対し,今後とも十分注意をはらつてまいる所存であります。

日中国交正常化によって,米国,ソ連をはじめアジア・太平洋地域の諸国,特に東南アジア各国とわが国との関係は,いささかも損われるものではなく,一層拡充されるべきものと考えます。しかし,政府としては,中国との新しい関係が,これらの諸国に及ぼすことあるべき影響に十分留意し,今後これら諸国との関係を処理するにあたっては,従来にもましてきめ細かな配慮をもって,もろもろの施策を進めてまいる考えであります。先般の日米首脳会談においても,かかる観点から米国政府首脳に対して,日中国交正常化についてのわが国の立場と考え方を率直に伝えた次第であります。また,わが国と緊密な関係を有するその他の各国に対しても,できるだけ広範に理解を求めてまいりました。さらにわたくしは,最近,豪州,ニュージーランド,米国およびソ連を歴訪して,関係国首脳に対し,日中国交正常化交渉の趣旨を伝え,その理解を深めてまいりました。また,政府が韓国および東南アジアの諸国に対してそれぞれ特派大使を派遣いたしましたのも,同様な考慮に基づくものであります。

日中国交正常化は日中間の歴史に新しい頁を開くものであります。しかし,これは今までなかった道が開かれたというに過ぎないものであります。問題は今後われわれがいかにしてこの道を拡大し発展させるかであります。両国関係の将来,ひいてはアジア・太平洋地域の平和と安定は,両国のこれからの努力に大きくかかっておると思います。

わたくしは,何をおいても,日中相互間に不動の信頼がつちかわれなければならないと考えます。われわれはお互いの言葉に信をおき,かつ,お互いの言葉を行為によって裏書きすることが必要であると思います。さらに,両国が,アジア地域の平和と安定,秩序と繁栄に貢献することが肝要であります。そのためにわれわれは何を行なうべきか,何を行なってはならないかについて,正しい判断をもち慎重に行動すべきであると信じます。日中両国は,このような不動の信頼とけじめのある国交を通してのみ,両国間に末長き友好関係を築き,発展させることができるものと考えます。政府としてはこのためにせつかく努力をいたす所存であります。

以上,わたくしは,日中国交の正常化についてご報告をいたしましたが,この時点に立って,わたくしは,改めて,わが国が国際社会においていかなる立場をとり,いかなる道を歩むべきかという外交上の方針につき一言いたしたいと思います。

わが国としては,わが国存立の主体的,客観的な諸条件をふまえて,あくまでも平和に徹する国として,内においてはそれに相ふさわしい自らの内政を整え,外に向かつては国際的な信用を高めつつ諸外国との交流を進め,世界の平和と繁栄に貢献すべきであると信じます。

わたくしは,わが国の国力の充実に伴い,今日世界においてわが国のもつ責任と役割が年とともに増大していることを痛感するものであります。内外にわたるかような責任を果して,はじめてわが国の安全が保たれ,その国益が維持されるものと確信いたします。

日米友好関係を堅持することはわが外交の基軸であり,寸時もゆるがせにしてはならないものであると信じます。これとともに,わが国は中・ソをはじめアジアの近隣諸国との友好関係をますます緊密なものにしなければなりません。さらにわが国は広く環太平洋諸国との関係を密接にし,新しい展開を示しつつある欧州諸国との関係を増進する必要があります。また,われわれは,国際連合を通じ国際協力を推進し,特に,軍備の規制および経済社会面における国際協力の分野で応分の貢献をしなければなりません。

われわれはまた,わが国の経済政策が世界経済にますます大きな影響を与えつつあること,とりわけわが国が世界の通貨貿易体制において極めて大きな比重を占めることを自覚しなければならないと信じます。その自覚に立ってわが国は自らの経済の長期的利益と,世界経済の調和的な発展のために,果断な施策を進めなければなりません。さらに,わが国にとって,アジア,中近東,アフリカ,中南米等の開発途上国の開発にできる限りの貢献をすることは当然の責務であり,われわれは,これらの諸国の発展にとつて真に利益となるような協力を行たうために一層の努力をいたす必要があります。また,各国との相互理解を増進するため,文化交流も一段と推進したいと考えております。

かくしてこそ,わが国は将来の長きにわたり,わが国の安全と国民の繁栄・福祉等を確保しつつ,広くわが国の対外関係を安定した基盤におき,進んで世界の平和と繁栄に貢献できるものと信じます。

最近,ヴィエトナム紛争が終息にむかって活発な動きがみられます。わが国としましては,当事者間の真剣な話し合いが速やかに妥結し,インドシナ半島の平和が一日も早く到来し,かつ,これが永続することを心から希求しております。

以上,わたくしは,日中国交正常化についてご報告申し上げるとともに,それに関連してわが国の外交方針につき,所信の一端を申し述べました。国民各位のご理解とご協力をお願い申し上げます。

 

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